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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
129/706

129 商人は語る

暇なら読んでみて下さい。


( ^-^)_旦~

 朝から降り続く雨。


 ウォルトは住み家で裁縫に勤しんでいた。畑作業もできないので、サマラが泊まりに来たときに頼まれた貫頭衣を仕立てている。

 ありあわせの布でもいいと言われたけど、どうせならいい生地で作ってあげたいと思い、ナバロさんに頼んで生地を手に入れた。



「ナバロさん…これは…?」

「頼まれてた生地だよ」


「麻か綿の生地が欲しい」と伝えていたのに、手渡されたのはどこからどう見ても高級生地の絹。かなり高価なモノ。


「絹ですよね?ボクは麻か綿をお願いしたんですけど…」


 困惑してしまう。ナバロさんが注文を聞き間違えたことは過去に一度もない。


「わかってるけど、僕の独断で絹にした。まずかったかな?」

「まずくはないんですけど、こんな高価な生地の対価が払えないです…」

「対価はいつもの傷薬でいいよ」

「さすがにそれは…。他になにかあったかな…?今から狩りに行って獣肉でも…」


 思案していると、ナバロさんが告げる。


「いつも言ってるけど、君の譲ってくれる薬はいい意味で対価として釣り合わない。たまには僕にも同じことをさせてくれないか?ただの厚意や恩を着せるタメにやってるんじゃないよ」

「ナバロさん…」

「どうしても気になるなら、いつも渡してる報酬のお金はなしでどうだろう?それで手を打ってくれないか?」

「わかりました。じゃあ、この間作った香水を持っていって下さい」

「うん…。君はいっつも口だけで全っ然わかってない」


 しばらく床に正座させられて懇々と説教された。


「君が無欲なのは性格だろうし仕方ない。だけど僕は商人だ。いつだって儲けたいと思ってるけど、それだけのために商人をやってるんじゃない。キチンとモノの価値を見極めるのも僕の仕事なんだ。君の作るモノの価値はわかっているつもりだよ」

「はい…」


 流暢に語るナバロさん。褒めてくれているのはわかるので黙って耳を傾ける。


「君の作るモノは良質で安価だ。売り出せば飛ぶように売れる。断じて高く売ったりはしてないけど、集客に役立って僕は助かってる。わかるね?」

「はい」

「だからといって甘えてはいない。今回の生地は君への感謝を忘れないタメのお礼でもあるんだ」

「はい…」



 説教開始から15分が経過した。


 ナバロさんはひたすらボクが作ったモノの素晴らしさを語ってくれる。嬉しいんだけど……正座した足はもはや感覚がない。千切れてどこかに飛んでいってしまったみたいに。


 このままでは歩けなくなるんじゃないか?だけど、まだ説教は終わる気配がない。


 痺れているのにしびれを切らしたボクは決意する。


 ココは……あの言葉しかない。


「大袈裟ですよ」


 コレが完全に悪手だった。火に油を注いでしまったようで、治まるどころかナバロさんの説教は勢いを増した。


 完全なる失敗策で大炎上。結局30分に渡って説教された。ボクはゲッソリ。逆にナバロさんは言いたいことを言ってスッキリした表情。


「…というワケで今回は貰ってくれると嬉しいよ」

「わかりました。有り難く頂きます」


 完全に納得してないけど、これ以上は足が保たない。立っているのが精一杯だけど、感覚を失った震える足でなんとかナバロさんを見送った。



 そんな経緯もあって、高価な生地を譲ってもらった以上失敗はできない。慎重に構想を練る…といっても貫頭衣を作るのはさほど難しくない。大事なのは幅と丈を間違えないことだけ。

 アニカの一件で女性の貫頭衣姿はボクにとって危険だと気付いた。今でも思い出すだけで赤面してしまう。見てはいないけど、サマラが着た破壊力はアニカの上をいきそう。刺激が強すぎてきっと心臓が保たない。

 スケさんやダナンさんより先にボクが昇天してしまう可能性すらある。そうならないタメに寸法は間違えられない。

 できる限り正確にサマラの体型を思い浮かべた。会いに来てくれた帰り際、抱きしめた感触は覚えている。


「よし!」


 鋏と針、それに糸を準備して思い切りよく縫製を開始した。

 

 シャキン…シャキン…。チクチクチクチク…。


 作業は順調に進んだけど、仮縫いを終えたところであることに気付く。合わせ縫う箇所を『同化接着』でくっつけてみたらどうだろう?手間はかかるけど、糸を使わないほうが肌触りもよくて綺麗に仕上がるはず。どうせならよりよいモノを作りたい。


 糸を抜きながら指先で丁寧に魔法を操って溶かすように接着していく。集中してほんの少しずつムラが出ないように微調整を繰り返しながら。そんな細かい作業が楽しくて仕方ない。気が遠くなるような作業を繰り返して1時間後に貫頭衣は完成した。


「できた…」


 出来上がった貫頭衣を両手で広げる。絹の素晴らしい手触り。大きさもイメージ通りで満足のいく出来。縫い目のない滑らかな仕上がりになった。喜んでくれるといいな。

 懸念があるとすればアニカが間違って着てしまうかも…ということだけど、それはボクの寝室に保管すれば防げる……はず。

 

「あとは…『保存』」


 絹は陽の光や湿気で変色しやすいと聞いた。せっかくの美しい光沢を失わないように『保存』の魔法を重ねがけしておく。

 しばらく状態を保てるはず。今後は定期的に『保存』をかけることに決めた。作業を終えて寝室の箪笥に貫頭衣を仕舞い、トントンと肩を叩き首を回して凝りをほぐす。


 その後、お茶を入れて一服しているとき残った生地が目に付いた。ナバロさんは頼んでいたモノより大きな生地を運んできてくれた。余ってしまった生地を見て思いつく。



 ★



 数週間後。再びナバロは森の住み家を訪ねた。


「わざわざありがとうございます」


 ウォルト君に頼まれていた調味料を運んできた。住み家に招かれてもてなされる。


「今回は塩と砂糖、あと魚醤で間違いなかったかな?数を確認してほしい」

「ありがとうございます。いつも助かります」


 今まで一度も間違えたことはないけど、相手に確認してもらう行為は必要。商人としての信用に関わる。


「それにしても…君の作る花茶は本当に美味しい。商品にできたら女性達が群がるのが目に浮かぶよ」


 本当に美味い。淹れ方も抜群だ。


「ありがとうございます。少しでよければ作り置きがあるので譲れます。持っていって下さい」

「いいのかい?君が飲む分も必要だろう?」

「他の花茶もありますしこの間の絹のお礼です」

「それなら遠慮なく頂くよ」


 茶葉を手渡された。


「他にもナバロさんに渡したいモノがあります」

「なんだい?」


 そそくさと部屋に向かって布袋を手に戻ってきた。それを受け取る。


「開けてみて下さい」


 促されるままに袋を開けて、中に入っているモノを確認する。


「もしかして、あの時渡した生地で…?」

「余った生地で作ってみました」


 袋の中には、靴下や手袋、巾着袋などの小物が入っている。


「裁縫もできるのか。ホントに…君はなんでもできるなぁ」

「ただの趣味です」


 手に取ってあることに気付く。


「縫い目がないけど…。一体どうやって作ったんだい?」


 どこをどう見ても縫い目がないのに、手袋や靴下が綺麗に仕上がっている。どうやって作ったのか皆目見当がつかない。…というかあり得ない。

 目をやるとウォルト君は黙って微笑んでいた。どうやら製法は教えてくれないみたいだ。


 器用すぎて獣人らしくないと思っていたけど、ここまでくるとまるで……。


 さらに袋の奥から出てきたのは…。


「これは……新生児服かい?」

「お子さんが小さいでしょうから、よかったら使ってみて下さい。角もないので気持ちきいと思います。汚れて洗ったりしても変色しないように加工してます」


 笑顔でそんなことを言う白猫の友人は、赤ん坊用の靴下や涎掛けまで作っている。呆れてモノが言えない。どれほど凄い技術なのか彼はわかってない。


「ウォルト君」

「なんでしょう?」

「赤ちゃん用以外は、商品として売りたいんだ。だから…」


 ウォルト君に報酬を渡す。


「お礼に作っただけだから受け取れないです!」と断固拒否したウォルト君に、また長時間説教して無事に渡すことができた。



「ありがとうございました。………ふぅ」


 タマノーラに戻って試しにウォルト君から譲ってもらった花茶葉を小分けにして売り出してみた。

 噂の伝播は恐ろしいほど早くて、あっという間に売り切れた挙げ句「茶葉の次の入荷はいつなんだい!?」と町のお姉様方に問い詰められる始末。

「なかなか手に入らないので未定なんです」と誤魔化したけど、予想通りの展開。絹の巾着袋や手袋は帰る途中にフクーベで売ってみた。あっという間に売れてしまい、利益もウォルト君に渡した報酬と絹の卸値のほぼ同額に達した。

 縫製しないで作られた絹商品なんて見たことも聞いたこともないのだから、当然の結果だ。結局彼に恩が増えただけ。


 初めて聞いたけど、僕はフクーベで【たまに現れる珍しくて良質の品を売る商人】として知られているらしい。有り難い話だ。


「あぅ~!あっ、あぅ~!!きゃはっ!」


 隣に目をやると、絹の服を着て揺り籠に揺られている生まれたばかりの愛娘。とても気持ちよさそうに見える。

 彼の作ったモノのよさが赤ん坊にもわかるんだろう。むしろ、正直な赤ん坊だからこそ違いがわかるかもしれない。


 今度はウォルト君にどうやってお礼をしようか?次の訪問に想いを馳せた。



 後日、「赤ちゃんが着ている服はどこで買えるのか?」と、またお姉様方に問い詰められることになったのは余談。

読んで頂きありがとうございます。

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