107 門出
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
村に戻った俺達は村長に事情を説明するため家に向かう。その途中で何人もの村人に声をかけられた。
「ウォルト。お前の魔法には度肝抜かれたよ」
「オーレンとアニカもお疲れ。ゆっくり休めよ」
笑顔で労ってくれる。どうやら留守の間も平和だったようで一安心。村長の家に着いてドアの前に立つ。ノックすると、顔を覗かせて俺達の無事を確認すると相好を崩した。
「村長、ただいま」
「ただいま!」
「よう無事で帰った。立ち話もなんじゃからはよう中に入れ」
「お邪魔します」
淹れてもらったお茶を飲みながら、ウォルトさんが判明した事実を説明する。
ダンジョンで発生した魔物が森に流出して村を襲撃していること。魔物は未だに森を徘徊しているので掃討する必要があること。その後は、同様の現象は起こらないであろうことを伝える。
「そうか。ダンジョンの魔物がのう。不思議なこともあるもんじゃな」
俺達は事前に話し合ってエッゾさんのことは伏せておくことに決めた。本人は気にしてたけど、今回の件は予測できない事故だし、修行もやめると即答してくれた。今も村のタメに森の残党を狩り続けているエッゾさんが元凶だと口に出したくなかった。
多分、嗤いながら遭遇する魔物を全て血祭りに上げてるけど…。
「明日から森を捜索して退治してきます。安全だと言えるようになるまでは続けるつもりです」
「俺も行きます!」
「私もです!」
ウォルトさんだけに任せられない。俺達もやらなきゃ。
「2人には村の守りを頼みたい。それに、精神が疲労してるから少し休まなきゃダメだ」
「精神…ですか?」
「身体は『治癒』で全快できる。傷も体力もね。でも心の疲労は無理だ。君達は自分より強い魔物を相手に必死で闘った。重圧で精神が疲弊してる。気付いてないかもしれないけど」
「ちょっとだけでも手伝っちゃダメですか?」
「少なくとも明日はダメだ。これはお願いじゃない」
口調は優しいけど真剣な表情。意地を張って困らせたくない俺達は諦めてコクリと頷いた。
「ほっほっほっ!お前達はいい師匠に教わっているのぅ!」
長い髭を触りながら村長が笑う。
「ボクは師匠じゃなくて友人です」
「なにを言っとる。剣や魔法を教えるだけが師匠というワケじゃないじゃろ?愛情をもって大事なことを教えてくれる者は師匠じゃよ」
「そうでしょうか」
自信なさげに呟いたウォルトさんに、村長は微笑みかける。
「こ奴らは昔っから儂の言うことをまったく聞きやせん!じゃが、君の言うことは素直に聞く。よほど君を尊敬しているとみた。ただの友人ではこうはいかんぞい!ほっほっほっ!」
ヒゲを伸ばしながら笑う姿は仙人みたいだ。確かに俺達は村長を困らせて遊んでたしな。
「村長もたまにはいいこと言うな。ハゲてるけど」
「5年に1回くらいの頻度で名言吐くからね。かなりハゲてるけど」
「ハゲは関係ないじゃろ!そもそも儂の大事な毛を抜いたのはアニカお前じゃろうが!」
「1から0になっただけなのに大袈裟な」
「なんじゃとぉ~!!」
「なによぉ~!」
取っ組み合いに発展し2人のやりとりを見て、俺はウォルトさんと顔を見合わせて笑った。
★
ウォルトはアニカとオーレンをゆっくり休ませ1人で夜の巡回を始めた。平穏を取り戻したクローセをゆっくり見回る。
月明かりが照らし出す静かな村の風景。幾つかの家からはランプの光か淡い光が漏れている。
ボクの故郷も小さな町で自然豊かだけど、クローセには違うよさがある。空気も綺麗で本当にいい場所だ。
結局明るい内にエッゾさんが村を訪ねてくることはなかった。探しにいこうかとも考えたけど、やっぱり村に迷惑をかけた負い目を感じているのかもしれない…と思い直して、エッゾさんの意志を尊重することにした。
虫も鳴かない静かな夜。魔物の気配は感じないけど、段々と近付いてくる人の気配を感じた。
「ウイカさん。こんな夜更けにどうかしましたか?」
顔を向けずに尋ねた。背後からウイカさんが笑みを浮かべて近寄ってくる。
「こんばんは。ウォルトさんの嗅覚が鋭いっていうのは本当なんですね。いつから気付いてたんですか?」
「ウイカさんが家を出てすぐです。風上になるので」
「それは…とんでもないですね」
クスクス笑う。この場所からアーネスさんの家まではかなり距離がある。でもわかるから仕方ない。
「クローセは空気も綺麗で今日は風もあまり強くないから匂いが届きやすいんです。すみません」
「なぜ謝るんですか?」
ウイカさんは首を傾げた。
「人間の…特に女性は匂いを嗅がれるのを嫌がります。わざとじゃないんですが…」
「私はそんなことないです。私は私の匂いをさせているのが当たり前です。そうですよね?」
同意して頷く。その通りだけど、なぜか大多数の人には理解してもらえない。わかってもらえて嬉しい。
「気にする気持ちも理解できなくはないので、普段は言わないようにしてます」
『女はそういう生き物なんだよ!鈍感猫!』と教えてくれた三毛猫がいる。自分も猫なのに。ボクらはふふっと笑い合った。
「ところで、ボクになにか用ですか?」
「はい。実は見てもらいたいことがあって」
「ボクにですか?」
「はい」
ウイカさんは両手を前に突き出して薄く魔力を身に纏う。
『乾燥』
突き出した両の掌から温かい風が発生して「ふぅ」と息をつく。
「今日ホーマおじさんに魔法を教えてもらいました。ウォルトさんに見てほしかったんです」
信じられない…。もの凄いことだ。
「昨日まで魔法を使ったことがなかったんですよね…?」
驚きながら尋ねると、ウイカさんはコクリと頷いた。適性を調べたときに気付いてはいた。ウイカさんは魔力への感受性がアニカと遜色ないほど鋭く、勝るとも劣らない才能を秘めている。
ただ、いくら魔力の感受性が鋭くても習得の早さは別問題。1日で魔法を覚えてさらに発動させるなんて、ボクからすれば稀有な才能としか言いようがない。
「ウイカさんは凄いです。姉妹で魔法の才能があるなんて驚きです」
「ホントですか!?ホーマおじさんにも「筋がいい」って言われたんです。嬉しい!」
「ボクなんて最初の魔法を使えるようになるのに1ヶ月近くかかりました。1日で覚えるなんてボクからすれば天才の域です」
笑顔を見せたものの直ぐに悲しげな表情に変化したウイカさんは、近くの芝生にペタリと座り込んで静かに語り出した。
「私は…本当になにもできなかったんです…。昨日まで身体も満足に動かせなかった。口には出せなかったけどずっと皆が羨ましくて…。アニカもオーレンも……皆が羨ましかったんです…」
そっと隣に座って同じ方向を向く。顔を見てはいけない気がした。
「皆は優しくて……なんの才能もなくて、一緒に遊べなくてもいろんなことを考えてくれて…。いつも1人じゃないんだって…思えました…」
震える声で語るウイカさんの言葉を黙って隣で聞くことしかできない。
「でも…!ウォルトさんが私を治してくれたから……今度は私が皆に恩を返す番です。魔法だけじゃなくていろんなことで…!とにかくウォルトさんにお礼を言いたくて…。ありがとうございました!」
満面の笑みを浮かべたままで涙を溢す。
「ウイカさん…」
その姿を目にして思う。人は優しさで心を痛めることもある。同情じゃないとわかっていても、自分が多くの人と違うがゆえに向けられる優しさで辛く惨めに感じることがあるんだ。
でも、周囲の優しさを真摯に受け止めて恩返しをしたいと語る、ウイカさんの強さを心から尊敬する。ボクが同じ立場だったらそう思えなかったと思う。彼女は今までの辛かった過去を受け止めて前向きに生きていける強い女性だ。
彼女の新しい門出を祝福してあげたい。
「そう言ってもらえて嬉しいです。ウイカさんの言った通り姉妹魔導師の誕生ですね」
「ぐすっ…。ふふっ…!アニカより凄い魔導師になるかもしれませんよ!」
「2人ならきっと互いに高め合えます。ボクも是非見たいですね」
ふと思いつく。
「そうだ。ウイカさんが魔法を使えるようになった記念にボクから魔法の贈り物を」
「贈り物…ですか?」
ゆっくり立ち上がって、近くに生えているチェリブロの木に近づく。
「今宵は、ウイカさんのタメに一夜限りの花を咲かせます」
「そんなことができるんですか?!」
チェリブロは1年の内2週間程しか花を咲かせない。鮮やかな桃色の花弁は観る者の気分を高揚させ、チェリブロが満開になる時期には木の下で酒盛りをするのがカネルラの通例。ただ、今は時期的に真逆。
チェリブロの傍に立ち、立派な幹に右の掌を添えて魔法を発動する。
『幻視』
木が微かに光を纏い、広がる枝から蕾が発現した。ポンポンポンポンッ!と軽やかに枝の先まで花開いてゆく。やがて満開になったチェリブロ。魔力で形作られているのに本物と見紛う。
チェリブロの花言葉は『祝福』。カネルラでは、大きな門出をチェリブロが咲き誇る時期に祝う習慣がある。魔力酔いから回復して、1人の魔法使いとして歩き出したウイカさんの門出を魔法で祝福してあげたかった。
鮮やかに咲き誇るチェリブロを見つめながら、ウイカさんの大きな瞳にまた涙があふれる。
「凄い魔法です…。こんな贈り物……初めてで…。嬉しい…」
「お褒めに与り光栄です。では最後に…」
パチン!と指を鳴らすと、一斉に魔法の花弁が舞う。散った花弁は『風流』の魔力に乗ってウイカさんに降り注いだ。
「目を…開けていられないっ…」
やがて花吹雪は止み、ウイカさんが目を開けると眼前にアニカの姿があった。
「アニカ…」
「お姉ちゃん!よかったね!」
アニカの差し出した手には、チェリブロの花弁で形作った魔法の花束。そっと受け取る。
「ウォルトさん…。アニカ…。ありがとうござきいます……。ありがとう……」
綺麗な顔をくしゃくしゃにして、花束をギュッと胸の前で大事そうに握りしめた。
★
家に帰った私とお姉ちゃんは、部屋に戻って少し話をする。
「アニカ。いつの間に来てたの?」
「ウォルトさんが魔法を使おうとしたとき…かな?」
お姉ちゃんが部屋にいなくて、ちょっと心配だったから村の中を捜してた。ちょうど発見したときにウォルトさんの魔法を目にした。
信じられない魔法に凄く驚いたけど、ウォルトさんは私の存在に気付いてたみたいで、目で合図を送ってきた。匂いでバレてたのかな?
合図に気付いたのは私のファインプレーだと思う。私もお姉ちゃんを祝福したかったから。
「そうなんだね。それにしても、ウォルトさんは本当に凄い魔法使いだったよ」
「でしょ~!!」
「それに…すごく素敵な人…」
お姉ちゃんの頬が桃色に染まる。うんうん!わかるぅ~!さすがお姉ちゃん!
「私も…ウォルトさんに魔法を習いたいな…」
…ん?
「たまにならいいよね。父さん達に明日訊いてみようっと」
んん~?
「ふぅ…」
小さなテーブルに置かれた魔法の花束を熱っぽい視線で見つめてる…。
…こ、これはっ……まさかっ…!はわわわわっ…!
恐れていたことが現実になってしまったかもしれない…。バカオーレンが言っていたのとは逆だけど強力なライバルが誕生してしまったかもしれない…。
……なんて思ったのも一瞬だけ。そんなことよりお姉ちゃんが恋愛や魔法の修練を気兼ねなくできるようになったことが嬉しい!たとえそうでもなんの問題もない♪
「その時は私と一緒に行こう!オーレンもいるかもしれないけどね!」
「いいの?私は嬉しいけど…」
「と~ぜん!ウォルトさんに教えてもらうなら、最強姉妹魔導師が誕生するのも遠くないね!」
「それは大袈裟じゃないかな…?私は魔導師になれないと思うけど」
「そんなことないよ!やる気があればなんでもできる!ところで、お姉ちゃんに1つ訊いていい?」
「なに?」
「お姉ちゃんってオーレンのこと好き?」
「ううん。小さい頃はそんな時期もあったけど、今はなんとも思わないよ」
「わかった!なら問題ない!」
「なにが?」
首を傾げてるけど、オーレンじゃなくてウォルトさんを選んだお姉ちゃんはさすがだ!
今後が楽しみだなぁ。
読んで頂きありがとうございます。