184 騎士は再び森へ向かう
ウォルトがリスティアに手紙を送って数日が経過した。
日課である魔法の修練や鍛練を終えて、住み家でのんびりお茶をすすっている。先日カリーに蹴破られた玄関のドアは綺麗に修復した。
昨日訪ねてきたチャチャに「今度のドアは…なんだか目がチカチカするね」と模様に対する的確な意見をもらった。ボクもそう思う。
季節によって拾う木の種類が変わるから模様の変化は仕方ない。味わいもその時々で季節を感じる。とはいえ、見た目より機能性を重視するので特段気にすることはない。
今日も『花茶はうミャい!』とか言いそうな顔で幸せを噛み締めていると、馬の蹄の音が聞こえてきた。音の主がカリーであることは姿を見ずとも判別できる。駆けるリズムは耳に残ってるから。外で出迎えよう。
「カリー!いい加減にせんかっ!このじゃじゃ馬めがっ…!」
いつものようにダナンさんの声が響き、スピードを落とさないカリーは、止まる気配など微塵もなくドアに激突した。
けれど…。
「ヒッヒーン!?」
ドアを吹き飛ばす勢いで全力で蹴ったけど、ビクともしなかった。カチャッとドアを開ける。
「カリー、いらっしゃい。ダナンさんもお疲れ様です」
「ウォルト殿…。一体どういうことですかな?」
ダナンさんは拍子抜けしてる。
「カリーがドアを蹴破る直前に『衝撃吸収』の魔法をかけました。『硬化』ではカリーが怪我するかもしれないので」
「なんと。さすがですな」
「ヒヒン……」
カリーはどこか悲しそうな表情。
「ドアを蹴破りたかったのかい?」
「ヒヒン…」
コクリと頷く。
「そっか。別に構わないよ」
さっと『衝撃吸収』を解除した。
「ウォルト殿!?ダメですぞっ!」
「ヒッヒーン♪!」
結果、修復したばかりの玄関のドアはカリーに粉々に蹴り砕かれた。
くどくどくどくど……。
「はい…。すみません…」
「ヒヒン…。ヒヒン…」
カリーの度重なる我が儘と、猫人の度を超えたお人好し加減に堪忍袋の緒が切れたのか、ダナンさんは家に入るなり1人と1頭を正座させて説教を始めた。
ボクも反省しきり。もの凄い剣幕で怒るダナンさんは誰にも止められない勢い。そして、今後『玄関は蹴破らない。蹴破らせない』という至極当たり前のことを約束させられて長い説教は終了した。
足が痺れたままで、生まれたての動物のように足をプルプルさせながらもお茶を淹れて差し出す。
「熱くなってしまいました…。恩人に対して失礼を…。申し訳ありませぬ…」
項垂れるダナンさん。
「ボク達が悪いので当然です。ねっ、カリー」
「ヒヒン」
カリーも頷いてくれてダナンさんは本題に入った。
「ウォルト殿。ジニアス様達の誕生祝宴の日程が決定しましたのでお知らせに参りました」
「わざわざありがとうございます」
「開催は10日後となります。国賓を招いた祝宴が終了したのち、一部の王族と知人のみで催す小さな宴に参加して頂き、ウォルト殿の魔法を披露して頂きたいのです」
「わかりました」
小さな祝宴であっても凄いことだと思う。見ず知らずの獣人を城に入れるということは、少なからず危険を孕むからだ。
「ウォルト殿…」
「なんでしょうか?」
「リスティア様は…我々ウォルト殿を知る者に国王様の説得に協力してほしいと頭を下げられました…。王女様がこれまでの人生で最も感動したモノをジニアス様達に見せたいと仰られていました。それが貴方の魔法なのだそうです」
「リスティアがそんなことを…?」
多幸草を採りに行ったとき魔法を見せたけれど、そんな風に感じていたとは夢にも思わなかった。
「手紙にあった通り国王様や国賓もいらっしゃる場で…との御希望だったのですが、やはり一般の者を参加させるのは難しいというナイデル様の御判断でした」
「当然の判断です。リスティアの期待に添えるかわかりませんが精一杯披露させて頂きます。ガッカリされるかもしれませんが…」
苦笑しながら了承した。
「当日はお迎えにあがろうかと思っておりますが、ご都合はよろしかったですか?」
「予定はありません。あと、迎えは必要ありません。ボクは自分の足で王都へ向かいます」
「なんですと?!いけませんぞ!貴方は大事な客人なのです!フクーベまで馬車を用意致します!」
ふっと表情を和らげる。
「ダナンさん。きっとリスティアは奔走していたのでしょう?」
「はい。あちらこちらへ息を切らしながら忙しく走り回っておられました」
「であればボクも駆けます」
「親友…だからですか?」
ダナンさんの言葉に笑顔で頷く。
「その通りです。彼女が必死に走っていたのならボクも駆けたくなるんです」
リスティアとは短い付き合いだ。会ったのはたった2回しかない。けれど、彼女は一国の王女であるのに一介の獣人を嘘偽りなく親友と呼んでくれた。
初めは冗談だと思ってた。ボクを笑わせようと勢いで言ったんだと。でも、誰に対してもボクを「親友なんだよ!」と笑顔で語ってくれる。
ボクと過ごした短い時間を絶対忘れることはないと言ってくれた。そんなリスティアをボクも親友だと思っている。彼女がカネルラの王女でなくなってしまっても、この国からいなくなったとしても関係ない。
ずっと親友で在りたい。そう思える存在。
「かしこまりました。それでは当日の流れを説明させて頂きます」
「お願いします」
ダナンさんは、丁寧に移動から祝宴の流れを説明してくれた。しっかり聞き留めていく。
「…という流れになります。ウォルト殿にとっては少々大変かもしれませぬが…」
「いえ。理解しました」
「ウォルト殿は…怖くないのですか?」
「怖い…ですか?」
「王族を前に魔法を披露するということです。私が同じ立場なら足が竦んでしまいますぞ」
「もちろん緊張します。けれど、今から心配しても始まりません。やると決めたら全力でやるだけです。もし楽しんでもらえたなら最高の結果です」
ボクにできることは、リスティアの期待に応えられるように、そして楽しんでもらえるよう精一杯やるだけ。
「私は…貴方を心から尊敬します」
「ボクは人に尊敬されるような獣人じゃないですよ」
「ヒヒ~ン?」
カリーはなぜかジト目だ。そんなカリーと互いにモフりあう。その後、少しだけ会話してダナンさん達はとんぼ返りすることに。
「では、王都でお待ちしております。お気を付けて」
「ヒヒーン!」
「はい。ダナンさんとカリーも」
2人を住み家の外で見送った。さて、どんなふうに魔法を披露するかゆっくり考えよう。