189 まずは前菜から
はやる気持ちを抑えて、お母様達の速度に合わせて歩く。腕に抱かれたジニアス達も眠くないのかとても元気。
「リスティア。貴方の親友はもう準備しているのね?」
「うん!皆を待ってるよ!」
「やっと多幸草のお礼が言えます。あれほどの貴重なモノを…」
「私もずっとお礼を言いたかったんです」
お義姉様達に協力を仰ぐときに「祝福してくれるのは私の親友で、多幸草を採ってきてくれた人物」と伝えていた。
ウィリナさん達は初産だったけど、兄様達に貰った多幸草に勇気と安らぎをもらったと…恩人だと言ってくれた。ちなみに、私が兄様達に渡したことは未だに伏せたままにしてある。言わない方がいいことってあるからね!
「でもね、「大袈裟です」の一言で終わるからね!」
「「えっ!?」」
「着いた!ここだよ!」
皆を連れてきたのは、城内の小さな催しに使用される小宴会場。
「もっといい場所でなくてよかったの?」
「うん!むしろココがいいの!」
色々と都合がよかった。扉をノックすると、アイリスが顔を出した。
「ルイーナ様。ウィリナ様。レイ様。どうぞ中へお入り下さい」
「アイリス…。貴女…」
お母様は驚いてる。
「やはり変でしょうか…」
アイリスは私の要望でメイド服に着替えていた。騎士だってたまには可愛い服を着てもいいと思うの。真っ赤な顔で照れ臭そうにしてる。一度でいいから見てみたかったんだよね!
「アイリス!凄く似合ってるよ!」
「ありがとうございます…」
想像通りで私は満足。照れるアイリスに促されるまま入室した。
テーブルの周りには、ボバンとダナン、そして騎馬のカリー。アイリスと同じくメイド服に着替えて笑顔のテラがいる。
そして、優しい表情を浮かべる親友のウォルトがいた。
「なぜ獣人が…?」
お母様達は軽く驚いてる。まぁ、そうだよね。でも、まだ早いんだな!
私は駆け出してウォルトの横に立つ。
「紹介するね!私の親友のウォルトだよ!」
「「「えっ?!」」」
「ルイーナ様、ウィリナ様、そしてレイ様。お初にお目にかかります。ウォルトと申します」
丁寧な挨拶と礼をしたウォルトに、お母様達は驚きを隠せてない。まぁ、獣人だとは思ってなかっただろうね。
「それじゃ席について!ウォルト、あとはお願い!」
「わかった。アイリスさん、テラさん、お願いします」
「「わかりました」」
動き出したウォルト達を横目に、皆は準備された席についていく。ジニアス達は揺り籠で母の隣に寄り添う。アイリス達が料理を運んできてくれた。
「コレは…料理?」
お母様に説明しよう!
「ウォルトが作ってくれたんだよ!」
「彼が…?」
蓋が被せられていてまだ見えないけど、『獣人が料理を…?』って顔に書いてる。でもいちいち説明したりしない。食べてもらえばわかるから。
私がこの部屋を祝宴会場に選んだ1番の理由は、厨房が併設されているから。ココならウォルトの存在が他者に知られることなく、存分に料理の腕を振るってもらえる。
食材や器材は事前に搬入しておいたから問題ない。ウォルトは「こんないい調理場を使わせてくれてありがとう」って笑ってた。
料理が出揃ったところで、ウォルトが口を開く。
「お口に合うかわかりませんが、召し上がって下さい」
アイリスとテラは並んだ料理の蓋を外していく。
「コレは…!」
「凄いです…」
「ホントに…ウォルトさんが作ったんですか…?」
皿に載せられているのは宮廷料理人が作ったのかと見紛う料理。不器用で有名な獣人が作ったとは思えないよ。さすがウォルト!
「頂きます!」
「リスティア!?」
毒見もなしでいきなり料理を口にした私に驚いてる。でも、ウォルトの料理にそんなの必要ないんだよ!
「…美味しい~!!相変わらず天才っ!」
「大袈裟だよ」
チラッと見ると、お母様達は食べるのを躊躇ってるみたい。ハッキリ言っておこう。気にしないかもしれないけど、ウォルトに対して失礼だ。
「お母様。ウィリナさん達も。ウォルトの料理は安全だし凄く美味しいよ。決して害をなさないって皆が言ってたでしょ?信じてほしいな」
「…そうね」
まずお母様が口に運ぶと…口を押さえて驚いた。
「もの凄く美味しい!」
ウィリナさん達も続く。2人も同じく驚きの表情を浮かべた。
「凄く美味しいです!」
「美味しすぎます!」
3人は無言で食べ進める。私の要望で「会食であまり料理を食べ過ぎないでほしい」と事前に告げていた。「後の祝宴で凄く美味しい料理を準備してるから」と。
宮廷料理人には申し訳ないけど、会食では軽くしか食事をとってなかった。だからお腹が空いてるはず。
お父様や兄様達が、皆の体調を心配していたのにはそんなワケがあったんだけど。その中でも特に…。
「次の料理も用意されているのかしら?」
「はい。コースで準備しております」
「是非頂きたいわ」
「少々お待ち下さい」
国民には知られてないけど、お母様はかなりの大食漢。細い身体のどこに入っていくのか不思議だと王族の皆が思ってる。
だから、最も心配していたのはお父様だったりする。「いつものように食べてないな?」と尋ねたら角が立つから口には出せなかったに違いない。愛妻家だからね!
★
美味しそうに食べる王族や騎士達を眺めながら、ウォルトはホッとしていた。
口に合ったみたいでよかった…。今日作ったのはコース料理と呼ばれるもの。「当日可能ならば調理もお願いしたいのです」とダナンさんに頼まれた。
好きだから料理は作りたいけど、王族を相手になにを作ったらいいのか悩んでいたところ、ちょうど訪ねてきたビスコさんから「王族や貴族が食する形式料理がある」と教えてもらうことができた。丁寧に教えてくれたビスコさんには感謝しかない。
食材は、リスティアが事前に手配してくれたモノを使い、コース料理の基本を踏まえたうえで作った創作料理。
★
「リスティア」
「なに?」
口いっぱいに料理を頬張ったまま答える。
「貴方の親友は凄いわ。宮廷料理人並みの腕前…いえ、それ以上かもしれないわね」
「お腹を空かせておいてよかったでしょ!」
「ルイーナ様の仰る通りです。ウォルトさんの料理は素晴らしいの一言です」
「もう匙が止まりません。止められようもありません。この花茶ももの凄く美味しいです」
ウィリナさんとレイさんも同意見みたいでよかった。わかってもらえて嬉しい!
料理を運んだり花茶を淹れたりと、忙しく動き回るウォルトを遠目に見ながらお母様が呟く。
「これほどの料理を、私達のタメにわざわざ作ってくれたのね」
「私達の会食中にね」
「でも、不思議に思うことがあるわ」
「なに?」
「なぜ料理は全て温かいの?かなり時間が経っているはずなのに、作りたてのように新鮮だわ」
「言われてみれば…確かにそうです」
「不思議ですね」
「まだ内緒!でも直ぐにわかるよ!」
悪戯っぽく笑って、忙しく動き回ってるウォルトに訊いてみる。
「ねぇ、ウォルト。ジニアス達のご飯もあるの?」
「もちろん作ったよ。でも、出していいのかわからなくて」
「出してほしい。毒見は私達母親がする」
「よろしいのですか?」
お母様はコクリと頷いた。きっと、ウォルトが作った美味しい料理をジニアス達にも食べさせてあげたいと思ったんだ。
アイリスが運んできたのは離乳食らしきスープ。とても美味しそうな香りが漂ってる。
「凄く美味しそうだね!」
「栄養満点に仕上げたよ」
「では…1口頂くわね」
毒見で飲んだつもりだったんだろうけど、余程美味しかったのかお母様達は凄い勢いで1皿分飲み干した。
「あはははっ!気持ちはわかるよ!」
私が爆笑してしまったから、3人は赤面してる。ゴメンなさい!
息を吹きかけて冷ましたスープをジニアス達の口に運ぶと、いつにない勢いで美味しそうに飲んでる。ずっとおかわりを求めるので、与えられるだけ飲ませてあげると満足して眠りについた。幸せそうな寝顔の弟達。喜んでくれたかな。
ウォルトは、赤子のジニアス達のタメだけに趣向を凝らしてスープを考えてくれたはず。
味付けの他に栄養にもこだわってくれてる。飲む勢いがいつもと違いすぎるのは、単純にそれだけ美味しいということ。赤ちゃんが忖度するはずないからね。
高級な食材を使って至高の料理を目指す宮廷料理人には作れない。今日の祝宴でのメニューは、豪華ではあったけど変わり映えする料理じゃなかった。
安定の高級な味が悪いと言いたいんじゃない。でも、今日の主役はあくまでジニアスとエクセルとハオラであって、国賓や他の王族じゃない。満足させるべき対象を履き違えたら意味がないと思うんだよね。
私は今日という日をジニアス達にとって特別な日にする。料理も同じで、やっぱりウォルトにお願いしてよかったと心から思う。
「うぅ~!もう食べれないよ~!」
椅子の上でケプッと息を吐き出す。
「リスティア。行儀が悪いわよ」
「だってウォルトの料理が美味しすぎるから!」
「それは否定できないわね」
食事を終えると、満足そうにウィリナさんやレイさんもお腹をさすっている。
すると、ウォルトが最後の料理を差し出した。怪訝な顔のお母様。
「創作の甘味です。ボクが考えたので名はありませんが、よろしければ少しでも召し上がって下さい」
目の前に置かれた黒っぽい食べ物に、お母様達は手が伸びないみたい。まだまだわかってないなぁ。ウォルトの料理は「迷わずいけよ、いけばわかる!」んだよ!
私は一気にかぶりつく。
「…あまぁ~い!凄く美味しいよ!幸せ!」
「口に合ってよかった」
美味しそうに頬張る私を見て、躊躇いながらも口にしてくれた。そして、私と全く同じ感想を漏らした。
食事を終えて、ウォルトとアイリス、テラの3人で後片付け中。調理場が同じ部屋の片隅にあるので便利だ。揺り籠に揺られて眠るジニアス達を見ながらお母様達と会話する。
「リスティア。ありがとう。思い出に残るわ」
「本当に…。こんなに美味しい料理を作れる獣人がいるなんて想像もしませんでした。素晴らしい料理人です」
「機会があればまた食べたいです。今日はありがとうございました」
お礼の言葉は純粋に嬉しいけれど。
「もしかして、祝宴がコレで終わりだと思ってるの?」
「違うの?」
「違うのですか?」
「まだなにか?」
やっぱり勘違いしてたね。
「料理はいわば前菜だからね!今から祝宴が始まるんだよ!このくらいで驚いてもらったら困る!ちなみに、ウォルトは料理人じゃないよ!」
ニンマリ笑う。
「もっと驚くことなんてあるかしら?」
「言ったはずだよ。私は皆に『見せたい』モノがあるって!『食べさせたい』じゃないから」
後片付けを終えたウォルトが戻ってくる。
「リスティア。いつでも構わないよ」
「うん!じゃあ、早速お願いしてもいい?」
「わかった」
ボバンやダナン達に協力してもらって、椅子や揺り籠を配置し直す。1列に並べられた椅子に腰掛けてもらって私はウォルトと一緒に前に出る。
「お母様。ウィリナさん。レイさん。今日は私の我が儘に付き合ってくれてありがとう。今からウォルトに披露してもらうのは、私が生きてきた中で最も感動して…最も素晴らしいと思ったモノ。ジニアス達にも見てもらいたい。始める前にお母様達にお願いがあるの」
「なにかしら?」
「今から目にするモノと、ウォルトのことは誰にも言わないでほしい。お父様やお兄様達にも。絶対に」
返答を待っていると、お母様達は顔を見合わせて頷いた。
「わかったわ。たとえナイデル様が相手でも言わない。そうでないと見せてもらえないのでしょう?」
私は力強く頷いた。
「ありがとう。ウォルト、お願いしてもいい?」
「お疲れ様。精一杯やるからリスティアも楽しんでほしい」
ウォルトはニャッ!と笑ってくれる。
「…うん!楽しみ!」
アイリスとテラが窓のカーテンを閉め切って、部屋は真っ暗になる。誰も入室できないよう扉に鍵をかけて、『猫の魔法使い』による独演会が開演した。