160 治癒師ウイカ
後片付けを終え、お腹が落ち着いた頃合いでウォルトさんが『治癒』の基礎を教えてくれることになった。その前に頼んでみる。
「あの……よかったら、修練を始める前にウォルトさんの魔法を幾つか見せてもらえませんか?」
凄い魔導師だということは知ってる。でも、『幻視』以外を見たことがないので魔法を操れるようになった今の自分がどう感じるのか知りたい。
「いいですよ。じゃあ外がいいですね」
「ありがとうございます!」
連れ立って更地に移動する。
「ウイカさんは、なにか見たい魔法とかありますか?ボクが操れたらお見せします」
「えっと…じゃあ『火炎』をお願いできますか?」
「わかりました。『火炎』」
「ちょっ…!」
片手を翳したウォルトさんは、岩に向かって『火炎』を放った。特大の燃え盛る炎を見て開いた口が塞がらない。アニカとオーレンは揃って苦笑い。
「お姉ちゃんの気持ちはよくわかるよ!」
「だな。あの時は顎が外れるかと思った。ウイカの反応は、俺達が初めてウォルトさんの魔法を見たときとまったく同じだ。とにかく驚いたのを覚えてる」
「ウォルトさんの非常識さに慣れた今でも毎回のように驚かされるけどね!」
やっぱりそうだよね…。
「他にも見たい魔法はありますか?」
「『氷結』をお願いします」
「わかりました。『氷結』」
さっきまで燃え盛っていた岩が、ガチン!と凍りついた。信じられない…。
「次は…」
「大丈夫です。もう充分です」
私は食い気味に答えた。
「そうですか。では、早速『治癒』の基礎についてボクの知ることを教えますね」
「よろしくお願いします!」
発動までの魔力操作や要領を丁寧に説明してくれる。凄くわかりやすい。
「…という感じです」
「なるほど…。やってみます」
一通りの説明を受けて、難しいと感じながらも理解できた気がする。イメージもできたので、とりあえず発動できるか試してみることに。
『治癒』
習ったとおりに魔力を操作して詠唱したつもりだったけどなにも起こらない。自分なりに変化を加えて何度か試しても、やっぱり発動できない。
そう簡単にいくはずないよね。今日から毎日修練するぞ!気合いを入れたところで、アニカから提案が。
「お姉ちゃん!私がオーレンをぶん殴るから『治癒』の実験台にしていいよ♪」
「ふざけんなバカ!逆に俺が殴ってやるよ!」
「なんだとぉ~!やれるもんならやってみろ!」
アニカとオーレンが軽く取っ組み合いをしている間に、ウォルトさんが話しかけてくれる。
「ちょっと前までは2人のケンカにオロオロしてたんですが、最近さすがに慣れてきました」
「そうでしたか」
ふふっ。日常茶飯事だもんね。
「ウイカさんと一緒に試してみたいことがあります。よかったら協力してもらえませんか?」
「私でよければ」
なんだろう?ウォルトさんは、これから試そうとしていることを説明してくれる。それは初めて聞く内容で…。
「そんなことができるんですか?」
「はい。ボクを信じてもらえるなら…ですが。上手くいけば早く習得するのに役立つと思います」
「もちろん信じます!それに、私も興味があります!」
凄くやってみたい!
「なになに!?」
「どうした?」
声に反応したオーレン達が、取っ組み合いをやめて近づいてくる。
「では、始めます」
「はい」
★
ウォルトはローブの袖を捲り上げ、いきなり自分の腕を爪で傷付けた。
…っ。
ボクの爪は体内への出し入れが自由自在。鋭利な爪は危ないので、たまにしか全てを外に出すことはない。刃物で切ったかのように血が流れ出て白い毛皮を赤く染める。
「ウォルトさん!なにしてるんですか!?」
アニカが駆け寄るのを手で制する。
「大丈夫だよ。アニカも見てて。ウイカさん、お願いします」
「はい」
ウイカさんの左手を軽く握ると、そのままボクの傷に右手を翳したウイカさんが詠唱した。
『治癒』
傷が塞がっていく。オーレンとアニカは驚いてる。そして、詠唱したウイカさん本人が一番驚いている。傷は完全に癒えた。確認してみよう。
「どうでしたか?」
「驚きました…じゃなくて!わかりました!」
「なんとなく感覚を掴めましたか?」
「はい!」
「では、忘れない内にもう一度やってみましょう。次は補助なしで」
「はい!」
オーレンとアニカの呟きが聞こえる。
「ちゃんと『治癒』を発動させてたよね…。信じられない…」
「そう見えた…。でも、反応からすると違う感じがするな」
再び爪で傷を付ける。今度はちょっと傷付ける程度。傷に手を翳して、「むぅ~!」と集中したウイカさんが詠唱する。
『治癒』
…本当に凄いなぁ。感動すら覚える。
ゆっくりだけど傷が塞がっていく。やがて傷が綺麗に完治してウイカさんは息を大きく吐いた。
「ふぅ~!!緊張したぁ!でも、できたぁ~!」
アニカがプルプル震えてる。
「お姉ちゃん、凄すぎるよっ!もう『治癒』を覚えたの?!どうやって?!」
当然の疑問だと思う。ボクも正直信じられない。覚えたてだから回復速度が遅いのは仕方ないとして、教わったばかりの『治癒』を即座に発動させたことに驚きしかない。
「ウォルトさんに身体で教わったの!凄くわかりやすかった!」
「身体で?どゆこと?」
アニカとオーレンにも説明しておこうかな。
「まず初めに、ボクの魔力をウイカさんの身体に通して『治癒』の魔法を発動した。魔力の質や流れと感覚を掴んでもらって、その後に詠唱に挑戦してもらったんだ」
「なるほどぉ~!それなら覚えやすいかも!ウォルトさんは凄すぎです♪」
「大袈裟だよ。この方法には最近気付いたんだ。これからアニカ達に魔法を教えるときに使えると思って」
「是非その方法で教えて下さい♪」
「下心が見え見えだぞ。はしたないな」
「黙れっ!このドスケベ色狂い狒々がっ!アンタにだけは言われたくない!」
「なにぃ~!そこまで言うかっ!」
アニカの下心ってなんだろう?まぁいいか。また騒ぎ出したけど、当然無視してウイカさんの傍に立つ。
「ウイカさん」
「なんでしょうか?」
「この方法を使っても、誰もがすぐに魔法を使えるようになるわけじゃありません。ウイカさんはアニカやオーレンと同じで魔法の才能があります。自信を持って修練に励んで下さい」
コクリと頷いてくれる。
「ありがとうございます!アニカやオーレンに負けないよう頑張ります!」
「その意気です」
いつの間にかケンカを止めて話を聞いていたアニカが笑顔になった。
「よ~し!オーレン!私達もお姉ちゃんに負けてられない!『治癒』の練習したいからアンタの足折っていい?」
「いいワケないだろ!頭沸いてんのか!?」
「わかった。じゃあ首の骨にしとく♪」
「全然わかってねぇ!治癒される前に死ぬわ!そもそもなんで骨を折る必要があるんだよ!」
「お姉ちゃんに、私の『治癒』でどこまで治るか見てもらいたいから?」
「もらいたいから?…じゃねぇよ!こんの…異常者がっ!」
「はぁ~!?誰が異常者よっ!」
「お前だよっ!」
なんだかんだ仲いいなぁ。いいことだ。
また取っ組み合いを始めた2人は放っておいて、詠唱の感覚を定着させるタメにウイカさんと修練を続けた。