133 銀狼の里へ
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
「じゃあ3日後ね!」
「わかった。帰りは気を付けて」
笑顔で帰路につくチャチャを見送る。以前約束していたペニーに会いに行く日をわざわざ伝えに来てくれた。
ペニーが会いに来てくれてから2カ月近く経っている。元気な狼の友人に会いに行くのが今から楽しみだ。来訪を喜んでくれるといいけど。
当日は早朝からチャチャが迎えに来てくれた。狩りの装備を身に着けてる。
「兄ちゃん、おはよう」
「おはよう。朝ご飯を食べてから行くかい?持っていくこともできるよ」
「食べたい。結構遠いから」
「ある程度準備はできてる」
いつものように一緒に準備して食事をする。運動することを見越して、腹八分目にしておく。昼ご飯は弁当を作っていくので問題ない。
後片付けまで終えると、外に出て軽く身体をほぐす。チャチャと駆けるのは初めて。どのくらいの速さか想像つかない。
「道案内も兼ねて私が先導するよ」
「わかった。いつでもいいよ」
コクリと頷いたチャチャが駆け出すと少し離れて追走する。
チャチャはボクの予想を上回るスピードで駆ける。正直驚いた。
どちらかといえば瞬発力に優れると云われている猿の獣人なのに、持続力も兼ね備えてる。しかも、成人もしていないチャチャが。余裕があるように見えるけど確認してみよう。
「このスピードで大丈夫?」
並走しながら尋ねてみる。
「大丈夫だよ。休憩しながらじゃないとさすがにキツいけど」
「無理はダメだよ」
「わかってる。結構遠いからね」
しばらく進んだところで、ボクらの進路に魔物が立ち塞がった。
「ゴガァ!ヴホッ!ウホッ!」
『コング』と呼ばれるゴリラに近い風貌の魔物。大きな風体に似合わず知能が高くて、素早いうえに力も強い厄介な魔物。そして…狼の幼馴染みに似ているのは余談。
興奮しているコングは拳で胸をドンドン叩いて威嚇してくる。無視して突破できそうにない。まだ距離はあるものの、チャチャは駆ける速度を緩める様子がない。
「チャチャ。ボクに任せてくれる?」
「私に任せて。兄ちゃんは見てて」
そう告げたチャチャは背中の弓に手をかけると流れるように構えて疾走しながら矢を射る。
「ウホッ!」
放たれた矢は、間合いが遠いこともあって軽く躱された。…と思った次の瞬間、コングの動きがピタリと止まって糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
駆けるのをやめて動かなくなった魔物の傍に近寄ると、片目が射抜かれて後頭部まで矢が突き抜けてる。
一の矢は囮で二の矢で正確に射抜く。チャチャの得意とする獲物の動きを見越した予測射だ。
「動きを読み切ったのか」
何度見ても見事としか言いようがない。そしてボクには理屈がわからない。
「コングは父さんと一緒に何度か狩ってるからね。習性は知ってたけど上手くいってよかった。ちなみに、今のは兄ちゃんが言ってた線は見えてなかった」
チャチャはコングの目に刺さった矢を躊躇なく引き抜き、血を拭き取って矢筒に収める。数に限りのある武器を回収するのは狩人として当然。一の矢もしっかり回収した。
駆けながら獲物を仕留める技術に感嘆する。正確な照準や長い射程距離に加えて高速連射。弛まぬ努力の賜物だ。出会った頃はここまでの凄腕の狩人じゃなかった。
最近の手合わせで狩人としての成長は感じてた。チャチャの吸収力と向上心には目を見張る。もの凄く負けず嫌いな性格がその一因だと推測してるけど。
「さすが弓の師匠だね」
「兄ちゃんの幼なじみとどっちが凄い?」
「う~ん…。駆けながら命中させてるのは見たことないからチャチャのほうが凄いかな」
「ならいい!」
チャチャは満面の笑み。その後、コングの亡骸をどうするか思案する。大きすぎて食べるワケにはいかないし、行くべき所もあるので放置するのも忍びない。仕留めたチャチャに許可をもらって魔法で『昇天』させると驚いた顔。
「自然に還すんだね…。そんな魔法もあるんだ…」
素材として毛皮を剥ぎ取ったり貴重な食料になる獲物を自然に還すことにチャチャは反対すると思ってた。許可してくれたことに感謝だ。
「少し休憩する?」
「ううん。まだ先は長いからもう少し進んでからがいいかも」
「そうしようか」
再びペニーの住み処を目指して駆け出した。
★
時折休憩を挟みながら目的地を目指す。
魔物や獣の匂いを感知して可能な限り遭遇を避けながら進む。チャチャの予想ではこのペースで昼前には到着するらしい。
そうして目的地の近くまで辿り着いた。
「ペニーに聞いたとおりなら、この辺りのはずなんだけど」
「周辺を探してみよう」
動物の森は広い。この辺りは来たことがないので土地勘は皆無。ただ、初めて来る場所を探索するのは楽しい。
歩いて捜索していると耳と鼻が反応する。獣のような匂いと、嗅いだことのない魔物の匂い。そして……血の匂いがする。
「チャチャ!ボクの近くに来てくれ!なにかいる!」
「わかった!」
チャチャは疑うことなく移動してくれて、周囲を警戒する。神経を集中して匂いの元を探った。
この匂いはペニーじゃない。でも匂いは似てる。……あっちか!
「ボクに付いてきてくれ」
木々の間を縫うように疾走する。直ぐに到着して目に飛び込んできたのは、傷つき倒れた灰色の狼と大型の魔物の姿。
「兄ちゃん!ペニーみたいな狼が!仲間かも!」
「うん。ボクに任せてくれ」
狼に気を取られて、こちらに背を向けている魔物に向かって詠唱する。
『火炎』
周囲の木々を燃やさぬように注意して放った『火炎』。ピクリと反応した魔物は巨体に似合わぬ俊敏さで軽やかに躱した。
「グルルル…」
こちらに向き直った大型の魔物は、動物の虎のような姿。上顎から生える鋭く大きな牙を剥き出しにして威嚇してくる。
「初めて見る…。アイツはなに…?」
「ボクも初めて見るけど、特徴からすると【剣歯虎】だ」
「初めて聞いた」
剣歯虎は【古代種】と呼ばれる魔物の一種で、いわゆる希少種。その名の通り遙か昔から存在する魔物だけど、個体数が少ないため滅多に遭遇することはない。
古代から存在するだけあって、魔物の中でも強大な力を持つ。遭遇したときの危険度は高い。
特徴である大きな剣牙は様々なモノに加工できるらしく、高額で取引されている。魔道具の製作本にも高級素材として名が記されていた。文献でしか見たことのない魔物。
「この森にいたなんて初めて知った。動物の森は広い。引き下がってくれないか?」
「…グゥォォォッ!」
剣歯虎と意思疎通を図ろうとするが、嘲笑うかのように咆哮して突進してくる。
『強化盾』
障壁で突進を防ぐと、牙を晒して唸りを上げる。動きを止められて苛ついたのか、魔法の壁を回避するのに跳躍して側面に回り込んできた。さすがの俊敏さ。
「チャチャ。ボクの傍にきてくれ」
「うん」
ピタリと寄り添うチャチャの身体が微かに震えている。気丈に振る舞ってるけど、剣歯虎を目にして不安だろう。気持ちはわかる。
「心配しないで。ボクが守る」
微笑んで、チャチャを包み込むようにドーム状の『強化盾』を発現させた。
「その中にいれば安全だから」
笑顔で告げて、回り込んできた魔物に向き直る。地を這うほど身を低くした剣歯虎は、ボクに向かって跳躍した。一瞬で眼前まで移動する俊敏性は驚異的。けれど、空中では回避行動がとれない。
掌を翳し、空中の剣歯虎に向けて詠唱する。
『雹弾』
人の拳ほどの鋭利な氷の塊を散弾銃のように掌から発射する。剣歯虎の頭から四肢に至るまで深く突き刺さり鮮血が飛び散る。
「グガァァァ!…ガッ!」
あっという間に魔物の体を埋め尽くした氷塊と白目を剥いて横たわる魔物。初めて魔物討伐に使用したけど上手くいった。
『雹弾』は『水撃』と『氷結』で生成した氷塊を『破砕』で撃ち出す魔法で、ボクなりに考案した。『凍砕』より威力を高めた氷属性魔法を試行錯誤の末に完成させた。森の中ということもあって、炎属性の魔法に比べて森への損傷も少ないであろうという思惑もある。
息絶えた剣歯虎を尻目にチャチャに向き直って『強化盾』を解除する。
「終わったよ」
「守ってくれてありがとう」
「気にしなくていいよ。それより狼が気になる」
「あっ!そうだった!」
倒れている狼に急いで駆け寄った。そっと手を翳してみると辛そうだけど息はある。
身体には剣歯虎の爪痕が痛々しく刻まれて流血してる。多量の出血で朦朧としているのかもしれない。手早く『治癒』をかけると、傷が塞がって呼吸も落ち着いていく。とりあえず一安心かな。
「兄ちゃんの魔法は、ホントに凄いね」
「大袈裟だよ。魔法を使える人なら誰でもできるんだ」
褒められて嬉しいけど、ボクは凡庸な魔法使い。自慢できることはない。
★
「そんなことないと思うけど」
チャチャはウォルトが魔法使いだと知ってからずっと思っていたことがある。
私は魔法について詳しくない。まったくと言っていいほど知らないから、兄ちゃんが正しい可能性はある。でも、兄ちゃんの言い分を信じてはいない。
魔導師に知り合いはいないけど、周りに訊くと兄ちゃんが操る魔法とは大きくかけ離れてる。息をするように自然に魔法を操る魔導師なんていないらしい。話しかけるのも憚られるほど集中して魔法を放つのが普通だって聞いた。
だから、絶対に普通の魔法使いじゃないと確信してる。勘違いが激しい兄ちゃん性格も加味してのこと。「ボクは魔導師じゃない」「大袈裟だよ」と口癖のように言うから口に出すだけ無駄だと思ってるだけ。
傷が塞がってから10分ほど経過して狼は目を覚ました。
「ウ…ゥ…」
ゆっくり瞼を開いた狼を見てホッと胸をなで下ろす。数回瞬きした狼は、上体を起こして周囲を見渡すと私達と目が合った。
「うわぁっ!!だ、誰だっ?!」
突然目の前に現れた獣人に驚いているみたい。そりゃそうだよね。私達も急な展開に驚いてる。
とりあえず1つだけわかったこと。当然のように人語を話すこの狼はペニーの同族だ。
読んで頂きありがとうございます。