141 名付け親
フクーベのギルドで談笑する数名の冒険者達。その中に、オーレンとアニカの姿もあった。
会話しているのは【南瓜の馬車】。オーレン達の知り合いでDランクの冒険者パーティー。
ムーンリングベアとの戦闘中にオーレンとアニカに助けられた縁があって、今でも交流が続いている。クエストを手伝ったり、手伝ってもらったりと2人が最も交流している冒険者。
パンプキンズのリーダーであるマックには伝えておきたいことがあった。
「そろそろ俺達もCランクに昇格できそうなんだ」
「凄い!おめでとうございます!」
「よかったですね」
アニカとオーレンは祝福の言葉をくれる。他のメンバー達も微笑んだ。
「まだ決まってないけど2人のおかげだ。死んでたら昇格どころか俺達はこの場にいない」
身の丈に合わないクエストに挑んで、魔物に殺されかけていた俺達をまだ駆け出し冒険者だった2人が助けてくれた。
アソコがパーティーの分岐点だった。心を入れ替えて真摯に冒険に挑み少しずつ前進している。
「まだ言ってるんですか?あの時だって、皆さんが弱らせてたから俺達が勝てたのに謙虚すぎですよ」
「そうです!皆さんは強いんですから!」
嫌味なく笑う。本当に素直で愛される冒険者だ。心から応援しているし逆に応援もされている。長い付き合いをしていきたい。
気になっていた素朴な疑問を投げかける。
「訊いたことがなかったけど、オーレン達のパーティー名を教えてくれないか?」
「俺達のパーティー名…ですか?」
揃って首を捻っている。
「もしかして、ないのか?」
「考えたこともなかったです。今まで必要なかったですし。な?」
「だね!必要性を感じたことない!」
「そうか。冒険者を続けるならあった方がいいぞ」
「そうなんですか?」
「高難度クエストになると他のパーティーと組んで動くことも多くなる。名前を覚えてもらっていれば指名依頼も貰いやすいし、カネルラ以外の国で冒険するときは現地のギルドで名前を登録しなくちゃならないみたいだしな」
「なるほど!」
「今すぐじゃなくていいと思う。でも決めたら教えてくれ。君達の名を広めることができる」
「ありがとうございます。その時は知らせます」
「帰ったら考えよう!」
★
その日の夜。
クエストを終えて帰宅した俺とアニカは、パーティーの名前を考えてみることにした。
「いざ考えてみると思い浮かばないぞ」
「確かに。すんなり出ると思ってたけどね」
考え始めて1時間経過してもどれもピンとこない。
「他の冒険者はよく格好いい名前が思い付くよなぁ」
「とりあえず、お互い考えた候補を出しあってみる?」
「そうだな。じゃあ、まずは俺から。【灼熱の太陽】ってどうだ?」
「私達には熱すぎる名前じゃない?」
「じゃあ、【漆黒の番人】ってのは?」
「暗殺者パーティーみたいでしょ」
「言われてみるとそうか…。アニカの案は?」
俺達ならアニカの方が語彙力が高い。期待できそうだ。
「私は【男と女】がいい」
「そのままじゃんか!なんだよそれ!?」
「覚えやすいっしょ?」
「そうだけど、もっとこう…名付けの意味とか」
「ないない!わかりやすいのがいいんだよ!」
アニカはケラケラ笑う。コイツ…本気か?
「そんなダサい名前じゃ、他のメンバーが加入してくれないだろ?」
「そうか!なるほどね!」
その可能性が頭から抜け落ちてたのか…。パーティーがいつまでも俺達だけとは限らない。あまり変な名前だと敬遠されてしまうかもしれない。
真剣な表情に変化したアニカ。
「オーレンは、いつ悪女に騙されて使い物にならなくなるかわからない…」
「おい、声に出てるぞ」
「切り捨てることも視野に入れておかないと…。正直、名前なんてどうでもいいと思ってたけど真面目に考えよう…」
「声に出てるっての!」
ふざけた妹分だ。
「そうなると…【村八分】かな!」
「いかにも仲間外れにされそうだろ!そういう奴の集まりだと勘違いされるわ!真面目に考えろ!バカ!」
「なにを~!バカとはなんだっ!」
互いに案を出していくもののどれもしっくりこない。
「今日のところは、このくらいにしとくか…」
「ねぇ、ちょっと思ったんだけど」
「なんだよ?」
「ウォルトさんに名付けてもらうっていうのはどう?」
「それは…ありだな」
大恩あるウォルトさんに名付け親になってもらえるならどんな名前だって納得できそうだ。
「…というワケで早速明日行こう!」
「お前が行きたいだけだろ」
アニカはウキウキしながら部屋に戻る。俺も異論はない。最近は忙しくて顔を出してないし、ずっと修練している付与魔法の成果も見てもらいたい。
明日の準備をするかと部屋へと戻った。
★
明くる日。
私とオーレンは久しぶりに森を抜けてウォルトさんの住み家にやってきた。ウキウキが止まらない!
住み家に近づくと、ウォルトさんはいつものように家の角から顔を覗かせて笑顔を見せてくれる。畑仕事中だったみたいで手拭いで汗を拭ってる。いつだってウォルトさんは働き者だ。
「久しぶりだね。元気だった?」
「元気です!元気すぎます!」
「見ての通り元気です」
「よかった。じゃあ、中に入って」
「「お邪魔します」」
住み家に入ると、オーレンは居間へ私はウォルトさんと台所へそれぞれ向かう。言っておきたいことがあるので、飲み物を準備するウォルトさんの隣に立つ。
「ウォルトさん!実は私サマラさんと知り合いなんです!」
「えっ!?そうなの!?」
珍しく驚いた表情を見せてくれた。接点があるなんて思わないよね。
「この間、一緒にご飯も食べました!お酒も楽しく飲み過ぎちゃって!」
「2人が知り合いなんて知らなかった。驚いたよ」
「その内、2人で泊まりに来てもいいですか?」
「もちろん。いつでも歓迎するよ」
よっし!サマラさん!言質取りましたぁ~!
飲んだときに盛り上がったのだ。「2人でドキドキさせる作戦もやってみたいね!」と。作戦を練るタメに今度報告にいかなきゃ!
淹れてもらった花茶を飲みながら、オーレンが本題を切り出す。
「今日はウォルトさんにお願いがあって来ました」
「なんだい?」
「俺達の冒険者パーティー名を付けてもらえませんか?」
「君達のパーティーの名前を?」
私達は揃って頷く。
「冒険していくうえで、名前があった方がいいらしいんです。今まで気にしたことなかったんですけど」
「ウォルトさんにお願いできないかと思いました!」
ウォルトさんは「む~っ…」と考え込んでる。今まで考えたこともないだろうし、突然頼んだから当然の反応。
「…ボクが考えた名前でいいの?」
「話し合ったんですけど、なかなかいいのが思いつかなくて…。アニカは【村八分】とか【大食漢】て言い出すし。あと【千両役者】とか」
「ばっ…!冗談でしょうがっ!なにバラしてんのよ!」
「ボクじゃ思い付かない。発想が凄いなぁ」
笑顔で褒めてもらったけどとんだ赤っ恥をかかされた。オーレンめ…。
「2人の好きなモノから付けるのもありかなぁ…。あとはクローセの特徴とか…。う~ん…」
目を閉じて首を捻りながら考えてくれてる。真剣に考えてもらえるのは嬉しいけど、少し悪い気がしてきた。
「好きなモノとか…尊敬する人…。印象なんかもありかなぁ…。う~ん…」
ウォルトさんが呟いた言葉を聞いて私は閃いた。オーレンに耳打ちすると頷いてくれる。
「ウォルトさん!こっちが頼んだのに恐縮ですけど、やっぱり俺達で決めます!」
「そっか…。役に立たなくてゴメンね…」
ウォルトさんは肩を落とす。
「そんなことないです!今のウォルトさんの言葉で閃いたんです!」
「それならよかった。ちょっとでも役に立てたかな。それじゃ昼ご飯にしようか」
「手伝います!」
私は手伝うために台所へ向かう。オーレンは、あえて手伝うことはしない。邪魔することになるって知ってるから。
「ん~♪美味し~い!これこれ~!」
「美味いです。マジで外食できなくなります」
「大袈裟だよ」
「そんなことないです!この間サマラさんと食事に行ったって言いましたよね?」
「うん」
「多分サマラさんもなんですけど、フクーベで外食できるのは【注文の多い料理店】だけです。あの店だけがウォルトさんの料理と同じくらい美味しいです!」
「ビスコさんの店だね。あの人の料理はもの凄く美味しい」
「ウォルトさんも負けてないです!むしろ、私はウォルトさんの料理のほうが好きです!」
「ありがとう。おかわりあるからね」
「全部頂きます!」
「俺の分は残してくれよ?」
ふっ…!オーレンの望みも虚しく、美味な昼ご飯は全て私が平らげてやった。
その後は、久しぶりに手合わせしたり、魔法の修練をしたりと充実した時間を過ごす。
「「ありがとうございました!」」
「うん。お疲れ様。今日はこの後どうするの?」
「泊まります!」
「わかった。じゃあ晩ご飯を準備するよ」
ウォルトさんが一足先に住み家に戻るのを見届けて、残された私達は言葉を交わす。
「なぁ、アニカ。ウォルトさん……強くなってないか?」
「私も思った」
「修練してるんだな。ウォルトさんに追いつけ追い越せだ」
「その通り!いつか冒険に連れて行くっていう約束がある!」
「その頃には、俺達のパーティーも人が増えてるかもな」
オーレンはわかってないなぁ。
「俺達のパーティーじゃなくて、【森の白猫】ね。さっき決めたでしょ?」
「だな。凄くいい名前だ。一発で気に入った」
「でしょ。結局ウォルトさんに付けてもらったようなもんだね!」
私達が最も尊敬する人からパーティー名を貰った。これ以上にいい名前なんてない!
夕食を食べながら名付けたパーティー名をウォルトさんに伝えると、由来には全く気付かず「もっと強そうな名前じゃなくていいの?」と心配されてしまった。