186 ウォルトさんと手合わせするぞ!
テラの借家は王都の街はずれに建っている。
周囲に家もなくて、人の通りもないから修練や手合わせにもってこい。まだ騎士になって日は浅いけど毎日の鍛練は欠かしてない。私自身は騎士に向いていると勝手に思っている。
ダナンさんが暇なときは手合わせしてもらって、鍛錬するのも全く苦にならない。今日は、そんな私が待ち望んでいた手合わせができる!
「ダナンさんやアイリスさんに勝ったウォルトさんと手合わせできるなんて嬉しい限りです!」
「大袈裟ですし、勝ったワケじゃないですよ。負けなかっただけで」
ウォルトさんは困ったように笑うけど、表情と言葉に騙されちゃダメだ。謙遜してるけど私はアイリスさん本人の口から「完敗だった」と聞いてる。
ダナンさんに至っては「アンデッドの力で迫ったのに敗れた」と言ってた。団長との闘いでも目にしたウォルトさんの実力に疑う余地はない。
騎士になって、団長やアイリスさん、ダナンさんの実力を肌で感じてる。私なんかじゃ到底敵わない強者。目標とすべき人達。そんな人達をことごとく退けたウォルトさんは、優しさだけじゃなく強さも併せ持つ獣人。やっぱり手合わせしてみたい。
「私はまだ騎士の端くれです!胸を借りるつもりでいきます!」
ウォルトさんに向かって槍を構えた。
騎士になるにあたって操る武器を決める必要がある。私は女性にも扱いやすい剣ではなく、扱い辛い槍を選んだ。騎士団に所属する女性では唯一槍術を学んでる。理由はダナンさんの槍術に憧れているから。
「いつでもいいですよ」
ウォルトさんが身構えた。こうして対峙しても並み居る猛者達を倒したようには見えないのが逆に凄い。優しく紳士でおよそ獣人らしくない。でも紛れもない強者。この人に…騎士として挑みたい。
「では……いきます!」
ウォルトさんに向かって駆け出した。
ー 15分後 ー
「ぐぁ~!やられたぁ~!」
芝生で大の字になったまま空を見上げる。相当きっつい…!
「お疲れさまでした」
ウォルトさんが家から水を持ってきてくれた。適度に魔法で冷やして差し出してくれる優しさはさすが。受け取って一気に飲み干す。
「ぷはぁ~!水が美味しすぎます!生き返ったぁ~!」
「よかったです」
笑みを浮かべるウォルトさんは汗もかいていない。今のも余裕だったんだなぁ。
「手合わせしてくれてありがとうございました!勉強になりました!」
「こちらこそ。ボクも勉強になりました」
「ウォルトさんが?今の手合わせでそんな要素ありました?」
完膚なきまでにやられた。私の槍は届くどころか掠ることすら叶わず、放った槍技は全て見事に躱されてしまった。
「しっかりした槍術を操る人と手合わせしたのは初めてです。ダナンさんはカリーに騎乗したままでしたし、アンデッドだったので槍技も繰り出していません。いい経験になりました」
「でもウォルトさんには通用しませんでした!ちょっとは焦ってもらえると思ってたのに…悔しいです!」
言葉とは裏腹に笑顔になってしまう。予想はできていたしウォルトさんは本当に強い。
「そんなことないです。魔法に気付いてましたか?」
「魔法?使ってましたか?」
全くわからなかった。
「『身体強化』と『硬化』を。穂先が当たったらタダでは済まないので万全の態勢でいきました。それでも何度か危ない場面があったんです。騎士になって短期間なのに素晴らしいと思います。ボクなんて直ぐ追い越されますよ」
お世辞を言っているようには見えない。嘘を吐く人じゃないと皆が言っているし、私もそう思う。嬉しくて自然と笑顔になる。
「私の槍術で気になるところはありましたか?」
「槍術は素人ですが、気になったことがあります」
「どこですか?」
「槍が身体に合ってないんじゃないですか?」
「さすがですね!その通りです!」
「突いたり切ったりするとき、重心が定まってなくて扱いづらそうに見えました」
「騎士団には男性用の槍しかなくて全てが大きいんです。まだ特注品は買えないので…」
特注の槍は騎士団員の給料でそうそう買える値段じゃない。いつかは買いたいから今はお金を貯めてる。
「ボクに槍を貸してもらえますか?」
「いいですけど…なにをするんですか?」
槍を受け取ったウォルトさんは詠唱する。
『圧縮』
すると、手を翳した槍の一部がひと回り小さくなった。
「すっごぉ~!」
私は目を丸くした。こんな魔法があるんだ。
「こんな感じで魔法で圧縮できます。解除すれば元通りになるので心配いりません。ただ、重さは変わらないし傷も元には戻らないんですが…」
「重さは問題ないです!身体を鍛えればいいので!借り物でも使っていれば傷つくのは仕方ないですし!」
「もっと扱いやすくなるように加工してみましょう。テラさんの意見を聞かせて下さい」
私の要望に合わせて細かく魔法で圧縮してくれる。槍の太さや長さを微調整して扱いやすい槍を作り上げた。仕上げに『延長』で長持ちするように加工して作業は終了みたい。
「どうでしょう?」
出来上がった槍を受け取って早速素振りしてみる。確かに重みは変わりないけど、バランスが抜群にいい。突いても切ってもしっくりくる。扱うのがかなり楽になった。
「最高です!凄く扱いやすいです!」
「よかったです。形は覚えたので、魔法の効果が切れたらダナンさんに預けてください。調整して渡します」
「ありがとうございます!」
頭の上で槍をブンブン振り回す。
「よし!もう一度手合わせお願いします♪」
「えぇっ!?」
驚くウォルトさんに向かって不敵な笑みを浮かべてみる。
「ふっふっふ…!今の私は…さっきまでの私とは違いますよっ!ウォルトさん……覚悟して下さいっ!」
再び手合わせしたものの結果は全く変わらずでかなり悔しかった。