188 準備完了
国賓を招いて開かれた祝宴は、滞りなく幕を閉じた。
来賓達を見送って胸をなで下ろした王族一同。肩の荷が下りたナイデルは協力してくれた者達を労う。
「皆ご苦労だった。今日がジニアス達にとって記念すべき日となったのも、皆の尽力の賜物。国王として深く感謝する」
拍手喝采の中、大盛況に終わった祝宴。最低限の人数を残しいつも以上に疲れたであろう王城で働く者達を早めに帰宅させるよう指示を出す。
協力してもらった者達を城から見送って、遂にリスティアが動き出した。
「お父様。では、約束通りに」
「わかっている。存分にやるといい」
「ありがとう」
丁寧に礼をして、お母様やウィリナさん、レイさんに声をかける。
「疲れてるのにゴメンね。少しだけど休んでて」
「あまり気負わなくていいのよ」
「楽しみにしております」
「ゆっくりお待ちしてます」
「ありがとう!準備ができたら呼びに行くね!」
自分が選定した会場へ向かって走る。止まることなく…息を切らして。
「ハァ…ハァ…」
到着して息を整えると、扉に手をかけてゆっくり開ける。
中を覗き見て宴の準備をしているウォルトの姿が目に入った。アイリスとテラが準備を手伝ってくれてる。
堪えきれず駆け出した。私に気付いたウォルトは、向き直って笑顔で待ち構えてくれている。
「ウォルト~!」
しゃがんで待っているウォルトの胸に全速力で飛び込む。衝撃を殺して受け止めてくれた。やっぱり優しい親友。
「久しぶりだね。リスティア」
「…ごめんね!ごめんねっ!!」
ウォルトの首に抱きついて泣きじゃくる。微笑んで背中を優しく撫でてくれた。掌が温かくて余計に涙が溢れる。
しばらく子供をあやすようにしていたウォルトは、私が落ち着いてきたところで口を開いた。
「泣かないで。気にしないでくれって手紙に書いたろう?そんなことより、ボクの被り物はもっといいのがなかったのかい?」
「ぐすっ…。面白かった?」
「アイリスさんだけ笑ってくれたよ」
「ふふっ。ぐすっ…。ならいいじゃん!」
「そうだね。誰も笑ってくれなかったら悲しかった」
『危ニャかった…』とでも言いそうに苦笑い。
「ぐすっ…。今さらだけど、私がウォルトに魔法で祝福をお願いしたかった理由を聞いてくれる…?」
「もちろん」
ウォルトに抱きついたまま、私が生まれた年のことを語る。
カネルラが苦境に立って大変なときにもかかわらず、お父様達は無理して祝宴を開いてくれた。とても嬉しかったけれど、お父様やカネルラの来賓は招待した国賓から心ない言葉を浴びせられ、赤子だったけど内容をハッキリ憶えている。
自分のせいで、家族だけでなくカネルラを責められたことがひどく悲しかった。今は10年前と違うけれど、弟達にはそんな思いをしてもらいたくなくて私の人生で最も感動した素晴らしいモノを見せて祝福してあげたいと思った。それがウォルトの魔法なんだと伝える。
ウォルトは優しい表情のまま黙って話を聞いてくれた。アイリスとテラも手を止めて話を聞いてくれてる。
「そんなことがあったんだね。大変な年だった。ボクも小さかったけど覚えてる。思い出したくなかったろうに」
「王族相手に無茶なことを頼んでごめんなさい…。でも…」
「謝らなくていい。ボクは嬉しい」
「ホント…?」
「本当だよ。親友にこれ以上ないくらい魔法を褒めてもらった。嬉しい限りだ」
「…ありがとう」
私達は顔を見合わせて微笑んだ。その後、私も手伝って会場の準備は終了。アイリスとテラは「王女様に手伝って頂くなんて!」と慌ててたけど、ウォルトは「お願いするよ」と普通に接してくれる。さすが親友!
ウォルトに聞こえないよう小声でアイリスとテラに頼みごとをする。聞き終えたアイリスは驚愕の表情を浮かべた。全ての準備を終えて、満足した表情のウォルト。
「準備ができたよ」
「うん♪皆を呼んでくるね!」
「あの~……王女様」
「なぁに?」
「私達は……本当にやるのですか…?」
「うん!お願いね♪じゃ、呼んでくる!」
呆然とするアイリスにテラが笑いかけた。
「アイリスさん!いいじゃないですか!やりましょうよ!」
「なんでテラはそんなにやる気なの…?はぁ……」
アイリスはガックリと肩を落として溜息を吐いた。
お母様達を呼びに向かう途中の廊下で、兄様コンビに遭遇する。
「リスティア。祝宴が始まるのか?」
「そうだよ!」
「ボクらも行っていいかい?」
「もちろんダメだよ♪」
屈託ない笑顔で断ると、兄様達は顔を見合わせて苦笑い。
「だよな。ゆっくり楽しんでくれ」
「レイ達にもいいモノを見せてあげてくれ」
「うん!任せて!じゃあご機嫌よう!」
急いで走り去る。
「一体なんだろうな?リスティアがあれほど見せたがるモノ…」
「驚くようなモノだろうね。曲芸とか凄い職人が作った作品とか。レイに後で訊いてみようかな」
「教えてくれるといいがな」
「まず無理かな。リスティアは、父上と並んで参加を認めなかったボクらに教えてくれそうにない」
「父上の判断は間違ってない。国を背負う者として当然だ。…が、正直気になる」
「せめてその者を知っていれば後押しできたかもしれないけど」
「今さらだな」
「そう。今さらだ」
やっとお父様の部屋に辿り着いた。ノックして中に入ると、既にウィリナさんとレイさん、そして次期カネルラを担う赤子の王子達も勢揃い。近寄って笑顔で告げる。
「準備ができたの!行こう!」
お母様はジニアスを、ウィリナさん達もそれぞれに息子を抱えて立ち上がる。
「では、ナイデル様。行って参ります」
「急ぎすぎて転ばぬようにな。…リスティア」
「なに?」
「ジニアス達に…先程の祝宴より素晴らしいモノを見せられるのか?」
「うん!」
「決めつけるのはまだ早いのではないか?」
私は満面の笑みを浮かべる。
「言わせてもらうね!さっきの祝宴は本当に素晴らしかった!お世辞じゃないよ!でもね、お父様とお兄様達はきっと後悔することになる!」
お父様は高らかに笑った。
「はははっ!そうか…。行ってこい。そして、お前の言う一生の思い出を作ってこい」
「ありがとう!いってきます!」
偉大な国王は屈託のない笑顔で私達を送り出してくれた。