143 素人の診断結果
森が夜を迎える頃、3人は動き出した。
キャロルの歩調に合わせて会話しながら歩くウォルトは自然に表情が綻ぶ。
普通にキャロル姉さんと話せる日が来るなんて思ってなかった。ボクは、サマラと同じくお世話になっていた姉さんにもなにも告げず黙って姿を消した。
もし再会できても、怒られるのは予想してたけど、それでも許すと言ってくれて救われた気がしたんだ。
連れてきてくれたマードックのおかげだ。またコイツに借りができた。
「マードック、アンタに言いたいことがある」
「なんだよ」
「ウォルトが元気だって知ってたのに、なんでアタイに教えなかったんだ?冷たいねぇ」
「お前は頼まれた情報しか知らなくていいんだろうが」
「そうかい。アタイはずっと心配してたんだ。知ってるだろ」
「だから今日連れて来たろ。うるせぇな」
「なんだって…?偉そうな口を叩くようになったじゃないか」
2人のやりとりに、昔のことが少しずつ思い出される。
「こうしてると懐かしいな。昔はマードックもキャロル姉さんのことが気になってた時期があったな」
「テメェ!余計なことを…!」
一時期の事実だけど、マードックは直接ボクに言ったワケじゃない。でも、匂いで心情がわかった。
「初耳だねぇ。詳しく聞かせてもらおうか」
「ちっ…!知らなくていいだろうが!」
昔話に花を咲かせながら歩いていると、時間が経つのは早いもので、気がつけばフクーベの入口に辿り着いた。
「ウォルト。大丈夫かい?」
「大丈夫だよ。何度か来てる」
姉さんは本当に優しい。人が少ない時間に来たのも気遣ってくれての提案。そんな姉さんの力になりたい。
「それならいい。行こうか」
街に足を踏み入れて、ランパードさんの屋敷を目指す。夜だから人通りも少なく、昔から目立つキャロル姉さんが注目を浴びることもない。
酔ったような男達が時折視線を向けてくるけど、マードックを見て目を逸らす。近寄ってくる気配はない。厳つさが半端じゃないから当然だ。
「アンタのおかげで歩きやすいよ。見ただけでヤバい奴だってわかるんだねぇ」
姉さんもそう思ってるんだな。
「ククッ!失礼なこと言うんじゃねぇよ。そうだとしたら、どいつもこいつも節穴だぜ」
「どういう意味だい?」
「お前もいつか気付くだろ。さっさと行くぞ」
ボクもどういう意味なのかわからない。若干の疑問を残しつつ、ボクらは屋敷へと向かう。到着して姉さんが門番に声を掛けた。
「旦那さんに会いたいんだけど、話を通してもらえるかい。知り合いも一緒に」
「ちょっと待って下さい。確認してきます」
「すまないね」
門の前で待つ。
「門番の反応からして、お前は愛人かなんかだと思われてんだな」
「そうさ。そのおかげで色々と助かってるんだよ」
「ランパードさんは結婚してるの?」
「いいや。金持ちじゃ若い方だろうに女より商売の珍しい男だ」
だったら愛人じゃなくて恋人なんじゃ…?と、門番が戻ってきた。
「知り合いの方もご一緒にどうぞ」
「ありがとさん」
姉さんがと微笑むと、門番の鼻の下がぐんと伸びた。それを見たマードックとボクは苦笑する。
本当に姉さんは変わってない。
★
キャロルがドアの前で声をかける。
「旦那さん。入るよ」
「いいぞ」
返事を聞いて躊躇せず中に入る。旦那さんはベッドの上で上体を起こして座っていた。
「起きていいのかい?」
「客人を寝たまま迎えてどうする。まだそこまで弱っちゃいない」
そう言いながら力なく笑った。マードックに視線が移る。
「マードックか。久しぶりだ。相変わらず元気そうだな」
「おう。いつの間にか死にかけてるみてぇだな」
高ランク冒険者と商人で2人は知り合い。その縁で何度かアタイの護衛を頼まれてる。
「その通りだ。気を使われるより、お前のようにハッキリ言ってくれた方が気分がいいな。それと…君は?」
「初めまして。ウォルトと言います」
「アタイの可愛い弟分だ。アンタの病気を診てくれる」
「…獣人なのに、医者だっていうのか?」
疑ってるのが丸わかりだ。これでもかって顔に出てる。まぁ無理もない。カネルラに獣人の医者はいないだろうからねぇ。世界でもいるか怪しい。
獣人は、本を読んだり複雑なことを記憶するのが苦手。細かい作業も苦手だから、とにかく獣人に向いてない職業の1つ。
「医者じゃないけど薬が作れるんだよ。旦那さんの話を訊きに来たのさ」
「獣人が薬を…?初めて聞いたな…。本当か?」
旦那さんは怪訝な表情を浮かべた。アタイがウォルトならこの時点で悪態をついて帰る。でも、判断はウォルトに任せる。
「お前が信じねぇなら別にいいぞ。俺らは帰るだけだ」
マードックの方が不機嫌そうだ。まぁ、アンタはそうか。
「足掻いてみるって約束したろう?とりあえず話してみなよ」
「……そうだな。なにから話せばいい?」
「まずは、身体を診てもいいですか?」
「む…。医者に何度も診せたんだがな…」
信用していない様子の旦那さんにマードックが声を荒げる。
「テメェ、うるせぇぞ!黙って診てもらえ!この死に損ないがっ!」
「お前は…さっきからなにを怒ってるんだ?」
ウォルトは真剣な顔。
「マードック、静かにしてくれ。もう一度だけお願いできますか?」
「…ちっ!このお人好しが…」
アタイは横で苦笑するしかない。マードックはウォルトのことを信頼してるんだねぇ。だから旦那さんの疑うような態度が気に入らない。
当の本人は、気にも留めてないように見えるけど、きっとアタイのタメに堪えてるんだろう。ウォルトも獣人だ。心意気を邪魔したくない。殴ったとしても止めやしないけどね。
「横になって楽にして下さい」
「わかった」
「では…」
ウォルトは、ベッドに横たわった旦那さんに手を翳した。なにをする気なんだろうねぇ。
『診断』
掌からポウッと白い魔力が発現して、ランパードの身体に降り注ぐ。
この魔法は、以前ダナン達のアンデッド化を解いたときに用いた模倣した師匠の魔法。あらゆるモノの内部を調べられることがわかって、とりあえず『診断』と名付けた。
アタイは驚いて目を見開く。それは…魔法じゃないのか…?旦那さんも予想外の展開に驚いてるのに、マードックは動じることなくウォルトの様子を見てる。知ってたってのかい…。
「君は……まさか魔法を…?」
「ジッとしてて下さい」
旦那さんは言われるまま動かない。
「終わりました。医者じゃないので詳しいことはわかりませんが、体内を診断して1つ気になったことがあります」
「気になること?」
「ランパードさん。食べてはいけないモノを飲み込んでませんか?」
旦那さんはギクッ!と反応した。図星ってことかい…。そして、ウォルトは大したもんだよ。
「旦那さん、なにを飲み込んだのさ?」
「それは……その…」
「言いたくなかろうが言ってもらう。せっかくウォルトが診てくれたんだ。答えないなら…」
力尽くでも吐かせようかねぇ。アタイも今の旦那さんには負けないと思うよ。
「姉さん。少しだけ部屋の外で待っててくれないか?」
「はぁ?なんでだい?」
「お願いだ。少しでいいから」
真剣なウォルトの眼差しで理由があるのはわかった。ふぅ…と息を吐いて部屋を出ようとする。
「マードック。出るよ」
「マードックは残ってくれ」
なんだって!?
「アタイだけ仲間外れか!?」
「そんなつもりはないんだ」
なんだってんだい!納得いかないねぇ!
★
憤慨しながら部屋を出ていく姉さんは、不機嫌そうに尻尾をクネクネ動かしてる。姉さんゴメン。直ぐに終わるから。
外に出たのを確認して、耳のいい姉さんに声が届かないよう詠唱する。
『沈黙』
魔法をドーム状に展開してボクらを囲み外に声が漏れないようにした。
「姉さんに声は聞こえません。事情を聞かせてもらえますか?」
「君は…なにを飲み込んだのかわかってるんだな」
「断定はできませんが、魔法で読み取った形からすると装飾品ですね?」
ランパードさんは苦笑して頷いた。
「君の魔法は凄い。その通りだ」
「なにやってんだ、オッサン。そんなもん飲み込んだら具合悪くなるに決まってんだろうが」
「下らない理由があるんだよ」
ランパードさんは、なぜこんなことになったのか事情を説明してくれた。聞いている間のマードックは口が開きっぱなし。
「…というワケでな」
「なるほど」
「なるほどじゃねぇよ!マジで呆れたぜ。騒がせやがって。…で、わかっててなんで医者に言わねぇんだよ?」
「言われて思い出した。とっくに下から出てしまってると思っていてな」
「まだ胃の浅いところで引っ掛かってます。それで…」
なぜランパードさんの調子が悪くなったのか、ボクの推測を告げる。
「そうか…。どうすれば…」
「魔法で取り出すのは可能です」
「君にそんなことができるとは思えんが…」
イラついたマードックが声を張り上げる。
「テメェ…いい加減にしろよ!コイツを信用しねぇんならもう帰るぜ!テメェの腹ん中を診たのは誰だ?!あぁん!?」
「それは…」
マードック…。お前…。
「マードック。初めて会う人にボクを信用しろというのは無理な話だ。お前もわかるだろう?」
「ちっ…!勝手にしろや!クソお人好しがっ!」
ランパードさんは真剣な目を向けてくる。
「今のやり取りで君の人となりが理解できた気がする。優しくて謙虚。マードックの怒りから察するに、信じ難いが優秀な治癒師か魔導師なんだな」
ほとんど合ってない。
「君を信用せず、何度も失礼な発言をしていた。信用されなくとも治療してくれようとしているのに…。重ね重ねすまないが…改めて取り出すのをお願いしたい」
「初めっから素直にそう言やぁいいんだよ!この成金ヤロ…」
「マードック」
言葉を遮ると、ボクの顔を見て止まる。
「ちっ…!」
お前の気持ちだけで充分だ。
「では、ランパードさんに魔法をかけます。身体に負担をかけないよう取り出すので」
「すまない。よろしく頼む」
★
ウォルトに言われた通り、アタイは部屋の外で待った。耳はいい方だけど、部屋の中から声どころかなんの音も聞こえてこない。
なんだってんだ…。アタイには言えないってのかい…。
問い質したとき、旦那さんは答え辛そうにしてたことがショックだ。ウォルトが魔法を使えることにも驚いたけどねぇ…。
旦那さんの態度を見て、ウォルトはアタイに出て行けと言ったことくらいわかる。アタイじゃ旦那さんの力にはなれないか。
ゆっくりドアが開いて、ウォルトが顔を出した。
「姉さん。もう入っていいよ」
「はいよ」
促されて部屋に入ると、ベットの横に笑顔の旦那さんが立ってた。ウォルトとマードックは入れ替わりで部屋を出ていく。
「立ったりして大丈夫なのかい?」
「ウォルト君のおかげでな。もう大丈夫だ。ワハハハ!」
さすが自慢の弟分だ。笑顔の旦那さんは、アタイに近づいて手をとる。
「なんだい?」
「受け取ってくれないか?」
掌には銀の指輪…。
「どういうことか説明してくれるかい」
「それは魔道具で、身に着ければお前の男を惹きつける体質を抑えられる。魔道具職人に頼んで作ってもらった。どのくらい効果があるか定かじゃないが今より暮らしやすくなるはずだ」
「もらっていいのかい?」
「もちろんだ。あと…返事は今すぐじゃなくていが……俺と結婚して番になってくれ」
予想外の告白に顔をしかめる。
「突然なに言いだすんだ…?アンタは女より商売だろ?」
「勝手に決めるな。お前に惚れてるから他の女に興味がないだけだ。気長に待つから返事はいつでもいい。ちなみに、断っても今までとなにも変わらないからその辺は心配するな」
旦那さんは屈託ない笑みを浮かべる。間違いなく調子は戻ってるねぇ。
「完全に勢いで言ってるだろ」
「そんなことはない。ここ最近…そのことについてずっと考えてた。今回の件で俺のことを気にかけて色々と考えて行動してくれた。心底嬉しくてな!ワハハ…ハ…!……だから、勢いなんかじゃない」
照れくさそうな顔をして頭を掻く。
「少し考えさせてもらうよ。あと、飲み込んだモノってもしかして指輪かい?」
「そうだ。お前に見つかりそうになって咄嗟にな」
「あっ…!もしかして、あの時かい?」
ちょっと前に旦那さんに用があって部屋に入ったとき、呼びかけても気付かず机に向かってごそごそしてた。
後ろから手元を覗き込もうとしたら、持っていたモノを口に入れて「飲み薬を飲んだ」と言ってたねぇ。
その後、調子が悪いと言い出したから、薬を飲んでるのも当然だとアタイは気にしてなかった。
「ウォルト君が言うには、魔道具は魔力を帯びていて内臓に悪影響を及ぼしてたらしい。込められた魔力が俺の体質に合わないんだろうと。直ぐに死んだりすることはないが、いずれ内臓がやられていたと言われた。魔法で中和してくれてな。今は信じられないくらいスッキリしてるぞ」
「旦那さん……アホだねぇ…。飲み込むことないだろ」
「お前を驚かそうと思って、指輪を包装しようとしてたところを見つかったから隠そうと焦ってな。お前の言う通りただのアホだ。ワハハハ!」
「大丈夫なら別にいいけどさ。あんまり心配かけないでほしいねぇ」
……ったく。
後ろを向いて小刻みに肩を震わせる。
「大したことなくて…よかったじゃないか…」
「すまんな。余計な心配をかけた。今度酒を奢るから勘弁してくれ」
振り向かず顔を上げて答える。
「一番高くて美味いヤツならいい。あと、【注文の多い料理店】に連れて行くこと」
「わかった。だが、そうなるとお前より俺の方が楽しみになる。それでいいのか?」
「…知るか!勝手にしな!」
面倒くさい旦那だよ!