144 意図せず広がる人脈
ウォルトとマードックは、ランパードとキャロルの話が終わるのを廊下で静かに待っている。部屋から出てくる気配はないが、ウォルトは落ち着かない。
「ランパードさんは元気になったみたいだから、もう帰っていいか?」
「やめとけ。キャロルに家まで押しかけられて説教されんぞ。「礼ぐらい言わせろ!」ってな。長ぇぞ」
「あり得るな…」
許してくれた今までの分までぶり返して、もの凄く怒られる未来が容易に想像できる。姉さんの性格は知ってるつもりだ。
「黙って待っとけや。お前は礼とかいらねぇかもしれねぇけど、受け取んのも礼儀っつうだろ」
「そうだな…」
いつかダナンさんにも言われた言葉。マードックにまで言われるとは…。
★
そんなマードックは、ウォルトの横顔を見ながらついさっきの出来事を思い返す。
魔法で取り出すだと…?面倒くせぇ。人をなめやがるランパードにそこまでしてやる必要はねぇ。
「おい。逆さに吊してから腹殴ってゲロ吐かせろ。手っ取り早ぇ」
「マードック…。他人事だと思って怖いことを言うんじゃない」
気が気じゃねぇ顔してやがる。
「悪いけど却下だ。では、いきます。『睡眠』『麻痺』」
俺の話を無視して魔法で動けねぇようにしたあと、右手で腹を診た魔法を使いながら左手でも魔法を使う。
『水撃』
ビー玉みてぇな水の球体が出てきた。水っつうより丸い氷だ。息するように凍らせやがる。
「悪いけど、ランパードさんの口を開けてくれ」
「おう」
言われた通りにしながら近くで魔法を見る。コイツが使う魔法は見たことねぇもんばかりで面白ぇ。
魔導師どもが言うには、2個の魔法を同時に詠唱するってのはあり得ねぇらしい。魔法の世界じゃ常識らしいが、コイツは簡単にやりやがる。
ランパードの口に氷を入れて、左手を腹の方に動かした。…で、胃の先辺りで止める。集中してぴくりとも動かねぇ。
なにしてるか知らねぇが黙って待つ。しばらくして、また口の方へ左手を動かした。
「よし…。取れたぞ」
ランパードの口から氷が浮き上がる。そん中に指輪が入ってた。
「マジかよ…」
「上手くいった。内臓に負担をかけずに取り出せはずだ」
腑抜けたツラで掌に載せて、胃液まみれの汚ねぇ指輪を魔法で綺麗にしやがった。
「お前が手伝ってくれて助かった」
「口開けてただけだろうが」
「1人じゃできないからな」
ふざけたこと言いやがる。コイツは俺がいなくてもどうにかする。大体、こんな短けぇ時間で取り出すと思ってなかった。殴って取り出すっつったのは大マジだ。止められてなきゃ確実にやってやった。
ランパードに文句は言わせねぇ。腹を切られるか何発か殴られて吐き出すかのどっちかなら、黙って殴られるに決まってっからな。
結局本人に気付かれねぇで終わらせちまった。大概バカにされてんのに親切極まりねぇ。お人好し過ぎて呆れちまうぜ。
あとはランパードにかけた魔法を解除して終わりだ。指輪なんぞ飲み込むんじゃねぇっつうんだよ。どうやりゃそんなことになんだ。
そして今だ。
コイツにできねぇことなんてあんのか?器用すぎんだろ。魔道具まで作りだしたらしいが、獣人じゃコイツにしかできねぇ。
俺もたまには獣人らしくないことでもしてみりゃ面白ぇか?………闘うことと酒飲むこと以外なんもできねぇな。
あと、忠告しといてやるか。
「おい」
「なんだ?」
「お前よぉ、頭にこねぇのか?ランパードの態度は許せねぇ。獣人をなめてやがる」
「重々わかってる。ボクは獣人だ」
「だったらぶん殴りゃよかっただろうが」
「そうしたくても、姉さんの恩人だから無理だ。誰彼構わず殴りたいワケじゃない」
「アイツの男だろうが恩人だろうが、いい奴とは限らねぇ。態度にムカつくだろ。俺なら殴ったぜ」
「正直腹は立ったけど、今日は姉さんの力になりたかったからな。たとえ相手が犯罪者でも全力で治療した」
「今日だけ我慢したってか。お人好しがよ」
「ボクは絶対お人好しじゃない。姉さんに頼まれてなければ、あの人が生きようと死のうとどうでもいい。元々関係ない人間だ。もっと言えば…」
「なんだよ?」
「魔法を見せたのは、お前と姉さんが信頼してる人みたいだからだ。信用できるから住み家に姉さんを連れて来たんだろ?」
ちっ…。読まれてんな。
「口だけは固ぇ野郎だかんな。まぁ、バラされたら殺せよ」
「そのとき考える。今日はお前が代わりに怒ってくれたからそれで充分だ」
「そうかよ。偏屈な奴だぜ」
「お前には言われたくない」
ドアが開いて、やっとキャロルとランパードが出てきやがった。やけに遅かったな。コイツら…人待たせといて乳繰り合ってたんじゃねぇだろうな…?
「ウォルト、マードック。助かったよ。ありがとさん」
「俺はなにもしてねぇ」
「アンタがウォルトのことを教えてくれたおかげで、旦那さんは助かったのさ」
「まだ世話になる予定だ。死んでもらっちゃ困んだよ」
「ワハハハッ!お前達のパーティーには、特にいい代物を卸させてもらう!」
「頼むぜ。嘘吐きやがったら今度こそ吊すぞ」
「商人を脅すな」
キャロルはウォルトの前に立って、正面から抱き着きやがった。小っ恥ずかしくねえのか?
「アンタのおかげで旦那さん元気になったよ…。なんて礼を言ったらいいかわからない…」
「姉さんの力になれてよかった」
ランパードも近寄る。
「君とマードックは恩人だ。困ったことがあったら、いつでも声をかけてくれ。俺にできることなら力になる」
「ありがとうございます。その時はお願いします」
いつもなら「大袈裟ですよ」とか、ふざけたことぬかすとこだろうが、『これでどうかニャ?』とか言いたそうに見てきやがる。ちったぁ成長したな。
「ボクの魔法のことは、誰にも言わないでもらえると助かります」
「わかった。信用してくれ」
「よし。今日は再会と旦那さんの快気祝いで飯を食いに行こうか。アタイが奢る」
「それなら俺が奢るべきだろう!胃の調子がよくなったからか腹が減って仕方ない!ワハハ!」
コイツらはマジで言ってのか?
「アホか。そんなもんが礼になるワケねぇだろ」
「なんだと?」
「どういう意味だい?」
「奢るくれぇなら、この家にある酒と食いモンを寄越せ。あと台所貸せや」
「別に構わんが、なにをする気だ?」
そんなもん決まってんだろ。
「おい、ウォルト!飯と肴作れや!台所も食材も好きなように使っていいってよ!」
「わかった。任せろ」
「「はぁ?」」
俺らは屋敷の食堂とやらに向かう。
「なんだこの料理は!?信じられないくらい美味いぞ…。ビスコの料理に引けをとらない」
「ホントに獣人なのか疑いたくなるねぇ」
「高い酒だけあって美味ぇ!肴もっと寄越せ!」
「あぁ。材料はあるからどんどん食べてくれ」
ウォルトが作った料理を食って驚いてやがるな。アイツも満足だろ。ニタニタして台所に戻りやがった。
「キャロル。ウォルト君は何者なんだ?魔法を操ってとんでもなく美味い料理を作る獣人なんて聞いたこともない」
「アタイもわからないのさ。ちょっと会わない間にとんでもない獣人になっちまったみたいだ」
…教えといてやるか。
「美味いモンを食わせたかったんだろうが、アイツの飯より美味いモンはそうそうねぇ」
「だからって作ってもらうのはなしだろ?」
「甘ぇな。アイツは料理を食わせるより作らせた方が喜ぶ。よく覚えとけ」
「そんなの誰にもわかりっこない。アタイも知らなかった」
「アイツは色々とぶっ飛んでんだよ。お前らの想像以上にな」
「確かに…。料理人でもイケそうだが、ウォルト君なら治療師としてやっていけるんじゃないか?俺の伝手で開業してもらうか」
勝手に盛り上がってやがる。コイツはなにもわかってねぇ。直ぐ忘れやがって…。
「魔法のことは誰にも言うなって言われたろうが」
「俺は治療師や魔導師のことは詳しくない。だが、そんな俺でも彼が凄いってことはわかる。黙っておくにはもったいない。稼げる技術だ。お前が説得すれば…」
この成金野郎…。俺が間違ってたか…。
「旦那さん。気持ちはわかるけどマードックの言う通りだ。ウォルトの気持ちを無視しちゃいけない」
興奮するオッサンをキャロルが諭す。さすがにコイツはわかってる。丁度いいからまとめて言ってやらぁ。
「1つ言っとくぞ。俺は相手がお前らだからアイツのことを教えた。信用を……裏切るんじゃねぇ」
2人まとめて睨みつける。信用して教えてやったってのに、アイツの邪魔をしようってんなら……責任とって俺がぶん殴ってやらぁ。首から上が吹っ飛ぶぐれぇな。
「…よくわかった。お前には感謝してる」
「そんなもんいらねぇ。感謝ならアイツにしろ」
「アンタは優しいねぇ」
「ふざけんな。なんだそりゃ」
「ウォルトの周りを騒がせたくないんだろ?だけど、信用できる相手なら人脈を広げてやりたいと思ってる。女にモテるワケだよ」
「ちっ…!揶揄うんじゃねぇ!そんな大層なもんじゃねぇし、毎回俺がアイツの周りを騒がせてんだよ!」
外方を向くと、酒の肴を持ったウォルトが笑いながら戻ってきた。
「マードック、肴ができたぞ。ランパードさん。ココにある食材も台所も最高です。こんなお礼をしてもらって、なんと言っていいか」
けっ…!暢気な奴だ。この程度の礼で満足しやがって。オッサンとキャロルも笑ってやがる。
★
料理までさせてもらって大満足だ。食材も豊富で最高に楽しかった。なぜかまたお礼を言われて、マードックと一緒に姉さんとランパードさんから見送られる。
「ウォルト。アンタに会えて嬉しかった」
「ボクもだよ」
今日は間違いなくいい日だ。
「また遊びに行くから、その時は美味い料理を食わせてもらおうか」
「姉さんなら大歓迎だ。ボクはいつもあの場所にいる」
歩き出して直ぐマードックが訊いてくる。
「お前、森に帰んのか?」
「そうしようと思ってる。なにかあるのか?」
「予定がねぇなら俺ん家に泊まれ。会わせたい奴もいる」
ボクを誘うなんて珍しいな。
「予定はないけど、急に行って迷惑じゃないのか?」
「ねぇよ。こっちが誘ってんのに迷惑ってのはおかしいだろうが」
「確かに」
「決まりだな。お前には訊きてぇことがある」
訊きたいこと?なんだろう?
マードックの家には直ぐ到着した。
「おぅ!サマラ!いるか?!」
マードックは中に入るなり大声でサマラを呼ぶ。奥から近づいてくる足音が聞こえる。多分怒ってる足音が…。
「うるっさいなぁ!!なんなのよっ!」
怒気を含んだサマラの声がした。表情も目に浮かぶ。思わず笑みがこぼれたところでバーン!と居間のドアが開いた。
「マードック!アンタは…って、ウォルト?!」
「久しぶり。元気そうだね」
急な再会に驚いたのか、サマラは固まってマードックはしたり顔を見せる。
「ククッ!とりあえず入れや」
「あぁ。お邪魔します」
マードックが踏み出そうとしたところで…サマラの姿が消えた。
「うらぁぁっ!!」
「ガァッ…!!」
懐から繰り出した顎への一撃で、マードックの身体が浮き上がる。完全に油断していたところに不意打ちは躱せない。ノーガードで殴られて、白目を剥いて仰向けに倒れた。
「ウォルトを連れてきてくれたのは嬉しいけど、近所迷惑でしょ!このバカ兄貴!アホ~!」
気を失ったマードックを罵倒するサマラ。自分もこうだったのかと客観的に見ることができて、驚きとともに顎がズキン!と痛んだ。
「ウォルト!そんなの無視して早く入って!バッハもいるよ♪」
「あ、うん…。マードックは…」
「ほっといて!死んでないし、明日起こすから大丈夫♪ゴリラ柄の絨毯だと思えばいいから!」
腕を引かれながら、倒れたマードックに目を向けてもピクリとも動かない。疑ってたワケじゃないけど、本当に気絶させるんだな…。
マードックのことが気になりつつも、サマラとバッハさんと話に花を咲かせる。数年ぶりにキャロル姉さんに会ったことを伝えると、サマラは喜んでくれた。
ボクが姉さんに会いたいかは微妙だと思ったから、姉さんに悪いと思いながら生きてることを伝えなかったらしい。
気遣ってもらってばかりだなぁ。
翌朝。
マードックが目を覚ました時には既に外は明るくなっていて、ウォルトは住み家に帰っていた。
「…ちっ!」
今回もリリムの謎について聞き出すことができず溜息を吐いた。