119 サマラ、手合わせする
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
住み家の外に出て、ウォルトと更地で手合わせすることになった。
陽も沈んであと半刻で日没といったとこかな。そよぐ風も冷たくなってきてる。張り切って屈伸したり肩を回したりと準備運動を始める。ウォルトも準備運動してるけど、やっぱり気分が乗らないっぽい。未だ半信半疑って感じだね。
「ホントに手合わせするの?」
「もちろん♪狼に二言はないよ!」
「手合わせにも色々あるけど、ボクらがやるのは…」
「闘うよね!闘っちゃうよね!」
「だよね…。わかってたけど…」
長年の付き合いでウォルトの気持ちは読める。手合わせでなければ、私が楽しいと思うことをやってあげたい…って顔してる。昔から優しいもん。
でも、私は手合わせをやりたいんだな。
「普通に手合わせするだけじゃつまらないから、狩りの時みたいに負けたら罰を受けるのはどう?」
「いいけど、どんな罰?」
「う~んとね、勝った方の言うことを1つだけ聞く!」
「わかった。それでいいよ」
これだけは言っておこう。
「ウォルト」
「なに?」
「手は抜かないでね。わざと負けるのはなしだよ」
「ボクも負けるのは嫌だから手を抜くつもりはないけど」
私は冒険者でもなければ獣人の男でもない。殴り合うのが不安ってとこか。「心配する必要はない」って言うより見てもらった方が早いね。
「もう準備はいい?」
「いいよ」
向かい合ってるけどまだ距離は遠い。
ちゃんと狼の目に変化してるかな?私が集中したり興奮したときの合図みたいで、自分ではわからない。でも、知ってるウォルトには本気具合が伝わるはず。
静かに息を吸って、止めると同時に間合いを一気に詰める。握りしめた右拳を顔面を目掛けて振り抜いた。
「てぇい!」
「くっ…!」
身体を捻って躱された。すかさず跳んで離れるウォルト。
「惜しかった!」
「そうだね」
当たったと思ったのにいい反応で躱された。ちょっと予想外。
「次いくよっ!」
間髪入れずに間合いを詰めて、今度は目の前で跳ぶ。
「うりゃっ!」
脚をしならせて空中で回し蹴りを繰り出すと、スッと後ろに上体を反らして躱された。やっぱり反応が凄い。
「甘いっ!てぇぃ!」
空振った勢いそのままに、クルリと前方に回転して頭頂部めがけて踵を落とす。コレも両手を交差して受けられた。
「ぐぅぅっ…!!」
構わず踵を押し込むとウォルトの膝が軽く折れたけど、これ以上は無駄かな。蹴った反動で後方に1回転して華麗に着地する。
「今のはマードックにも当たったことあるのに防ぐなんてやるね!」
魔法とか関係なく強くなってる。魔法を使ってる感じじゃない。
「どうやってこんな技術を…?」
「技術?なんのこと?」
「今の蹴り技は?」
「マードックとケンカするときに、どうやったら当たるかだけ考えて適当にやってる!」
マードックとケンカすると、そう簡単に攻撃が当たらない。あらゆる手を使って当てる必要があるから考えてる。
「よし!ウォルトに当てるなら、もっと速くってことだね!」
さっきより素早く間合いを詰めると、ウォルトの身体がオーラみたいなモノを纏う。きっと魔法の『身体強化』だと思うけど…。
「遅いよっ!!」
さらに速度を上げて懐に飛び込んで、拳を振りかぶった。
「しまっ…!」
「うりゃぁぁぁっ!!」
「くっ…!」
私の右拳が鳩尾に突き刺さる寸前、掌で掴んで止められた。少しだけウォルトの腹に食い込んだけど、この程度じゃ大したダメージにならない。
「あまぁ~い!」
懐から跳び上がって顔面に頭突きを繰り出すと、まともに顎にヒットしてウォルトの顔が跳ね上がる。
「ガァッ…!!」
今がチャンス!…と思いながら動けない。
「おおおぉっ…!」
めちゃくちゃ頭が痛いっ!思った以上に顎が硬かった!!両手で頭を抑えて悶絶していると、ウォルトが話しかけてきた。
「サマラ……大丈夫か?」
首をグルグル回してる。結構効いたみたいだね。
「大丈夫…。相当痛かったけどどうにかね…」
「無茶するからだよ」
「身体が勝手に動くんだもん!しょうがないでしょ!」
「たんこぶにならなきゃいいけど」
「ウォルト。なんで攻撃してこないの?まさか手を抜いて…」
「ない。サマラの力に驚いてるだけで、そんな余裕はない」
「ならいい!私はまだまだいけるよ!」
「楽しそうだね。昔からやんちゃだったけど、こんなに好戦的だと思ってなかった」
「楽しいよ!だって羨ましかったから」
「羨ましい?」
「私の知らないところでいろんな人と力比べしててさ。話を聞いてたら凄く楽しそうだと思ったの!なんで私はいなかったんだろう?って。だから楽しいの!」
好戦的なワケじゃない。別にウォルト以外と闘いたくないし。ただ他の皆と同じことをしてみたかっただけ。
「ボクも遠慮しちゃダメだね」
「あぁ~!やっぱり手を抜いてたんじゃん!嘘つきぃ~!」
「手は抜いてない。ボクはサマラを殴れないだけで…。だから…」
「だから?」
「殴らない代わりに違うモノを見せるよ」
地面を蹴ったウォルトが急接近してくる。
「はやっ…!」
懐に潜り込んで手を翳した。
『破砕』
「うわっ!!」
派手に吹き飛んだけど、両足でしっかり着地して前を向く。
「今の…魔法の衝撃波だよねっ?!初めて見たっ!」
初めて受けた魔法に驚きしかない!びっくりした!
「わざと後ろに跳んだのか…」
「そうだよ。かなり手加減してくれたんでしょ?」
「そうだけど、よく躱せたね」
「オーラみたいなのが掌に集まるのが見えたからね!多分魔力だろうと思って、とりあえず後ろに跳んどいた!」
ドヤ顔を見せると、ウォルトはちょっと呆れた顔をした。
「ほんの一瞬で魔力の流れを察知して、なんとなくで後ろに跳ぶ。誰にでもできることじゃない」
「そう?」
「危機回避能力というか、戦闘のセンスが桁違いだ。サマラの強さには驚かされっぱなしだよ」
「そうかなぁ!」
褒められて悪い気はしないね!
「偉そうに言えないけど、ボクは理論的に闘う。考えを巡らせて最適解を選んで実行する。賭けになる戦法も最もいい案を採用しているだけ。でも、サマラは本能で闘うタイプじゃないかな。能力の高さと戦闘のセンスがずば抜けてて、それだけで強さを発揮できる」
なに言ってるのかよくわからないけど、褒めてくれてるっぽい。
「よ~し!魔法も見せてもらったし、私もウォルトに見せようかな♪」
「見せるって、なにを?」
「ふっふっふ…!ゴリラ獣人もどきを何度も気絶させた私の技を見るがいい!!」
「マードックを何度も気絶させた?!」
驚いてるね。この技は…想像力が重要…。あの時の記憶を呼び覚ます…。
…よぉし!思い出した!私はだらしなく笑う。
「なっ…!?」
一瞬でウォルトに懐に飛び込んで、死角からアッパーを繰り出す。
「おりゃぁっ!!」
「ガッ…!!」
躱さなかったウォルトの身体が宙に浮いて、ゆっくり仰向けに倒れた。
★
「う、う…ん…」
「気が付いた?大丈夫?」
声に反応してゆっくり瞼を開いたウォルトと目が合う。
「ご、ごめん!すぐ起きるからっ!」
直ぐに膝枕をされていることに気付いたウォルトは、急いで起き上がろうとする。そうはさせない。胸を押さえつける。
「ぐふっ…!ちょっ…サマラ?!」
「顎を殴られたんだからもう少し寝てて♪殴った本人が言うことじゃないけどね!」
簡単には起き上がらせない。体勢も私が有利で、そう易々とはねのけられないよ。
しばらく抵抗してたけど、諦めたのかウォルトは力を抜いて身体を預けてくれる。ちょっと恥ずかしいけど嫌がってはいないよね?
「ボクは気を失ってたのか…。顎に食らった直後から記憶がないんだ」
「でも10分くらいだよ」
「最後の拳はまったく見えなかった。悔しいけど完敗だよ。マードックを気絶させるだけのことはある」
「私を殴れないウォルトには負けられないよ!さっきのがマードックを何度も床に沈めた秘技『兄殺し』ね!」
「兄殺しって…。名前が物騒すぎる」
「簡単に言うとタダのアッパーだけど!」
「だよね」
「ノリが悪いなぁ!」
ウォルトが私に会いに来てくれた時を思い出すと、嬉しくて自分でもよくわからない力を発揮できる。マードックとケンカになってもほぼ確実に倒せる必殺技。
ウォルトはスンと鼻を鳴らす。
「ごめん。起きるよ」
「まだダメだよ。言ったばかりでしょ」
「魔物が近づいてる。サマラの嫌いな奴だ」
「えっ!?」
起き上がったウォルトが暗くなった周囲を見渡すと、ズルッ…ズルッ…となにかを引きずるような音が聞こえる。
ウォルトの視線の先から姿を現したのは、大蛇のような魔物。
「き、気持ち悪いぃぃ~!!なにアレ!?」
小さな頃から蛇が大の苦手で、全身の毛が逆立つ。
「バジリスクっていう魔物だ。強力な牙と毒を持ってて、巨大な口で人をひと呑みにする。基本的にダンジョンや洞窟に住み着いていて、森で出遭うのは珍しい」
体長は軽く私の倍はある。胴回りも大木のよう。
「ボクに任せて」
「お願いっ!!」
サッとウォルトの後ろに隠れる。
「ははっ」
「なにがおかしいの?」
「ごめん。懐かしいと思って。蛇嫌いは変わってないね」
「だって、めっちゃ気持ち悪いじゃん!」
「見ないようにしてて。すぐに倒すから」
そんなこと言われても、怖いもの見たさで覗いてしまう。
シュルルル…と舌を鳴らしながら間合いを詰めてくる魔物に対して、ウォルトは構えすらとらない。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
魔物の射程距離に入ったところで右手を翳した。
「シャァァァァ!!」
『細斬』
ウォルトが呟くと光の壁が出現して魔物に向かって飛ぶ。巨大な身体をすり抜けて、塵となって霧散し魔物の動きがピタリと止まった。
「どうなるの…?」
「終わりだよ」
「終わり…?」
直ぐに魔物の肉が崩れ始めた。細かく賽の目に切り刻まれて地面に落ちる。なにコレ…。
「バジリスクは、血肉も毒を含んでいるから魔法で燃やして煙を吸っても危険だ。返り血を浴びるのも危ない。だから魔法で細切れにした」
「そ、そうなんだ…」
人だったらひとたまりもないよね…。
「匂いが獣や魔物を呼び寄せて、毒が地面を汚染するから亡骸は魔法で天に帰すよ」
ウォルトが魔物に近付いて手を翳すと、死体は跡形もなく消え失せて草が生えてきた。
「よし。終わったよ」
「魔法って凄いんだね…」
「このくらいは魔法使いなら誰でもできるんだ」
「そう…かな…?マードックの言ってた意味が少し理解できた…」
息をするように魔法を操って、何事もなかったように闘いを終わらせた。魔法に詳しくないけど多分普通じゃない。
しかもウォルトの魔法のほんの一部。そんな気がする。よくわからないけど、見てるだけで凄い魔法使いだと感じる不思議。
「アイツがなにか言ってた?」
「なんでもないよ」
「そっか。そろそろ家に戻ろう」
「う、うん…」
「蛇っぽい魔物を見て気分が悪くなったろう?お茶でも飲んでゆっくりしよう」
「そうだね」
考えても無駄だね。これからちょっとずつ見せてもらって知るしかない。
今日のところは私の勝ち。それだけでいいかな!
読んで頂きありがとうございます。