180 愛娘からの提案
ウォルトに手紙が届いた頃。カネルラ王城では、お転婆王女リスティアが誕生したばかりの弟を笑顔であやしていた。
「うっ…うぁ~ん!!わぁ~ん!」
「大丈夫、大丈夫!よしよし!」
「ぐすっ…。……きゃっ!きゃっ!」
「いい子だねっ!大好きだよ♪」
「きゃはっ!」
リスティアに抱かれて満面の笑顔を見せる生まれたばかりの王子は、【ジニアス】と名付けられた。まだ幼いリスティアがさらに幼いジニアスをあやす光景は王城に暮らす者達の心を温かくする。
ナイデルとルイーナの国王夫妻は、仲睦まじく眺めていた。高齢出産を終えたルイーナは産後の経過も良好でナイデルも胸を撫で下ろしていた。ウィリナとレイも母子共に健康で、王子達の表情も日々明るい。
「ジニアスは、リスティアのことが大好きなようだな」
「リスティアに抱かれると私の時よりも落ち着いているように見えるのです」
隣でルイーナが微笑む。
「それは過言だろう」
「悔しくて言っているワケではありません。リスティアは、いい母親になるのではないかと思っているのです」
「そうか…。喜ばしいことだな」
「はい」
幼い我が子達に優しい眼差しを向ける。最近ストリアルとアグレオにも嫡男が誕生して王城は忙しい。カネルラの次代を担う王子達を国民に盛大に披露したいと計画しているものの日程の調整もままならない。
「皆忙しいのだから、無理して直ぐに披露しなくともよい」と通達しているが、カネルラ国民としても新王族の誕生は滅多にない祝賀であり、お祭り気分を楽しみたいという国民の意見に耳を傾けているところだ。
ジニアスを抱いたリスティアが俺達の元へ歩み寄る。
「お父様、お母様!ジニアスは今日も元気!」
「きゃはっ!」
姉弟の姿に心が和む。
「そうだな」
「そうね」
「あぅ~」
笑顔でルイーナに手を伸ばすジニアスをリスティアはそっと手渡した。母に抱かれて笑顔を見せる。
「ジニアスは、元気だし聞き分けがいい!ちょっと重いけど私の鍛え方が足りない!」
「お前の細腕では厳しいかもな。だが、いつも助かっている」
「こう見えてお姉ちゃんだから!」
満面の笑みで胸を張る愛娘。リスティアは聡明だが、ジニアスが誕生するまでこれほど弟を可愛がるとは思っていなかった。ストリアルやアグレオとは比べものにならぬほど溺愛しているのが見てとれる。
「ところでお父様」
「なんだ?」
「ジニアスの誕生祝宴は王城でやるんでしょ?」
「そのつもりだが」
「お願いがあるの!」
「なんだ?言ってみろ」
「私の知り合いにもジニアスを祝福して貰いたいの!」
なにを言い出すかと思えば…さすがに予想外だ。
「一般の者を参加させろ…ということか?」
リスティアはコクリと頷く。熟考して口を開いた。
「無理だ。王城での催しには国賓も迎える。万が一のことを想定すると、一般の者を参加させるのは困難。城下町での披露に参加してもらうだけではダメなのか?」
頭ごなしに否定しないのが俺の流儀。だが、リスティアがなにを考えているかわからない現状では答えはノーだ。どこの馬の骨とも知れない者を、王城での祝宴に参加させることはできない。
「それでもいいけど、祝宴に参加してもらえばジニアス達の一生の思い出になると思うの」
「ジニアス達の思い出だと?まだ生まれたばかりの赤子に思い出など残らぬだろう」
俺自身も同様に御披露目されたと聞いているが、国民に披露されたときの記憶など微塵もない。
「そうかなぁ?あと、国賓が来るからこそなんだけど」
「どういう意味だ?」
「わざわざカネルラを訪問してくれた人達にとっても、きっと一生の思い出になる。見せてもらったことを感謝されるはず」
さっぱり理解できん。
「その者は、一体なにを見せるというんだ?曲芸師か?」
「違うよ。曲芸師より人を驚かせる」
ますます意味不明だ。まるで無理問答をしているかのよう。隣を見ればルイーナが柔らかい笑みを浮かべていた。
この笑顔は…。
「ルイーナ。リスティアの言っていることが理解できているのか?」
「はい。披露する内容ではなく、それが誰なのかですが」
「さすがお母様!」
ニンマリしてまた胸を張る。なぜリスティアが誇らしげなのか。
「私が決めることではございません。ナイデル様が納得いくようなご決断を。リスティアもあまり無理を言ってはダメよ」
「わかってる!」
ルイーナは微笑んだまま黙ってしまった。この件について…今決断するのは得策でないと感じる。
「しばし時間をくれ」
「うん!」
リスティアは笑顔で去っていく。
「なぜリスティアはハッキリ言わないのだ?俺は謎かけをされている気分だ」
俺の問いにルイーナは笑いながら即答する。
「ナイデル様に正直に伝えると、直ぐに断られると思っているからです」
「なに?俺は頭が固いつもりはないぞ。いつだって傾聴しているつもりだ」
「その通りですが、ある一部では固いことをあの子は理解しているのです」
「むぅ…。そしてお前もか…」
「はい」
「それがなにかは教えてくれぬのだな?」
「御容赦ください」
溜息をつく。己にそんな意固地な部分があるとは思わない。だが、最愛の妻の言葉は重い。愛娘も知っているという。信用しない理由はない。
それにしても…リスティアの言っていることは気になる。国賓すら驚かせることとは一体なんだ?
全く思いつかないが、それでも気になってしまうのは、未知の出来事に遭遇するかもしれないと期待する自分がいるからだろうか?
そんなことを考えながら、ルイーナに抱かれるジニアスの頭を優しく撫でた。