164 アニカのお誘い
一悶着あったあと、ウイカはアニカと客人用の部屋で床に就く。
私にとってはクローセ以外で初めてのお泊まり。真っ暗な部屋には、窓から月明かりが優しく差し込んで私達を斑に照らす。お互いにベッドに横たわって、天井を見上げながら会話する。
「お姉ちゃん!今日は楽しかったね!」
「うん。すごく楽しかった」
「ところでお姉ちゃん…」
「なに?」
「ウォルトさんて、優しくてモフモフで格好いいでしょ?」
「うん」
「一応確認するけど、お姉ちゃんはウォルトさんのこと好き?」
答えていいのかな…。でも、アニカに噓はつきたくない。
「…うん」
「私がウォルトさんのこと好きなのもバレてるよね?」
「うん」
アニカはバッと私に向いて笑った。
「よし!誘っちゃおうかな!」
「誘う?」
「ふふっ…。ウォルトさんのことを大好きな女性による会……【白猫同盟】にだよ!」
「そんなのあるの!?アニカの他に誰がいるの?!」
私もアニカに向き直る。
「今は2人しかいないんだけど仲間は絶賛募集中なんだ!発起人はウォルトさんの幼馴染みのサマラさん。すっごい美人の獣人なんだよ!」
「へぇ~!具体的に同盟ってなにしてるの?」
「特に決まってない!ただ楽しくウォルトさんのいいところを語り合ったり、情報交換してるだけ!」
「なんか不思議だね。だって恋敵なんでしょ?」
「そうなんだけど、サマラさんが私をライバルだ!って言ってくれて始まったの!」
アニカは、サマラさんとの出会いやこれまでの出来事を教えてくれる。そして、恨みっこなしで互いに頑張っていることも。
「すごいね…。アニカもサマラさんも…」
「お姉ちゃんも良かよったらどう?というか、私的にはもう入れてるんだけど」
「私なんて、大してウォルトさんのこと知らないから…」
「関係ないよ!むしろ知るタメだし!そんなこと言ったら私もかなり出遅れてる。サマラさんは…私の知らないウォルトさんの情報をたくさん教えてくれる。もの凄く嬉しい。出遅れてるからこそ…並び立つためにはライバルの協力が不可欠なんだよ!」
アニカは笑顔で力説する。恋敵なのに『協力が不可欠』というのが、可笑しくて笑ってしまう。無性に話を聞いてみたくなった。
「楽しそうだね。私も…ライバルって認めてもらえるかなぁ?」
「もちろん!サマラさんには「ライバル増えますよ!」って言ってあるからね!」
「えっ!?もう!?なにか言ってた?」
「会って話してみたいって!すっごい楽しみにしてたよ!今度皆で食事に行こう♪サマラさんは獣人だからめっちゃ負けず嫌い。それだけ知ってれば大丈夫!なにも心配しなくていいよ。楽しみだなぁ!」
ウキウキした様子のアニカを見て、思わず苦笑い。昔からだけど、凄い妹だなぁ…。
アニカには…申し訳ない気持ちがあった。ウォルトさんを好きになってしまったけど、アニカも好きだって知ってた。
いなくなった後のクローセでも、ウォルトさんに会いたいとずっと思ってて…。この気持ちは表に出さずいつか消えてしまうまで大事にしようと決めてた。
アニカは大切で大好きな妹。死ぬまで仲良くいたい。だから私はアニカと争いたくなんかない。そう思ってた……のに、私をライバルだと言ってくれる。負けないよ!って。
「アニカは凄いね…。普通そうはならないよ」
「やっぱり?」
「誰だって好きな人を独り占めしたいと思う」
「そうだよね!私も思ってたし、サマラさんも言ってた!でもね、お姉ちゃん。別にカネルラは一夫一妻じゃないから、そんなにおかしくもないんだよ!」
「あれ?そうだっけ?」
「そうだよ。王族がそうだから勘違いされてるけど、成金とかは一夫多妻だし逆もあるらしいよ!」
「今の王族は誰も側室を持ってないことで有名だもんね」
「そう。世界でも珍しいらしいけど、特に跡継ぎに困ってもいないし、無駄なお家騒動にも発展しないからそれでいいって堂々と表明してるみたい!だからといって、国民に一夫一妻制を強いてないし、カネルラ全体の風潮がなんとなくそうなっているだけなんだよ!国民が気にしてないだけ!」
「そっか。じゃあ、ウォルトさんの隣に立つのを目指すための同盟…みたいな感じ?」
「そう!迷惑かもしれないけど私はそう思ってる!皆で協力もするんだけど、その上で勝負する!もちろん恨みっこなしでね♪」
アニカはニンマリ笑う。
「相手が幼馴染みでも姉妹でも関係ないよ!ライバルはライバル!唯一の条件はウォルトさんを好きであること!」
「うん…。アニカ………私も参加したい!」
「そうこなくっちゃ♪あとね、最低でももう1人増えると私は見てる!」
「えっ?!まだいるの!?」
ウォルトさん、モテるんだなぁ。わかるけど。
「会ったことはないけど、ウォルトさんの狩りの師匠が獣人の女の子みたいなんだ!その子も加わってくれると思ってる!」
既にライバルが3人かぁ。でも納得。ウォルトさんは優しいし格好いいもんね。
「…むぅ~!気合い入れなきゃ!」
「その意気だよ!私もだけど!じゃあ、おやすみ!」
「うん。おやすみ」
笑顔で目を瞑るアニカ。サマラさんも凄いけど…やっぱりアニカは凄いよ。
ありがとうね。私にチャンスをくれて。
★
その頃、ウォルトの部屋では。
「ウォルトさん、すいません…。俺がアイツらの風呂を覗いたばっかりに迷惑かけて?」
「覗くなって言われてるのに覗いちゃダメだよ。そうでなくてもダメだけど」
寝間着の貫頭衣に着替えてベッドに横たわり、天井を見ながら苦笑する。
覗きは犯罪じゃないけど軽蔑される行為。怒られるだけじゃすまないこともある。
「我慢できなかったんですよ。アニカだけなら気にならないんですけど、ウイカがクローセにいた頃より健康的でスタイルもよくなってたから意識しちゃって…。反省してます…」
声にいつもの元気がない。反省してるのは匂いでわかる。オーレンの行為は決して褒められたことじゃないけど…男だから当然の気持ちだと思うしボクも理解できる。
「男なら覗きたくなるときもあるよね」
「ウォルトさんでも思いますか!?」
「ボクは聖人じゃない。普通に女性にドキッとする。アニカもウイカも美人だし、そういう気持ちになっても仕方ないと思う」
「理解してもらえてよかったです…。軽蔑されたらと思って…」
「アニカ達には怒られるだろうけど、あまり責めたくない」
「師匠…。今度、一緒に風呂を覗いてみませんか…?」
「無理だよ。ボクには刺激が強すぎる。それに、2人に見つかったら半殺しじゃ済まないかもしれない…」
「見つかったらめちゃくちゃ殴られます。昨日もボコボコにされました。容赦ないんで」
「だよね…。怖すぎる」
2人だけじゃなくて、知られたらサマラにも半殺しにされそうだ。被害は過去に獣人から受けた仕打ちの比じゃないかもしれない…。考えただけで背筋がゾクゾクする。それに、覗きの師匠になったつもりはないからちょっと嫌だな。
「そうですか…。師匠を巻き込むワケにはいかないですね…。俺だけでも…」
「まだ諦めてないのかい?懲りないね」
オーレンの不屈の根性に大苦笑してしまう。二度目が発覚したら大変なことになりそうだけど、諦めない精神はやっぱり冒険者だからかな。
ただ、ボクの感覚では危険度と見返りが割に合わない気がする。刹那的な興奮を得るために大切な命を賭けているかのようで…。
「俺のロマンなんです!男には…やらなきゃならないときがあるんですよ!」
ボクは覗きにロマンを感じない。けれど、人それぞれだから否定はできない。
「この家ではダメだよ?覗きを見つけたらさすがに見逃せない」
「師匠…。男の性ですよ…?」
「ダメだよ」
「わかりました…」
「じゃあ寝ようか」
「はい」
オーレンがどう思っているかわからないけど、こうして男同士の話ができてとても嬉しかったりする。
今夜はゆっくり眠れそうだ。