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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
111/705

111 相談してください

暇なら読んでみて下さい。


( ^-^)_旦~

 アニカと相談して、フクーベへの帰路は走ることに決めた。鍛練も兼ねて全力で疾走する。

 ウォルトさんは住み家から直接駆けてきたと言ってたけど、人間より体力に勝る獣人と同じようにいかないことは理解してる。


 しばらく走って「少し休もう」とアニカに提案しても、「まだまだいける!」と相手にしてくれない。

 走ることに関しては、幼い頃からアニカの方が上だった。それは今も変わらない。戦闘になれば俺の方が体力的に上だけど、走ることに限定するとアニカに勝ったことがない。


 俺は息も絶え絶えになって、よろめきながら走ってる。


「だらしないぞ。それでも剣士なの?もうちょっと頑張れ!」

「お前が異常なんだよ…。はぁ…はぁ…。どうなってんだ…その体力はっ…!」

「『身体強化』は使ってないよ。わかってるだろうけど」


 魔法を使っていれば俺でもわかる。純粋に体力で負けてるんだ。


「よし!あと10分だけ走るよ!」

「…くそっ!負けねぇ~!!」


 がむしゃらに走る俺の横を並走するアニカは、なぜか嬉しそうに見える。


 そして10分後。目の前が真っ白になった。




 バシャッ!


「…ぶはっ!!なんだぁ!?」


 いきなり顔に水がかけられた。ガバッと起き上がると水筒を持ったアニカの姿。


「大丈夫?生きてるかと思って」

「俺は…倒れたのか?」

「根性みせたね。見直したよ」


 相当汗かいてるのに余裕がある。コイツ…地味に凄いな。


「…おい、アニカ」

「なに?」

「お前……早くウォルトさんに会いたくて急いでるのか?」

「そんなことないけど、そうなればいいとは思ってる。そのタメにはアンタの協力が不可欠なんだよね~。でも、人には向き不向きがあるから別に気にしなくていいよ。亀さん♪」

「亀だとぉ…?」


 亀という動物は鈍足だと云われてる。速い種類もいるらしいけと、人間にとっては足が遅い人を揶揄する言葉。


 バカにされて…黙ってられるか。

 

「上等だっ!勝負してやるよ!」

「勝負?なんの?」

「どっちが先にフクーベに着くかだ!」

「ふ~ん…。負けたらどうするの?」

「お前の言うことを1つ聞いてやる!お前が負けたら俺の言うことを聞いてもらうぞ!」

「いいよ!受けて立ってあげよう!」


 こうして勝負は始まった。




 3時間半後に俺はフクーベに到着した。


 まだ街の外。芝生に倒れ込んで大の字になる。空気を少しでも肺に取り込もうと呼吸はひたすらに速く、話す余裕なんて微塵もない。

 到着した時間は当初の見積りより早かった。ほぼ休みなしで走ったから当然といえる。給水を除けばペースを落としてその間に呼吸を整えるだけだった。


 それなのに…。


「お疲れさま!」


 腰に差した水筒を外して笑顔で差し出しすアニカ。受け取って喉を鳴らしながら一気に飲み干す。水が美味すぎるぞ。


「お前の勝ちだ…。悔しいけどな…」

「よろしい!潔し!」


 アニカは俺の少し前を走り続けた。付かず離れず一定の距離を保って。まるで引っ張っていくように。汗はかいているけど、俺に比べるとかなり余裕がある。


「約束通り言うことをきいてもらおうか!」


 無理なものは無理だ…と、無茶なことを言われないよう願った。アニカは身を翻すと背を向けて話し出す。


「もっと強くなってよ!」

「へ…?」


 口から出た言葉は選択肢にない。呆気にとられる。


「私達だけじゃ故郷の村も守れなかった!強くなってよ!私も…

…もっと強くなるからさ…!」


 俯いて小刻みに震えてる。鈍い俺でも気付いた。


 アニカはなにも変わらないように見えて、悔しさを隠していたことに。今日煽ってきたのにはそんな想いがあったから。不器用だけどアニカらしい。


「アニカ…。お前…」

「私達はまだまだ強くなるよ!そうでしょ?グリーズベアも…次は絶対2人だけで倒す!」

「俺もそのつもりだ」

「……なんかさ、勢いよく故郷に帰ったけど、ウォルトさんとエッゾさんにお世話になって…村の皆を守るつもりが自分達が守られて…」

「あぁ…」


 同意するのが精一杯。考えないようにしてたけど、自分自身の弱さに目を向けると惨め以外に言葉が浮かばない。


「自分達だけじゃ…絶対無理だったよ。仕方ないことだけど…。まだ私達は弱いから…」

「そうだな…」


 アニカは顔を上げる。


「だからさ……強くなろうっ!!村やあの2人を守れるくらいに!私は強くなってみせる!だからオーレンも手伝ってよ!私からのお願い!」

「わかった」


 ゆっくり立ち上がって、背を向けて震えているアニカの身体を後ろからそっと抱きしめた。


「一緒に強くなろうぜ」


 微笑んだ次の瞬間。


「きゃあぁぁぁっ!!」

「ごはぁっ!!」


 甲高い叫び声を上げると同時に、振り向きざまに肘を横っ面に叩き込まれた。吹き飛ばされて頭がくらくらする。


「いきなりなにすんのよっ!?アンタはモテないけど、こんな痴漢まがいのことするなんて……見損なった!」


 拳を鳴らしながらにじり寄ってくる。


「違うっ!待てっ!誤解だっ!そういう流れじゃなかった?!落ち込むパーティーメンバーを慰める的な…?あるだろそういうの!」


 尻餅をついたまま手でアニカを制して落ち着くよう促す。疲れ切って足が棒のようになってて逃げられそうにない。鬼女と化したアニカは歩みを止めないし目に光がない。

 

「ワケのわからんことを…。今ので危うく私はお嫁に行けなくなるとこだったよ…」

「そんなにっ?!俺、そんな悪いことしたか!?」


 変なところは断じて触ってない!


「私の身体はウォルトさん以外に触れさせるつもりなかったのに」


 なに言ってんだコイツは。


「昔は一緒に風呂にも入っただろ。つるぺただったけどな。今さらだぞ」

「なっ!?本性を現したね…このド変態っ!!記憶がなくなるまで殴ることに決めた!」

「理不尽過ぎるっ!俺が悪かったって!」

「問答無用!成敗!」


 アニカはこの出来事をきっかけに新たな魔法『捕縛』を完全に習得して一段と強くなった。



 ★



 次の日。


 俺達はウォルトさんの住み家を訪ねた。いつもと変わらぬ様子で畑仕事に打ち込んでいたウォルトさんは、俺達に気付くとぎこちない笑顔で迎えてくれた。


 促されるまま住み家に入る。玄関のドアがクローセの門と同じような模様に変わっていることを不思議に思ったけど、とりあえず頭の片隅に置いておこう。

 居間に通されて、しばらく待っていると嗅いだことのない香りがする花茶が差し出された。


「いい香り…。懐かしいような」

「確かにな…。この匂いは…なんだ?」

「クローセに行ったときに採った花を煎じたんだ。テムズさんにも好評だったから2人にも飲んでほしくて」

「「いただきます!」」


 なんとも言えず懐かしい香りと爽やかな味が口に広がる。この味には覚えがある。


「…サウビアだ!ほのかに甘くて美味しい!」

「小さな頃を思い出す。おやつ代わりに蜜を吸ってたよなぁ」


 クローセを思い出しながらスッと飲み干し、コップを置いてウォルトさんを見る。


「ウォルトさん!今回はお世話になりました!村人一同感謝してて、村長がよろしく伝えてほしいって!」

「助かりました。見送りのとき笑顔で見送ってくれました」


 頭を下げた俺達はそのままウォルトさんの言葉を待つ。けど、返答がない。恐る恐る顔を上げると、困ったような表情で俺達を見つめていた。いつもなら「大袈裟だよ」と言われるとこだけど…。


「あの……なにかありましたか?」

「うん。ボクの話を聞いてもらっていいかな?」


 声に元気がない。アニカと顔を見合わせてコクリと頷いた。


「2人は、ボクが急にいなくなって怒ってないの?」


 意外な問いだ。急にいなくなったのは驚いたけど、ウォルトさんの性格を考えると充分あり得た。怒る理由なんて1つもない。俺達に向ける表情は変わらない。どこか寂しそうに見える。

 

「私には言ってる意味がわからないです」


 アニカは首を傾げてるけど、俺はなんとなく言いたいことがわかった。


「もしかして…気にしてるんですか?黙って帰ってしまったこと」

「実はそうなんだ。ボクは勝手にクローセに来て、声もかけずに勝手に帰った。村の皆や君達の気分を害してないかと思って」


 震えるアニカが顔をウォルトさんに近づけて否定した。


「気にしすぎですよ!村長がなにか言ったんですか!?やっぱり絞め殺しとくべきだったか…!」


 ギギギ…と爪を噛む。


「物騒なこと言っちゃダメだよ。テムズさんは理解してくれたんだ」


 ウォルトさんは苦笑して続ける。


「誰にもなにも言われてないし、ボク自身の問題で」


 理解できない俺達に、なぜクローセから黙って姿を消したのか説明してくれる。


 その内容は……衝撃的で…。


 非力であるがゆえに獣人社会で蔑まれてきた過去や、フクーベを離れて森の住み家に住んでいる理由を…きっと全てじゃないけど真剣な表情で語ってくれた。

 クローセの皆は優しくて…でも大勢に優しくされた経験がないからどうしたらいいかわからくなったと。嬉しい反面、重圧を感じてたって。


 俺は…なにも知らなかった。自然が好きで、欲がなくて目立ちたくないからこういう生活を送ってるんだろうとすら思ってたんだ。でも、きっかけは違うことを知った。


 語り終えたウォルトさんは困ったように微笑む。


「返せない優しさをどうしていいかわからなくて、逃げ出すように村を出た。1人や2人なら恩返しできても大勢だと無理だから…。皆は普通にしてるだけで、お礼なんか必要ない…って頭では理解してるつもりなんだけどね…」


 余程気にしているのか、いつもならピンと立っている耳とヒゲも垂れてる。きっと住み家に帰ってからずっとこうなんだろう。

 辛い過去があったことを知って正直驚いたけど、ウォルトさんが教えてくれたことでより近付けた気がして俺は嬉しい。思えばウォルトさんは自分自身のことを積極的に話さない。今回が初めてと言っていい。きっと俺達を友人だと認めてくれてるから。


 ふと隣を見るとアニカは唇を噛み締めて涙を堪えてる。まるで怒られた子供みたいに。


「ウォルトさんに渡してほしいと村長から頼まれました」


 布袋から取り出した紫水晶の欠片を手渡す。


「テムズさんから…?」

「紫水晶です。カネルラではクローセでしか採れないらしいです」

「そんな貴重なモノ、もらえないよ」

「遠慮なくもらって下さい。クローセでは全員が持ってるんです。だから…村の住人だという証でもあるんです。『いつでも待ってる』と伝えたかったんだと思います」

「ありがとう…。大事にするよ」


 ウォルトさんが受け取ると、俯いていたアニカが顔を上げた。


「ウォルトさん!」

「なんだい?」

「ウォルトさんの過去を聞いて…驚きました!でも、教えてもらえて私は凄く嬉しいです!オーレンもだと思います!」


 俺も頷く。アニカの言うとおりだ。


「私達じゃ頼りにならないかもしれないけど…なにかに迷ったら教えて下さい!解決できないかもしれないけど…1人で考えるより3人で考えましょう!水くさいですよ!私達の仲じゃないですか!」

「そうですよ。むしろ優しくされすぎてるのは俺達の方です」

「その通り!私がウォルトさんだとしたら国外逃亡してるくらいの恩と優しさをもらってます!もう返すのは諦める寸前です!」

「大袈裟だよ。ボクはお人好しじゃないからね」

「ホントですって!うぅ~!上手く伝えられないのが悔しい!とにかく、私達の受けた恩はクローセの恩と言っても過言じゃないです!だからまだ比率としてはウォルトさんの方が上です!わかりますか?!皆に恩なんか感じちゃダメですからね!」

「う、うん…。そう…なのかな?」


 強引すぎる理屈だけど、珍しくアニカがウォルトさんを押し込んでる。流れに乗せてもらうか。


「俺達の受けた恩や優しさはウォルトさんに全部は返せないです。貰ったモノがあまりに大きすぎて。だから誰かに返していきます」

「誰かに?」

「俺達がこれから出会う誰かです。どこかでウォルトさんに繫がるかもしれない。ウォルトさんもそうしてもらえたら、いつかクローセに届くかもしれないです」


 ウォルトさんの優しさがあったから俺達は命を救われて強くなった。そして微力でも村を守る力になれたんだ。


「…ありがとう。自分でもお返しになにができるか考えてみるよ」

「私達を鍛えるだけでもいいんです!」

「それだけでクローセのタメになります。また魔物が出ても俺達だけで討伐できるかもしれないので。村の力になれます」

「確かにそうだね」


 ウォルトさんの耳がピンと立って瞳にも活力が戻ってきた。


「あと…過去にウォルトさんを冷たく扱った獣人には私がいずれ裁きを下します…」


 光を失った黒い瞳で語るアニカは、まるでアンデッドのような雰囲気。コイツなら本当にやりかねない。


「アニカ、怖いよ。気持ちは嬉しいけど昔のことだからね」

「決定事項です。それに、私は悔しいんです!」

「「なにが?」」


 アニカがなにを悔しがるっていうんだ?


「なぜ…私はオーレンの幼馴染みなのかと…」

「別にいいだろ!嫌なのかよ!?」


 いきなりなにを言い出すんだコイツは!


「違う…。オーレンじゃなくてウォルトさんの幼馴染みだったらソイツらを全員ぶっ飛ばしてた!!くっそぉ~!!」


 悔しそうに語るアニカを見て、ウォルトさんは丸い瞳をさらに丸くした。そして、珍しく高らかに笑う。


「あはははっ!…ありがとう。すごく嬉しいよ。そんなことを言ってもらえると思わなかった」


 現実には屈強な獣人を相手に人間の女の子がそんなことできるはずない。けれど、アニカならやりかねないと思える。ウォルトさんの心は少し軽くなっただろうか。


「ボクは…悩むことがあったら2人に相談する。その時は話を聞いてくれると嬉しい」

「「もちろんです!」」


 アニカがさらに続ける。


「オーレンは頼りにならないので、相談するのは私だけでもいいですよ♪」

「ふざけんな!俺の方が役に立つわ!」


 腹立つ奴だ!いちいちアピールしやがって!


「話はここまでにして夕食にしよう。今日もいい肉が手に入ったんだ。食べていくよね?」

「もちろんです!そして当然泊まっていきます♪」

「当然なのかよ!ちょっとは遠慮しろよ!」

「わかってないなぁ~。ウォルトさんに遠慮なんてしたら逆に失礼だよ!…ということで朝食もお願いします♪」

「わかった。腕によりをかけるよ」


 ニャッ!と笑ってくれる。


 妹分の我が儘を嫌がっていない風のウォルトさんを見て、アニカが子供達に言った台詞を思い出す。


「ウォルトさんは私みたいな天真爛漫爆弾娘が好きだからね!」


 完全に勢いで言ってたけど、あながち間違ってないかもしれない。

読んで頂きありがとうございます。

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