156 姉妹水入らず
私達は仲良く晩ご飯を食べる。今日はオーレンが夕食を作ってくれた。
「ごちそうさま!」
「ごちそうさまでした。オーレンは料理上手だね。美味しかった」
失礼かもしれないけど意外だった。
「そりゃよかった。褒められると作った甲斐がある。ウォルトさんの気持ちがわかるな」
「私は褒めないからね!厳しい目で判断しないとウォルトさんの領域にいけないから!」
「査定が厳しすぎるんだよ!ウォルトさんみたいになれっこないし、なろうとすら思わない!」
料理を食べ終えてしばらく談笑していると、アニカが思いついたように口を開く。
「お姉ちゃん!久しぶりに一緒にお風呂に入ろうよ♪」
「うん。アニカ達が帰って来たときは入れなかったもんね」
クローセで共に暮らしていた頃、姉妹で仲良く入浴するのが日課だった。小さな頃から、お風呂でゆっくり話をするのが好きで、成長しても変わらずアニカが家を出る日まで続いた。
前回の帰省では村の警備をしてもらってたこともあって、時間が合わずに一緒に入ることはできなかった。
「ただねぇ~。気になるお邪魔虫がいるんだよね。ねぇ…のぞき魔さん?」
アニカはチラリとオーレンに目をやる。
「誰がのぞき魔だ!俺はお前の風呂を覗いたことなんかないぞ!」
オーレンは『心外だ!』とばかりに声を荒げる。
「そうでなきゃ一緒に住めないし!もしそんな現場を押さえようもんなら……7回はコロス…」
「7回もっ!?1回でいいだろ?!」
「不満なら8回にする」
「充分足りてまっす!」
「よろしい。…ただ、お姉ちゃん相手だとどうかなぁ~?オーレンはギルドで【エロォーレン】って異名がついてるくらいだから」
「嘘だっ!フクーベの若き獅子とか云われてるはず!」
「あつかましいわ!よし!とりあえず無視して行こう!あと、オーレン…」
「なんだよ…?」
「もし覗いたりしたら…どうなるかわかってるよね?」
「……」
一睨みしたアニカは、私の手を取って歩き出す。もしオーレンが覗いたりしたら、私は失望しちゃうな~。
言われてしまったオーレンは、居間に残って溜息を吐く。
アイツはわかってない。男には…やらなきゃいけないときがあるんだよ…。
★
オーレン達の住居のお風呂は一般的な家庭のお風呂で、広くないけど細身なら一緒に入れるくらいの大きさがある。
お湯を沸かすのはアニカの魔法。ウォルトさんの住み家でお風呂に入ったとき気になって、沸かし方を教わってからずっと魔法で沸かしてるみたい。
「魔法でお風呂を沸かせるなんて凄いね」
「コツを掴めば結構簡単だよ!お姉ちゃんにも教えるね!」
「私にできるかなぁ?」
「できるよ!『水撃』を使えるウォルトさんは水張りも魔法だけど、難しいみたいでまだ教えてもらえてない!」
「魔法で水も出せるなんて凄い。どんな理屈なんだろう?」
「わかんない!でもね、沸かすだけでも魔力調整の修練になるから一石二鳥だよ!最初は悪戦苦闘したけど、最近ではスムーズに沸かせるようになった!」
「へぇ~」
服を脱いで、一緒に浴室に入る。
「クローセを出てそんなに経ってないのに懐かしい感じがするね!」
「こうして一緒に入るのは1年ぶりくらいかな?」
お互い体を洗い終えて、向かい合わせに座ってお湯に浸かる。ぼんやり柔らかなランプの光に照らされながら、揃ってリラックスする。
「お姉ちゃん、すごく健康的な体型になったね!」
「体調がよくなってからは食欲が止まらなくて、かなり太っちゃった」
体調が悪かった頃は、食も細くてかなり細身だった。今は体重が増えて出るところが出てきたのは実感してる。前より健康的に見えるはず。
「今でも全然太ってないし、ちょうどいいよ!」
「そうかな?」
「お世辞じゃないよ。オーレンの鼻の下も昔より伸びてたし!」
「伸びてたっけ?」
「伸びまくり!ウォルトさんもきっと驚くよ!明日、会うの楽しみだね!」
「うん。やっと見せられるよ」
「なにを?」
「ウォルトさんのおかげで元気になって…ココまで魔法も使えるようになりましたって…」
それを目標に頑張った。ウォルトさんに元気になった姿を見せたいと思った。
「めっちゃ喜んでくれるよ!けどね、多分こう言われる」
「「大袈裟だよ。ボクはなにもしてない」でしょ?」
「さすがお姉ちゃん!わかってるね!私の予想だと、「魔法はウイカさんが努力したからです。ホーマさんとの修練の成果ですね」ってとこかな♪」
「凄くピンポイントに正解してそう」
あははと笑い合う。その後もしばし会話を楽しんで、いい感じに身体が火照ってきた。
「のぼせる前にそろそろ上がろうか」
「そうだね!あとはゆっくり休もう!明日は早いよ!」
湯船から出て脱衣所で服を着る。着終わったところで気になったことを確かめよう。
「ねぇ、アニカ。洗濯とかどうしてるの?下着とか」
幼馴染みとはいえ、オーレンに下着を見られたくない。
「服はオーレンのと一緒に洗ってる!下着は自分で洗って『乾燥』ですぐに乾かしてるよ!」
「なるほど。私もそうしようかな」
「お姉ちゃんも『乾燥』使える?」
「使えるよ。『乾燥』」
濡れたタオルを『乾燥』で乾かした。ホーマおじさんから教えてもらって、初めて使えるようになった魔法。
「凄い!詠唱も速い!」
「そんなことないけど」
「まだ修練を始めて数か月なのに、かなりスムーズに使いこなしてる!私はそこまで習得が早くなかった!凄いよ!」
「ありがと。時間だけはあったから、暇さえあれば練習してたからね」
アニカに褒められると嬉しいな。
「今後が楽しみだね!」
「なにが?」
「クローセみたいな田舎から魔導師が2人も誕生して、しかもそれが姉妹なんて大事件だよ!」
「アニカはともかく、私はまだまだ魔導師なんて言えないよ」
その時、ギシッと廊下で軋む音がした。耳を澄まさないと聞こえないくらい微かに。アニカはふっ…!と鼻で笑ってボソリと呟く。
「どうやら…大きなネズミがいるみたいだね…」
「えっ!どこっ!?」
見回すけど、どこにもいない。
「ネズミがいるのは……ここだよっ!!」
アニカが一艘跳びで脱衣所の扉をバーン!と開けると、戸を開けようとするポーズのまましゃがみ込んでいるオーレンを発見した。ゴミを見るかのようにオーレンを見下ろすアニカ。
「…忠告はしたからね。この……ドスケベネズ公がっ!!」
その言い方はネズミに失礼じゃないかな?ドスケベは正しいと思うけど。
「待てっ!!誤解だっ!たまたま通りがかって、モノを拾おうとしてたんだって!」
「へぇ…。ちなみに落としたモノはなんなの…?」
オーレンが周りを見渡してもなにもない。手ぶらでなにも持ってない。
八方塞がりだね。ちょっと苦しい言い訳。
「おっかしいなぁ~。いや、お菓子ぃなぁ?持ってたのがお菓子だから食べたらなくなったんだ……よ…」
オーレン…。その対応は逆効果だよ。幼馴染みならわかりそうなものなのに、こういうところがオーレンらしい。ヘラヘラしながら苦し紛れの言い訳しても、当然事態は好転するワケもなく…。
ボキボキボキボキッ…!
アニカはニィッ!と嗤って、これでもかというくらいに拳の骨を鳴らした。
「アンタも健全な男だから気持ちはわからんでもない…。トール達も偉そうにほざいてたよ…。そういうもんらしいね…。ただ……ちょっとは我慢することも覚えろっ!」
「うわぁぁっ!」
その後、顔が腫れあがるほど殴られたオーレンは、姉妹の信用を失った挙げ句痛みで一睡もできなかった。
この一件を境に住居の風呂には内鍵が付けられることになった。