128 教わるよりも
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
フクーベにある【注文の多い料理店】
ウォルトの友人ビスコが料理長を勤めるフクーベでも1、2を争う人気料理店…というのはあくまで例えであって、実際はフクーベの料理店のトップに君臨していて味やサービスにおいて他の追随を許さない。
今日も慌ただしく営業を終えて、後片づけをしているところ。
「だからぁ~!リゾットの味付けは濃すぎるんだよ!」
「そんなことない!グルテンの味付けが薄すぎるのよ!」
「なんだと~?!」
「なによ~?!」
閉店後に店の掃除をしながら言い争いを繰り広げているのは、店の若手料理人であるリゾットとグルテン。
2人はまだ料理人として駆け出し。同じ時期に料理人になるべく田舎から出てきて、ビスコに弟子入りしてこの店で働いている。
まだ10代で同い年の2人は、仲が悪いワケではないが対抗意識が強く、なにかと張り合っては言い争っている。
今もリゾットが作った今日の賄いについての議論がヒートアップしていた。
いつものことだがこのままでは帰ることができないので、厨房の後始末を終えたビスコが調理帽を脱ぎながら仲裁に入る。
「いい加減にしろ。なにを言い争ってるのか知らんが、店が閉められないだろ」
「ビスコさん。この味オンチが私の味覚を馬鹿にするんです!」
リゾットも調理帽を脱ぐ。纏めて帽子の中に納めていた亜麻色の髪がサラッと靡いた。
「誰が味オンチだ!俺は正直に言ってんだよ!ビスコさんからも言って下さいよ!味が濃すぎるって」
頭に巻いていたバンダナを解いて、グルテンは坊主頭の汗を拭った。
「今日の夜の賄いはリゾットが作ったんだな…」
思案する仕草を見せると、リゾットに緊張が走った。
「おかしなところはなかった。まぁ及第点だ」
リゾットの表情がパァッと明るくなる。
「ほらぁ!やっぱり!」
「そんな…。マジですか?」
グルテンは納得いかないといった表情。
「勘違いするな。あくまで賄いとしては…だ。店で出せるようなモノじゃない」
「そんなぁ…」
「ハハッ!もっと精進しろよ!」
「それと、昼の賄いはグルテンが作ったんだろ?まったく同じだ」
「マジですか…」
さっきまで騒いでいたのが噓のように揃って黙り込む。ただ、落ち込んでいるのではなく反省点や改良点を探っているように見えるな。
事実、コイツらは粗削りだがいい感覚を持っていると思う。向上心もある。経験を積めばいい料理人になるだろう。
「話は終わりだ。さっさと片付けて帰るぞ」
身を翻すとグルテンが口を開いた。
「ビスコさん!今日の賄いでどこが悪かったのかわからないです!教えてもらえませんか?!」
「私もです。よくできたと思ってるんですけど…」
リゾットも同意見か。
「いいぞ。厨房に来い」
厨房に移動し、他の従業員には先に帰るよう伝えて調理の準備を始める。皆はいつものことに苦笑しながら挨拶を交わして帰宅していった。
「お前達の賄いを作るからちょっと待ってろ。食えるか?」
「「もちろんです!」」
深夜だというのに逞しい胃袋を持ってる。俺だったら胃にもたれて明日に支障が出てしまう時間だ。
そんなことを考えながらサッと2品を調理する。今日の昼夜の賄いと同じモノ。
「速い…」
「私の半分くらいかな…」
「できたぞ。食べてみろ」
促されるままに目の前の料理を口にする若人。
「短時間で作ったのに美味しいです…」
「めちゃくちゃ美味い…」
「あとは自分で考えてみろ。料理で大事なのは…」
「「教えてもらうことじゃなくて、自分で学ぶことですよね!」」
「その通りだ」
仲良く口を揃える。現金な奴らだが素直でいい。その後も、味わいながら幸せそうに料理を食べ進める姿を見る。俺達料理人は美味しそうに食べてくれる人を見るのがなによりの報酬。どうやら満足したか。
「ごちそうさまでした!美味しかったです!」
「俺もです!ビスコさんに訊いてもいいですか?」
「なんだ?」
「俺達は料理が下手で、色んな人の美味い料理が食えて幸せです。けど、ビスコさんは誰かの作った美味い料理を食ってみたいと思わないんですか?修業も兼ねて色々な店で食べ歩いてますけど、この店以上の料理を出している店に今のところ出会ってないです」
グルテンの問いに答える。
「心配しなくても食べてる。他人の作った美味い料理をな」
「「えっ!そんな料理人がいるんですか?」」
「料理人じゃない。俺の友人で趣味が料理だ。ウチで女性に人気の花茶も元は彼の考えたモノに影響を受けてる」
「料理人じゃないのに?ホントですか?!」
声を上げたリゾットは、この店で花茶を初めて飲んだときに心奪われて弟子入りを志願したと言った。
「考案者がビスコさんじゃなかったなんて…」
まだ早いと思っていたが、そろそろいい頃合いかもしれんな。
「ちょうど明日会いに行く予定だ。よかったらお前達も来るか?休みだろう?約束できないが、美味い料理が食えるかもしれんぞ」
「「行きます!」」
2人は興味津々な様子。
「出勤時間の1時間前に歩ける格好でここに集合しろ。遅れたら置いていく。そのつもりでな」
「「わかりました!」」
ウォルト君が歓迎してくれるといいが。
★
翌朝。
店の前に姿を見せたのは、私とビスコさんだけだった。ビスコさんは軽く溜息をつく。
「やっぱりか。アイツは期待を裏切らないな」
「ですね」
グルテンは働き者…なんだけど、朝に弱くて寝坊の常習犯。さして驚かない…というか予想通りすぎる。
「時間が惜しい。約束通り置いていくとしよう。今日はちょっと歩くが大丈夫か?」
「任せてください!田舎育ちなんで!」
動きやすい服装で来た。気合いを入れる。
「よし。行くか」
「はい!」
フクーベを出発してから森の中を2時間ほど歩いて、拓けた場所に建つ1軒家が目に入った。まさか動物の森に来るなんて、正直気が気じゃなかった…。
「あそこですか?」
「そうだ」
こんなところに人が住んでるなんて驚き。…と、住み家の角からヒョコッと猫が顔を覗かせる。
「ビスコさん!白猫がいますよ!」
「顔しか見えてないけど獣人で、彼が俺の友人だ」
「えぇ!?」
驚く私を尻目に歩を進めて近づく。猫の獣人は笑顔で出迎えてくれた。
「久しぶりだね。今日も来てしまったよ」
「お久しぶりです。来てくれて嬉しいです」
挨拶を交わす2人を眺めていたら、白猫の獣人と目が合った。
「初めまして。ボクは白猫の獣人でウォルトと言います」
微笑んで自己紹介してくれる。丁寧な挨拶に驚きながら、失礼のないよう私も慌てて自己紹介する。
「は、初めまして!私はビスコさんの店で働いてるリゾットと言います!」
「この娘に君の料理を食べさせたくて連れてきた。いきなりですまない」
「ボクの料理でよければいくらでも。立ち話もなんですから中へどうぞ」
促されて後をついて歩く。予想していなかった展開に頭がついていかない。
居間に通されて、テーブルにビスコさんと並んで座りウォルトさんを待つ。ビスコさんは落ち着いてるけど、私は気持ちが落ち着かない。
「どうした?」
「予想外の展開に戸惑ってます」
正直に心情を吐露すると、ビスコさんは微笑んでくれた。
「気持ちはわかる。まぁ、説明するより感じた方が早い。料理と同じだ」
しばらく待っていると、ウォルトさんが両手にコップを持って戻ってきた。「どうぞ」と差し出されたのは花の香りのするお茶。
とても…いい香りがする。
「また新たな花茶を作ったのか。君には驚かされる」
「香りがいいです」
「口に合うといいんですが」
「「頂きます」」
花茶を口に運ぶ。口に含むとほどよく冷たくて心地いい。ゆっくり味わって一息ついた。
「コレは…なんの花だ?」
「ほのかに甘くて、めっ……ちゃ美味しいです!もしかしてサウビアですか?!」
故郷の味がした。幼い頃から親しんだ懐かしい味なのに、上品に仕上がっていてもの凄く美味しい。
「その通りです」
「私の田舎には群生しててよく蜜を吸ってたんです。懐かしい…」
実家に帰りたくなるような優しい味。
「俺は知らない花だ。しかし美味い」
「ありがとうございます」
「早速、俺の新作を味わってもらおう。台所を借りるよ」
「どうぞ」
ビスコさんは台所に消えた。急にウォルトさんと2人きりになって少し緊張する。
店の客にも獣人は多いけど、粗暴なイメージでトラブルも多い。ウォルトさんは優しそうだけど警戒が解けない。
「リゾットさん。よかったら少しだけ違う花茶も楽しんでみませんか?」
「違う花茶…ですか?」
近くに置いてある小ビンを手に取って、私のコップに残った花茶にビンの中身を垂らした。とろっとした蜜のような…。
「どうぞ。よく混ぜて飲んでみてください」
「はい」
さっきので充分美味しかったんだけど…と思いながら、口に含んだ瞬間に目を見開く。
「なにコレ!?さらに美味しくなった!色々な花の蜜の味と香りが融合して…信じられない美味しさです!」
たまらず一気に飲み干す。味が迷走することなく、複雑に絡み合って互いに美味さを引き出してる。こんな美味しい花茶は初めて飲んだ。イーハトーブでも飲んだことない!
私の声が気になったのか、台所から戻ってきたビスコさんにも同じ茶を振る舞う。
「コレは…!そのビンの中身は一体…?」
「ボクの友人が集めてくれた花の蜜を混ぜて作りました。口に合いましたか?」
俯いて小刻みに震えていたビスコさんは、しばらくすると落ち着いた口調で話し出す。
「ウォルト君…。やってくれたな…。花茶の味を途中で変えて楽しむとは。素晴らしい発想だ。しかも信じられない美味さ…。俺は…燃えてきたぞ…」
不敵に笑うビスコさん。こんな表情は初めて見る。
「口に合ったのならなによりです」
ちょっとだけ自慢気な笑みを浮かべるウォルトさん。2人は張り合ってるってこと…?ビスコさんは台所に戻り、しばらくして美味しそうな料理を手に戻ってきた。
「う~ん…。美味しすぎます…」
「凄く美味しいです!」
「そうか」
美味しさに唸りを上げたウォルトさんも、攻守交代とばかりに新作らしい料理を振る舞ってくれた。
「もの凄く美味しいです!食べたこともない料理で!」
「むぅ。…美味い」
「ありがとうございます」
私は存分に2人の料理を堪能した。ビスコさんとウォルトさんは、料理を披露し合ったあとに笑顔で握手と再会の言葉を交わしていたみたいだけど、私の耳には一切入ってこなかった。
★
「ビスコさん…。お腹が破裂しそうです…」
帰り道でリゾットが呟いた。
「食べ過ぎだ。出された料理を全部平らげたら誰だってそうなる」
リゾットの食い意地に呆れる。
「2人の料理が美味しすぎるのがいけないんです!あの料理を前にして、食べない料理人がいたら顔が見てみたいです!」
私も最初は少ししか食べないつもりだった。でも、どちらの作った料理も1口食べたが最後、食べ尽くすまで止まらなかった。おかげでお腹がぽっこり膨れ上がっている。
「わかったろ?俺が美味い料理を食べていると」
「確かに…。もの凄く美味しかったです。ビスコさんの言った通りでした」
「驚いたか?」
「ウォルトさんに会って獣人の見方が変わりました。獣人男性は料理なんてできないと思ってたので。ウォルトさんの料理はビスコさんに勝るとも劣らなかったです。繊細なことができて、優しく穏やかな獣人がいるのだと学びました」
食べてもらった甲斐がある。
「教えてもらうより実地で学ぶほうが身になる」
「はい。あと…また機会があったら誘って下さい」
「胃袋を掴まれたな」
はにかんでコクリと頷く。
「ははっ。仕方ないことだ」
料理の知識や技術に関しては、俺のほうがウォルト君より上だ。これは間違いない。だが、彼の料理には常人には真似できない発想と、また食べたいと思わせる不思議な魅力がある。従来の技法や形にとらわれず単純に美味い。
刺激をもらってばかりだ。俺ももっと高みを目指なければ。
寝坊してウォルト君の住み家に行きそびれたグルテンは、リゾットから話を聞いてとにかく悔しがった。
その後、仕事の日に寝坊することはなくなったが、休みの日に起きれないところまでは改善されなかった。
読んで頂きありがとうございます。