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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
139/706

139 ある魔導師の休日

 フクーベの冒険者で、Aランクパーティーホライズンの最年長かつ魔導師であるマルソーの朝は早い。


 下戸のマルソーには、二日酔いなど皆無でいつも快調に朝を迎えている。窓の外を見れば、あいにくの曇天模様で雨が落ちてきそう。今日は冒険の予定もなく、家にいても手持ち無沙汰。


「くぁ…」


 欠伸をして首をコキッ!と鳴らすと、ボサボサの黒髪に手を突っ込んで頭を掻きながら洗面所で顔を洗う。


 その後『炎』の魔法を使ってお湯を沸かし、濃いめのカフィを淹れる。いい香りが鼻腔をくすぐる。

 カフィは煎った豆を細かく挽いてお湯を注ぎながら濾した飲み物で、最近フクーベで流行している。焦げ茶色の見た目通り苦いが、飲み続けると癖になって飲まないと落ち着かなくなるほど美味い。苦みばしった大人の味で頂くのが俺の流儀。


 今年で齢28になる独身者は、優雅にパンとカフィで朝食。極端に食が細いからか、痩せているうえに生来の色白さも相まって「不健康そうだ」とよく言われる。だが、実際は健康だし魔導師なんてこんなものだ。

 飯も食わずに研究や修練に没頭する者も多い。そんな奴らに比べると、冒険で身体を動かしているしまだ健康的な生活を送っている方だろう。


 食事を終えて、片付けも終えるとカフィに口を付けながら今日の予定について考えてみる。しばらく冒険の予定はない。魔道具製作の副業も製作するモノがやい。恋人と過ごす……そもそもいないのであり得ない。


 たまには魔導書でも探しに行ってみるか。コレといった趣味もない。古文書や魔導書を売買する馴染みの道具屋に行ってみることに決めて準備を始めた。



 軽装に着替え街に出る。


 冒険に行くときはキチンと装備するが、街では必要ない。ギルドに行くワケでもないし、身軽な服装を身に纏って歩く。すると、道具屋の少し手前で知り合いと遭遇した。


「久しぶりだね、マルソーさん!なにしてんの?」


 大きな木箱を両手に抱えたまま話し掛けてきたのは、パーティーメンバーの戦士であるマードックの妹サマラちゃんだ。俺があんなモノを持ったら、一歩も動けそうにないな…。

 仕入れの途中だろうか。重ねられた服が箱から少し覗いている。彼女は衣料店で働いているとマードックから聞いた。かなりの重量だろうに、さすが獣人。女性でも力持ちだ。

 彼女は活発で明るい性格の美人で、あまり話したことはないけれど街で見かけたら声をかけてくれる。

 ちなみにマードックとあまりに似てないので、周囲では本当に兄妹なのか怪しむ声も多く、俺もそう思っている。


 パーティーメンバーである盗賊のシュラは彼女のことが好みらしく、気になっているようだが怖い兄貴が目を光らせているのでお近づきになれないことを悔やんでいる。

 マードック曰く「アイツはお前の手には負えねぇ」らしいが、シュラは隙あらばと機会を伺っているようだ。果たしてどうなることやら。


「おはよう。仕事(ぼうけん)も休みだから、道具屋巡りでもしようかと思って」

「さすが!マードックはまだ寝てるよ!冒険してなかったら、お酒を飲むしか能がないから!」


 笑顔を向けてくるサマラちゃんの言葉に、思わず表情が綻ぶ。シュラの気持ちが少し理解できる気がした。


「サマラちゃんは力持ちだな」

「軽いから誰でも持てるよ。ほら!」

「そんなことないと思う。…ん?」


 軽々と箱を上下させるサマラちゃんの左腕に目が留まる。正確には身に着けている橙色の腕輪に…だ。


「その腕輪は……」

「マルソーさんは魔導師だよね。魔道具らしいけど可愛かったから貰ったの!」 

「そうか…」


 ならば間違いない。魔力増幅の腕輪だ。


「腕輪をくれた人は知り合いなのか?」

「幼なじみだよ」

「そうか…。その人は…魔導師か?」


 サマラちゃんは、少しだけ考えて答えた。


「本人は魔導師じゃないって言ってた!」

「魔導師じゃない…?じゃあ、魔道具職人?」

「違うけど、なにか気になる?」

「大したことじゃないんだ。変なことを聞いてすまない」

「そろそろ仕事に戻るね!また今度!」


 笑顔で足早に去って行く。小さくなる背中をしばらく見つめていたが、後ろ姿が見えなくなったところで呟く。


「アレは…かなりの代物だ…」


 完成度が極めて高い魔道具。魔道具は、誰が作っても同じモノができるワケではない。職人の技量が優れているほど完成度の高い魔道具ができるし、効果の度合も異なる。

 彼女が身に着けていた腕輪は、つい最近自分も製作したからよく知っている。俺が作った腕輪とは比べものにならない完成度。名のある職人が作ったモノに違いない。

 腕輪は鮮やかな橙色に輝いていた。完成度が高いモノほど橙色が濃くなるのが特徴で、俺が作った腕輪は濃さが半分にも満たない。


 それでもよく出来たと満足していたけれど、彼女の腕輪を装備したら効果が倍以上になるだろう。譲ってもらえるなら、魔導師は喉から手が出るほど欲しい逸品。そんなモノをどうやって…?あの娘の幼なじみが作ったのか…?まさかな…。


 彼女の幼なじみということは、年上でも精々マードックと同年代だろう。そんな若者にあの魔道具が作れるとは思えない。

 偶然手に入れた魔道具の価値を知らずに譲ってしまったと考える方が自然。彼女は魅力的な女性だ。


 しかし気になる。マードックの周辺には、コカ・トーリスの羽根を手に入れた人物と、それを素材とした魔道具を手に入れた者がいるということ。ちょっと話が出来すぎてやしないか?


 頭を振って、己の考えを打ち消す。どうせ深く考えたところで、今すぐ答えは出ないのだから意味はない。そんなことより当初の目的である道具屋に行くのが優先だ。


『ソイツは自分を魔導師だと思ってねぇ。自分の使える魔法は誰でも使える。大袈裟だ』


 歩みを進めようとして、なぜかマードックの台詞が頭をよぎる。まさかな…。そんな者がいるはずない。アイツに近い年齢で魔道具も作れるような優秀な魔導師がいるとしたら…。あまりに馬鹿げてる…が、可能性はゼロじゃない。

 可能性を潰すことは簡単だが、それでは新しい発見は望めない。魔法の可能性を追求しながら研鑽して魔導師達は魔法を発展させてきた。


 なんにせよ今は考えるだけ無駄だ。考えすぎる自分の性格に辟易しながら、前を向いて歩き出した。

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