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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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147 今の自分を見せる

 リオンは目の前に立つウォルトと呼ばれた獣人を観察する。


 どこをどう見ても痩せっぽちで非力そうな猫の獣人。全身からおよそ獣人らしからぬ優しい雰囲気を醸し出す不思議な男。

 マードックの話によると武器を使うようだが、なにも手にしてない。だが…言いようのない重圧を感じる。直感ではなく経験から来るものだな。

 

 そんなことを考えていると、ウォルトはモノクルを外してローブを脱ぎ捨てた。ローブで隠されていた身体は、線は細いが鍛え上げられている。


「よく鍛えているな」

「鍛えても非力ですが」


 どこかで聞いたような台詞だ。


「関係ない。己の身体を可能な限り鍛え上げるのは獣人として当然。最近は当たり前のことができない奴が多い」

「……貴方のおかげです」

「なんだ?よく聞こえなかった」

「なんでもありません。では……いきます」


 ウォルトは素早く間合いを詰めて顔面に拳を繰り出してくる。速さだけは中々だ。


「ウラァァッ!!」


 避けることもせずまともに食らう…が、この程度の軽い拳では俺には効かない。まぁ腰は入っている。


「気合いの入った拳だ。だが効かん」

「ウラァァァァッ!」


 そこから、突きに蹴りにと連打を繰り出してくる。仁王立ちで防御することもなく黙って受け続けた。ひとしきり攻撃したあと、ウォルトは離れて距離をとった。


「お前の攻撃は受けてて気持ちいい。よくその身体でこれ程の力を身につけている。だが、それでは俺は倒せん。さっさと武器を持ってこい」


 正直に言っている。気合いの入ったいい拳だった。受けたダメージは全くと言っていいほどないが、鍛えに鍛えた年月を感じる打撃。

 たとえ非力でも、限界まで鍛え上げた身体から繰り出される心に響くような打撃。あの3人組より遙かに獣人らしい。だが、俺が見たいのは魔物部屋を数分で殲滅させるというコイツの実力。


「リオンさん。ボクはもう武器を持っています」

「なんだと?」


 なにを言っている?


「…フゥゥゥッ!」

「…なにぃっ!?」


 眼前で信じられないことが起こる。ウォルトの身体が『身体強化』の魔力を纏い、驚くべき速さで一気に間合いを詰めてきた。突然の魔法に面食らって反応できない。


「ウラァァァッ!!」


 一瞬で懐に飛び込んで2発、3発と連打を浴びせてくる。しかも確実に急所を狙って。


「ぐふっ…!ぐっ…!」


 スッと間合いを切られた。予期せぬ重い打撃に片膝をつくとウォルトが口を開く。


魔法(これ)がボクの武器です」

「…グルゥァッ!まさか魔法とは…。今のは効いたぞっ!魔道具ではないな?!」

「紛れもなく魔法です」


 純粋に驚いた。世界を見て回ったが、魔法を使う獣人には出会ってない。そもそも存在すると思っていなかった。なのに、獣人の魔法使いが眼前に立っている。驚きと喜びが入り混じった感情が沸き上がってくる。


「生きている内に獣人の魔法使いに出会えるとは…。しかも生まれ故郷で」

「ボクの武器は気にいってもらえましたか?」


 俺も拳を構える。


「グワハハ!当たり前だ!驚いたが……ココからが本番だ!行くぞっ!!」


 互いに駆け出し、今度は俺が先に拳を振るう。ウォルトの顔面狙い。


「グルゥァァッ!!」

「シッ!」


 潜るようにして躱したウォルトが懐から掌を向けてきた。なにをする気だ?


『破砕』

「なにっ…!!グウゥッ…!」


 撃ち出された衝撃波で上半身が反り返る。精神集中も魔力を全く感じなかったのになんて威力だ…!


 だが…これぐらいで俺は倒せんぞ!!


「ドラァァァッ!!」


 反った体を前に戻す反動で組んだ両拳を上から叩きつけると、ウォルトは後方に跳んで躱した。


「今ので吹き飛ばせないなんて…」

「ふぅぅ…」


 意識をハッキリさせるようにブルブルと頭を振る。今のも効いた…。


「闘いながら詠唱できるのも驚きだが、速さも威力もある。お前はとんでもない奴だな」

「…まだです」

「なに?」


 休む間もなくグッと膝に力を溜めて間合いに飛び込んでくる。だが動きは直線的。迎え撃つため動きに合わせて拳を打ち込んでやろう。


「グラァァ!!」


 捉えた。コレは躱せまい。だが、ウォルトは躱すのではなく、突き出した俺の拳に向かって自分の拳を叩き込んできた。


「ウラァァッ!!」

「ガァァッ…!!」


 拳が衝突した瞬間、二回りは大きい俺の拳が弾かれた。


「フゥゥ……ウラァッ!」

「クッ…!」


 間髪入れずに頭部を狙ってきた拳を躱して距離をとる。手首を押さえながら痛みに顔を歪めた。


「俺の拳より…固いだとっ!?」

「闘気です。騎士の真似事ですが」


 騎士の真似事…?いや…。そんなことはどうでもいい。


「ふぅぅ…」


 大きく息を吐き、痺れた拳をグッと握りしめる。


「最高だ」

「最高……ですか?」

「獣人が魔法を操るのは単純に凄いことだ。この世でお前だけの武器だぞ」

「どこかに同じような獣人がいると思います」

「そうかもしれん。だが、少なくとも俺は会ったことも聞いたこともない。そんな獣人と闘って勝つなんて……最高だろう?グワハハ!!」


 腹の底から笑いが込み上げる。コイツはただ魔法を操るだけじゃない。詠唱できるだけでも驚きなのに、闘いの中で呼吸をするように操る。魔法を使えるだけで弱いのなら闘っても面白くないが、ウォルトは紛れもない強者。

 

 俺につられたのか、ずっと険しい表情を浮かべていたウォルトの表情も緩んだ。


「負けるつもりはありません」

「それでこそ獣人だが、闘いは好きじゃないんだろ?こういうのはどうだ?」


 獣人らしい俺の武器を見せてやろう。胸が膨らむほど息を吸い込んで、ウォルトに向けて咆哮を放つ。


「グオオォォォアアァァ!!!」

「…っ!」


 獣人は耳がいい。ほんの一瞬だが警戒して動きが止まる。本能であり避けられない。怯んだ隙を見逃さず爆発的なスピードで接近して、最初のお返しとばかりに腹を殴る。やられっぱなしは性に合わないんでな。


「くらえっ!グルァァ!」


 今度こそ捉えはずが、腹を打たれたはずのウォルトはピクリとも動かない。


「…グゥッ!?」


 逆に拳の痛みで顔が歪む。まるで鉄の壁を殴ったような感触。俺の拳はウォルトが右の掌に発現させた小さな『強化盾』で防がれていた。

 直後、射抜くような鋭い視線を向けられ、左の空いた掌を俺に翳してきた。ゾクッ…!と背中に嫌なモノを感じ即座に身を躱す。


『火炎』


 躱した直後に掌から炎が放たれる。俺を焼き尽くさんばかりの炎。すかさず跳んで距離をとる。今のは危険を察知した自分の勘を褒めるべき。


「信じられない奴だ…」


 次から次へと息をするように高威力の魔法を繰り出してくる。普通の魔導師のように集中を高める予備動作を必要とせず、全く隙がない。詠唱するまで魔力すら感じさせない。

 しかも…今のは不可能と云われてきた魔法の多重発動だろう。『強化盾』と『火炎』。まさに攻防一体の魔法。コイツはどこまで常識破りな獣人なんだ。初めは『身体強化』しか使えんだろうと高を括っていたが、大きな誤解だった。


 長い冒険者人生でも見たことのない優秀な魔導師。いや…。魔道具も使わず素手で闘い、肉弾戦の最中で魔法を放つのは魔導師なんかじゃない。

 この男が相手ならマードックやエッゾが負けたというのも頷ける。限界まで鍛えられた獣人の身体と洗練された魔法の融合。想像すらできなかった新しい獣人の可能性を目にしている。何百何千と闘ってきたが、過去にない最高に興奮する闘い。


「ウォルト。お前を見てると…」

「はい」

「獣人の可能性が広がる!この歳で興奮が治まらん!おい、マードック!」

「なんだよ?」

「俺がウォルトに勝ったら…実質俺の勝ちでいいな?」

「ガハハハ!いいぜ。勝てたらな」

「グワハハ!燃えるっ…!燃えなきゃ獣人じゃない!」


 ウォルトに向き直り凶暴な嗤いを浮かべて吼えた。


「グルァァァ!!」



 ★



 対するウォルトは獅子王の強さを肌で感じていた。年齢を重ねてなお強い。衰えなんて感じさせない。


 リオンさんとの距離はまだ遠いけれど、なにかを投げるような仕草。


「フン!」

「…ぐぁっ!」


 腹に突然衝撃が加わる。拳で殴られたような痛みが走り石が地面に落ちた。いつの間に手にしていたのか気付かなかったけれど、リオンさんが投擲したのは間違いない。あまりの速さに軌道すら見えなかった。


「ぐぅっ…」


 痛みに顔を歪めていると、眼前に大きな拳が迫る。リオンさんは一瞬で間合いを詰めてきた。


「飛び道具は魔法だけじゃないぞ。獣人は身体が武器だ。忘れるな」

「…っ!」


 辛うじて首を捻るが、避けた拳の指が開いて横から頭を掴まれた。


「しまった…!」

「食らえっ!グルァ!」

「ガァッ…!」


 頭突きをまともに食らってしまう。なんて固い頭だ。あまりの衝撃に意識が飛びそうになったけれど、歯を食いしばって堪える。


「グルァァァッ!」


 リオンさんの猛攻が始まった。一方的に殴る蹴るの雨霰。一撃の威力が尋常じゃなく、骨に響く。意識が朦朧とする中で頭を守るようにガードを固めてひたすら耐え続けた。岩で殴られるような衝撃が絶え間なく襲ってくる。


「グゥゥッ…!ガァッ…!」


 魔法で防ぎたいけれど、あまりの手数と回復してない頭突きのダメージで集中できない。辛うじて身を固め『身体強化』の効果で痛みを和らげるのが精一杯。


「グワハハハ!どうした!?もう使える魔法はないのか?それとも聞こえてないか!…フンッ!」

「グウゥゥッ…!!」


 トドメとばかりに大きく足をしならせて蹴り飛ばしてきた。


「グルァッ!」

「ガァッ…!」


 辛うじてガードしたものの、衝撃で大きく後ろに吹き飛ばされ身体のあちこちが痛む。骨がイッてしまったのか鋭い痛み。ただ、逆に意識がはっきりして助かる。


 素早く起き上がり、血の混じった唾を吐いた。せめて大きく息を吸って呼吸を整える。


「強い…」

「お前もな。今の連打で決めたつもりだったが、見た目以上に強い身体だ」

「貴方のおかげです…。ボクは…まだ倒れるワケにはいかない」

「俺のおかげだと…?どういう意味だ?」


 ボクは…弱くとも獣人。闘うとなれば誰が相手でも負けたくない。けれど…この闘いで1番重要なことじゃない。


 まだ…この人に見せてない…。


「まだ……」

「まだ、なんだ?」

「貴方に……ボクの力を見せてないんだ!」


 遠い間合いから手を翳し詠唱する。


疾風迅雷(ライトニング)



 ★



「ぬぅっ…!なんだ?!」


 リオンが知らない魔法が迫る。


 無数の魔力の刃が広範囲に展開され襲いかかってくる。刃の1つ1つは小さいが躱しきれる数ではない。


「グラァァッ!」 


 避けても無駄だと瞬時に理解した。躱さず魔法を受けきることに決める。筋肉を肥大させ、腕を身体の前で交差させる。この程度の刃なら傷を負っても凌げるだろう。


「…グァァッ!!ガァッ!ガハッ…!」


 刃の雨が降り注ぎ、身体に触れた瞬間に気付いた。迫り来る刃は、身を切り刻む魔法ではなく雷撃を纏っている。次々に襲いかかる雷撃に痺れて動けん。攻撃するのではなく、効果範囲が広く数が多すぎて躱しようもない拘束魔法。


 コイツはなんて魔法を詠唱するんだ。


「フゥゥ…!」


 痛みを堪えているのか険しい顔をしたウォルトが飛び込んでくる。固く拳を握りしめているのが目に入った。


 いい…!気に入ったぞ!まだ強力な魔法を隠してるだろうに、あえて肉体で挑むか!獣人はこの世で最も強い種族でなければならない。身体が弱く生まれたなら、あらゆる手段を用いて強くなるのは当然。

 だが、磨いた身体で相手を倒してこそ高揚し満足する。獣人はこうでなくちゃならない。


「グワハハハ!」


 腹は決まった!気合いだけで拳を受け止めてやる!


「貴方は……本当に尊敬すべき凄い獣人です…!」


 ウォルトの拳は不思議な力を纏っている。魔力ではないようだが、大きく振りかぶって渾身の力で顔面に叩き込んできた。


「ウラァァァッ!!」

「ヌゥゥゥゥ…!!グルァァァ!!」


 鈍い打撃音とともに首が大きく弾かれた。魂が込もった拳を受けて意識が飛びそうになるが、気合いで堪える。


「ヌウゥラァァッ…!その程度の拳で俺は倒せんぞっ!」


 己を奮い立たせるように声を張り上げる。


「ボクの弱い拳では…貴方を倒せないかもしれない…。それでも……武器を磨き続けている!」

「面白い…!俺にお前の武器(ちから)を見せてみろ!」


 未だ動けない俺の前で、再び洗練された闘気を纏い両手を翳して詠唱した。


空波(エフィーゴ)

「グッ、グアァァッ!!」



 ★



 放ったのは、ボバンさんと手合わせしたとき最後に見せてもらった闘気術の模倣。魔力ではなく洗練された闘気で放つ『破砕』。


 凄まじい衝撃波が襲いかかり、リオンさんは後方へ吹き飛んだ。仰向けに倒れてピクリとも動かない。

 全身の痛みに耐えながら満身創痍でゆっくり歩み寄ると、リオンさんは目を閉じたまま清々しい表情を浮かべていた。


「リオンさん…?大丈夫ですか…?」


 話しかけても返事はないけれど、胸が大きく上下しているので息はある。どうやら気を失っているだけ。リオンさんの傍に正座して語りかける。


「ありがとうございました…」


 どこまでも…格好いい獣人だ。


 闘いを見守っていたマードックが歩み寄って声を掛けてきた。


「複雑な顔してんな。勝って嬉しくねぇのか?」

「嬉しくない。この人は……ボクにとって恩人なんだ」


 覚えてないようだけど、それも仕方ない。


「恩人?なんでだ?」

「大した話じゃない。聞きたければ後で教える。治療が先だ」


 直ぐにリオンさんの治療を始めた。

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