132 嘘発見猫
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
ボクの失言に憤慨する母さん。
なんとか宥めて落ち着かせ、頭をさすりながら改めて感謝を伝える。
「母さん、ありがとう」
「なにがよ…?」
不貞腐れて横を向いたまま答える。怒らせてしまったな。
「昨日、体調を崩してから思い返してみたけど、物心ついてからボクは病気にかかってない。丈夫に生んでくれて本当にありがとう」
ピクッ!と母さんの耳が動いた。猫特有の外側に向く動き。
「今まで気にしてなかったけど、健康が大事だって気付かされた。母さんって病気にかからないよね?」
「まぁね」
母さんは年中元気で体調を崩したのを見たことがない。父さんのほうが体調を崩す。
「母さんに似たんだ。強い身体に生んでくれて感謝してる。だからボクは大きくなれた」
母さんの耳と尻尾が激しく動いた。…かと思うと、ヘニャ!っと表情が緩む。
「獣人、健康が一番だもんね!わかってるじゃない!アタシが病気しないのはちょっとした自慢だよ!」
見事に破顔する。やっぱり褒めて伸びる獣人だ。とりあえず機嫌を直してくれたようでなにより。
「ところで、昨日はお風呂にも入ってないんじゃないか?今から沸かそうか?」
遠路はるばる来てくれた母さんを労ってあげたい。
「いいの?無理しなくていいよ」
「大丈夫だよ。魔法で直ぐ沸かせるから。あとで洗濯もするから汚れ物は置いといて」
「アンタは主婦か!ちゃんと休みなよ!」
「そうするよ」
適当に返事して、お風呂の準備に向かうと母さんも後をついてくる。浴槽に『水撃』で水を張って、掌を浸して威力を調節した『炎』の魔力操作で湯を沸かす。
多重発動でお湯を出すこともできるけど、より繊細に温度調整ができるのでこの方法で沸かしてる。
「相変わらず魔法は便利だね!使えたら家事が相当楽になる!アタシには無理だけど!」
「怠けてしまうからできるだけ使わないようにしてるけどね…って…」
沸かし終えて振り返ると、母さんは既に服を半分以上脱いでいた…。
家族だから別に構わないけど、母親に恥じらいを持ってほしいと願う息子は世界でボクだけじゃないはずだ。
「どうしたの?一緒に入る?」
「…父さんに悪いからやめておくよ」
「だよねぇ~!さすがに息子といえども、それはないよねぇ~!」
……既視感。
母さんが湯浴みしている間、薬を飲んで小休止していた。
気が紛れているのか、それとも順調に回復してるのかわからないけど苦しさはなくなってきた。鼻詰まりも解消して少しずつだけど嗅覚も戻ってきてる。
猫の獣人は口呼吸が上手くできない。なにより辛いのは鼻詰まりで、解消されたのは大きい。
「スッキリしたぁ~!お風呂ありがと!」
タオルで身体を拭きながら母さんが居間に戻ってきた。下着しか着けてない。実家ではよく目にした光景。
「髪と毛皮、乾かそうか?魔法ですぐ乾くよ」
「いいの!?よろしく!」
母さんは猫と人間の中間くらいの容姿だから、毛皮はさほど広範囲じゃない。顔はほぼ人間だけど、鼻と口のあたりは猫っぽかったり。魔法で乾かしてあげると、ふわふわの三毛猫になって大喜び。
「すっごぉ~!いつでも実家に戻ってきていいよ♪」
「ありがとう。そういう現金なところはさすが母さんだね」
「褒めてない!」
頭からスポッ!と貫頭衣を着る。
「アタシ用の貫頭衣まで作ってくれてて至れり尽くせり!」
「母さん用じゃないよ。友達用に作ったんだ」
「友達?この大きさってことは…女の子?」
「人間でフクーベの冒険者なんだ」
「へぇ~。泊まりに来るってこと?」
「幼なじみの男の子と一緒にね。友達なんだ」
「ふぅ~ん。そんな友達の話なんて初めて聞いた。一緒に暮らしてた魔法の師匠にも会ったことないし」
「師匠は人嫌いだからまず会えないよ」
「そんなことより、ウォルトの部屋に絹の高級そうな貫頭衣もあったけど、コレより大きかったよ」
「頼まれてサマラ用に作ったんだ」
「えっ!サマラって…さーちゃんでしょ?」
「そうだよ。この間、泊まりに来たときに頼まれた」
母さんもしばらく会っていないはず。
「そうかぁ。元気だった?」
「元気だったよ」
サマラと母さんは、猫と狼なのに馬が合うのか母子のように仲が良かった。
「そういえば、マーくんは?」
「たまに会うけど元気すぎるくらい元気だよ」
【マーくん】はマードックのこと。ちなみに、マードックは母さんが大の苦手だけど本人は知らない。
「ちょっと会わない間に友達が増えたね。最近楽しいんじゃない?」
「そうだね。嬉しいよ」
ここ1年で沢山の人に出会って、友達や知り合いが増えた。相談できる相手もできて、冒険したり観光したり手合わせしたりと忙しくも充実してる。
孤独に慣れていたけど、両親は心配だったはず。そう考えると父さんや母さんにとっていい報せかもしれないと思い、ここ数ヶ月の出来事を語る。
王都やクローセに行ったことから、サマラやチャチャのことまで話して聞かせると、母さんは「ふんふん!」と興奮気味に耳を傾けてくれた。
一通り話し終えたところで、母さんはニャッ!と口を開いた。
「…で、アンタはどの娘が好きなの?」
「どういう意味?」
「とぼけなさんな!女の子の知り合いが沢山できてるじゃない。誰が好きなの?!やっぱり、さーちゃん?」
「…普通、そういうことを息子に訊く?」
「アタシは訊く!訊きまくる!」
いい歳なのに目をキラキラさせてる…。昔から惚れた腫れたの話が大好きだったのを思い出した。言わなければよかったと今さらながら後悔する。
「そんな目で見ても言わないよ」
「『いない』じゃなくて、『言わない』ってことはその中にいるね~?」
こういうときだけ無駄に頭を働かせる母猫。息子の好きな女性を聞いてなにが楽しいのか?長くなりそうだし、適当なことは言いたくないから誤魔化すことに決めた。
「今はいないよ」
「はいっ!嘘だっ!アタシにはバレバレなのよ!」
したり顔の母猫。まさか、匂いでバレたのか…?そうなると黙っておくしかない。
「アンタは嘘を吐くのが下手だし、アタシには通用しない!マーくんやさーちゃんにアンタが嘘吐くときの癖を教えたのもアタシだし!」
「余計なことしてるな?!」
「大したことないって。さて…言わないならこっちからいくよ」
獲物を狙う目で見つめられて、標的にされた獣の気分を味わう…。なにをするつもりだ?
「まずは手始めに……ウォルトはストレイのこと好き?」
言ってる意味がわからないけど、とりあえず口を噤んでおく。
「好きなのね。それはそうか♪なら、アタシのことは好き?」
「……」
「ふぅ~ん。嬉しいけど口に出してほしかったな♪」
ククッ!と笑う三毛猫。まさか…。
「さぁて、もう遊びは終わり。今から1人ずつ確認していくからね」
反応を見てるのか?やっぱり匂い?とにかく自信を持って判断する迷惑極まりない母猫。これは…ヤバい。
サマラやアニカのことは好きだけど、恋人になりたいとかそういう気持ちじゃない。勘違いされるのは嫌だから逃げるように席を立とうとした。
「母さん。お茶でも…」
立ち上がろうとした瞬間、ガシッ!と前から両肩を掴まれる。凄い力で押さえつけられて立ち上がれない。
「まぁまぁ」
母さんは小さくて可愛い風の見た目だけど、獣人だから力は強い。体格差のある父さんを持ち上げることもできる。しかも、『絶対に逃がさないモード』に入っていて、とても厄介。
「さっき淹れてもらったのがまだ残ってるから大丈夫。座ってていいよ♪」
「……」
「そうだなぁ~。やっぱりアタシの思う本命…さーちゃんからかな?いや、楽しみはあとにしようか…。迷うなぁ!」
楽しそうな母親の姿を目にして、やめてほしいと思いながら反抗するのは諦めた。恥ずかしいことではないし、本当に判別できるならボクの正確な心情を言い当てるだろう。
「よし、決めた!ウォルトはさーちゃんのこと…」
言いかけたところで玄関のドアがノックされる。
「誰だろう?見てくるよ」
「はいはい。いいところだったのに!」
残念そうな顔してるな…。誰だか知らないけど、とりあえず助かった。
突然の来訪者の正体は…。
★
ウォルト!早く戻ってきなさいよね!追い詰めてやるんだから!
息子を待ちながら花茶をすする。もしかしたら、噂の女の子の誰かが来たのかもしれない。もしそうなら誰でもいいから会ってみたい!
ウォルトのことが好きなら番になってほしいし、いいところに気付いてくれた女の子を可愛がりたい!照れたウォルトの顔も見てからかいたい!
楽しみに待っていると足音が戻ってくる。さぁ誰だったのかな?振り返って目にしたのは…。
「……ストレイ!?どうしたの!?」
「む…。気になって…休みをもらって来た…」
仕事に行っているはずのストレイだった。
「父さん、久しぶりだね」
「あぁ…。ウォルトも…元気そうだな…」
父さんにも花茶を淹れて飲んでもらう。
「む…」
「どう?」
「美味い…。香りがいい…。カラムだな…」
「口に合ってよかった」
笑顔でほっこりする茶猫と白猫。笑った顔がそっくりだ。言葉は少ないけどわかりあっている風。
さっきの続きを聞きたいけれど…わざわざ会いに来たストレイを差し置いてするような話じゃない。
ジレンマを抱えていると、ストレイが話しかけてきた。
「ミーナ…。帰ろう…」
「えぇ?!まだ来たばかりなのに…いいの?」
微笑んで頷くふんわり茶猫。
「元気なのがわかった…。もういい…」
「そう。だったらいいけど…」
とぼとぼと部屋に戻って帰り支度を始める。はぁ…。ウォルトの好きな娘、気になるぅ~!!
★
母さんの背中を見送り、父さんと言葉を交わす。
「父さん、助かったよ」
「気にするな…。ミーナは…すぐ調子に乗る」
玄関で父さんに事情を伝えたら「わかった…」とだけ答えてくれた。
「あと、カーユ美味しかった。ありがとう。母さんに教えるのは難しかったろう?」
「む…。3時間だ…」
「大変だったね」
「そうでもない…。楽しくもある…」
米を柔らかく煮て味を付けるだけなのに3時間…。聞くだけで気の遠くなる話だ。ただ、ボクは本当に助かった。両親には感謝しかない。
「ウォルト…」
「なに?」
「たまには…家に帰ってこい…。ミーナも喜ぶ…」
「今度帰るよ。その時はゆっくり話そう」
父さんは柔らかく微笑んで、ボクも微笑んで応えた。
読んで頂きありがとうございます。