109 クローセにありがとう
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
まだ夜が明ける前、ウォルトは帰り支度を終えて玄関へと向かう。
テムズさんには昨夜の内に見送りは控えてもらうよう伝えてある。音を立てないようドアを開けて隙間から身を滑らせるようにして家を出た。
外に出ると満天の星空。月明かりは足元を照らすには充分で、元々夜目が効くから明るすぎるくらい。ゆっくり歩き出して村を見渡す。
いい村だった。皆が優しくて…。
誰にも届かない小さな呟きは風で掻き消された。少し俯き加減で歩き続ける。
最近は王都を訪れてクローセ村にも来た。様々な人に出会って世界は確実に広がってる。出会うのは優しい人ばかりで、正直困ってしまうな。
孤独には慣れてる。だから人の優しさを素直に受け止められない。あまり優しくされるとどうしていいかわからない。ボクは…面倒くさい獣人だ。
恩を受けたら恩を返す。優しくされたら優しさを返ししたい。人の優しさを感じた経験が少ないからこそ、優しくされたら嬉しさも人一倍感じて可能な限り返したいと思う。
だけど、多くの人から施しを受けたらどうすればいいのか。1人だけなら返せるかもしれない。でも、大勢にどう返していいのかわからない。幼い頃から現在に至るまでそんな経験が皆無だ。
村の皆は恩だとか優しさだと思っていないのも頭では理解してる。皆にとっては『普通』のことなんだ。
もし、それが普通のことだとしてなにも返さなくていいのか?もらった優しさをどうしたらいい?本当にわからないんだ。
これ以上の厚意は、きっと耐えられずに逃げ出してしまう。
「今も似たようなものだけど」
苦笑して呟く。いつの間にか門前に立っていた。
『沈黙』
音を響かせぬようにそっと手を当てて詠唱し、子供達と一緒に作った門扉をゆっくり開けて外に出る。
子供達が怖がらずに遊んでくれた。ボクの魔法を凄いと褒めてくれた。料理を「美味しい!」と言ってくれた。全てが素晴らしい思い出。
「ありがとうございました」
そっと門を閉め身を翻して駆け出した。
★
明け方。
日が昇り始めて、窓から陽射しが差し込み寝顔を照らす眩しさでアニカは目が覚めた。
「うぅ~~っ…!!…うんっ!」
昨日はお姉ちゃんと魔法の修練をこなして、心地いい疲れの中で就寝したからかぐっすり眠れた。
背伸びをして隣のベッドで寝ているお姉ちゃんを見ると、だらしなく涎を垂らして熟睡してる。初めて見る寝顔。
今まで身体を動かせなかったから直ぐ疲れちゃうみたいだけど、きっと今だけ。体力がつけばなんだってできるはず。
お姉ちゃんを起こさないように、静かに着替えて部屋を出ると、そのままの勢いで家も出た。もちろんウォルトさんに会いたいから。
早起きのウォルトさんは、きっと村の見回りをしているに違いない。村を歩き回って姿を探すけど見当たらない。
おかしい…と思いながら、村長の家に向かうと玄関の前で暢気に体操してる。
「村長おはよぉ~。ウォルトさんは?」
「おぉ。おはよう。ウォルト君なら今朝家に帰ったぞい」
「へぇ~。住み家にね………帰ったぁ!?どういうことっ!?」
ガシッ!と村長の胸ぐらを掴んで前後に激しく揺らす。
「ちょっ…!やめっ…!」
なにを言ってるんだこのハゲ爺はっ!そんなの有り得ない!
「皆に会うとつらっ…!会わずに帰る……く、苦しいっ…!!」
「止めなかったのっ?!村の恩人なのにっ!?」
さらに激しく揺らす。頭部がどこかへ飛んでいってしまいそうなくらいに。
「あ、にか、やめ……し、死ぬっ!!」
「ひどいよっ!!それでも村長なのっ!?」
騒ぐ声を聞いて何事かと人が集まってくる。村人達には高速で揺らされる残像でテムズの頭が二重に見えた。これはいかん!と直ぐに止めに入る。
「アニカ!!やめろっ!!村長死んじまうぞっ!」
「話を聞いてやれ!こらっ!!アニカ!」
背後から大人に羽交い締めにされた。村長は苦しそうに咳き込む。
このバカ村長っ!怒りが治まらない!
「見損なったよ!あれだけお世話になったのに、なんのお礼もしないで帰すなんて信じられないっ!」
「ゲホッ…!ゲホッ…!儂だって止めた!じゃがウォルト君が望んだことじゃ!!」
「そんなワケないでしょ!」
「本当じゃっ!!ウォルト君が言ったんじゃ!「皆に会うと帰るのが辛くなる」と!寂しそうな…申し訳なさそうな表情をしとった!!」
「だからって…」
「お前がどう思っとるか知らんが彼は優しすぎる獣人!儂は…彼の心の負担になりたくなくて無理には引き留めんかった!」
「あんなに楽しそうだったのに…。そんなはずないよ…」
力が抜けて地べたに座り込む。
「村長。ウォルトは黙って帰ったってことかい?」
ミルコおじさんが訊くと村長は頷いた。
「お世話になりましたと言っておった。詳しいことは後で話すがの」
村人達も事情を理解したのか複雑な表情を浮かべてる。そんな中、子供達が村長の元へ歩み寄る。
「うぉると、いないの?」
「うむ。自分の家に帰ったんじゃよ。儂が帰っていいと言ったんじゃ」
「そんちょう。しゃがんで」
「どうしたんじゃ?」
言われた通りにしゃがむと子供達が一斉に村長の頭をポコポコ叩き出す。髭を引っ張る子供もいる。
「うぉるとをかえせっ!!」
「ばかぁ!!」
「ゆるさないっ!!」
「はげちゃびん!!」
「あたたたっ!なにするんじゃ!こらっ!やめんかっ!」
子供達にもみくちゃにされる村長を見て村人達は苦笑した。
★
「なぁ。いい加減、機嫌直せよ」
「うるさい…」
朝から一騒動あってオーレンが家を訪ねてきた。ウイカと一緒に落ち込むアニカを元気づけようと話しかけても、ベッドの上で膝を抱えたまま顔を隠して動こうとしない。
幼い頃からずっと一緒にいたウイカもこんなアニカは初めて見る。
アニカ…相当落ち込んでるね…。
「俺達はフクーベに戻ればウォルトさんにまた会える。他の皆に比べればなんてことないだろ。なにがそんなに不満なんだよ?」
子供達は寂しがってた。懐いてたから気持ちはわかる。でも、アニカ達はまた直ぐに会える。
「……私は……もらってない…」
「なんだって?」
「……帰ることを教えてもらってない」
教えてくれなかったことが悲しかったんだね。村長は教えてもらってたのに。
「泊まってたのが村長の家だったからだろ。誰にも言うつもりはなかったけど、急にいなくなったら驚くと思って村長にだけ言ったんだ。大体お前はウォルトさんの恋人でもないし特別に教える理由がない」
「……うるさい」
「まぁいいや。俺は村の見回りしてくる。ウォルトさんに頼まれてるからな」
アニカの肩がピクリと動いた。
「村長が「オーレン達に数日は魔物の様子を見てもらってくれ」って言われたってさ。お前がやらなくても俺はやる」
「私も行こうか?」
アニカが行けないなら私が力になりたい。
「気持ちだけもらっとくよ。ウイカは魔法の修練をしなきゃだろ?俺がウォルトさんに任された仕事だ。恩に少しでも報いたいから俺がやる。じゃあ、後でまた来る」
部屋を出ようとしてアニカが口を開いた。
「……待ちなさいよ」
「なんだよ?」
「私もやるよ…。やらいでか!どれだけお世話になったと思ってんの!私に…ウォルトさんに足を向けて寝ろって言うの!?」
「ふて腐れてたくせによく言うよ」
「うっさい!お姉ちゃん!魔法の修練は後でいいかな!?」
「もちろんだよ」
「ありがと!じゃ、行ってきます!」
アニカは脱兎の如く部屋を飛び出した。背中を見送りながら、やれやれといった風で肩をすくめて苦笑するオーレン。
「オーレンはアニカの扱いが上手くなったね。私も帰る前にもう一度お礼を言いたかったなぁ」
「ウォルトさんには俺から伝えておくよ」
「大丈夫。直接言いに行くから」
「そうか。今のウイカなら出来るな」
「それまでに体力をつけて魔法を使えるようになるのが目標だよ」
「すぐになれるさ」
「ありがとう」
…よし!やるぞ!自分自身に喝を入れてぐっと口を結ぶ。
恩を感じているのはオーレン達だけじゃない。私もその1人で、クローセの住民では間違いなく一番感謝してると思う。
これから普通の生活を送れることが、どれだけ凄いことなのか皆は理解してくれてると思うけど、私の気持ちは私にしかわからない。大袈裟じゃなく世界が一変した。
それに…魔法の適性を調べてもらったときに感じた暖かい魔力と掌。誰もが笑顔になる美味しい料理を作ってくれたり、驚くような魔法を披露してくれた優しくて強い人。
狭い部屋から飛び出して広い世界へ繫がる扉を開いてくれた。「魔法の才能がある」と教えてくれた。見たこともない素敵な魔法で門出を祝福してくれた。
出会ってまだ数日だけど、心を掴んで離さない素敵な人。ウォルトさんにまた会いたい。そして感謝を伝えたい。貴方のおかげでこんなことが出来るようになったと伝えたい。
大きな瞳に決意の火を灯した。
★
直ぐに合流したアニカとオーレンが村を見回っていると、子供達が駆け寄ってくる。
「ねぇねぇ、あにか」
「なに?どうしたの?」
下から見上げてくる子供達。しゃがみ込んで目線を合わせる。
「あにかは、うぉるととけっこんしないの?」
「な、な、なんでっ!?」
突然の問いかけに目を丸くする。意味がわからず動揺していると子供達がニパッ!と笑顔を見せた。
「そしたら、うぉるとがむらにきてくれるでしょ?」
「……わかってるじゃない。みんないい子だね~!!」
髪をわしゃわしゃと撫でる。子供達はくすぐったそうだ。
「そう上手くいくかな?アニカがフラれるかもしれないぞ?」
「アンタは…」
オーレンの意地悪な言葉に集まってひそひそ話を始める子供達。どうやら意見がまとまったようで…。
「そのときは、ういかにたのむ!」
「ぐはぁっ!そうきたか…。やるね…アンタたち…」
クローセは策士の集まりだ。でも、私でもそうする!
「うぉるとがくるならだれでもいい!」
「うぉるとすき!まほうすごい!」
「かっこいいしやさしい!」
「もふもふがきもちいい!」
いやはやなんて可愛いのだろう。最高に理解のある子供達で村の先輩として鼻が高い!ハッキリ教えておいてあげよう!
「小さな同士達よ。気持ちはわかるぞぉ~。よぉくわかる!ふふふ…!だけど、あぁ見えてウォルトさんはお姉ちゃんみたいな清純派より私みたいな天真爛漫爆弾娘が好きなんだよ!」
「「「へぇ~!」」」
「嘘つけ。爆弾が好きな男なんているワケないだろ」
オーレンの台詞を無視して続ける。
「だから、最もウォルトさんの正妻に近いのは私といえる!皆の期待に応えられるよう頑張るからね♪」
「「「あにか、がんばれ!!」」」
私の熱意あるの演説は子供達に届いた。
「妾もいる前提かよ…。お前はどちらかというと、そっちの方がお似合い……」
「黙らっしゃい!オーレンのようなひょうろく玉に言われる筋合いはない!」
「誰がひょうろく玉だ!お前こそあんぽんたんじゃねぇか!」
私と子供達は黙り込む。
「オーレン…。あんぽんたんって…子供じゃないんだから」
「ことばえらびのせんすがない」
「とんちき」
「たわけ」
「さんたろう」
「おーれんは」
「ばか」
「うるせぇ!寄ってたかって…もう許さんっ!!」
「うわぁ!にげろ~!」
「「「うわぁ~!」」」
子供達を追い回すオーレンと、逃げ惑う子供達。お互いに表情は明るい。ウォルトさんがいなくなった寂しさを紛らすかのように追いかけっこはしばらく続いた。
読んで頂きありがとうございます。