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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
176/706

176 弟子達は気付く

 最近、フクーベのギルドはある話題で持ちきりになっている。


 フクーベ最高ランクの冒険者パーティー【ホライズン】がクエスト中に窮地に陥ったという。屈強な獣人の戦士マードックが高難度ダンジョンの下層で罠に閉じ込められ、単独で救出に成功した強者がいるという。


 現在、その者の情報についてはなにも知らされていない。素性が一切不明の【救出者】について、ギルドでは様々な憶測が流れていた。引退した超一流の冒険者であるとか、ダンジョン精霊の類ではないか、はたまた救出されたのは幻想でマードックの火事場のクソ力ではないかとまで云われている。


 だが、即座に解答に辿り着いたものが若干3名いる。フクーベのDランク冒険者パーティーである【森の白猫】だ。オーレンと姉妹はクエストを終えて帰宅したあと、家に帰ってお茶していた。


 そこで件の救出者について話し合う。まずはオーレンが切り出した。


「噂の救出者はウォルトさんだな。単独でダンジョンの20階層に潜っての救出なんて他の人にできっこない」


 自信を持って発言する。


「マードックさんの知り合いだし、きっとそうだよ!噂の分厚い壁も魔法で一瞬だったと思う!」

「間違いないよね。冒険初心者の私でもわかるよ。話が非常識すぎるもん」


 アニカとウイカも納得して、満場一致で正解を導き出した。おそらくはマードックさんの関係者で、しかも噂に聞く頑強な壁を単独で壊せる者なんてウォルトさん以外に考えられない。情報が出ないのは、きっとマードックさんが黙秘しているからだ。


「躍起になって探してるみたいだな」

「ウォルトさんのことを知ってる人がいないんだからわかりっこないけどね!」

「言いたくなるよね。凄い人なんですよって」

「そうなんだよぉ~!でも、嫌がるのがわかってるから言わないけど!」

「そんなことより、どうやって救出したのか気になるから訊きに行こうぜ」

「「賛成!」」


 こうして、後日ウォルトさんに会いに行くことに。



 ★



 俺達は、『動物の森』にあるウォルトさんの住み家に向かう。今日は数匹の魔物と遭遇したものの、手慣れたもので軽く蹴散らした。

 

「最近パーティーに余裕があって充実してるよな」


 クエストも順調にこなして、他のパーティーと一緒に活動したり。活動の幅は確実に広がってる実感がある。


「そういう油断がダメなんだよ!」

「油断大敵だよ」

「わかってるよ。言ってみただけだろ」


 拗ねて口を尖らせる。


「まぁ、オーレンがいなくなったら【森の白猫(ヴァイスアルビーナ)】から【白猫と淑女(アルビーナブラウ)】になるだけだけど!」

「ありだね」

「もう名前まで考えてるのかよ!しかもちょっと格好いいな!」


 油断できない。いつものように下らない会話を楽しみながら住み家に到着する。ウォルトさんは今日も笑顔で出迎えてくれた。


「お疲れさま」

「今日は師匠の活躍について訊きに来ました!」


 アニカが満面の笑みを浮かべると、ウォルトさんは苦笑い。


「恥ずかしいから師匠呼びはやめてくれないか。活躍ってなんの話だい?」

「悪魔の鉄槌でのマードックさんの救出についてです。最近ギルドでも熱い話題で俺達も聞きました」

「周りの人達は気付いてないんですけど、私達は救出したのがウォルトさんだってすぐ気付きました」

「合ってますよね!自信あります!」


 自慢げだな。まぁ合ってるはずだけど。


「そうなんだけど…ボクだってバレる要素があったかな?皆は勘が鋭いね」


 ウォルトさんは『すごいニャ~』とか言いそうな顔で微笑んでるけど、実力を知ってる者なら誰でもわかる。正答率100パーセントのサービス問題なのに、本人は『誰にでもできること』だと思ってるな。勘違いも甚だしいけど、言っても無駄だから黙っておこう。


「とりあえず中に入って」


 笑顔のウォルトさんに促されて住み家に入ると、遠慮は失礼とばかりに寛ぐ。


 今日は姉妹もなぜか手伝いを断られた。直ぐにいい香りのする飲み物が運ばれてくる。


「コレってカフィですよね!?」


 アニカは差し出された飲み物に驚いてる。確かにカフィだ。


「そうだよ。王都やフクーベで流行ってるって聞いたから、皆にも飲んでもらおうと思って内緒にしてみた」


 珍しく遊び心を見せるウォルトさんは、普段冗談なんて言わない。それだけ俺達に心を許してくれているということ。


「流行ってるけど、俺達は驚いてます」

「なにか変かな?」

「ウォルトさんはカフィ豆をどうやって手に入れたんですか?」

「豆を少し分けて貰って知ったんだ。森で探してきただけだよ。匂いで判別できるからね」

「あのですね、カフィ豆は凄く高価なんです」

「そうなの?」

「流行ってると言っても、一部の金持ちしか毎日は飲めないんですよ。俺達も2、3回しか飲んだことないです。採れる場所も知られてないですし」

「ボクのはタダだから遠慮なく飲んで。味は売り物に負けるだろうけど」

「頂きます」


 飲む前からわかってる。街のカフィより遙かに美味しいと。案の定だった。



 美味なカフィを飲みながら、マードックさんの件について訊くと、質問に丁寧に答えてくれた。


「そんなトラップがあるなんて怖いな」

「私達なら間違いなく死んでます!」

「初見殺しだよね」

「あの罠にかかる冒険者は単純に運が悪い。解除される時間はランダムで、ほとんどが丸1日以上かかる危険な罠だ」

「ウォルトさんが知ったのは、お師匠さん情報ですか?」

「ボクは何度も閉じ込められた経験があるんだ。修練の一環でね」


 ちょっと言ってる意味がわからない。


「どういう修練ですか?」

「壁の間に閉じ込められて壁を1枚ずつ魔法で壊す修練だよ。一定時間内に壁を破って隣の空気を吸わないと窒息するから、とにかく必死だった。実際何度か死にかけたなぁ…」


 遠い目をして語る。まさに命懸けの修練。俺達は思わず唾を飲んだ。


「今回の救出に使った魔法で壊すんだけど、習得したばかりの頃は効果範囲が小さくて、何度詠唱しても少しずつしか削れなくてね…。あの修練で暗くて狭い場所が少し苦手になったよ」

「凄い修練を重ねてるんですね」


 いつ聞いても冗談抜きで命懸けの修練をしてる。ウォルトさんのような魔導師になるには必要なことかもしれないけど、俺にはできそうもない。


「ボクの場合は「野菜汁の絞りカスみたいな才能しかないお前は死ぬ気でやって人並みだ。ボケ」って言われたからそうしただけなんだ」


 ウォルトさんの師匠はめっちゃ口が悪いんだよなぁ。俺達はいつも思ってる。ウォルトさんも大概だけど、師匠の師匠はかなりイカレてるって。


「そんな修練しなくても皆は凄い魔導師や剣士になれるよ」


『懐かしいニャ』とか言いそうな顔でお茶をすする。


「壁を壊した魔法を見せてもらえたりしますか?」

「いいよ。夜になるけどいい?」


 快く了承してくれたけど、闇魔法なので周囲が暗くならないと使えないらしい。泊まるつもりで来ているので問題はない。それまでの時間は各々の修練の成果を見せることに。

 俺の剣技やアニカの魔法を褒めてくれたけど、ウォルトさんはウイカの成長に目を奪われてる。


『治癒』


 前回と同じくウォルトさんが自分を傷つけてウイカが傷を回復すると、回復速度も範囲も格段に進歩している。最近のウイカの治癒魔法の上達は、俺もアニカも、そして本人も実感している。


「凄いなぁ。ウイカは治癒魔法に向いてるかもしれない」

「そうなんです!覚えたてなのに、もう私の『治癒』と同じくらいの回復力なんです!」

「アニカは大袈裟だよ。その代わり、戦闘魔法はあまり上達してないし…」


 落ち込むウイカ。戦闘魔法はアニカの方が得意に見えるけど、俺にはその辺りがまったくわからない。


「魔法にも向き不向きがあるんだ。だから気にすることないよ。大変なのは、上手くなりたい魔法が自分に向いてないときだ。ウイカは戦闘魔法を磨きたいの?」

「上手くなるならなりたいです。でも、治癒魔法のほうが上達したいです」

「まだ戦闘魔法が向いてないと決めつけるには早すぎる。どっちも修練していこう」

「はい!」


 その後も、それぞれに汗を流しているといつの間にか晩ご飯の時間。今日も安定の美味い料理に加えて、サマラさんに褒められたという甘味を食後に出してくれた。


「うんまぁ~!」

「とろけそうです」


 姉妹にベタ褒めされて、嬉し恥ずかしそうな表情。俺も言いたいけど、この2人に勝てるリアクションはできない。


 日が落ちた頃を見計らって、ウォルトさんの闇魔法を見せてもらうため外に出る。


『黒空間』


 目の前に置かれた岩は、黒い魔力の球体に飲み込まれて跡形もなく消滅した。


「こうやって壁に穴を開けたんだけど、わかってもらえたかな?」

「はい…」

「驚きました…」

「すごいです…」

「皆も修練すれば使えるようになるけど、この魔法は絶対人に向けて詠唱しちゃダメだよ」

「「「はい…」」」


 それはない。この魔法を簡単に覚えられるワケがない。さすがにそれくらいわかる。魔法に飲まれた岩はどこに行くんだろう?考えただけで怖い。


「満足してくれたなら住み家に戻ろうか」

「「「はい!」」」


 

 ★



 仲良し姉妹のお風呂上がり。ウォルトは2人の髪を魔法で乾かしてあげた。



「はい。乾いたよ」

「ふわぁぁぁぁっ!すっごぉ~!」

「すごいね~!感動しかないよ!」


 艶々の仕上がりに満足な様子。毛皮にしろ毛髪にしろ綺麗に保ちたいという気持ちに種族は関係ない。


「少し修練すればできるようになるよ。やり方は教えるし魔力操作の練習になるんだ」

「「がんばります!」」

「失敗するとごわつくのが難点だけど、オーレンが覚えたらお願いしてもいいと思う。自分では乾かしにくいから」

「「大丈夫です!私達がお互いにやるので!」」


 同じ貫頭衣に着替えた仲良し姉妹は、弾けるような笑顔を見せてくれた。


「嫌なのかよ!ウォルトさんはいいのに不公平だぞ!」

「ダメに決まってるでしょ」

「バカ兄貴分がっ!」


 姉妹は下らない批判に耳を貸さない。鈍感なオーレンにわかるはずもないけれど、誰だって好きな人以外に髪を触られるのは嫌なのだ。


「ボクから皆に渡したいモノがあるんだけど」

「もらいます!」

「まだなにも言ってないだろ」

「オーレンはもらわなきゃいいじゃん」

「もらうっつうの!」

「ダンジョンで珍しい素材が採れたからナイフを作ってみたんだ。よかったら貰ってくれないかな?オーレンにはコレも」


 マードックに渡したガルヴォルンを自分も持ち帰って作った刃物。鋼の加工については、エンコの岩塩の件で縁ができたドワーフのコンゴウさんにお願いした。

 ガルヴォルンを見せたら「お前、こんな素材をどこで…?」と驚きながらも、「やりがいがあるわ!任せとけ!ガハハ!」と加工してくれた。今度お礼をしなくちゃいけない。

 アニカとウイカには身体に合わせた小さめのナイフ。オーレンにはナイフの他に短いヤスリも手渡す。


「オーレンには剣研ぎ用も。かなり堅い素材で、すぐ剣の刃が欠けるから慣れるまでは気を付けて」

「ありがとうございます。見た目に反して重いですね」


 オーレンの言葉通りで、ガルヴォルンの欠点はとにかく重いこと。その分丈夫で耐久性は文句なし。


「かなり軽量化してるんだけど冒険には向かないかもしれない。でも、余程のことがない限り欠けたりしないから役に立つと思う。使えないと思ったら返してくれていいよ」

「「「返しません!」」」

「ありがとう。ウイカにも別にあげたいモノがあるんだ」

「えっ?なんですか?」


 冒険者になったばかりのウイカには、幸せを願って編んだビルド・フィタを贈る。オーレンとアニカにも贈ったモノ。


「嬉しいです…。外れないようにできませんか?」

「できるよ」


 どこまでも姉妹だなぁ。魔法で結び目を接着すると喜んでくれた。


「私からウォルトさんにお願いがあって…」

「なんだい?」

「私も…アニカ達みたいにウォルトさんを師匠と思っていいですか…?」

「いいよ。ウイカには実際教えてるからね」

「やったぁ!ありがとうございます!」


 ちょっと驚いたけど、師匠と思ってくれる友人が1人増えただけ。さすがにこれ以上増えない…はず。

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