181 親友からの返信
ウォルトは森の住み家で机に向かっていた。
少し前にダナンさんとカリーが訪ねてきてくれて、土産話に花が咲いた。
ダナンさんの話によると、徐々に生前の感覚を取り戻しているらしい。理由は不明だけど、身体にしても闘気にしても、過去の自分に近付いているような感覚があるみたいだ。カリーが魔力を取り戻したのも、そういった現象の1つなのかもしれない。
教官に就任してから騎士団では槍術を専攻する騎士も増えたとのことで、嬉しい限りだと言った。
「気になってたんですが、ダナンさんの操るクラン槍術は昔から騎士団にある槍術なんですか?」
素朴な疑問をぶつける。
「実は我々の代で発足した新たな槍術なのです。といっても400年前になりますが。私も入団当時は異なる槍術を学んでいました」
「そうなんですね」
「また、現代の騎士が学んでいるのもクラン槍術とは異なる槍術となります。おそらく、戦争の影響で伝承者がいなくなってしまったのだと推測しますが……クラン槍術の創始者はクライン国王陛下なのです」
「そうなんですか?!」
クライン国王が創始者だったなんて…。
「クライン様は非常に槍術に秀でた方でして、次々に技を編み出されました。先の戦争では陣頭指揮の下で幾度か戦闘にも加わられたのです」
「後世に伝わっていない貴重な情報ですね」
カネルラの歴史はある程度学んだけれど、国王自ら参戦したという話は聞いたことがない。
「クライン様は御自身が編み出した槍術に名を冠することを望まれなかったのです。謙虚な方でしたので。ゆえに私達も誰にも伝えたことはありませぬが、騎士の皆で話し合いクラインの名を模したクラン槍術と名付けたのです」
「勉強になります」
「私も含めてクライン様に槍術で敵う者はおりませんでした。一切の忖度なしでの話です」
ダナンさん曰く、クライン国王に匹敵する槍使いに会ったことはなく、とにかくずば抜けた技量であったと。
「凄いですね…。ダナンさんよりも…」
「クライン様が編み出した槍術に、騎士の闘気を加えて編み出したのが『螺旋』などの技能なのです。クラン槍術を後世に伝えることは、クライン様の生きた証を伝えることと同義。私にとって一番の喜びです」
そう言って笑う。
「ウォルト殿。随分話し込んでしまいましたが、我々はそろそろ休ませて頂きます。明朝には王都に戻ります」
今日は泊まっていくことで話はまとまっていた。
「ゆっくり休んで下さい。今からリスティアに返事を書くので、帰る前にはお渡しできます」
「ヒヒン♪」
カリーがすり寄ってきたので、優しく撫でてあげた。その後、ダナンさんとカリーは来客用の部屋に移動する。
ボクも自分の部屋へ移動して直ぐに机に向かった。リスティアへの返事を書くタメに。
さて…どう書こうか。
その日、遅くまで机に向かっていた。
★
翌朝。
王都へ戻るダナンさんとカリーを見送る。
「お手数おかけしますが、よろしくお願いします」
ダナンさんに手紙を手渡す。
「確かに預かりました。命に代えても王女様にお渡ししますぞ。もう死んどりますが!ハッハッ!」
「………」
ジト目のカリー。
「なんだその目はっ!たまには冗談くらい言ってもよかろう!まったく!」
今のは…ちょっとつまらなかった…。
「ダナンさん。ココから王都までどのくらいで到着するんですか?」
「そうですな。視界のいい昼ならば3時間ほどでしょうか。我々は疲れを知りませんから」
2人は霊体ゆえに疲れを知らない。ただ、生前の感覚が戻ってきたことで、激しく動き回るとどことなく疲れた気分になるらしい。
「速いですね。さすがカリーです」
「ヒヒン♪」
「それではウォルト殿。またお会いしましょう」
「はい。また」
ダナンさんとカリーは颯爽と駆け出した。
★
ウォルトに伝えた通り、3時間ほどで王都へ帰還したダナンとカリー。
王城に到着し、門番に挨拶して検問を通過する。騎士団が立哨しているのもあって直ぐに通してもらった。重厚な城門を潜ると、直ぐに声をかけられる。相手は王女様付のメイド。
「ダナン様が戻られたら、直ぐに王女様のお部屋にお通しするよう言付けられております」
「直ぐに伺いますぞ」
足早に王女様の部屋へと向かう。カリーも堂々と城内を闊歩する。此奴は昔から人に懐かないが、よほど横柄な態度でなければ触られることは嫌がらないので皆の人気者。
部屋に到着してドアを優しくノックする。
「はぁい」
気の抜けたようなリスティア様の声が聞こえた。
「ダナンでございます。只今帰還いたしました」
パタパタと足音が近付く。カチャリとノブが回って王女様が顔を出した。
「お帰り!中に入って!」
「失礼致します」
「ヒヒン」
手招きで促されるままに中へと入る。リスティア様はすぐカリーに抱きついた。
「カリー!今日もモフモフだね!」
「ヒヒン」
「ウォルトには会えたの?」
「ヒヒ~ン」
「いいなぁ~!羨ましい~!」
リスティア様とカリーは仲がいい。騎士団の指導で忙しいとき、リスティア様はカリーに乗って城内を散策しておられる。
ウォルト殿、テラに続いてカリーが懐いた3人目の人物。ちなみに他の王族の皆様には誰一人として懐いていない。物言いが気に入らないのか不明だが、歯を剥き出しにして威嚇する始末。
「賢いのだから空気を読め!」と言っても此奴は意に介さない。生前も死後も唯我独尊。ナイデル様が相手でも構わず威嚇するため、既に命はない身であるのに寿命が縮むような思いをする。国王様が寛大であるから許されているのだ。
「王女様。こちらを」
兜の隙間から手紙を取り出す。
「ウォルト殿から預かりました」
「ありがとう。遠いのにお願いしてゴメンね」
「いえ。我々もウォルト殿にお会いしたかったのです。むしろ王女様に申し訳ありませぬ」
「ヒヒン…」
「ううん!ありがとね!」
「有り難きお言葉」
王女様は早く手紙を読みたいであろう。一礼して直ぐに退室する。無事に手紙を渡せたことに胸を撫で下した。
★
リスティアは直ぐに机に向かう。
予想した通り、ウォルトは魔法封蝋をして返信してくれた。
ウォルト…ゴメンね…。
無茶なことを言ってる自覚がある。王族と国賓の揃う場に参加して、魔法で祝福をしてくれなんて相手が親友といえども正気の沙汰じゃない。それも、普段は森で静かに暮らしている優しい獣人に…。
それでも…愛する弟の一度きりの誕生祝いに相応しい、私が考え得る最高の贈り物。それがウォルトの魔法。
10歳の幼い私が、生まれてからこれまでの人生で、最も素晴らしくて美しいと感じたモノ。心打たれ感動したモノ。
親友のウォルトが繰り出す強く美しくて洗練された多彩な魔法を…生まれたばかりの最愛の弟に見せてあげたい。
とんでもない我が儘だってわかってる。静粛な祝宴でどんな魔法を披露すればいいのか?なにをすればいいのか?全てがウォルト任せ。
無茶振りにもほどがある。権力を振りかざして強制してると思われて、嫌われたって仕方ないほどの…。それでも頼まずにはいられなかった。
私は…ジニアスにも、エクセルとハオラにもウォルトの美しい魔法を見てほしい。絶対にそれだけの価値があるの。ただの我が儘であっても、私にできる最高の贈り物。
大きく息を吐いて魔法封蝋を解くと、ゆっくり便箋を開いた。