173 お礼って難しい
マードックがギルドに戻って事情を説明をしていた頃、ウォルトの住み家では…。
「ふぅ~!やっぱり気持ちいぃ~!ココのお風呂は最高!」
のんびり入浴中のサマラ。マードックも帰ってきたし、泊まるのは無理だけどせっかくウォルトに会えたので住み家に寄って帰ることにした。住み家に戻ると、直ぐにお風呂を準備してくれて今は1人で食事の準備をしてる。適温のお湯に肩まで浸かってリラックス。
ウォルトには、ホントお世話になりっぱなしだぁ…。なにもお返しができないのがなぁ…。
ウォルトがいなかったらマードックの命はなかったかもしれない。あんなに分厚くて硬い壁を壊すのに、どれ程の時間がかかるか想像できない。2~3日なら飲み食いしなくても大丈夫だろうけど、その前に窒息して命を落としていたと思う。あの壁が簡単にどうにかできるモノじゃないのは、素人の私でも理解できた。
それを一瞬で破壊した魔法は凄いの一言。辿り着くまでも相当凄かったしね。しかも、マードックにクエストの素材まで渡す親切ぶりに惚れ直しちゃったよ!
「とりあえず……よかったな…」
憎まれ口を叩いても、マードックが助かって安堵した。普段は言い争ってばかりだけど、いつだって冒険から無事に帰ってくることを祈ってる。とにかく口が悪くて面倒くさいけど、根は優しいって知ってる。
本人には口が裂けても言わない。でも、助かってよかった。ウォルトには深く感謝。お礼をしたいけど、「好きでやったからお礼はいらない」と笑顔で言われるのが目に見えてるんだよねぇ。
だから、強引に…そして勝手にお礼するしかないのだ!湯船に浸かりながら、喜んでくれそうなことができないか考えてみる。
★
一方、ウォルトは気合いを入れて料理を作っていた。
いつだって手を抜いているつもりはないけれど、料理に関してはサマラのタメに作るときは気合いが入る。
小さな頃はサマラに喜んでもらいたくて腕を上げたかった。あまり上手くならなかったけど。調理が上達したのは師匠と住みだしてからだ。なんにでもうるさい師匠は、当然味にもうるさい。自分は料理を作れもしないくせに。
サマラはそろそろお風呂から出てくる頃かな?調理も佳境に差し掛かる。どうせなら美味しい状態で食べさせてあげたいから、熱々の状態で出せるよう時間を調整した。『保存』すればいいんだけど、そこは気分の問題。
サマラが風呂場から出てきた音がする。足音はそのまま来客用の部屋へ向かった。
ナバロさんから譲ってもらった生地で作った貫頭衣を入浴前にサマラに渡したら凄く喜んでくれたので、つい表情が緩んでしまう。
もう直ぐ料理も完成。サマラの足音が近づいてきた。後ろに立った気配を感じる。
「ウォ~ルト♪」
ご機嫌な声に微笑んで振り向くと…。
「なんだ……いぃぃぃ!?」
そこには、アニカ用の貫頭衣を着たサマラの姿があった。後ろに手を組んで少し前屈みの体勢。
小さな貫頭衣を着ているので、身体のラインが出てしまっている。谷間が眩しい豊かな胸が貫頭衣を持ち上げてヘソも丸出し。過去最高に刺激的な姿に慌てて目を逸らす。
「なんでアニカ用の貫頭衣を着てるんだ?!渡した貫頭衣はどうしたのさ?!」
真っ赤に染まった顔を隠すように外方を向いて聞いた。
「今日のお礼に?ウォルトはこういう格好が好きかもしれないと思って♪」
「わかっててやってるだろ!?揶揄ってるな?!サマラはボクのことをよく知ってる!」
「お褒めに与って光栄だけど、私にも知らないことはあるよぉ~♪」
「噓だっ!絶対わかってやってる!早く着替えないとご飯ができないよ!いいの!?」
子供のような言い分で必死に抵抗してみる。
「このまま食べようかな♪」
「ダメだって!そんなにヘソを出したらお腹が冷えるよ!具合悪くなるって!」
「むぅ~!わかった。ちょっとそのまま目をつむってて!」
サマラに言われたとおり、黙って目を瞑ったまま待つ。なんなんだ…?
「もういいよ!」
警戒しながら薄く目を開けると、絹の貫頭衣に着替えたサマラの姿。くるっと回転して笑顔を見せてくれた。
「似合うかな?」
「すごく似合ってるよ」
作った貫頭衣はサマラにピッタリだった。絹の高級感にも負けない存在感。頑張って作った甲斐があったな。やっと気持ちが落ち着く。
「ありがと。すごく着心地がいい!」
「それはよかった」
「ねぇ、ウォルト。少し屈んで」
「なに?」
言われた通りに屈むと、歩み寄ったサマラがボクの頬に軽くキスをした。
「いつもだけど…今日もマードックを助けてくれてホントにありがと。私の感謝の気持ちだよ」
サマラは両手を自分の頬に添えてくねくねしてる。ボクはしばらく固まって動けなくなってしまった。
★
フクーベの飲み屋で、マードックの帰還祝いを終えたホライズンの面々。
店を出て軽く挨拶を交わすとそれぞれの家に向かって歩き出す。シュラとハルトは家が同じ方角。「お先に」と気分良さそうに帰って行く。
マードックが歩き出そうとして、マルソーが引き留めた。
「マードック、ちょっといいか?」
「あん?なんだよ?」
「できるなら答えてくれ。言いたくないなら答えなくていい」
「おぅ。さっさと言えや」
「お前を助けたのは、俺に羽根をくれた魔導師と同一人物か?」
どうしても確認しておきたかった。
「ククッ。やっぱお前にはバレたか」
「お前が戻ってくるまでの時間と、応援が1人だと仮定したとき、あの壁を破壊する手段は魔法でないと難しい」
「ごちゃごちゃ考えてんな。大したもんだ」
「いやにあっさり認めるな。はぐらかすと思っていた」
マードックは、エッゾと話したとき決めていた。またウォルトのことを訊いてきたら次は教えてやると。
「お前にゃ言ってもいいと思ってな。お前ならわかんだろ?ソイツの魔法の凄さがよ」
「あぁ…。正直どんな魔法を使えばあの壁を壊せるか想像つかない。悔しいが…俺の魔法では傷も付かなかった」
単純に悔しい。おそらく凄い魔導師だと頭では理解していても認めたくはない。気を取り直して続けた。
「もしかして、サマラちゃんが着けてる魔道具を作ったのもソイツか?」
「知ってんのかよ。当たりだ」
「そうか…。アレを作れるなら優秀な魔導師に違いない。幼なじみだと言ってたが…」
「合ってるぜ。ソイツは俺と同い歳だからな」
「なんだと!?有り得ない!」
思わず詰め寄った。さすがに嘘に決まってる。マードックと同い年だと21か22歳…。あまりにも若すぎる。絶対あり得ない…はずなのに、マードックは表情を崩さない。
「信じられねぇのも無理はねぇ。未だに俺も思うときがある。だが、嘘じゃねぇ。あと、前にも言ったがさろ。ソイツは魔導師じゃねぇ」
「そんな…バカな…」
信じられない…。俺はフクーベの若手魔導師では自分が1番技量が高いと自負してる。自信家だから言ってるわけじゃなく、同年代では俺より技量が上の魔導師に出会ったことがない。先輩は別だが。
知る限りでは、魔法武闘会で見た王都のナッシュという男だけが同年代で技量が上だと思えた。だが、ナッシュは俺より年上で納得できる部分がある。
俺より若いのに、あの壁を破壊できるような魔法を操る者がいるなんて到底受け入れられない。だが、マードックが下らない冗談を言う男ではないことも知っている。
「話は終わりか?帰るぜ」
「……ソイツに会わせてくれないか」
「なに?」
「頼む…。俺を…ソイツに会わせてくれ。頼む…」
どうしても…納得いかない。そんな魔導師が存在するのなら会わずにはいられない。頭を下げたまま動かない。ひたすら返事を待つ。マードックが頭を掻いて溜息を吐いた。
「会わせてやるよ」
「本当か?」
「ただし、条件がある」
「なんだ?」
「ソイツのことは誰にも言うな。破ったら許さねぇぞ。あと、絶対ぇソイツを甘く見るな。守らねぇなら会わせねぇ」
甘く見るなという意味がわからないが、表情は真剣。ふざけてないのは理解できる。
「約束する。ハルト達にも言わないし、決して甘く見るようなことはしない」
「ならいい。あと、コレだけは覚えとけ」
「なんだ?」
「お前、俺のせいにすんなよ。ガハハッ!」
なにをマードックのせいにするんだ?意味不明だ。まだ見ぬ魔導師に会いに行く日は、マードックが後日伝えてくれることになった。
★
マルソーと別れたマードックは、住み家に帰るとドアを開けた瞬間嗅ぎ慣れた匂いに気付く。
来てんのか。
居間に向かうと、暗闇の中にバッハが座ってやがる。
「ランプくらい点けろ。暗いだろうが」
俺がランプに火を灯す。バッハの顔が見えて眉をひそめた。
「お前…」
がっつり泣いてやがる。
「今日のこと、知ってたのかよ」
膝に置いた手をギュッと握りしめて頷いた。コイツが俺の彼女っつうのは最近じゃ知ってる奴も増えた。どっからか情報を聞いたってコトか。
「そうか。帰還祝いで飲んできちまった。悪ぃな」
フルフルと首を振る。
「サマラに言われてたんです…。「冒険者はいつ死んでもおかしくない」って。私も…わかってたつもりでした。でも、帰りを待ってる間……ずっと怖くて…」
涙を溢したバッハの向かいに座る。
「泣くんじゃねぇよ。俺は冒険者しかできねぇ。もっと言えば闘うことしかできねぇ。これからも同じことやるし、その内マジで死ぬかもしれねぇ。今日もそうだけどよ。だから……お前が辛いんならよ…」
「別れませんよ!」
涙を流しながら笑う。器用な奴だぜ。
「今日は泣きましたけど次は笑顔で待ちます!本当に気合い入りましたから!マードックさんが冒険中に死んでも、私は…笑って見送ります!」
「…おぅ。そうしてくれや。あと……待っててくれてありがとよ」
ふふっ!と柔らかく笑いやがる。ちっ…!照れ臭ぇ…!
「悪いと思ってるなら、心配かけた罰として私が飲むのに付き合ってくれますか?」
「別にいいけどよ。お前、仕事は?」
「明日は休みです。なので今日はたくさん飲めます!」
「いいぜ。気が済むまで付き合ってやるよ」
「じゃあ、肴を作ってきますね!」
「おぅ」
バッハは台所に向かった。
ちっ。……ありがてぇな。
その後、マードックは隠れ酒豪のバッハにしこたま飲まされて、1歩も動けないほどの二日酔いになるという罰を受けることになった。
★
マードックが無事帰還した次の日。
ある街に建つ屋敷の一室で、男は執務に勤しんでいた。豪華な扉がノックされる。
「入っていいぞ」
「失礼します」
入室した執事風の男は、腰の高さほどの台車でなにやら運んできた。運んできたモノには丁寧に布が被せられている。
「なんだ?」
「先日フクーベのギルドに採取を依頼していたモノでございます。確認をお願い致します」
「なにっ!まさか…」
立ち上がって台車に歩み寄り、丁寧に布を剥ぎ取るとガルヴォルンの塊が置かれていた。
「なんと見事な」
手に取って見ても紛れもないガルヴォルン鋼。思わず笑みを浮かべる。
「まさかこれほど速く届くとは。フクーベにも優秀な冒険者がいるようだ」
予想よりかなり早い採取で、しかも運よく罠を回避したか突破したということ。
「ホライズンというAランクパーティーが依頼を達成したとのことでした。被害もなく全員無事に帰還したとのことです」
「大したモノだな。ホライズンか…覚えたぞ。今後も楽しみだ。報酬は弾んでおいてくれ」
「はい」
ガルヴォルンを握りしめて高らかに笑った。




