16 意外な来客
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
弟子入り騒動から、数日経ったある日のこと。
朝早くからウォルトが住み家の裏にある畑で野菜を収穫していると、鼻と耳が反応する。
久しぶりだな。いつぶりだ?
獣人は、嗅覚や聴覚などの五感が人間に比べて遙かに優れている。冒険者パーティーにおいても戦闘はもちろんのこと斥候や警戒も得意分野。
五感については当然獣人でも個人差がある。他の獣人に比べて力が大きく劣る反面、ボクはそういった感覚が鋭いと自負してる。
風上から近づいてくる知り合いの匂いと足音を感じた。しばらくして匂いの主が姿を現す。
「よぉ。久しぶりだな」
「久しぶりだな。マードック」
現れたのは筋骨隆々の獣人。体躯はボクより二回り近く大きく、濃紺のビロードのような毛皮を纏う。一見ゴリラのような風貌だけど、実際は狼の獣人で申し訳なさげなタテガミが特徴的。
鍛え抜かれた鋼のような筋肉に加えて、いたる所に古傷があり歴戦の戦士といった佇まい。
「土産持ってきたぜ」
マードックが手渡してきたのは、街で買ってきたと思われる酒だ。
「ボクは酒飲めないって知ってるだろ?」
「俺が飲むためだ!ガハハ!つまみは頼むぜ!」
豪快に笑いながらターキー鳥を4羽差し出してくる。まだ元気に動いていて、いかにも来る途中で捕まえたといった感じ。
「わかった。ゆっくりしていってくれ」
畑作業を切り上げて住み家の中へと案内する。マードックは慣れた様子で居間の椅子に腰掛けると、クンクン…と鼻を鳴らして部屋の匂いを嗅いだ。
「知らねぇ匂いがある。獣人じゃねぇな。1人…いや2人か?」
「冒険者の友人だよ。人間だ」
「また助けたのか?お前はお人好し過ぎんぞ」
マードックは呆れたように言う。
「森で倒れてたんだ。放っておけない」
「相変わらず物好きだぜ」
「なんとでも言ってくれ。ちょっと肴を作ってくる」
ターキー鳥を片手に台所へ向かうと、手早く捌いて肴を作る。マードックは見た目通り大食漢なので作り甲斐がある。香辛料たっぷりで焼いてみようか。
肴とグラスを差し出すと、マードックは土産の酒を手酌で飲み始めた。肴も豪快に食べてる。
「ふぅ。美味ぇ」
自分が酒を飲めないのもあるけど、朝早くから酒を飲むなんて考えられない。ただ、美味しそうに見えるのも事実。
オーレン達が来る予定はないから、肉も全部食べさせていい。向かい合った椅子に座り淹れてきたお茶を飲む。
「お前に会うのはいつぶりだ?」
「半年ぶりくらいじゃねぇか」
「なかなか会わないもんだな」
「たまには街に来いっつってもお前が全然来ねぇからだろうが!こっちは忙しくてそうそうこれねぇんだよ!」
酒を煽りながら怒ってる。その姿を見てボクは苦笑するしかない。その通りだからだ。
一見粗暴に見える狼の獣人マードックは、冒険者でオーレンと同じ戦士。オーレンは正確には剣士かもしれないけど。
興味がないから詳しく聞いてはいないけど、何人かでパーティーを組んでいて有名らしい。
同郷で歳も同じ。いわゆる幼馴染みで長い付き合いになる。ボクが『獣人らしくない』と他の獣人に疎まれる中で、普通に接してくれた数少ない友人。
そして、両親以外でボクが魔法を使えることを知っている唯一の獣人でもある。
「お前がココに住んで、もう何年だ?」
「5年かな」
「辛くねぇのか?」
「全然。たまに会いに来てくれる人もいるし。お前みたいに」
「うるせぇ!お前が来ねぇからだろうが!」
「悪いと思ってる」
フン!と鼻を鳴らしてそっぽを向いたマードックは、こう見えて昔から面倒見もよくて兄貴肌だ。口調は乱暴だけど獣人にも慕う者は多かった。
「ところで、なにか言いたいことがあって来たんじゃないのか?」
問いかけると、マードックの耳がピクリと動いた。なぜ気付いたかというと、いつもと違って困惑している匂いをさせてるから。
獣人は、人間より感情が体臭に出やすい。ただし、ボクには親しい者の匂いしかわかない。そのことをマードックに伝える。
「お前の鼻はどうなってんだ…?普通の獣人はそんなことまでわからねぇ」
「ボクは普通の獣人じゃない。お前は知ってるだろ」
「…ちっ!」
舌打ちしてもう一杯酒を煽ると、グラスを置いて重い口を開いた。
「サマラが……番になるってよ…」
予想していなかった一言に思考が停止する。直ぐに言葉を紡ぐことはできなかったけど、一呼吸おいて冷静に答える。
「おめでとうと伝えてくれ」
「お前は…それでいいのかよ」
「もちろんだ。好き合ってるんだろう?」
「あぁ…。会ったけどよ、ムカつくことにイイ奴だったぜ」
「よかったじゃないか」
「あぁ。上手くいかねぇよ」
苦虫をかみつぶしたような表情のマードックを横目に、窓から見える風景をぼんやり見つめる。
そうか…。サマラが番うのか…。
サマラはマードックの妹で、同じく幼馴染みだ。小さな頃はよく一緒に遊んでいて、ボクはサマラのことが好きだった。
彼女もまたボクに偏見を持たない獣人だった。色々あって森に移り住んでからは一度も会っていない。
「おい。ウォルト」
名を呼ばれて窓からマードックに視線を移す。
「なんだ?」
「お前…サマラに会う気はねぇか」
いつになく真剣な眼差し。冗談じゃないのは伝わる。
「ボクは会いに行けない。今さらどんな顔して会えばいいかわからない」
「俺が話を通しても無理か」
コクリと頷くと、マードックは予想外の言葉を口にした。
「お前……俺と勝負しろや」
いきなり勝負を挑まれ困惑する。
「いきなりなんだ?」
「お前が負けたらサマラに会いに行け」
提案を聞いて眉間に皺が寄る。
「なんでそんなに会わせたがるんだ?」
「俺は…サマラにはお前と番ってほしかった。お前らは好き合ってたろうが!」
「……」
確かにサマラのことが好きだった。番になれたら…と淡い想いを抱いていた頃もある。ただ、好き合っていたかはわからない。サマラもそうであってくれたら嬉しい…と思ってはいたけど。
「難しいことはわからねぇ。けど、アイツが番う前にお前と会わせてやりてぇと思った。アイツの踏ん切りがついてんなら、それでもいい。もしそうじゃねぇなら、最後にお前と話をさせて思い残すことなく幸せになってもらいてぇ」
「……そうか」
「全部俺の我が儘だ。勝負は受けなくてもいいぜ。どうする?」
「…ボクとお前が闘うってことか?」
「当然だろ。獣人が勝負っつって他になにかあるなら言ってみろ」
至極当然といわんばかりの表情を浮かべてる。訊くまでもなくわかってた。獣人にとって勝負といえば闘うということ。それ以外にない。
目を閉じて思案する。
マードックは、戦闘狂と言ってもいいほど闘うことが好きな獣人。その強さは昔から折り紙付きで、少なくとも1対1の闘いで負けた話を聞いたことがない。
過去に、ケンカも含めてマードックと闘ったことはないし、マードックに限らず対人戦闘の経験もない。
経験が全くなくはないけど、非力すぎて獣人同士のケンカで勝ったことがない。森に移り住んでからは獣や魔物と闘っているだけ。
誘いを断るのは簡単だ。ただ、マードックが弱者に力をひけらかすような男じゃないことは知ってる。今回の誘いがただ闘いたいという理由じゃないことは明白で、だからこそ答えに困る。
きっと…ボクをサマラに確実に会わせるためにはどうすればいいか…?と、マードックなりに考えて達した結論。
この粗暴だけど根は優しい狼の獣人は、自分が勝負に勝つことで会う口実にしてやりたいと考えてる。それに、コイツが会わせたいと思ってるのはサマラじゃなくてボクだ。
サマラに番になるような恋人がいるのなら、ボクのことなんて気にしてもいない。踏ん切りなんかつける必要がない。彼女の性格や思考については知ってるつもりだ。
会わせてやりたいという気持ちは余計なお世話。そんなことを告げたらサマラは怒り出すだろう。コイツも知ってるはずなのに会わせてやりたいと言った。
最後にサマラに会って『気持ちの整理をつけろ』というコイツなりの優しさであり、本人が言うようにただの我が儘。
『お前が後悔するぞ』と言われた気がした。
しばらくして目を開き、意を決して答えた。
「勝負を受ける」
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