134 お調子者
目を覚ました狼は、ボクらを見てバッと起き上がると警戒して唸り声をあげる。体躯はペニーより少しだけ大きい。敵じゃないと伝えるタメに、とりあえず話しかけることにする。
「私達はペニーの友達で会いに来たの。貴方はペニーの知り合い?」
「お前らがペニーの友達…?」
狼は少しだけ警戒を緩めたように見えた。
「い~や!俺は騙されない!獣人が悪さをしようとしてるぞ!」
また警戒を強めた狼にチャチャは首を傾げた。
「悪さって?」
「悪さは悪さだ!なにか悪いことだ!とにかく悪さをするんだ!それはそれは悪いことだぞ!」
獣人の印象がよくないのかな?
「私達はそんなことしないよ」
「い~や!信用できないぞ!そうじゃないなら、証拠を見せてみろ!ペニーの友達だっていう証拠を!」
狼は『上手いこと言った!』とばかりにドヤ顔をしている。わかりやすい性格みたいだ。友達の証拠か。思い返してみても、提示できそうなモノを持ってないなぁ。
困っていると、チャチャが背負っている布袋からなにかを取り出した。
「これならどう?」
「なんだそれ!?……ん?」
右手を差し出したチャチャに狼がゆっくり近づく。そして掌に載っているモノの匂いを嗅いだ。牙に紐を通して作った首飾りみたいなモノ。
「……ペニーの匂いがする。アイツの牙だ」
「ペニーがくれたの。なにもあげられないけどって。歯は自在に抜いたり生やすことができるんでしょ?」
「そうだ。噛み付いて相手の体内に残したままにしたり、衝撃で折れても直ぐに生やすことができるんだぞ」
そうだったのか。不思議な特技だ。
「一緒に泊まったとき、友達の証って牙を渡されたの。なくなさないよう大事に持ち歩いてる」
「…わかった!お前らを信じるぞ!」
信用してくれたのか笑顔を見せてくれる。
「ありがとう。私は猿の獣人のチャチャ。こっちの兄ちゃんは、猫の獣人の……ウォルト…さんだよ。貴方は?」
ぎこちない紹介をしてくれた。そういえば、チャチャに初めて名前を呼ばれたかもしれない。
「俺はシーダ!よろしくな!」
「よろしくね。シー」
「違う!シーだ、じゃなくて、シーダだ!間違えないでほしいぞ!」
跳びはねて怒るシーダ。ペニーと一緒でまだ幼いのか怒り方が子供っぽい。
「間違えてごめんね。ペニーに会えるかな?」
「ペニーは里にいないかもしれないぞ」
「忙しいの?」
「最近、どこかに行ってることが多いぞ!」
シーダの話では、ペニーは修行にのめり込んでいて里にいないことが多いらしい。
「チャチャ、どうしようか?」
「それでも行きたい。会えなかったら仕方ないけど」
「じゃあ俺が里に案内してやる!」
「シーダ。ちょっとだけ待ってくれないか?」
振り返って歩き出そうとしたシーダを引き留める。
「どうしたんだ?」
「剣歯虎を『昇天』させたいんだ」
「…あぁ!そうだ!すっかり忘れてた!剣歯虎どうなった?!」
シーダは森に狩りに来て剣歯虎と遭遇し、即戦闘になったらしい。それにしても、殺されかけた相手のことを忘れてるなんて、ちょっと能天気な狼なんだな。
皆で剣歯虎の倒れている場所に移動する。
「し、死んでる!まさかお前らが倒したのか!?剣歯虎を?!」
「倒したのは兄ちゃんだよ。私はなにもしてない」
「どうやったら、こんなことになるんだ?身体が穴だらけだ…」
剣歯虎には無数の鋭利な傷がある。シーダにはどうやって倒したのか想像つかないかもしれない。魔法だと言って信じてくれるかな?ペニーも魔法は知らないみたいだった。
「それは置いといて、素材として牙は採っておきたいと思うけど肉や毛皮はどうしよう?シーダ達が剣歯虎を食べたりするならあげたいけど」
「食べたことはないけど、美味そうな匂いはするぞ。肉をもらえたら里の皆も喜ぶけど、大きすぎて運ぶのがなぁ…」
確かに、体長がボクの倍はあろうかという剣歯虎の巨体は重さは倍では済まない。でも運ぶ方法はある。
「なんとかなるよ。じゃあ、肉は里に持っていくとしてチャチャは毛皮とかいらない?」
「できれば欲しい。色々と使えそうだし」
「じゃあ解体しよう。直ぐ終わらせるから待ってて」
持参したナイフで手際よく皮を剥ぎ取る。剥ぐ部位はチャチャが指定してくれた。狩りで慣れてるチャチャも手伝ってくれて、必要な分は直ぐに確保した。
続けて牙を切ろうとするも硬すぎてナイフでは切れない。立派すぎる牙。
「かなり硬いね。ノミと金槌がいるんじゃない?」
「どうするんだ?諦めるのか?」
「大丈夫だよ」
このくらいの硬さなら、この魔法で切れそうだ。自分の顔の前で見えない糸を左右に引っ張るように手を動かす。
「こんなもんかな」
「なにソレ?細い…魔法の糸…?」
「正解」
魔力で形成した糸を牙に当てて、ゆっくり引くと牙が切断された。
「すっげぇ~!!」
「『細斬』の魔力を圧縮して切れ味を強化したんだ」
「よくわからないけどすごいぞ!」
シーダがまた跳びはねる。元気いいなぁ。
「大袈裟だよ」
「私はシーダの反応が正しいと思う。兄ちゃんの方がおかしい」
「チャチャとは気が合いそうだぞ!」
「私もシーダと仲良くなれそう」
対になるもう片方の牙も切り落として、リュックに収納する。剣歯虎の亡骸に手を添えるとさらに魔法を詠唱した。
『無重力』
チャチャにお願いする。
「チャチャ。持ち上げてみてくれる?」
「絶対無理」
「騙されたと思って」
「そこまで言うなら…」
チャチャが亡骸を持ち上げると軽く持ち上がった。
「力を込めてないのになんで…?信じられない…」
「魔法で重さをなくしたんだ」
「兄ちゃんの魔法を見るのは初めてじゃないけど、今日だけで何度衝撃を受けたかわからないよ」
「そんなことやれるなんて、魔法ってすげぇ~!」
シーダは嬉しそうに駆け回る。さっきまで死にそうだったと思えない。
「これで里まで楽に運べるはず。出発しようか。シーダ、いいかい?」
「いいぞ!俺の背中に剣歯虎を載せてもいいぞ!むしろ載せたほうがいいと思うぞ!」
シーダが運びたいようなので、望み通りに背中に載せてあげた。体躯が違いすぎて後ろ半分を引きずってるけど仕方ない。
駆けている途中で落とさないようにチャチャが持っていた縄でシーダの身体に括りつけておく。
「軽いな!よ~し!チャチャ、ウォルト、行くぞ!すぐに着く!」
「わかった。よろしく」
狼の里に向けて駆けだした。
駆けながらシーダと言葉を交わす。魔法で傷を治したことを伝えると驚いた。
「ウォルトとチャチャに会えてよかった!助かったぞ!」
闘って自分が死にかけたことを完全に忘れてたみたいだ。お調子者の匂いがするな。ペニーとは少しタイプが違う。
「見えたぞ!俺達【銀狼】の里だ!」
眼前に渓谷のような場所が現れた。そんなことより気になったことがある。
「今、シーダは銀狼って言わなかった?」
「俺もペニーも銀狼だぞ。知らなかったのか?」
「知らなかった。ペニー達が森の伝説なのか。チャチャは知ってた?」
「知ってたしさすがに気付くよ。住み家に泊まった時ペニーに訊いたら「よく知ってるな!」って笑顔で教えてくれたよ」
まったく気付かなかった。てっきりそんな狼もいるとばかり。森の伝説にしては可愛い友達だけど、そんな銀狼がいてもいい。詳しくは付き合っていけばわかること。
「じゃあ行こうか」
「それで終わり…?ちょっとは驚くとかないの?」
「驚く要素があったかな?」
「もういい」
「よ~し!ここから駆け下りるぞ!里はこの下だからな!」
「駆け下りるって…崖だけど…」
チャチャと下を覗き込むと、小さな川が流れていて崖は相当高い。垂直というより抉れたような崖。滑落したら即死するだろうな。普通なら下りようとすら思わない。
そんな崖をシーダは剣歯虎を背負ったまま飛び降りた。上手い具合に岩の出っ張りを飛び移るようにして下りていく。かなり身軽だ。
「兄ちゃん、どうする?」
「飛び下りようと思うけど、チャチャは高いところは大丈夫?」
渓谷の下までボクの身長の20倍はありそうだけど、安全に下りられる。
「大丈夫だよ」
「わかった。傍に来てくれないか」
傍に来てくれたチャチャの腰に手を回して抱き寄せる。
「に、兄ちゃん!?」
「行くよ」
間髪入れずに崖から飛び降りた。
「わぁぁぁっ!」
「大丈夫。『無重力』」
詠唱すると落下速度が急激に減速してゆっくり宙に浮く。少し風に流されたけど緩やかに着地した。無事に着地すると、腕の中でチャチャがもじもじしてる。怖がらせたかな?
「魔法を使うって説明しておくべきだったね。恐がらせてゴメン」
「違うよっ!」
離れたチャチャは珍しく顔を赤らめて怒ってる。…けど怒りの匂いはしない。機嫌がいい匂いだと思うけど爽快だったのかな?
★
チャチャはドキドキが止まらない。
兄ちゃんは天然猫すぎる。説明なしに崖を飛び下りたのもそうだけど、好きな人に急に抱きしめられたら誰でもドキドキするって!
「今のも魔法か?!ウォルトはなんでもできるな!早く行こう!こっちだぞ!」
「そうだね。行こうか」
「…私は後を付いていくよ」
ちょっと心を落ち着かせたい。シーダの先導で銀狼の里に入ると、どこからともなく銀狼が駆けつけて囲まれてしまった。
「な、なに!?」
突然の出来事に動揺してしまう。銀狼達は唸りを上げて威嚇してきた。その内の1頭が声を上げる。
「シーダ!誰だその獣人どもは!その背負っている剣歯虎はどうした!?」
銀狼達が警戒を強める中、シーダが答える。
「この2人はペニーの友達で俺の命の恩人だぞ!この剣歯虎は2人が仕留めた!俺達に肉をくれたんだ!」
「なんだと?!」
シーダは歩み寄って事情を説明してくれている。私達は囲まれたままで大人しく待つことに。
気持ちが落ち着かない。肌を刺すような殺気を隠そうとしない銀狼達から激しい重圧を感じてるけど、隣にいる兄ちゃんは冷静に周囲を見渡して観察しながら平然としてる。
その姿を見て思った。兄ちゃんはきっとこの数の銀狼に襲われても対処できる。しかも、私も無事でいられるような手段で。自信を持ってそう言える。
兄ちゃんが一緒に来てくれてよかった。きっと私だけでは里に辿り着いてないし、今も直ぐに逃げ出してる。
説明を終えたシーダが私達の元に戻ってきた。その顔には笑みが浮かんでる。
「わかってくれたぞ!」
私達を取り囲んでいた銀狼達は、説明を受けて納得してくれたのかそれぞれに散らばっていく。
住み処は渓谷の崖にある洞穴みたい。自分達で掘ったのか、もしくは自然にできたものを利用しているのかな。
「よし!ペニーの住み処に連れて行ってやるぞ!」
「うん。よろしくね」
シーダの後ろを兄ちゃんと並んで歩く。ペニーが元気でいてくれるといいなぁ。