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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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168 師匠はつらいよ

 1ヶ月ほど前にアニカに続いてウイカも家を出たクローセ村のアーネス宅では、日々まったりとした時間が流れている。


 仕事の休憩中に、アーネスがウィーに向かってふと呟いた。



「ウイカはフクーベで元気にやってるといいな」

「まぁ、大丈夫でしょ!出ていく前は元気がありあまってたし!」


 夫婦水入らずでウィーとゆったり日々を過ごしている。1年前を思い返せば、娘が2人とも家を出て静かすぎる日々に張り合いがないとも言えるが、娘達の成長と再会する日を楽しみに毎日を過ごしている。


 元気にしていたらそれだけでいい…なんてのんびりお茶していると訪問者が。


「お~い。アーネスいるかぁ~?」


 聞き慣れた声に呼ばれて玄関に向かうとミルコが立っていた。


「どうした?なにかあったか?」

「今日オーレンから荷物が届いた。お前達宛ての手紙と、コレが一緒に入ってたから持ってきた」


 ミルコから手渡されたのは手紙と小包。


「わざわざ悪いな」

「ウイカ達も元気にしてるみたいだな。じゃあな」


 ミルコが去ったあと、手渡された手紙の裏を見るとウイカの名前が。どうやら無事にフクーベに着いたようだと一安心して、居間で待つウィーの元へ向かう。


「今のミルコ?」

「あぁ。オーレンが送ってきた荷物に俺達宛ての手紙と小包が入ってたらしい。ウイカからだった」

「おっ!無事フクーベに着いたんだね!わかってはいたけどよかった!」

「そうだな。とりあえず読んでみるか」


 ウィーの横に座って手紙から便箋を取り出す。寄り添ったままウイカの手紙に目を通し、読み終えてウィーが先に口を開いた。


「やっぱりこうなったかぁ~!」

「ははっ。まぁ予想の範疇だな」


 手紙に『冒険者になったよ』と書かれていた。『絶対無理はしないから心配しないでほしい』とも。俺達からすれば案の定といえた。


「あの子は動けなかったからさ。尚更そういうのに憧れがあったかもね」

「アニカが出ていくときも、寂しいだけじゃなくて羨ましそうだったしな」


 言いたくても周りに気を使って口に出さない。そんな優しい娘だ。


「やりたいならやってみればいいよね!」

「手紙を見た限りじゃ治癒師になる勉強を兼ねてみたいだが、関係あるのか?」

「知らないけどなるようになるでしょ!それにしても…ウォルト君ってやっぱり凄いんだねぇ~」

「ホーマもとんでもない魔導師だって言ってるからな。まぁ、あんな魔法を操る魔導師が普通じゃないのは素人でもわかる」


 手紙には、ウォルトに再会したその日に『治癒』の魔法を教えてもらって既に覚えたことも書かれていた。凄いことなのか俺にはわからないが、今後も教えてもらえるようになったらしい。


「2人が仲良しなのは知ってるけど、大丈夫かねぇ?」


 ウィーは溜息交じりに呟く。


「俺の記憶だとケンカしたことはないぞ」

「まぁね。初の姉妹ゲンカにならなきゃいいけど。でも、それも面白いか!」

「面白くはないだろ。なんでケンカになるんだ?」

「さぁ~。なんでだろうねぇ~?」


 揶揄うような視線を浴びせてくる。ウチの姉妹はとにかく仲良しだ。ケンカする理由がない。

 あるとしたら、元気になったウイカがなにかしらの勝負を挑んでアニカに勝ったときくらいか?それでもケンカしないと思うけどな。


「それより、小包の中身はなんだろね?」

「開けてみるか」


 包装を剥がすと木製の小さな小箱。ゆっくり開けると銀の指輪が2つ並んでいる。


「コレは…」


 折り畳まれた小さな紙に、ウイカの字で『結婚20年おめでとう。これからも仲良くね』と書かれていた。あの娘の性格からして、冒険者になってからこつこつ稼いだ金で買ったのだとわかる。健気な娘の行為に俺達の顔は綻ぷ。


「結婚して20年経つのにお揃いの指輪かぁ~。嬉しいね!せっかくだから着けてみようよ!」

「そうだな」


 互いに指輪を着け合って笑顔になる。それぞれ違う指に嵌まっているのはご愛嬌。寸法など測れないから仕方ない。


「いいね!」

「ピッタリだ。普段指輪なんて着けないから違和感はあるが、ウイカが稼いだ金で買ってくれたと思うと…」


 胸に熱いものが込み上げる。本当に嬉しくて仕方ない。


「ウイカは真面目だね~。それに比べて、アニカのバカタレはこういうの思いつきもしないだろうね!まったく誰に似たんだか!」

「……」


 俺が貝になっているところに再度来客が。


「お~い!アーネス!」


 今度も聞き慣れた男の声。玄関に向かうと息を切らしてホーマが立っていた。


「どうした?そんなに慌てて」

「アーネス!アニカ達を止めてくれっ!」


 焦るホーマの声を聞きつけたのか、ウィーもパタパタと玄関へやってくる。


「止めるって…なにをだ?話が見えないぞ」


 ホーマが手紙を差し出す。


「オーレンが手紙をくれたんだ!その内容が……とにかく読んでくれっ!」


 俺達は寄り添って手紙を読む。アニカとウイカ、そしてウォルトの3人がホーマのことを【クローセの大魔導師】として名を広めようとしていると書かれていた。


「なにか問題ある?褒めてくれてるじゃん」


 ウィーが首を傾げた。俺も同意だ。


「大ありだっ!俺は大魔導師なんかじゃない!タダの村人だぞ!お前達も知ってるだろ?!」

「お前はクローセの大魔導師でいいだろ。実際アニカ達の魔法の師匠だし、村で唯一の魔法使いだ。お前のことを尊敬してるんだよ」


 実際はウィーも使えるがまだ誰にも言ってないので黙っておく。


「なに言ってんだ!あの子達には魔法の技量はとうに追い抜かれてるし、ウォルト君に至っては足元にも及ばない!こんなことをされたらどうなるかっ…。考えただけで恐ろしい!」


 ホーマはしゃがみ込んで頭を抱えた。


「おいおい。大袈裟だろ。影響があるとしても誰か弟子入りしにくるかもしれない…ぐらいだろ?」

「そうだよ。ホーマは教えるの上手いって褒めてたし別にいいじゃん!」


 嫌がる理由がよくわからないから、夫婦揃って軽く答える。だが、顔を上げたホーマは鬼気迫る表情。


「そういう問題じゃないんだよ!とにかくアニカ達に手紙を出してやめるように言ってくれ!頼むっ!この通りだっ!」


 両手を合わせて懇願してくる。神頼みしているかのようで、表情は誰が見ても切羽詰まっている。


「わかった。ホーマが困ってるからやめろって伝えておくから」

「恩に着るっ!」

「あのさ、なんでそんなに嫌なの?目立ちたくないから?」


 ホッと一息ついたホーマが語った内容はこうだ。


 魔導師はいつの時代も師事すべき優秀な師匠を欲している。そして、優秀な魔導師の師匠は総じて凄い魔導師であることが多い。

 アニカとウイカは本当に才能豊かな魔法使いで、ウォルトに師事したならどれほどの魔導師に成長するかわからない。将来は大魔導師と呼ばれる可能性も充分ある。

 そんな姉妹に揃って「凄い師匠がいる」と言われようものなら、自分の元に弟子入り志願者が殺到することになる。そして、魔法の実力を見てガッカリされるのが目に見えているのだと。


「なるほどね~。私には2人がそんな凄い魔導師になると思えないんだけど」

「ウィーはあの子達の才能を知らないからそんなことが言えるんだ…。それに、ウォルト君にまで広めたられたら…俺はクローセで暮らせなくなる…」


 ホーマはがっくりと肩を落とす。


「それはさすがに大袈裟だろ」


 俺の一言でホーマの顔色が変わった。目が縦になるくらい吊り上がる。


「大袈裟なもんかっ!ウォルト君は本っ……当に凄い魔導師なんだっ!断言してもいい!彼はカネルラ最高の魔導師だっ!彼がそんなことを広めたら…間違いなく村は訪ねてくる魔導師だらけになる!そして俺は……ソイツらから逃げて死ぬまでひっそり山奥で暮らすことになるんだよっ!!」


 興奮しすぎて目が血走っている。いつも温厚で笑顔を絶やさない男が呼吸が荒くなって顔つきもまるで別人のよう。俺達は事態の深刻さに気付いた。


「わかった!わかったから心配するなって!アニカ達には口酸っぱく言っておく!ウォルトにも絶対にやめろと伝えてもらう!それでいいだろ?」

「すまんが頼むっ!あの子達に悪気がないのは俺もわかってる…。気持ちはもの凄く嬉しいんだよ…。だけど……絶対にやっちゃダメなことなんだっ!」


 とぼとぼと肩を落として帰った。


「魔法使いってのは…大変なんだな…」

「褒められても辛いなんてねぇ…」



 直ぐにアニカ達へホーマの願いを書いた手紙を書いて送ったものの、返信が届くまで気が気でなかったホーマは別人のように激痩せしてしまった。

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