154 ほぼ初めての街
天候にも恵まれて、幌のない馬車は風が気持ちいい。馬の蹄の音が小気味よく響く。
手紙はちゃんと届いたかなぁ?
馬車に揺られながらそんなことを考える。前回行商人が来たときに、アニカ宛の手紙を渡しておいた。次の行商の馬車でフクーベに向かうことを記しておいたので、来る時期について察してくれてると思う。
もし届いてなかったら、家にいないかもだよね…。2人は冒険者だ。家に長期間いなかったり、なにかの手違いで手紙を受け取っていないことも考えられなくはない。
その時は宿に泊まろうかな。もしものときのために、幾らかのお金はお父さんに渡されてる。それで何日か凌げるはず。
少し不安は残るけど、今はただ再会を心待ちにして、道中の流れる景色を楽しむことに決めた。
「フクーベに到着したよ」
「ありがとうございました」
従者に声を掛けられ、お礼を告げて馬車から降りる。
「わぁ…」
馬車の待合所から見える景色は、クローセとは比べものにならない喧騒に溢れている。つい落ち着きなくキョロキョロ見渡してしまう。
やっぱり街はすごいなぁ。色んな種族がいる。街ゆく人は人間の他に獣人やドワーフなんかもいる。感動していると、見知らぬ男性が声をかけてきた。
「お姉さん。どこから来たの?」
小綺麗な身なりをしてるけど、チャラチャラした感じ。なにがおかしいのか知らないけど、ずっとヘラヘラ笑ってる。
「クローセです」
「ふ~ん。知らない。フクーベには初めて来たの?」
「かなり前に来たことがあるぐらいですね」
「今からどこに行くの?」
「知り合いの家に行きます」
「そっかぁ。俺がフクーベを案内してやろうか?知り合いのところにも連れて行ってあげるよ」
変わらずヘラヘラしている男性に、嫌悪感を覚えて同時に鳥肌と腹が立つ。両立できると生まれて初めて知った。生理的に受け付けないってこんな感覚なのかな。背筋がむずむずする。
名も知らないし、訊く気もないのでとりあえず【ヘラ男】と名付けることにしよう。
「1人で行けるので大丈夫です」
「えぇ~。そんなこと言わずに一緒に行こうよっ……!?!」
絡んできたヘラ男の様子がおかしい。よく見るとつま先立ちになってる。どうしたんだろ?
「その娘をナンパするのはやめてもらえませんか?」
姿は隠れてるけど、聞き慣れた声。
「なんだとぅ?!…痛ぁっ!」
ヘラ男が振り返ろうとして突然跳び上がった。お尻を押さえながら跳びはねてる。
男の背後に立っていたのはやっぱりオーレンだった。片手にナイフを握りしめてる。お尻をほんのちょっと刺したみたい。
私は助かったけど、お尻とはいえ刺すのはちょっとやり過ぎなんじゃないかな?
「お兄さん…。次はケツじゃすまないですよ?」
「お前ぇぇ~っ!。ガキのくせに誰にモノを言ってるか…」
「わかってないです。やりますか…?」
ナイフを収めたオーレンは剣の柄に手を掛ける。
「まてまてっ!!冗談だっての!!」
ヘラ男は両手を上げて逃げるように去って行く。見たところズボンは破けてないようで安心した。誰も見たくないもんね。
オーレンは「ハァ…」と息を吐いて、笑顔を見せてくれる。
「ウイカ。よく来たな。待ってたぞ」
「うん。今日来るってわかってた?」
「手紙を見て、行商人から次がいつなのか聞いてたからな」
「なるほど。ところで、アニカはいないの?」
「あぁ…。それなんだけど……」
言い辛そうにしてる。なにかあったのかな?…と思った矢先、遠くから大きく腕を振って全力疾走してくるアニカの姿が見えた。
「うおぉぉ~っ!お姉ちゃ~ん!」
相変わらず走るのが早いし元気そうでよかった。私はアニカが元気でいてくれて嬉しい。元気じゃない姿を見たことないけど。
いい汗をかいてるアニカは、晴れやかな表情を浮かべて私の前に立つ。
「久しぶりだね!元気だった?!」
「元気だよ。そんなに汗かいてなにしてたの?」
「お姉ちゃんに害をなしそうな変な男どもを撃退しまくってた!」
よくぞ聞いてくれた!と言わんばかりにドヤ顔を見せてくれるけど…危なそうだからやめるように後でお願いしよう。
「さっきお尻を押さえながら走ってる男とすれ違ったんだよ!なんか気になって声かけたら、調子に乗ってナンパしてきたから尻を思いきり蹴り飛ばしといた!」
「お前は…。勘が鋭いというか…」
「まぁね!」
「アニカは、ウイカを待っている間にチャラチャラしている男を見つけて「ナンパとかする気じゃないですか?」って絡みまくったんだよ」
「別にいいじゃん!」
「ただの通りすがりからすればいい迷惑だろ。怯まずアニカに絡んだ男もいたけど、全員追いかけ回された。結果、逃げる男達をしつこく追いすぎて姿が見えなくなったんだよ」
ふふっ。アニカらしいね。
「アニカの気持ちは嬉しいけど、危ないからやめてね」
「大丈夫!私はそうそう負けたりしないから!」
「そうじゃなくて…」
「アニカに言っても無駄だぞ。とりあえず俺達の家に行こう。荷物持つよ」
「ありがとう。しばらくお世話になるね」
「いつまでもいていいよ!いざとなったらオーレンが出ていけばいいんだから!」
「なんでだよ!?手狭になったら3人で住めるところを探せばいいだろ!」
「……冗談はさておき行こう!」
「今の間はなんだよ?」
掛け合いについ笑ってしまう。たとえ知らない街でも、2人がいれば本当に心強い。
会話しながら歩いているけど、アニカは周りを警戒してるね。なんでかな?
「お姉ちゃん…。気をつけて…」
「なにを?」
「男が獲物を狙う目でお姉ちゃんを見てる…。奴らは狼だからね…。なにをしてくるかわからないよ。オーレンも含めて…」
「俺もかよ!そんなに言うならウォルトさんもか?!」
「ウォルトさんは狼じゃなくて猫。バカだなぁ」
「納得いかねぇ!」
「ふふっ」
やっぱり楽しい。クローセにいた頃より面白い気がする。気持ちは嬉しいけど、心配をかけないように言っておこうかな。
「ちょっとくらいなら絡まれても大丈夫かも」
あまり心配しないでくれるといいけど。
「お姉ちゃん、どゆこと?」
「なんでだ?」
オーレン達は言ってる意味がわからない。だが、のちにウイカの発言の意味を知ることになる。