155 とんだ迷惑
アニカの心配をよそに、絡まれたりすることもなく私達は無事に住居に到着した。
古くも新しくもなくていい雰囲気の家。
「お姉ちゃん!私の部屋に案内するよ!荷物を置きに行こう!」
「うん」
アニカが部屋に案内してくれる。オーレンは、お茶を淹れてくれるみたいで台所へ向かった。
「私達の住居の間取りは、台所や風呂を除くと居間の他に部屋が2つ。私とオーレンがそれぞれ部屋を使ってるから、お姉ちゃんは私と同じ部屋でいいよね!」
オーレンと同じ部屋はあり得ないから当然だと思うけど、いいのかな?
「アニカの部屋が狭くなっちゃうね。ごめんね」
「気にしないで!実家でもずっと一緒だったじゃん!大歓迎だよ!ベッドは買っておいた!」
「ありがとう」
アニカの言う通りで、私達はクローセでもずっと同じ部屋で過ごしてきた。至って普通のこと。
「オーレンと2人暮らしも飽きたし、私は凄く嬉しい!むしろオーレンを追い出そうと思ってる!」
「ふふっ。それはダメだよ」
他愛のない会話をしていると、「お茶淹れたぞ~」と部屋の外から声がかかる。荷物を置いて居間に向かった。
「座ってくれ。長旅お疲れさん」
「ありがと」
オーレンが椅子を引いてくれて、なぜかアニカが鼻で笑った。
「へっ!ウォルトさんの真似しても紳士具合が違いすぎる!」
「真似なんかしてないっつうの!なんでもかんでもウォルトさんと比較すんな!つうか、ウォルトさんは誰にもやらないだろ!」
「私にしたことないじゃん」
「彼女でもないのにやるか!ウイカは疲れてるだろうから今日だけだ!…ったく」
クローセにいるみたいで、すごく落ち着くなぁ。
「2人がいてくれてよかった。やっぱりクローセを出るのに不安があったから」
「だよね!初めて来たとき、私もオーレンがいたから心強かった部分はあるよ!」
「そうだろ~!俺も頼り甲斐あるだろ!」
「変な人に絡まれても、いざとなったらオーレンを囮にして逃げるつもりだったから♪」
「そういう意味かよ!?」
「それ以外になにか役に立つの?」
アニカは相変わらず悪びれないなぁ。オーレンは昔から振り回されてるイメージしかない。
「街での手続きはほとんど俺がやったろうが!ギルド登録も借家の申請も、諸々全部だぞ!」
「確かにそうだけど、家を借りるとき綺麗なお姉さんに騙されそうになったよね?忘れてないよ」
「ぐっ…!」
アニカはジト目で見つめてる。オーレンは二の句が継げないみたい。事実なんだね。
「お姉ちゃん。オーレンはね、綺麗なお姉さんに誘惑されて高い物件に住まされそうになったんだよ。しかも、実際は床が抜けそうな古い物件でさ」
「騙されなくてよかったね」
「「アンタは正気か!」って強烈なビンタを食らわせたら、綺麗に1回転して正気に戻った。一部始終を見てたお姉さんの顔が引き攣ってて、いい物件を紹介してくれたよ」
「ふふっ。でも楽しそうだね」
「退屈はしないよ。やっぱり1人より2人のほうが色々と助かるしね!」
「ところで、ウイカはウォルトさんに魔法を教えてもらうつもりなんだろ?」
「そのつもりだけど…。ウォルトさん、私に魔法を教えてくれるかな…?」
事前にお願いしていたワケじゃないから断られる可能性もあると思ってる。迷惑かもしれない…。
「大丈夫!私達がウォルトさんに話したら笑顔で快諾してくれたよ!」
「ウイカに会うの楽しみにしてそうだったよな」
「そっかぁ。ありがとう。すごく嬉しい」
優しい心遣いに感謝しかない。落ち着いたらお礼しなきゃ。
「明日ウォルトさんの住み家に行ってみようぜ。挨拶に行くなら早い方がいいだろ」
「冒険の予定とかないの?別に急がなくていいよ?」
「ないよ!明日休むタメに張り切ってクエストを終わらせてるからね!」
「じゃあ、お願いします」
「ところで、お姉ちゃん魔法使えるようになったの?」
「なったよ。ホーマおじさんに教えてもらったからね。だから魔力もちゃんと放出できてるの」
ウォルトさんに教わった通り、毎日魔法を使っていれば体調を崩すことはなかった。本当に快適で身体を動かせる幸せを噛み締める毎日だったなぁ。
「お姉ちゃんも凄いけど、ホーマおじさんもさすが!わかると思うけど、おじさん魔法を教えるの上手いよね!」
「うん。謙遜してるけど凄い魔導師だと思う」
ホーマおじさんは「俺にお前やアニカのような才能があればな」って笑ってたけど、丁寧にわかりやすく教えてくれて感謝しかない。最初の師匠がおじさんでよかった。
「そうなのか?おじさんはいつも自分のこと大したことないって言ってるけど」
「おじさんもウォルトさんと同じで自己評価が低いんだよ。使える魔法の数とか魔力量は別として、教えるのは凄く上手い!」
「私もホーマおじさんにしか習ってないけど、わかりやすかったしすぐ魔法を使えるようになったんだよ」
「そっか。ホーマおじさんは隠れた凄い魔導師なんだな」
オーレンの言葉に深く頷く姉妹の意見は、実情と少しズレている。
ホーマが教えるのが上手いところまでは正解だが、魔法の習得が早いのはウイカとアニカの素直さと才能があってこそで、基礎の基礎しか教えてない。にもかかわらず、すんなり習得して使いこなし『ホーマおじさんは凄い!』と思っているだけ。
むしろ、ホーマは2人の才能を前に『やることがない』と思っていたが気付くことはない。
「私達がもっと魔法を上手く扱えるようになったら、ホーマおじさんの名前を世に広めたいね」
「そうだね!クローセに潜む大魔導師ホーマに、たくさんの弟子入り志願者が押し寄せちゃうかも♪」
「別に潜んでないだろ」
そんなことを言って笑い合う。
その頃、ホーマは遠くクローセの地でとてつもない悪寒に襲われていた…。
「あっ!そうだ!」
アニカが声を上げる。
「どうしたの?」
「お姉ちゃん。クローセを出る前に子供達に捕まらなかった?」
「うん。よくわかったね」
「ウォルトと結婚していいよ!」と言われたことを思い出して顔が熱を持つ。
「やっぱり♪やるね、あの子たち♪」
なにを言われたのかもアニカにはバレてるみたい。そういえば、皆はアニカにも頼んだと言ってたっけ。
「なにがやっぱりなんだよ?」
「オーレンは知らなくていい!」
「なんだよ。教えろよ」
「クローセの子供達はウォルトさんが大好きだってことだよ!」
「なんだそりゃ?」
「わかる人だけわかればいい。オーレンと違って、私達は頼りにされてるからね!」
「俺も頼られてるわ!」
「えっ!めっちゃ嫌われてるのに…。健気な…」
「やっぱりか!?なんで俺は子供達に嫌われてるんだ?!」
「自分の胸に聞きなよ。ホント直ぐ忘れる」
「心当たりがないんだよ!教えてくれよ!」
「うるさいなぁ。あんなことしといて、よくのこのこクローセに帰れたもんだよ。信じられない」
「あんなことってなんだよ!なにもしてねぇっての!」
ふふっ。その通りだ。私は知っている。
オーレンは、アニカや子供達にただ揶揄われているだけだということを。でも、楽しそうだから言わない。
今も昔も変わらないこと。




