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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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150 ついに師匠認定

 フクーベのEランク冒険者オーレンとアニカは悩んでいた。


【森の白猫】は日頃の弛まぬ努力とコツコツ積み上げてきた実績を評価されて、ランク昇級試験の受験資格を得たことを本日ギルドから通知された。


 冒険者になって1年に満たないのに、Dランクの受験資格を得るのは早い方といえる。クエストを真面目にこなしてさえいれば、Eランクには誰でもなれる。しかし、Dランク以上に昇級するためにはランク毎に実施される昇級試験に合格しなければならない。


 試験は主に実技と口頭で、知識と実力、双方の確認を行い、冒険者としての資質を判断する。この制度には、ギルドが冒険者の実力を正確に見極め適正にランク分けすることにより、実力にそぐわないクエスト受注などの無謀な行為や事故を抑制する狙いがあり、ひいては冒険者の命を守ることに繫がる。


 とはいえ、ランクが上がるのが早ければ早いほど自分達の実力が高いことを示すことができる絶好のバロメーター。フクーベで過去最速のDランク昇級は、冒険者になって半年未満だった。


 …が、今は昔。アニカ達【森の白猫】は、最近では他のパーティーと一緒にクエストをこなすことも多くなった。

 発揮している2人の実力と人柄に対する他の冒険者からの評価が、今回の受験を後押した。

 

 だが、当の本人達はどこか浮かない表情で…。




「ランク昇級試験か…。どうしたもんかな。受けたくないって言ったら嘘になるけど」

「皆の話を聞く限りじゃ、結構キツいみたいだよね」

「今の俺達でDランクに上がれるか…疑問だよなぁ…」


 1年前の…それこそただ冒険者に憧れていた頃の俺達なら二つ返事で試験を申し込んでたけど、俺とアニカは最初のクエストで死ぬ思いをしたことで、元々慎重派だったのに更に慎重になり、ゆっくりでいいから確実に強くなると決めた。

 だから、今回の試験は見送ってもいいと考えていて、人は人、自分達は自分達だと思ってる。


「皆は「お前達なら大丈夫!」って言ってくれるけどね~…」

「Dランクになって急に危険度が増すワケでもないけど、ちょっと躊躇うよな」

「試験がどんなものか知るために、いっぺん受けてみるのもありかな?」

「冷やかしはよくない。真面目に受ける人に失礼だ。やるんならマジでやらなきゃダメだ」

「だよね。今回は見送ろうか」


 昇格試験は1年に2回しか行われない。今回を棒に振ると、次に受けるのは半年以上先になる。それでも問題ないと判断した。


「困ったときは、師匠に相談してみるか?」

「そうだね。師匠の意見も聞いてみたいかも!」


 明日、森の白猫師匠に会いに行くことに決めた。




 次の日。


 ウォルトさんに会いにきたけど、どうやら住み家にはいない様子。伝言も置かれてないから、直ぐに戻ってくるはず。

 合鍵を預かっているので鍵を開けて中に入ると、いつもと変わらず綺麗に片付けられてる。


「いつ来ても変わらないな」

「ウォルトさんは、安定の綺麗好きだからね」


 アニカは台所に向かって、花茶を淹れてきてくれた。俺に差し出すと自分も対面に座る。


「お茶を淹れるの上手くなったな」

「ウォルトさんの弟子としては、お茶くらい上手く淹れないと恥ずかしいから」

「料理はまだまだだけどな」

「うっさい!」


 しばらく談笑していると、玄関のドアが開く。同時に向けた視線の先には、息を切らしたウォルトさんの姿があった。


「来てたんだね。いらっしゃい」


 笑顔で家に入ってきたウォルトさんは、いい汗をかいてる。どこからか駆けてきたんだろう。


「なにかあったんですか?」

「ん?なんで?」

「急いで帰ってきたのかと思って」

「ただ鍛練してただけだよ。ちょっと水を飲んでくる」



 ★



 ウォルトは台所に向かい、喉を潤して戻ってくると直ぐに尋ねた。


「なにか困ってるのかい?」


 2人から微かに困惑しているような匂いを嗅ぎ取った。人間は獣人ほど匂いを放つことはないけど、感情の揺れが大きいほど感じる匂いは強くなる。今日は珍しく強く感じた。

 

「実は…」


 ギルドのランク昇格試験の資格を得たことを伝えられる。


「凄いじゃないか。君達の冒険が評価されたってことだね」


 頷いてくれるけど、悩んでるみたいだ。


「もしかして、受けたくないのかい?」

「そうじゃないんですけど、今の俺達でDランクになれるか不安で」

「知り合いの冒険者には「大丈夫」って後押ししてもらってるんですけど、私達にはまだ早いかなって」

「なるほど」


 オーレン達は昇級したいという欲がない気がする。早くランクを上げることにこだわりが感じられない。

 Dランクに昇格するためにどの程度の実力が必要なのか知らない。ただ、周囲の冒険者の言う通り大丈夫に思えるけど。


「昇級したくないの?」

「したいとは思ってたんですけど、俺達はもう少し実力を付けてからでいいと思ってて」

「だったら受けた方がいいと思う」

「「え?」」

「受けたい気持ちが少しでもあるなら、受けた方がいいと思う」

「でも、こんな中途半端な気持ちじゃ真剣な人達に失礼だと思って」

「君達はいい加減な人間じゃない。やるとなれば全力を出す。冒険者でもないボクが軽々しく言えないけど、全力でやって結果がダメでも財産になる。合格すれば冒険の幅が広がるし、悪い話じゃないと思うんだ」

「そうでしょうか…」


 考え込んでるなぁ。


「ランクがなんであれ、ボクから見れば2人は立派な冒険者だ。試験を受けるならボクにできることはなんでも協力するよ」


 アニカは、パッ!と笑顔を見せて声を上げる。


「オーレン!試験を受けよう!ウォルトさん…いや、師匠に稽古をつけてもらえば怖いもんなし!」

「いや…。ボクは師匠じゃない…」


 否定しようとしたけど、遮るようにアニカが続ける。


「い~や!今まで濁してましたけど、この際なのでハッキリ言います!私はウォルトさんを魔法の師匠だと思ってます!私達のパーティー名も尊敬するウォルトさんのことです!」

「えっ?!そういう由来だったの!?」


 誰でも気付きそうな事実に驚く鈍感獣人(ウォルト)


「カネルラで、ウォルトさん以外に森に住んでる白猫の獣人っていますか?!いないですよね!?どうでしょう?!」


 そう言われると…。


「どこかにいるかもしれ…」

「い~や!いませんっ!とにかく、私達はウォルトさんを尊敬してます!命を救ってもらって強くなる術や心構えも教えてもらった。ウォルトさん以外に私達の師匠はいないんです!諦めて下さい!」


 諦めてって…。鬼気迫るアニカの様子に、二の句が継げない。


 話がズレてるような気がするけど、諦めて師匠になるのもおかしな話だ。そもそも、ボクが2人の師匠なんておこがましい。ただの猫人なのに。


「オーレン!師匠の助言を聞くのも弟子の務め!試験を受けるよ!」

「それはいいけど…。お前は、ホントに走り出したら止まらないな…」


 悩んでいるとアニカが訊いてくる。


「ウォルトさんは、お師匠さんに正式に弟子入りしたんですか?」

「いや…。頼んだけど断られて、ボクが勝手に師匠と呼んでるだけ…」

「はい!同じことです!私達もウォルトさんと同じなんです!」


 屈託のない笑顔を見せられて困ってしまう。ボクと同じだと言われて反論できない。師匠と思うのは自由だと言ってしまったようなもの。


「ウォルトさんが師匠だってことは誰にも言いません!けど…ホーマおじさんもですけど、私の尊敬する師匠なんです!私達を弟子だと思わなくてもいいです!お願いします!」


 オーレンも続く。


「アニカはちょっと強引ですけど、俺も同じ意見です。勝手にウォルトさんのことを剣の師匠だと思ってます。けど、嫌ならもう口には出しません」


 真剣な眼差しで見つめられて困ってしまう。そして、ボクに言われたときの師匠もこんな複雑な心境だったのかと想いを馳せる。


 ふぅ…と、息を吐いて告げた。


「わかった。ボクでよければいいよ。そう思ってくれるのは嬉しい」

「「ホントですか!?やった!」」


 顔を見合わせて喜ぶ2人。ボクは苦笑いしながら思う。師匠と言われて正直戸惑いはあるけど嫌じゃない。むしろ嬉しい。

 クローセで成長に感動したことを思い出す。あの時、無意識に2人の成長を喜んでいる自分がいた。ボクは最後まで師匠に弟子だと認めてもらえなかった。実際は目の前で師匠と呼んだことすらない。


 それは…ほんの少しだけど胸にしこりとして残ってる。一度勇気を出して呼んだら、とんでもなく激怒されたなぁ…。あの時は魔法で毛皮を燃やされたっけ…。

 彼等にはそんな思いをしてほしくない。ボクみたいな獣人を慕ってくれる2人への…せめてもの感謝の気持ち。それでも、コレだけは言っておこう。


「ボクはオーレンとアニカを友達だと思ってる。だから弟子とは思えないし、今まで通りに接するけどそれでもいいかい?」

「大丈夫です!師匠と弟子じゃなくて、師匠と友人ですね!」

「なんだそりゃ?でも、いいな!」



 

 その後、受験までの期間は2人が冒険者仲間から集めた情報を元に度々修練を重ねた。試験前日まで充実した修練を続けて、いよいよ明日本番を迎える。


「いよいよ明日だね。絶対はないけど、君達なら大丈夫だと思う」

「う~っ…!緊張するぅ~!」

「やれることはやった。あとは本番だけだな」


 真面目にそして真摯に修練をこなした。確実に技量は上がっているはず。誘ってみよう。


「ボクも少しだけど酒を飲めるようになったんだ。明日の夜、慰労会をやらないか?」


 合格すると信じてるけど、万が一ダメだったとしても労ってあげたい。


「ホントですか!よ~し、オーレン!せっかくウォルトさんと飲むのに、残念会にはできない!」

「そうだな!合格祝いにするぞ!」

「その意気だ。ボクからこれを」


 あるモノを渡す。


「これは?」


 手渡したのは、刺繍糸を編んで作ったカラフルな組紐。オーレンとアニカの手首に巻く。


「コレはビルド・フィタ。獣人が相手の幸運を祈るときに贈るモノなんだ。合格祈願に作ったからもらってほしい。というか、勝手に着けちゃったけど」


 アニカは、じ~っとビルド・フィタを見つめてる。嫌だったかな…。


「ウォルトさん…。心配なんで、魔法で外れないようにできませんか?」

「外れなくなると後々困るかもしれないよ?」

「大丈夫です!外さないので!」

「わかった。いざとなったら切ればいいしね」


『同化接着』で結び目を融着すると、アニカは花が咲いたように笑ってくれた。


「楽しみにしてて下さい!いい報せを持ってきます!」

「ウォルトさん。色々とありがとうございました」

「うん。頑張って」


 フクーベに戻る2人を微笑んで見送った。




 次の日の夜。約束通りオーレン達は住み家を訪れた。「無事試験に合格しました!」と伝えられたウォルトは、満面の笑みで出迎えて楽しい夜を過ごした。

 2人の実力がギルドの試験官に認められ、既に次のランクへの昇級試験を打診されたことをウォルトは知らない。

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