151 戦士と魔導師
リオンがウォルトと出会って1週間が経過した。
久しぶりのフクーベを満喫して、そろそろ旅に出ようと思っていたところで、クウジが宿に押しかけるように会いに来た。部屋に招き入れる。
「こんなとこまでどうした?」
「リオン。お前、またどこかへ行く気か?」
「もう少し世界を見て回ろうと思ってな。それがどうかしたか?」
「そうか…。その前に1つ頼みたいことがある」
「なんだ?」
少しの逡巡のあとクウジは意外なことを口にする。
「ウチのギルドに所属してる魔導師達が、戦士と闘いたがってる。その逆もだ」
「ほぅ…。詳しく教えろ」
面白そうな話だ。クウジの話では、今年王都の武闘会で魔導師と騎士の交流戦が行われたらしい。
以降冒険者も交えて定期的に交流戦が続いていて、フクーベでも『是非やってみたい!』という流れができていると。
「面白い。国王も粋なことをやるもんだ。異種交流は間違いなく互いを強くする。カネルラの将来のタメになるだろう!グワハハ!」
冒険者にしても、対人戦闘の技術を学べば格段に腕が上がるはず。人に注目されることで張り切る者も多かろう。いい効果が期待できる。
「俺もそう思う…が、フクーベには王都のように実力が高い者が多くいるワケじゃない。魔導師と戦士が闘うにしても万全の態勢が整えられん」
「それもそうか。下手な闘いは本人達や観客の命に関わる」
「そうだ。だから異種交流戦とはこういうモノだと予め見せる必要がある」
「それが俺と関係あるか?」
「模擬戦闘の戦士役をお前に頼みたい。お前なら魔導師との闘いもお手のモノだろう?」
「別に構わんが魔導師役は誰だ?お前か?」
クウジは元々魔導師。引退してしまったようだが、冒険者時代は冷静沈着かつ頭脳明晰で、強大な火力と多彩な魔法でパーティーを支える魔導師だった。長い冒険者人生で、クウジは俺の知る最高の魔導師の1人だった。
アイツに会うまでは。
「ホライズンのマルソーに頼もうと思ってる。現状フクーベで最高の魔導師と云われてる」
「マルソーか。アイツも成長したか」
俺の記憶には若い頃の印象しかない。そもそも若いか。どんな風に成長しているのか。
「知ってるなら話は早い。頼めるか?」
「面白そうで断る理由はない。マルソーは?」
「お前が先だ。マルソーに断られたらこの話はなしになる」
「そうか。そういうことなら、もうしばらくココに泊まる。また教えてくれ」
「恩に着る。悪いが俺はギルドに戻る」
よほど忙しいのかクウジは足早に宿を去った。
★
数日後、クウジから連絡がきた。
マルソーも承諾したらしく、打ち合わのタメに揃ってギルドに呼び出された。正直面倒くさいが仕方あるまい。着くなりクウジの部屋に通される。先に到着していたマルソーの姿があった。
「久しぶりだな、マルソー」
「リオンさん。お久しぶりです」
ふむ。少しは雰囲気が出ている。とりあえずの挨拶を交わし、クウジに促されて来客用のソファに座る。
「依頼を引き受けてくれて感謝する」
「クウジさんの頼みとあっては断れません。しかも、相手がリオンさんとなれば尚更です。お2人は駆け出しの頃からの憧れです」
「お世辞が上手くなったな。なにもやらんぞ。グワハハ!」
「お世辞じゃないです。貴方は、ウチのマードックも尊敬する獣人の戦士。俺達の世代にとっては雲の上の冒険者でした」
直球で褒められてむず痒い。やりにくいな…と思ったところでクウジが説明を始めた。
「お前達にはそれぞれの役割で闘ってもらう。当然熱くなるのは禁物だ。特にリオン」
「わかってる。手を抜けってことだろ?」
「そうだ。今回は異種交流戦とはこういうモノだと教えるのが目的。お前が熱くなると目的を見失いかねないからな」
バカにされてる気がするが、まぁ的外れなことは言ってないな。
「どういった感じで闘えばいいんですか?」
「まずは……」
クウジが考えた筋書きを教えてもらう。聞きながらよく考えるものだと感心した。面倒くさいことこのうえない。
「なるほど。上手くいきそうですね」
「俺は覚えられん。お前が流れを覚えてくれ」
「わかりました」
簡単に言うとよくできた芝居だ。だが、俺は複雑なことを覚えられないし覚える気も毛頭ない。細かいことはマルソーに丸投げしたほうが上手くいくだろう。
ー 数日後 ー
異種交流模擬戦の日を迎えた。
場所はギルドの所有する訓練施設。冒険者の昇級試験や鍛練に使う場所だ。観客は交流戦を希望する者達。フクーベでも名の知れた2人の闘いとあって見学者も多い。
注目される中でマルソーと対峙する。マルソーは観客には聞こえない程度に囁いた。獣人の俺にはハッキリ聞こえる。
「…では、予定通りにいきます」
「頼んだ」
模擬戦闘が始まった。マルソーが遠距離から魔法で攻撃すれば、俺は躱して間合いを詰め反撃する。これを基本に立ち回る。
低ランクの冒険者には真剣に闘っているようにしか見えまい。見学の冒険者達は興奮と驚きで唸りを上げた。
マルソーは…腕を上げてるな。見違えるほど素晴らしい魔導師に成長している。魔法の威力も記憶にあるものとは段違い。確かにフクーベで最高の魔導師と呼ばれてもおかしくないだろう。
着けている腕輪は魔道具だな…。それでも大したものだ。
腕に装着されている腕輪が、魔道具であるのは一目で見抜いた。だが、武器や道具を使ってでも強さを求めるのは当たり前。なんら卑怯なことではない。
その後もマルソーの主導で闘いは進む。いよいよ闘いも終盤というところで、冒険者達には聞こえないよう囁いた。
「おい、マルソー。頼みがある」
「なんですか?」
「お前の攻撃魔法で最高威力のヤツを俺に浴びせろ」
「…正気ですか?」
「『破砕』みたいな魔法がいい。派手な魔法を見物してる奴らに見せてやれ」
「食らってどうするんです?」
「耐える。お前の魔法と俺の耐久力、どっちも見せられる。俺が吹き飛んだらお前の勝ちで終わりだ」
「なるほど…。俺は…手加減しませんよ?」
小生意気なことを言う。嫌いじゃないが、過信しすぎるのも魔導師の特徴。よく知っているぞ。
「クウジに付き合った。最後くらい遊んでもいいだろう?」
「…いきますよ」
自分の魔法を遊びと言われてカチンときたのか、無言のまま集中力を高める。俺は棒立ちで様子を眺めた。
……そうだったな。コレが普通の魔導師だ。
魔力を練り上げたマルソーは、目を開いて詠唱した。
『破砕』
俺に向けて全力で魔法を放つと、衝撃波が場の空気を震わせる。見学者からは「おぉ!」っと大きな声が上がった。
「ぬぅん!」
腕を顔の前で交差させ、そのまま踏ん張って『破砕』を受け止める。中々の威力だ。そして、宣言通り吹き飛ばされることなく耐えきった。
「………」
「グワハハハ!」
直ぐにクウジが声を上げる。
「そこまでだ!交流戦は終了とする!ご苦労だった!」
見学者から拍手と歓声が上がった。皆が闘いに興奮している様子。だが、マルソーは対照的な表情。悔しさを隠そうとしない。いいことだ。
「まだ修練が足りてないな」
「…相変わらず化け物ですね」
「こっちが煽ったのに吹き飛んだら格好悪いだろう?グワハハ!」
「リオンさんの言う通りです。修行が足りない。精進します」
マルソーは、ギリッ!と歯を食いしばって背を向ける。応援していた魔導師達に声をかけられ、気怠そうに手を挙げて応えながら去って行く。
「おい、リオン。最後のはなんだ?」
呆れたようにクウジが問う。
「観客に最後くらい派手なのを見せてやろうと思ってな。マルソーに協力してもらった」
「まぁいい。とりあえず、依頼をこなしてくれて感謝する。それにしても、相変わらず身体が強いな。あの『破砕』を生身で受けて倒れないのはフクーベじゃお前かマードックくらいだろう」
そうかもしれんが自慢にもならん。
「おい、クウジ」
「なんだ?」
「お前の目から見て、マルソーの魔法は凄いか?」
「当然だ。魔道具の効果はあれど、あれだけの威力の魔法を撃てる奴はそういない。王都にもいるか怪しいくらいだ。なにか気になったのか?」
「確かにマルソーはいい魔導師だ。…が、正直物足りん。俺は今の『破砕』を10発食らっても倒れんぞ。詠唱も遅い。あれじゃ詠唱する前に殴られて終わりだ」
「そんなことを言うのはお前だけだ。お前を相手にすると、魔導師は自信を無くす」
クウジは苦笑する。ほんの少し前の俺なら、マルソーの成長に太鼓判を押して豪快に笑っていただろう。だが、ウォルトの魔法を知ってしまった。
「俺はもっと実戦向きの魔法使いを知っている。詠唱速度もマルソーとは比べものにならない。ちなみに、ソイツの『破砕』は魔道具なしで今の魔法以上の威力だった」
「バカなっ!?そんな魔導師がいるはずがないっ!」
興奮して否定するクウジに冷静に告げる。
「別に信じなくていい。俺はどちらの魔法も直に食らったからわかるだけで、こんな話を信じろというのが土台無理な話だ」
言ったところで信用すまい。だが、紛れもない事実。
「ソイツはどこの魔導師だ!?カネルラにいるのか?!」
いつになく口調が荒くなっているな。認めたくないのか。
「口止めされてるから教えられん。それに、ソイツは魔導師じゃない。本人も言ってたが俺もそう思う」
「魔導師じゃない…だと?あり得ないことばかり言って、どういうつもりだ!?」
古い付き合いで信用できるクウジには、少しなら教えていいと思っただけ。目を背けて信じないのなら一向に構わん。コイツはその程度の器ということ。
「信じなくていい。1つだけ言えることは…この歳になってできた俺の最高の娯楽だ!グワハハ!」
クウジには、嬉しそうに笑う目の前の獣人が、なにを言っているのかさっぱり理解できない。揶揄っている風ではない。下らない嘘を吐くような男でないことを知っているし、そんな嘘を吐く理由がない。
真実だというのか…。今の『破砕』の威力を魔道具を装備せずに…?詠唱速度も比べものにならない…?しかも魔導師ではない…?そんなこと有り得ない。仮に本当だとしたら…魔導師業界を揺るがす存在だ。
考え込むクウジを無視して歩きだし、見学していた若者の前に立った。
見下ろす目の前の小さな若者は、1人だけ模擬戦闘に驚く素振りを見せなかった。妙に目について気になっていた。
「お前は今の闘いを見てどう思った?」
「凄かったです!あの魔法を生身で受けきれるなんて思いませんでした!」
「そうか。魔導師のほうは?」
「凄い威力の『破砕』でした!」
「見たこともない魔法だったか?」
さっきの模擬戦闘では、マルソーの魔法に皆が驚いていた。俺が見せた耐久力じゃない。だが、この若者は驚いていなかった。魔導師に見えるのに…だ。なぜなのか気になる。単に新人という可能性もあるが。
質問の意図を捉えあぐねているのか、若者は迷っている風。やがて躊躇いながら答えた。
「見たことはあります…。私の師匠なら…同じような『破砕』を放てると思います…」
若者の言葉に眉がピクリと反応する。
「だから驚いてなかったのか。お前の師匠は誰だ?」
「それは…」
しばらく迷っていた様子の若者は、思い付いたように笑う。
「名前は言えません!ただ、私のパーティーは【森の白猫】といいます!」
…ククッ!そういうことか…。なるほどな。
「グワハハハ!」
普通なら意味不明な回答だが、この若者なりに言える範囲で精一杯の答え。真面目な娘だ。
「あ、あの……なにかおかしかったですか?」
「納得だ。森の白猫ならばな」
「え…?もしかして……師匠をご存じなんですか?」
「あぁ。片眼鏡だろう?」
「そうです!」
「弟子がいたとは意外だが。ときに若者よ…」
たった今、この娘がウォルトに惚れていることに『直感』で気付いた。ならば訊かねばなるまい。
「なんでしょうか?」
「お前はアイツの番になるつもりはあるのか?」
「めちゃくちゃありまっす!!」
「グワハハハ!」
悔い気味な即答にまた高笑いした。獣人の未来は明るいぞ!