171 幼馴染みを救出せよ
準備を整えて悪魔の鉄槌に入ったサマラとウォルト。
シュラさんが言うには、カネルラ屈指の難関ダンジョンらしい。だからなに?って感じだけどね。よくわかんないし。
「ウォルトは、このダンジョンに来たことあるの?」
「昔は師匠とよく来てた。だからマードックのいる場所もわかる」
「それなら安心だね!」
「魔物が強いから油断は禁物だ。『身体強化』をかけてるから幾らか楽に進めると思う」
「調子に乗りすぎないようにします!」
「サマラは嫌かもしれないけど」
「なにが?」
「ボクがサマラを守るから心配いらない」
ウォルトは横を向いて顔を隠してる。照れるくらいなら言わなきゃいいのに!無意識に尻尾が大きく振れちゃうよ!嬉しいけど、恥ずかしいのはこっちもだぞ!
「危ないときはお願いするよ♪さっ、急いで行こう!」
★
一方その頃。
シュラはギルドでハルト達と合流していた。待合所で今後の動きについて話し合う。
「シュラ、サマラちゃんに会えたのか?」
「とりあえず伝えた」
「なにか言ってたか?」
「マードックを助けに行くってさ」
「なんだって…?もちろん止めたんだろう?」
「それが……止めようと追いかけたけど、追いつけなかったんだよ」
未だに驚いてる。獣人が相手でも、短時間で俺が走り負けるなんてまずない。
「そうか。俺がマードックに聞いたとおりだな」
「なんて言ってたんだ?」
マルソーの話では、サマラちゃんの身体能力はマードックにひけをとらないらしい。俺は初耳だった。だから、あの速さで疾走できるのか。
「1人で行くワケじゃないって言ってた。誰かに応援を頼みに行くつもりだと思うぜ」
「そうか。俺達にサマラちゃんを探してる余裕はやい。クウジさんが話を振って他のパーティーに依頼してくれてる。もう少しで準備が整うはずだ」
「今の内に体力と魔力を戻しておく必要がある。回復薬も準備してもらってる」
「わかってるよ。ところで、あの壁についてなにかわかったのか?」
ハルトとマルソーは首を横に振る。
「書庫の記録にはやかった」
「だが、過去何組ものパーティーが先に進んでる。昔は普通に解除する方法が知られてたのかもしれない。若しくは、あえて他のパーティーを陥れるために伝えていないか」
「最近は誰も行ってないのか…?あの階層まで行けるパーティーがいなかったってのか?」
もしそうなら名誉なことだ。けど、そんなこと言ってる場合じゃねぇ。とにかく今は静かに回復するとき。
★
サマラとウォルトの幼馴染みコンビは、順調にダンジョンを攻略する。
実際は攻略しにきてない。ボクがこのダンジョンに足を踏み入れるのは随分と久しぶりだ。それでも、過去に幾度となく潜った経験から内部の構造を記憶しているので、仕掛けや道に行き詰まることはない。
ボクの知る限りダンジョンの地形は基本的に変化しない。訪れる度に地形が変わる不思議なダンジョンも存在するけど、悪魔の鉄槌は違う。
さらに『身体強化』を纏ったサマラは、大袈裟ではなくマードックと同じくらい強い。魔物を恐れる様子は微塵もなく、向かってくる魔物をことごとく蹴散らしてる。戦闘センスがボクとは違いすぎるな。
「ゴーレムとか出ないかな!」
「今は出なくていいよ」
冗談を飛ばしながら順調に進んで、気付けば既に15階層まで到達していた。
「この辺で少し休憩にしよう」
「うん!」
水筒に入れてきた花茶をサマラに差し出す。ずっと休憩なしで動いていたので、『氷結』でキンキンに冷やしてみた。
「ぷはぁ~!うまい!もう一杯っ!」
一気に飲み干して一息つく。笑顔でお代わりを差し出しボクは隣で熱いお茶をすする。
「動いたあとで、よくそんなの飲めるね。信じらんない」
「お茶は熱い方が美味しいんだよ」
この程度の戦闘ではほとんど汗をかかないし、ボクは年中熱いお茶を飲んでいて冷たい飲み物は全力で駆けた後くらいしか飲まない。身体が冷えるから。
「ウォルトはこのダンジョンに詳しいね。記録とか書いたら喜ばれるんじゃない?」
「冒険者なら誰でも知ってると思う。そんなことより…サマラは前より強くなってない?」
ここまでのサマラの闘いぶりは前に会ったときより余裕が感じられる。魔法の効果を差し引いても、素晴らしい動きで本当に強い。魔物と闘えば闘うほど成長している。
「よくぞ聞いてくれました!こないだウォルトと冒険したのが楽しかったから、最近は暇があったら身体を動かしてるんだよね!」
エヘン!と胸を張るサマラ。ポイン!と揺れて思わず動揺してしまった。
「あとどれくらいでマードックのとこまで行けそう?」
「1時間かからないと思う」
「大丈夫かな?」
「多分まだ余裕はある。壁の中で暴れたりしてなければ、空気も薄くならないはずだ」
「そんなことしてたら死んでもしょうがない!自分で言っといて信じて待たないならぶん殴る!」
「マードックはなんて言ったの?」
「閉じ込められる寸前に「サマラに伝えろ」って言ったみたい。私に伝えたらウォルトを呼びに行くって魂胆なんだよ!…で、ウォルトならその壁もなんとかするって思ってる!」
「そうかな?」
「間違いないよ!兄妹だからわかる!だから私とウォルトを信じないなら許さない!」
サマラは怒っているように見えるけど、実際は心配してる。もし、サマラの言う通りならマードックの期待にも応えたい。
「そろそろ行こうか」
「よし、行こう!」
その後も魔物を薙ぎ倒しながら駆けて、遂に20階層に続く通路に辿り着いた。
「着いたよ」
「やったね!」
通路を塞ぐ頑強な壁を触りながら感触を確かめるサマラ。
「壁ってコレ?!土じゃないんだね?硬そぉ~!」
「情報通りならこの中にマードックがいるはずだ」
サマラが「お~い!」と呼びかけてみるも当然返事はない。
「この壁はかなり分厚いんだ。声は届かないよ。ちょっと中を調べてみる」
「どうやって?」
「魔法で調べる」
『周囲警戒』
魔法陣の範囲を壁の中まで広げて探索すると、壁を2枚隔てた空間に倒れた人の気配がある。
「魔法陣めっちゃカッコいいね!」
「ありがとう。マードックは壁を2枚隔てた空間に閉じ込められてる。地面に倒れてるみたいだ」
「えっ!?まさか…」
「話してかけてみよう」
「そんなことができるの?」
コクリと頷いて詠唱する。
『念話』
『念話』は、魔力を使って相手の意識に直接語りかける魔法。魔力を捉えられる者には聞こえる。相手が同じく『念話』を使える者でないと会話はできない。
マードックのいる場所まで魔力を届かせた。
★
『マードック。聞こえるか?無事か?』
寝転んでいたマードックは、声に反応してパチッと目を開けた。
やっと来やがったか…。遅ぇよ。頭の中で答えても反応がねぇ。続けて話しかけてきやがる。
『ボクの声が聞こえてるなら、少し動いてみてくれ。魔法で感知してるからそれだけでわかる』
「また多重発動とやらをやってやがんのか」
呆れた奴だぜ。苦笑しながら立ち上がる。
『聞こえてるみたいだな。身体に異常がないなら軽く手を振ってくれ』
言われた通りに手を振る。ダリぃな。
『確認した。そのまま待っててくれ』
言われた通り黙って待つ。どうやってこの壁を壊そうってんだ?まぁ、アイツの魔法ならこの硬ってぇ壁も吹き飛ばせるかもしれねぇ。
ただ、お人好しのアイツは閉じ込められた奴がいる状態で高威力の魔法は使わねぇはずだ。俺じゃあるまいし。
…待てよ。もし傍にサマラがいたら……。まぁ、お手並み拝見といくぜ。念のため構えとくか。
★
魔法を解除してサマラに伝える。
「マードックは無事みたいだ。体力を使わないよう寝てたのかもしれない。身体にも異常はないって言ってる」
「よかったぁ……。ハッ!違うからね!あんなゴリラの兄貴なんて心配してないから!」
安堵したのを慌てて誤魔化してるけど素直じゃないなぁ。あと、サマラの中ではマードックは狼じゃなくてゴリラという認識なんだな。とりあえず黙っておこう。
「この壁って壊せるの?」
「壊せるけど、マードックが中にいるから魔法で破壊するのは危ない。怪我させてしまう」
「とりあえず壁ごと吹き飛ばして、そのあと魔法で怪我を治せばいいんじゃない?無駄に頑丈だからそう簡単には死なないと思うけど」
ランパードさんに対するマードックと同じで、過激な提案をするサマラ。やっぱり兄妹だな。
「そんなことしなくても大丈夫。任せてくれ」
「よくわかんないけどお願いします!」
壁の前に立ち、黒い魔力を身に纏う。手を翳して詠唱した。
『黒空間』
眼前に大きな黒い球体が現れて直ぐに消滅する。すると、壁には綺麗に円形の穴が空いた。人が通る分にはなんの問題も無い。サマラは空いた穴をマジマジ見つめてる。
「凄いのは知ってたけど…信じられない…。こんな分厚い壁が一瞬だった…。人に向けて放ったらとんでもないことになるね」
「よほどじゃないとそんなことしないよ。中に入ってもう1つ穴を空ける」
「了解!」
穴に入り、また『念話』で伝える。
『マードック。壁から離れてくれ。魔法を使う』
『周囲警戒』で移動したのを確認すると、もう一度穴を空けた。すると、空いた穴を潜ってのそりとマードックが出てきた。
前に立って口を開く。
「なるほどな。いっぺん見てるのに忘れてたぜ。あんときの闇魔法か……グェッ!!」
「えぇっ!?」
気付いたときには、サマラの拳がマードックの鳩尾を捉えていた。目にも留まらぬスピード。
「まずはお礼を言いなさいよ!この…バカ兄貴!」
「お前……。せめて手甲は外せよ…。ガハッ…!!」
マードックはゆっくり前のめりに倒れた。慌てて『治癒』を使う。
マードックは内臓に大きなダメージを受けたようで、治癒でも回復に時間を要した。それでもさすがの頑丈さ。回復してどうにか立ち上がる。
「ひでぇ目に遭ったぜ。普通『身体強化』まで使って殴るか?俺じゃなかったら死んだぞ」
「うるさい!加減してやったんだから文句言うな!また殴られたいの?!」
「んだと…?」
睨み合う狼兄妹の間に入る。
「ケンカはやめてくれ。マードック。サマラは心配してたんだ。サマラもマードックが無事でよかったじゃないか」
「心配なんかしてない!こんな恩知らずなんて知らない!」
頬を膨らませて外方を向くサマラ。
「おい。間違ってもコイツと番になろうなんて考えんな。命が幾つあっても足りねぇ」
全力で感情を否定する妹と、苛立ちから嫌味で返す兄。ボクに兄妹はいないけど、なんでそうなるのか理解不能だ。
笑って素直に喜べないのか…。なんのタメにボクは…。
「無事に再会できたのに…仲良くできないならボクは帰る。しばらくお前達の顔は見たくない」
互いを大切に思っているのに顔を合わせればケンカばかり。いつもならそれでいいけど、こんな時くらい無事だったことを喜んでほしい。下らないケンカなんて見たくもない。
ボクは……お人好しじゃないんだ。
兄妹は顔を見合わせる。
「もう気にしてないよ!仲直りしてる♪」
「あぁ。心配すんじゃねぇ」
「ホントか…?ケンカしてたろ…?」
「ホントだよ♪ちょっと感情に任せて言い過ぎだだけ!ね?マードック」
「疑り深ぇな。俺らはこのくれぇいつものこった」
笑顔のサマラとニヒルに笑うマードック。疑うようなジト目で見つめていたけど、匂いを嗅いで表情を緩める。確かに怒ってはいない。互いに嬉しそうな匂い。
「幼馴染みのボクに礼なんかいらない。2人が仲良くしてくれたらそれでいいんだ」
仲直りしてくれたみたいでよかった。
★
ウォルトの笑顔を見て、サマラは安堵していた。
あっぶなかったぁ~!!マードックとはいつも仲悪いけど、今だけまったく同じことを考えて行動できた~。
私とマードックは知っている。ウォルトは基本的に信じられないくらい優しくて、あらゆることに理解があってお人好し…なんだけど、一度ヘソを曲げたらめっちゃくちゃ長引く。
そんな性格は子供の頃から。妙に意固地なところがあって、そうなるとテコでも動かない頑固猫に変貌する。他人の意見を否定するコトなんてほぼないのに、誰がなんと言おうと自分の考えを曲げなくなる。そうなったら私達やウォルトの両親でも説得は無理。ホントたまにしか見れない顔。
いつだって噓を吐かなくて真面目だけど、普段口にしてるいろんな希望は『叶わなくていい』と思ってる。だから無理やり自分の意見を押し通すようなことはしない。ただし、さっきの表情と口調の時は別。口にしたことを意地でも実行する。
過去に何度かしか見たことないこの状態のウォルトは無敵状態。関係を壊したくなければ、絶対に相手が引くしかないのだ。もしくは無視して縁を切るか。
私は小さかった頃に一度絶交されている。あの時は関係の修復に3ヶ月くらいかかったかな。家族や幼馴染みであっても縁を切ることすら恐れず行動するから、誰の言うこともきかなくなる。
きっと、獣人の部分が強く出て怒ってる状態なんだと思う。あの状態で『マードックを殺す』って口にしたら迷わずやるだろうね。
助けてもらったのに勝手なことばかり言っていた私達は、ウォルトの厚意を無視して虚仮にしてた。獣人は虚仮にされるのが大嫌い。しかも幼馴染みにやられたら腹が立つよね。確かにお人好しじゃない。
今すぐ仲直りしておかないと本当にしばらく会ってくれない。ほとぼりが冷めるまでお礼すら言わせてくれないだろう。
しかも、元の関係に戻れる保障がなくて、どれだけ謝ったとしても受け入れることもしない。そのくらい頑固だ。
ウォルトの言う『しばらく』は1年や2年じゃない可能性も充分あり得る。仲直りしたフリだとバレてしまうから、本当に仲直りするしかなかったけど、私達兄妹なら簡単。未然に関係悪化を防ぐ。この辺りは長い付き合いの幼馴染みだからこそなせる技だ。
今度アニカにも教えておこう。
★
「ところで、悪魔の鉄槌でなにをしてたんだ?」
「クエストだ。ガルなんとか…っつう素材を採りに来た」
「ガルヴォルンか?」
「多分それだ。鋼らしいな」
「どうしても必要なのか?」
「早めにっつってギルドから頼まれてっからな。出直すから心配いらねぇよ」
「ついでに持って帰ればいい」
「あん?どういう意味だ?」
言ってる意味がわからないマードックは、笑みを浮かべるウォルトと対照的に顔を顰めた。