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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
140/705

140 サマラとアニカ

 ある日のこと。


 今日も無事にクエストを終えたアニカとオーレンは、日が暮れる前にギルドで報告を終えて帰宅した。


 今日の食事当番はオーレン。アニカに確認する。


「晩飯は山菜と肉のスープでいいか?」

「あっ、ごめん。知り合いと食事する約束があるからいらない。言うの忘れてた」

「そうか。こっちも楽でいい」


 アニカはいそいそと装備を外しながら部屋に戻っていく。機嫌がよさそうなので疲れはないみたいだ。

 それにしても…珍しいな。冒険者の男女問わず人気者のアニカは、男に誘われても1対1では絶対に食事に行くことがない。「もしウォルトさんに知られたら、勘違いされた挙げ句、祝福されたりして死にたくなるから!」らしい。俺もそうなるだろうと思う。

 女性とはたまに行くみたいだけど、「どこの店でご飯を食べても虚しいんだよ。だったらオーレンの不味い飯でいい」と、失礼極まりない台詞を浴びせてきやがった。思い出したらムカついてくる…。

 そんなアニカが珍しくウキウキしてる。相手は間違いなく女性のはずだけど…と勘が働く。


 もしかして!



 ★



 身支度を終えたアニカは、オーレンに声をかけて家を出るために居間に向かう。


「…なにしてんの?」


 他所行きの服に着替えたオーレンの姿。


「今日の食事、この間の獣人のお姉さんとだろ?俺も連れて行ってくれ!」


 屈託のない笑顔を見せてくるオーレンに、得体の知れないモノを見るような視線を向けた。


 コイツ…。なんでわかったんだろう…?サマラさんからもらった連絡の手紙は、見つからないよう隠した。会話に出さないよう細心の注意を払ってさっき初めて伝えたはず。


 多分スケベ野郎の直感だろうけど、とりあえず誤魔化そう。


「違うけど」

「嘘だね!いいじゃんか。今日だけ連れて行ってくれよ!頼むよ!」


 拝むように手を合わせてくる。なんで連れて行かなきゃならないのかまったく理解できない。


「嫌だと言ったら?」

「アニカが冒険者に告白されてどうしようか迷ってました…ってウォルトさんに伝えようか。応援してくれるかもなぁ~」

「ねつ造じゃん!」

「それはどうかな~?」


 少し前に冒険者に告白されている現場をたまたま通りがかったオーレンに見られてしまった。

 即お断りしたけど、そんな風にウォルトさんに伝えたら勘違いされて「ボクにできることはあるかい?」とか言われるに決まってる。


「俺にはそう見えたって言えば嘘にならないもんな~。しかも、見たのは一度だけじゃないし」


 オーレンは悪い笑みを浮かべる。…なんて卑劣なクソ野郎だ!横っ面を思い切りぶん殴ってやりたいけど、今回はなにがなんでも行きたい空気を感じる。下手に刺激すると、本当にやりかねない雰囲気。でも…。


「断る!」

「なにぃ!いいのか?脅しじゃないぞ」

「私はなにもやましいことなんかしてない!やましいのはアンタの心だ!」


 オーレンに右手を翳して詠唱する。


「『捕縛』!『捕縛』!『捕縛』!『捕縛』っ!!」

「うわっ!!」


 何重もの魔力の網に絡め取られて芋虫状態になった。雁字搦めにされると魔力を帯びた剣で切ることもできまい。床で身動ぎながらオーレンが訴えてくる。


「俺も連れていけって!頼むよ!」

「連れて行かないし会わせない。…覚悟しときなさいよ。この脅迫の代償は高くつく。なんせウォルトさん絡みだからね」


 ウォルトさん関連で私を脅すとはいい度胸だ。必ず後悔させてやる!言い残して玄関へ向かうとオーレンが叫んだ。


「アニカぁ~!頼むってぇ~!俺もたまにはいい思いしてもいいだろぉ~!!」

「なんでアンタがいい思いするタメに、ねつ造で脅されなきゃいけないんだ!ふざけんな!」


 言ってる意味がわからない。喚くオーレンを無視して家を出た。




 サマラさんとの待ち合わせ場所は【注文の多い料理店】。フクーベで、断トツ料理が美味しいと評判の店。今日はわざわざ予約をしてくれたみたい。

 店に入ると直ぐにサマラさんを見つけた。客の男達の視線が集まっているから直ぐわかる。


 集まった視線の先には、男達を無視するように窓の外を眺めるサマラさんの姿。近寄ると私に視線が移る。そして、満面の笑みを見せてくれた。


「アニカ、久しぶりだね!」

「お久しぶりです!今日は誘ってくれてありがとうございます!」

「堅苦しい挨拶はいいから、早く座って美味しいモノ食べよう!」

「はい!」


 各々注文して料理を待つ。


「この店の料理は美味しいです!」

「だよね。フクーベでは間違いなく1番だと思う」

 

 それぞれに頼んだ料理を食べ進める。美味な料理に大満足。サマラさんはご機嫌にお酒も飲んでる。私も勧められたので軽く飲むことにした。お酒は嫌いじゃない。


「ぷはぁ~。美味しいね」

「美味しいです。普段はお酒飲まないけど、たまにはいいですね!」

「だよね!」


 その後も和気藹々と食事をして笑い合う。お腹が膨れたあとは人気の花茶を頼んで一息ついた。


「はぁ、落ち着く」

「ホントですね!花茶、美味しい!」

「アニカはもっと美味しい花茶を飲んだことあるんじゃないの?」


 サマラさんが笑みを浮かべる。どういう意味だろう?


「同じくらい美味しいのは飲んだことありますけど」


 ウォルトさんの花茶も美味しいけど、この店も同じくらい美味しいと思う。


「そっか。アニカ…」

「なんでしょう?」


 サマラさんの表情が急に真剣モードに。


「今日はね、前から約束してたのもあるけど伝えなきゃいけないことがあって食事に誘ったんだ」

「私にですか?」

「そう。あのね、私はアニカを友達だと思ってる」

「私もです」

「あと、ライバルだと思ってる」

「ライバル…?なんのですか?」


 サマラさんは満面の笑み。


「アニカの好きな獣人って、ウォルトでしょ?」

「なんで…!?」

「私、ウォルトの幼なじみなんだよ」

「えっ!?サマラさんが!?」

「故郷が一緒なの。トゥミエって田舎町でね」


 知らなかった…。


「なんで好きな人がウォルトさんってわかったんですか?」

「前に店に来てくれた時に、話を聞いててピンときたんだよね。ウォルトに当てはまりすぎてたから」

「そうだったんですね~」

「でね、ここからが重要なんだけど」

「はい?」


 私の耳元に顔を寄せて囁く。


「私も…ウォルトのことが好きなんだ」

「へぇ~。サマラさんもウォルトさんのことが…………って、えぇ~!!」


 ニシシシ!と愉快そうに笑う。私は突然の告白に混乱した。


「だからね、アニカと腹を割って話したかったんだ。私の勝手な言い分なんだけど…って、アニカ…?アニカ~!お~い!」


 口をパカッと開いて放心状態だったけど、我に返る。


「ビックリしたぁ~!!サマラさん、心臓に悪いですよ!」

「ごめんごめん。それでね…」

「ちょっと待って下さい!」


 両手で言葉を遮る。


「どしたの?」

「サマラさんもウォルトさんのことが好きなんですよね…?」

「そうだよ。小さな頃からね」

「服を買いに行ったとき、私がドキッとさせたかったのがウォルトさんってこともわかってたんですよね?」

「そう。だからウォルトの好みに合わせて服を選んだ」

「わかってるのに、ドキッとさせる服を選んでくれたんですか…?」

「ドキドキさせてほしかったからね♪上手くいったでしょ?」

「それは……サマラさんの余裕ですか?」

「余裕?」

「私なんかじゃ相手にならないって…」


 俯いて肩を落とす。


「それは違うよ。そんなことこれっぽっちも思ってない。むしろ、アニカは最強のライバルだと思ってる」

「私が…?」


 言ってる意味がわからない。


 この人は…美人でスタイルがよくて性格もいい。私が勝てるところが見つからない。


 そこからサマラさんは感じた想いを伝えてくれた。ウォルトさんとの幼少期から始まり、フクーベから姿を消して再会するまでのことや、この間フクーベに会いに来てくれた時にどう思ったのか。私のとった行動に感動したことも。


 ちょっと前にはこちらからも会いに行ったこと。そして、初めてウォルトさんを好きだと言ってくれる同士に出会えて最高に嬉しいことを。


「…というワケで、私は勝手にアニカをライバルに認定しちゃったんだ!」


 表情が『噓じゃないよ!』と言ってる。


「アニカとはライバルになるけど…大切な友達でありたいの。ウォルトのいいところとか言い合える仲になりたい!」

「たくさんありますよね…」

「そう。でも、誰もわかってくれなかった。私は変な獣人扱いされたよ。強さばっか主張する男のどこがいいのかわかんなくて」

「あんなに優しいウォルトさんの魅力がわからないなんて…」

「勝手なことを言ってる自覚はあるんだけど、どうかな?」

「サマラさん…」

「なに?」

「私は……燃えてきました!ライバルって言ってもらって負けたくないと思ってます!凄く嬉しくて…私もウォルトさんの話をたくさん聞きたいです!」


 気合いの入った表情を見せると、サマラさんもコクリと頷いた。


「アニカ……私は負けないよ!」

「私も負けません!」


 互いにニヤッと笑ったあと表情を緩める。そして、サマラさんは安堵の表情を浮かべた。


「アニカが笑ってくれてよかったぁ。…ホントはドキドキしてたの…」

「そうなんですか?」

「普通、恋敵って仲良くなれないんでしょ?1人を取り合うんだから。だから、アニカに泣かれたり「ふざけないで!」って怒鳴られても仕方ないと思ってた」

「確かに…。でも、私に言わせればサマラさんの心が広いんですよ!服選びとか完全に助けてます!」


 敵に塩を送ってるとしか言いようがない。


「一生懸命だったしアニカはいい娘だと思った。私にとって敵じゃない。ウォルトに相応しくないと思ったら絶対にやってないからね!」

「嬉しいです!あと…ウォルトさんのいいところを言い合うとか………最高に楽しい時間ですね!朝までイケます♪」

「ノリがいいねぇ!じゃあ、もうちょっとだけ飲んじゃう?」

「はい!飲みたいです!」


 私達は笑顔でお酒を注文した。



 ★



 サマラにとって、長年待ち焦がれた時間が訪れた。


 気持ちを存分に理解してくれる人と、ウォルトのことを語り合う所謂【恋話(コイバナ)】は予想していた以上に楽しい。

 アニカも、楽しそうに語ったり聞いたりしてくれる。ほろ酔いなのも相まって最高に気分がいい。


 …そうだ!あの件について注意しておかないと!


「ところで…あの貫頭衣はダメ!アレは反則だよ!私も想像して赤面しちゃったよ!」

「バレちゃいましたか!元は怪我の功名だったんですけど、照れてるのがめちゃくちゃ可愛かったんです!この気持ちわかりますか!?」

「わかりすぎて困る。赤くなって『困ったニャ』って顔でしょ?」


 ウォルトの表情を真似る。


「そうなんです!」

「でもね、ウォルトは紳士だけど男だからね!攻めすぎ注意だよ!」

「私は手を出されても後悔しません♪だからやってます!」

「だよねぇ~!!」


 色仕掛けが必要だと思わせるくらい奥手だから。


「この間も吹けない口笛を一生懸命吹こうとしてて、すっごく可愛くて」

「ほう…。それは詳しく教えて欲しい」

「あと、まだライバルは増えますよ。その人は…私達にとってかなり強敵になります!」

「えぇぇっ!?それも詳しく!なんでアニカが自慢気なの?」

「それはですね…」


 その後、閉店まで語り続けた。




「すぅ…。すぅ…」


 飲み過ぎてしまったアニカを背負って歩く。お酒弱いのに最後まで付き合ってくれたことに感謝しかない。


 私はザルだから余程のことがないと酔わないけど、アニカが頑張って飲んでくれたのがわかる。あと、楽しんでくれたことも。


 今日は…ウォルトに会いに行ったときと同じくらい幸せな時間を過ごせた。帰り道でアニカになにかあったら、オーレン君とウォルトに面目が立たない。無事に帰さねば。


 それにしても、アニカは小さくて軽いなぁ。

 

「サマラさん…」


 背中でアニカが呟く。


「ん?起きたの?」 

「もし私がウォルトさんにフラれても…友達でいて下さいね…」


 この娘は…最高の好敵手(とも)だ。


「それは私もだよ。恨みっこなしだからね!」

「はい…。負けません…」


 アニカはニヘラと笑う。同時に私も笑った。


 そうこうしていると家に到着した。背負ったままドアをノックする。幼なじみのオーレン君はもう寝てるかな?中から反応が返ってこない。

 肩に顔を載せるアニカを見ると、赤い顔して眠ってる。起こすのも忍びないなと、アニカの手荷物から鍵を取り出して玄関のドアを開けた。


「こんばんは~」

「……は~い」


 声をかけると奥から声がした。


「あれ?貴女はこの間の!」


 オーレン君が出迎えてくれた。


「こんばんは。夜遅くにごめんね。アニカにお酒を飲ませすぎちゃって。送ってきたの」

「そうでしたか。重いでしょう?代わります」

「軽いから大丈夫。このまま部屋に案内してもらえないかな?」


 どうぞと促されてアニカの部屋に運んでゆっくりベッドに寝かせる。すると、うっすら瞼を開いて話し掛けてきた。


「また話しましょうね…。今度はまた新しい話を…用意しておきます…」

「うん。また飲もうね。おやすみ」


 アニカは寝息を立て始めた。


「無事に連れてきてくれてありがとうございます。よかったら酔い覚ましにお茶でもいかがですか?」

「ありがとう。もう遅いから気持ちだけもらっておくね」


 優しくていい子だなぁ。気持ちは嬉しいけど、夜遅くに突然訪ねてお邪魔するのは気が引ける。


「家まで送りましょうか?」

「大丈夫だよ。アニカに付いててあげて」

「わかりました。あの…貴女のお名前は?」


 そういえば名乗ってなかったっけ?


「私の名前はサマラだよ」

「サマラさんですね」

「機会があったらオーレン君も一緒に食事しようね」

「は、はいっ!是非お願いします!」



 ★



 次の日。


 オーレンは、サマラがマードックの妹でアニカのライバルであることを知る。


 充分ショックを受けたところに「今日がお前の命日だ!」と恐喝の代償を払うことになって最悪の1日を過ごすことになった。

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