17 獣人の戦い
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
連れ立って家の外に出たボクらは、互いに目を合わせることもしない。ボクが前を歩き、少し遅れてマードックが続く。
マードックの足音が止まっても振り向かない。10歩ほど先に進んだところで振り返った。
「闘るからには本気だよな?」
「当たり前だ!大体お前にそんなこと考える余裕があんのか?」
「酔ってたから負けた…っていうのはなしだ」
「言うじゃねぇか!酔ってねぇから心配すんな!ガハハハ!」
「わかった。…マードック」
「なんだよ」
「ボクはやっぱり獣人だ」
「意味がわかんねぇ。ハッキリ言えや」
「闘いたくないのに、やるからには絶対負けたくない」
「おもしれぇ!!行くぞ、オラァ!!」
幼馴染みとケンカ。しかもそこら辺の獣人とは違う。気合いを入れろ…。
「シャァァッ!!」
「ウォォォ!!」
獣の顔になって雄叫びを上げ、互いに駆け出す。
「ウラァ!」
先に攻撃を繰り出す。顔面狙いの右パンチをマードックは軽々と掌で受け止めた。
「お前よぉ、ちゃんと飯食ってんのか?」
片眉を上げ、馬鹿にするような視線を浴びせてくる。
「オーガみたいな奴だ」
剛力で知られる魔物のようにビクともしない。知ってはいたけど、さすがとしか言いようがない。
「失礼なことを…言うんじゃねぇ!」
「くっ…!」
摑んだ拳を離さず頭突きを繰り出してきた。間一髪で躱し、牙を晒して首に噛み付くと、マードックは拳を離して距離をとった。
「へぇ。ちったぁ鍛えてるみてぇだな」
「自分なりに鍛えてる」
「そうかよ。次は…俺の番だぜ!」
一瞬で間合いを詰めてくる。右拳で躱しにくい胴体狙いだ。辛うじて躱したものの、逆の手で着てるローブを掴まれた。
「しまっ…!」
「ガハハハッ!逃げ回ってんじゃねぇ!オラァ!!」
片手で軽々と持ち上げられて、背中から地面に叩きつけられた。受け身もとれずまともに衝撃を食らう。
「ガハッ…!!」
「獣人のくせに、そんな服着てりゃこうなるだろ!」
跳び上がるように起き上がって、すかさず距離をとる。ローブを脱いでモノクルも外した。
「相変わらず貧相な身体だな」
貧相…か…。何百何千回と浴びせられた言葉。
ボクの体躯は普通の獣人に比べて痩せている。鍛えているから、引き締まって腹筋が割れていても、獣人にとって重要なことじゃない。太く大きな筋肉こそ獣人のステータス。俊敏性なんて二の次だ。
きっと、マードックには一生理解できないだろう。鍛えても鍛えても強くならない身体で生きることの辛さは。
だけど…この身体だったからこそ手に入れたモノがある。自分自身に絶望して、死ぬために森に入ってから出会った。
「お前にはわからないだろうな。獣人は貧相だと苦労する」
「知らねぇよ。だからなんだっつうんだ」
「けど……この身体に生まれたからこそ手に入れたモノがある…」
身体が淡く光り、マードックに向かって駆け出す。
「ちっ…!『身体強化』か!やっと魔法使いやがったな!」
『身体強化』は、その名の通り身体能力を上昇させる。大幅に上昇させることも可能。ただし、反動で身体に大きな負担がかかる諸刃の剣。元来の能力に応じて上昇値に限界はある。
待ち構えるマードックはニヤリと嗤った。余裕の笑みだな。
闘うのはもちろん今日が初めて。ボクが魔法を使えることを知っていても、どんな魔法を使うのかは知らないはず。コイツには訊かれたことすらない。
それでも、冒険者のマードックは魔法への対処に自信があるんだろう。
「ウラァ!」
跳躍して回し蹴りを繰り出す。踏ん張って両手でガードされた。
「クッ…!思ったより重いじゃねぇか!」
驚いたぜ!…って表情。まだだ。
「ウラァァァッ!!」
「…ちっ!」
着地してから絶え間なく魔法で強化した打撃を浴びせる。威力が弱い分は連打の回転で補うしかない。
反撃する暇を与えちゃダメだ。上下に打撃を散らして可能な限り急所を的確に打つ。とにかく連打。
「くっ…!がぁっ…!クソがっ…!」
マードックはガードに徹している。肥大した筋肉は壁のように硬い。でも殴るのはやめない。この攻撃で決める。
何分続けたろう。さすがに…限界だ…。
「…ぶはっ!」
無呼吸で打撃を打ち込んでいたけど、息を吸うために一瞬だけ殴るのを止めた。
「…やっとか。待ったぜこの野郎!!オラァァァァ!」
「グゥァッ…!!」
その瞬間を見逃さず、握り固めた特大の拳を繰り出してきた。腕を交差してガードしたのに吹き飛ばされる。ミシッ…と骨から嫌な音が響いた。
「…ペッ!好き放題やってくれたなぁ!貧弱のくせによっ!!」
血の混じったツバを吐きながら嗤う。
「化け物だな…。頑丈すぎる…」
とんでもない耐久力だ。魔法で強化して急所を殴り続けたのに平然としている。コレが冒険者。強者の獣人か。
「人を化け物扱いすんじゃねぇ」
「褒めてる」
「ガハハッ!なら、俺も褒めてやらぁ。虚弱体質の獣人が、Aランクの俺相手にここまでやるとは思わなかったぜ!」
「お前が戦士だから、パーティーはAランク止まりかもな」
「んだと…?嫌味で返しやがって…もう許さねぇ!ぶっ殺してやらぁ!」
目にも留まらぬ速さで間合いを詰められ、徹底的に殴られて防戦一方に追い込まれる。完全に攻守交代。
「グゥッ…!ガァッ…!」
「『身体強化』の効果か!粘りやがる!」
口から血が飛び、全身痣だらけになっていく。
「ガハハッ!楽しいぜ!こんなに殴り合える奴は魔物にもそういねぇぞ!!オラオラオラァ!」
「グウゥゥゥッ…!」
嗤いながら更に攻撃の速度を上げて重い打撃を浴びせてくる。亀のように身体を丸めて頭と急所を守るのが精一杯。
腕と鋭い痛みがなければ気を失ってるだろう。耐えるのをやめれば、楽になるのはわかってる。それでも……コイツに負けたくない。
★
ちっ…!思ったよりしぶてぇな…。
殴り続けていたマードックも無呼吸が限界に近づく。
一気に仕留められると思ったがしゃあねぇ。仕切り直しだ。今のコイツになにかできるとは思わねぇが、二の舞は勘弁だ。念には念をってな。離れりゃなんてことはねぇ。
後方へ跳んで距離をとった瞬間、虫の息で攻撃に耐えていたウォルトが顔を上げて睨みやがる。
生意気な野郎だ………と、目を見た瞬間に背筋が凍った。右手を翳してくる。
『火炎』
一瞬で放たれたデケぇ炎が迫る。
「なんだと?!クソッ!」
炎と獣人の相性は最悪。毛皮に火が着けば、消えるまで地獄の苦しみを味わう。体勢なんぞ気にしている暇はねぇ。辛うじて横に跳んで躱した。
大分離れてたおかげでギリギリだ。ウォルトに目を向けると肩で息してやがる。
あっぶねぇな、クソッタレが。熱くなって完全に魔法のこと忘れてたぜ。コイツ、戦闘魔法も使えんのかよ。手を翳しただけだったろ。詠唱がバカみてぇに速ぇ。
俺も詳しかねぇが、魔法を詠唱するには精神集中ってのがいる。それが魔導師って奴の最大の弱点だ。
威力が低い魔法ほど詠唱は短ぇらしいが、熟練の奴でも数秒かかる。高威力の魔法を操る奴でも集中している間は無防備だ。
詠唱で魔導師の強さってのはバレる。俺の経験上、腕のいい奴ほど詠唱時間が短ぇし威力が高い魔法を放ちやがる。
知ったことか…とでも言いそうな速さで魔法を放ちやがったな。この野郎はよ。
「コレも躱すなんて…さすがだな…」
「ちっとだけたまげたぜ」
もしかすると…コイツの魔法は俺の想像以上かもしれねぇ。油断できねぇか。
「まだだ…」
「なに?」
ウォルトは再度掌を向けてくる。
『火炎』
「なんだとっ?!」
まだ撃てんのかよ!しかも今度はさっきの魔法よかデケぇ!警戒していた分だけ余裕を持って躱した。
『火炎』
「テメェ、マジかよ!」
動きを予測して躱した先にも連発で魔法をかましてきやがった。しかも、炎が更にデカくなってやがる。このままじゃ直撃は避けられねぇ!今度も体勢を気にしてる余裕はねぇ…!
「クソッタレが!」
避けるために跳んだ次の瞬間…跳躍して脚をしならせるウォルトの姿が目に映った。
ちっ…!予測してやがったのか…。魔法は囮。躱せねぇ…。
「ウラァァァッ!!」
渾身の力を振り絞ったウォルトの回し蹴りを躱すことはできず、頭部に食らって意識を失った。
★
目が覚めたらベッドで横になってた。傷は綺麗になくなってやがる。痛みも全くねぇ。
目を閉じて溜息をつく。負けた…か。
俺は決して甘く見たりしてねぇ。アイツが魔法を使えるのは知ってた。ただ、戦闘魔法を使えるのを知らなかっただけだ。
戦闘魔法が危険なのは冒険で知ってる。ただ、そこらの魔導師相手なら集中してる間に決着がつく。もやしのくせに偉そうな口利きやがる野郎ばっかだ。
数秒は無防備になっからぶん殴りゃいい。過去に負けたこともねぇし、負けるなんぞ考えたこともねぇ。
アイツの魔法は…威力も詠唱の速さも段違いだった。あんな威力の魔法を、集中なしで詠唱してくるなんて誰も思わねぇ。
ハナから魔法を使えば、あっという間に終いだったかもしれねぇのに、生意気に肉弾戦主体で挑んできやがった。『身体強化』を使っても力は俺の方が上だったのに…だ。
俺の猛攻にも耐えやがった。力で勝ってる獣人に肉弾戦を挑まれて、殴り合いで倒せなかった時点で負け。魔法云々じゃなく、俺の獣人としてのプライド。
アイツをサマラに会わせてやりたかったぜ。会って話しゃ気が済むかもしれねぇ。余計なお世話だろうが知ったことか。やりてぇようにやる。
負けたら会いに行けっつって見事に負けちまった。闘いだしたらそんなことも忘れちまって、ただアイツに勝つことしか頭になかった。
「目が覚めたか?」
いつの間にか部屋に入ってきたウォルトが、ベッドの横に置かれた椅子に座る。
「けっ…!『治癒』なんか使っても金払わねぇぞ!」
コイツが魔法で治療したに決まってる。信じられねぇが、ぜってぇ口には出さねぇ!
「金なんかいらない。バカだな」
呆れたように笑って否定もしやがらねぇ。
「お前の魔法は……いや…。なんでもねぇ…」
危ねぇな。つい褒めそうになった。ぜってぇ言わねぇからな!
「水を置いておく」
ベッドの横に置かれた小さなテーブルにコップが置かれる。
「ところで、サマラの件だけど…」
「わかってるよ!」
不貞腐れたように吐き捨てた。負けるとは思ってなかった。けど負けた。
「ボクが会いに行く」
ガバッ!と起き上がる。
「いいのかよ?」
「今日の勝負で『身体強化』以外使うつもりはなかった。それだけで勝つつもりだった。まだまだ修練が足りない。今日はよくて引き分けだ。それに…ボクがサマラに会いたくなったんだ…」
背を向けるように寝転がって、気持ちを悟られないようデケェ声を出す。
「少し休んだら直ぐ行くぞ!いいな?!」
「あぁ。それでいい」
…ちっ!世話のやける野郎だぜ…!
読んで頂きありがとうございます。