114 サマラ、休む
とても暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
フクーベの街。
アニマーレで今日も仕事を終えたサマラは笑顔で同僚と挨拶を交わす。
「「「お疲れさまでした~!」」」
皆と別れて1人になり、ムン!と気合いを入れる。明日から2日間、何ヶ月かぶりの連休を貰えた。
連休を使ってウォルトの家に遊びに行くことに決めてる。当然、驚かせようと連絡なんてしてない。行き当たりばったりだ。まぁ、伝える手段もないけど。
家に帰る途中でナンパされて、文字通り軽く一蹴して足取り軽く家に帰る。ウザいったらありゃしない。
「ただいま」
家に入ると嗅ぎ慣れた2人の匂い。笑みを浮かべながら居間に向かう。
「サマラ、おかえり」
「やっと帰ってきやがったか」
バカの一つ覚えで晩酌してるマードックと、付き合って飲んでくれてるバッハの姿があった。いっつも思うけど晩酌には時間が早いんだよね。言っても無駄だけど。
それはさておき、毛皮の一件以降マードックとバッハの距離は確実に縮まってて、最近よく一緒に酒を飲んでる。
実はバッハも酒豪で、私の見立てではマードックより酒が強い。女性として可愛くないから絶対に言うつもりはないみたいだけど。
ちなみに、マードックは少し前に彼女と別れて今は彼女がいない。この2人が付き合うのも時間の問題だとふんでる。
「いらっしゃい。ゆっくりしてって。マードック。私、明日から泊まりで出掛けるからご飯作れないからね」
「はぁ?どこ行くってんだ?まさか男んトコじゃねぇだろうな?」
ジト目を向けてくるマードックは、意外に過保護な面がある。普段は私に感心を示さないくせに偉そうに保護者ぶる。
この、ほぼゴリラちょっとだけ狼男は、口調や見た目こそ無法者だけど恋人には基本的に優しく誠実でモテるくせに浮気もしない。ウォルトとは別の獣人の男には珍しいタイプ。だからこそ私の色恋にいちゃもんつけてくる。
見た目は死ぬほど不細工だけど、そんな男だと知っているのでバッハのことは素直に応援できる。ただ……マジで面倒くさい!
「お前…。なにか失礼なこと考え…」
「ウォルトのところに決まってるでしょ。なにか伝えとくことある?」
隠すようなことでもないので、食い気味に強い口調で告げる。
「ならいい…。そのうち行くからそん時はよろしく頼むって言っとけ」
「また面倒事じゃないでしょうね?」
「………」
「よからぬことを企んでるんじゃ…」
「まぁまぁ。サマラ、お疲れさま。サマラも一杯どう?」
柔らかい笑顔のバッハ。納得してないけど、この場でケンカするのは気が引ける。椅子に座ってグラスにお酌してもらうと、注がれたお酒を飲み干して一息つく。
「ぷはぁ!美味しい!」
普段はほとんど飲まないけど、私もお酒は好きだ。バッハには負けるけど強い方だと思う。
「ウォルトさんによろしくね。毛艶のよくなる薬のおかげで……ね」
「言っておくよ。きっと喜ぶ」
私達は笑い合う。
「なんの話だ?」
「マードックは知らなくていい話だよ」
「ちっ…!バッハ、酒くれ!」
「はい。どうぞ」
その後も少しだけ世間話をして、邪魔をしないよう足早に部屋に戻った。あの2人…意外に早く仲が進展するかもしれないな。
そんなことを考えながら、明日の準備にとりかかる。
★
昨夜は結局バッハが泊まったので、話し込んで夜更かししてしまった。寝ぼけ眼を擦りながら早朝から出発を見送ってくれた優しい友達。
昼から仕事らしいので、マードックの朝食の準備をお願いしたら快く引き受けてくれて感謝。
「じゃあ、行ってきます!マードックのことお願いね!」
「うん。行ってらっしゃい」
手を振るバッハを背中に感じながら、前を向いて歩き出す。昨日まで曇り空が続いたけど、今日は天候にも恵まれてスカッと晴れてる。お天道様も私の味方だ!
長い髪を1つに束ね、動きやすい軽装にリュックを背負って森の住み家を目指す。住み家に行ったことがないのでバッハに地図を描いてもらった。持つべき者は獣人の友人だ。マードックには頼みたくなかったし!
足取りも軽やかに街を歩く。まだ早朝ということもあってほとんどの店が開いていないし、行き交う人もほぼいない。まだ街が目を覚ましてない空気感。
思えば、この街に移り住んでもう5年以上。まだ少女といえる歳でマードックに引っ付いて田舎から出てきた。身体も成長して今や仕事もするようになった。あの頃に比べると色々変化したけど、一番の変化はウォルトがいなくなったこと。
別々に過ごした期間のことは知らない。会いに来てくれた時に話したけど、空白を埋めるには全然足りない。今日はもっと話したい!
そんなことを考えながら歩いていると、アニカの住む家の前を通りかかった。アニカは少し前に知り合った可愛い人間の友人。そして、私が勝手に認定した恋のライバルだ。
食事に行こうって言ったまま行けてないなぁ。今度誘ってみよう。私はアニカがウォルトのことを好きだと知ってるけど、アニカは私がウォルトの幼馴染みであることすら知らない。
いつまでも黙ってるワケにはいかないので、次に会ったときに打ち明けようと思う。反応が怖いけど、彼女とはウォルトのことを抜きにして友達として付き合っていきたい。だから、黙っていたことの謝罪も兼ねて食事に誘おう。
立ち止まって考えていると、ドアが開いて少年が出てきた。格好からしてアニカが言っていた幼馴染みの冒険者だ。目が合った少年は家を見つめる私が気になったのか声をかけてきた。
「おはようございます。なにか?」
笑顔で話し掛けてきた少年は活発そうで爽やか。感じがいいね。
「私はアニカの知り合いで、ちょっと通りかかったから」
私も笑顔を返す。
「アニカを呼んできましょうか?」
「朝早いしまた来るから。今から行くところがあるの」
「わかりました。いつでもいらして下さい」
フクーベの街を出て動物の森を目指す。駆けて行くことも考えたけど、会う前にあまり汗をかきたくないと思って歩いて向かうことに。
森に入ると澄んだ空気が歓迎してくれた。胸いっぱいに吸い込むと気持ちいい。ウォルトが森に住み続ける理由もちょっとだけ理解できるような。
揺れる木漏れ日の中を颯爽と歩く。すると、森の洗礼というべきか獣か魔物の気配を感じた。匂いからすると…数匹いるね。
「はぁ~…」
大きくため息をついて立ち止まり、背負ってきたリュックの中を探る。
「できれば使いたくなかったけど」
取り出したのは鋼製の手甲。マードックが私の護身用に作ったモノで、サイズや重さも私の体格や拳に合わせて作られた逸品らしい。
結構前に「お前にやる」って偉そうに渡されたけど、冒険者でもないのにどうしろっていうの?こんなの持ち歩けって?着ける前に殴った方が速いし!
というワケで今回が御披露目。この手甲は軽くて丈夫な素材で造られてて、マードックの手甲の何倍も高価らしい。過保護さが現れてる。冒険者でもないのにいらないけどね!
そんなこんなで手甲を装備して、手を開いたり握ったりして動きを確認する。しっくりくるのが「ほら見ろ」と言われているようで妙に腹が立つ。
接近して来た魔物達に囲まれた。
「私は冒険者じゃないんだけどなぁ」
姿を見せたのはフォレストウルフ。ざっと見渡したところ4匹いる。空腹なのか涎を垂らして唸りを上げだした。
私は狼の獣人だから、祖先と云われている狼には敬意を払う。でも、フォレストウルフは単なる狼風の魔物というだけで、他の魔物となにも変わらない。
距離を詰めてくる魔物達を前に、瞳が狼の眼に変化していく。
「グルルル!」
「私は暇じゃないんだよ。来るなら早くしてよ…ねっ!」
中々仕掛けてこないので、近くの魔物に一瞬で詰め寄って右拳を振り抜く。食らった魔物は吹き飛んで木にぶつかって止まった。地面に落ちた後も横たわってピクリともに動かない。
残りの魔物は吠えながら一斉に跳びかかってきた。
「いいねっ!聞き分けのいい魔物は嫌いじゃないかも!」
久しぶりの運動だ!
「ふぅ」
数分後には魔物を倒して、私も無傷で終われた。
「加減が難しいなぁ。でも上手くいってよかった!」
返り血を浴びたくない一心で、なるべく魔物を傷を付けないよう手加減して倒した。全てはウォルトに会ったときのことを考えた行動。好きな男に血塗れで会いたい女がいるわけがない。ウォルトは嗅覚も鋭いからね!
「よし!先に進もう!」
手甲を外しリュックに仕舞ってまた森を歩く。できれば住み家に着く前に魔物に遭遇しないことを祈りながら。
バッハに教えもらった住み家の在る場所までもうそんなに距離はないはず。自然に足取りも軽くなる。
…と、ココで1つの懸念が。
ウォルト…いるよね…?なんの連絡もなしに来てしまったことに若干の不安を覚える。今さらだけど、もしいなかった場合を想定してなかった。
……まっ、なるようになるでしょ!帰ってくるまで待っとけばいいし!
考えても仕方ない。そんなことより早く行こうと気持ちを切り替えて、鼻歌交じりでご機嫌に歩を進める。しばらく進むと、森の中なのに拓けた場所に出た。そして一軒家が目に入る。もしかしなくてもあの家かな?
ゆっくり家に近づくと、建物の角から顔を出したのは白い毛皮の獣人。なぜか手拭いでほっかむりしてる。可愛いし間違いなくウォルトだ。
一気にテンションが上がって、一目散に駆け出すと、ウォルトも手拭いを取って笑顔を浮かべたまま待ってくれてる。
ちょっとくらい駆け寄ってくれてもいいよね!でも、獣人が2人で疾走すると衝突して大事故になりかねないと思っているとみた!
「ウォルト~~!!」
あっという間に距離を縮めて、両手を広げて跳びつくとしっかりと受け止めてくれる。抱き合ったままで先に口を開く。
「今度は私が会いに来たよ!」
「いらっしゃい。凄く嬉しいよ」
顔の毛皮がくすぐったい。
「変わってない!モフモフだ!」
「そうかな」
ゆっくり離れると、互いに目を見合わせて弾けるように笑った。
読んで頂きありがとうございます。