106 クローセへの帰還
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
クックッ…!と目を細めて嗤うエッゾさんに俺とアニカは若干引いてしまった。ウォルトさんは特に気にする様子もない。
「修行はもういいんですか?」
「修行?問題ない。ココでなくてもできる。まして、知らん奴に迷惑をかけてまでやることじゃない」
思った以上に常識のある人だ。そうじゃないとパーティーなんか組めないよな。
「ウォルト。1つ頼みがある」
「仕合ですか?」
「違う。それも面白いが、ダンジョンを出る前にお前の力を見せろ」
「ボクの力って?」
「俺は1人でこの『魔物部屋』を攻略できる。お前もできるのはわかってる。ただ、お前がどう攻略するのか興味がある」
「面白くないと思いますけど、それでもよければ」
やらないと先に進まないと判断したのか、ウォルトさんは直ぐに了承した。
「構わん。さっさと準備しろ。すぐに罠を起動させるぞ」
「わかりました」
「お前達は俺についてこい。興味はあるだろう?」
揃って頷く。もの凄く興味がある…というか興味しかない。アレだけの数の魔物をいかなる魔法で倒すのか。
ウォルトさんを階層の中央に残したまま俺達は壁際に向かう。罠の起動装置は壁にあるボタンだとエッゾさんが教えてくれた。
誰かさんの出番だ。
「壁のボタンといえばアニカだな」
「うっさい!!」
「ならアニカが押せ。爽快だぞ」
遠くからウォルトさんが声をかけてくる。
「そこから動かないで下さいねぇ~!危ないからぁ~!」
「はぁ~い!わかりましたぁ~!ウォルトさぁ~ん!いきまぁ~す!」
「いつでもいいよぉ~!」
全く緊張感がないままアニカは「えいっ!」とボタンを押して罠を起動させた。空中から魔物の群れが落下してくる。
「おわぁっ!」
「まさかの上からっ?!」
グリーズベアや巨大な亀のような魔物テラタートルといった大型の魔物から、ゴブリンのような小型の魔物まで多種多様。
数にして100匹は下らない。一瞬で囲まれたウォルトさんの姿は既に見えなくなってる。
「大丈夫だと思うけど、あの数にどう対処するんだろう?」
「俺じゃ予想もできない」
わかることは間違いなくどうにかするということだけ。ウォルトさんはできないことを口にしない。
「その落ち着きようを見ると、お前らはアイツの実力を知ってるということか。まぁ、お手並み拝見といく…」
エッゾさんが言い終わる前に魔物の輪の中心から火柱が上がる。天井に届かんばかりの勢い。
「なんだっ?!」
エッゾさんの驚きとともに炎が放射状に広がり魔物を焼き尽くす。断末魔の叫びが響いて身を焼かれる魔物達の姿はまさに阿鼻叫喚。俺達の居る場所まで熱風と肉の焼ける匂いが届く。
「すごいね…」
「だな…」
数秒後、炎が霧散した後はウォルトさんが平然と立ってる。魔物の耐性などお構いなしの圧倒的な熱量で魔物を殲滅した。
あまりの早さと魔法の威力に驚いて呆けたまま立ち尽くす俺達の元に、ウォルトさんが歩み寄ってくる。
「コレがボクのやり方です。色々ある方法の1つですけど、満足してもらえましたか?」
エッゾさんは大声で笑い出す。
「クククッ…!!ハハハハハハッ!マードックの勘は正しかったか…!愉快だっ!またしばらく興奮が治まりそうにない!」
「マードックがなにか?」
「さっさと残党を駆逐しに行くぞ!」
やけに上機嫌になったエッゾさんは、通路に向けてスタスタ歩き出す……が。
「そっちは違いますよ!エッゾさん、こっちです!」
俺が入口を指差す。やっぱり方向音痴なんだな。
「俺としたことが興奮しすぎたようだ」
「意外ですね。いつも冷静なエッゾさんが」
「お前のせいだ」
「ボクはなにもしてませんよ?」
会話を耳にしたアニカが、こっそり耳打ちしてきた。
「もしかして…エッゾさんが方向音痴だって知らないのかな?ギルドじゃ伝説級だけど…」
「多分な…。ウォルトさんは…言い方は悪いけどすごく鈍い獣人だから…」
「なにをコソコソ話してる?さっさと行くぞ!」
「「は、はい!」」
興奮気味のエッゾさんを先頭に来た道を戻っていく。このダンジョンは別れ道がないのが幸い。きっとエッゾさんは逆を選ぶ性質。よく冒険者が務まるな。パーティーメンバーに愛想尽かされそうだけど。
「フンッ…!!シッ!!」
次々に現れる魔物をエッゾさんが一瞬で斬り刻んでいく。武器は違えど剣筋は俺にとって学ぶところが満載。間近で見ると本当に凄まじい剣術。速くて力強い。
「凄いね」
「マジで凄い。格好よすぎる」
頼み込んで途中からエッゾさんに俺の剣技を見てもらうことになった。腕を組んでじっくり観察してる。
緊張するけど…全力でいく!
「どうでしょうか?」
「お前、Eランクと言ったな?」
「はい。そうです」
「今のお前の剣技は実質Dランクより上だ。剣筋もいい」
「ありがとうございます!お世辞でも嬉しいです!」
めちゃくちゃ嬉しい!
「俺はお世辞を言うのも言われるのも大嫌いだ。率直な意見を言ったまでだ」
不機嫌そうに語るエッゾさんの言葉にジーンときた。これほどの剣豪が自分の剣を褒めてくれたことが素直に嬉しい。
「だがまだ荒い。斬るときにもっとこうしてみろ。構えは…こう、握りは…そうだ」
助言を受けたあと次の魔物と闘ってみて気付いた。エッゾさんの言う通りに動いてみると、よりスムーズに動けて余分な力も使わずに済む。
「ありがとうございます!少しだけコツが掴めた気がします」
「とことん精進しろ。ところで、お前の剣の師匠は誰だ?形に囚われない面白い剣だ。今まで見たことのあるどの流派とも違うな」
「それは…。えっと…」
どう答えたものか…。言っていいのか?
チラッとウォルトさんを見る。エッゾさんにはそれだけで伝わってしまった。
「ほぅ…ウォルト…。お前は剣もできるんだな。流派は白猫流か?今度手合わせ願おうか。ククッ!」
ウォルトさんは冗談交じりの問いに答えず、明後日の方向を向いたまま『知らニャい!』とか言いそうな表情で必死に吹けない口笛を吹いて誤魔化そうとしてる…。
「まぁいい。今回はそんな暇もない。行くぞ」
全員で闘いながら突き進む。ウォルトさんとアニカは魔法、俺とエッゾさんは剣技を駆使して。やがて出口に辿り着き、息1つ切らしていないエッゾさんが嗤った。
「ココからが本番。俺が討ち漏らした魔物だ。責任をとって………皆殺しにしてやる」
総毛立つ程の殺気を放つ。正直エッゾさんのことが怖い。嗤う顔は狂気に満ちていて今にも噛みつかれそう。
「エッゾさん。あまり殺気立つと2人が萎縮してしまいます」
「ふっ。鍛え方が足りんぞ」
ウォルトさんに指摘されて、エッゾさんは殺気を引っ込めてくれた。行動を共にしてエッゾさんの人となりが少しだけ理解できた気がする。
確かに戦闘狂かもしれないけど、誰彼構わず噛みついたりしないし、人の話を聞く耳も持ってる。そうでなければ冒険者パーティーなんて組めない。純粋に戦闘態勢に入るとこうなってしまうだけなんだ。
「夜までまだ時間があります。二手に別れて捜索してみませんか?再集合場所はここで」
「全員別れた方が早いが、オーレン達に下層の魔物とのタイマンはキツいだろう。オーレンは俺と一緒に来い。剣技を見せてやる」
「はい!よろしくお願いします!」
最高だ。また勉強させてもらえる。
「じゃあ、アニカはボクと一緒に行こう」
「はい!お願いします!」
別行動を開始した。エッゾさんは五感の優れた獣人の能力を駆使して魔物を発見しては討伐していく。この森で見かけたことがないような魔物がうろついてるな。
「オーレン!なにやってる!そのくらいさっさと倒せ!もたもたするな!」
「はいっ!すみません!」
この人に付いていくのは相当キツい。レベルが違う。けど…やり甲斐しかない!
一通り討伐を終えると、再び集合して互いの成果を確認した。先ずはエッゾさんが報告する。
「俺達はグリーズベアとバジリスク、それとグランタートルも倒した。その他につまらない雑魚を数十匹ってところだ。おい、オーレン。合ってるか?」
疲れ切ってエッゾさんの言葉に頷くのがやっと。魔物との戦闘で、身体は傷と痣だらけになった。けど、それ以上に貴重な体験をさせてもらった。エッゾさんは凄い剣士だ。
アニカが『治癒』をかけて労ってくれる。
「ボクらは、ムーンリングベアやタイラント。他にクロコダイルもいました。討伐した魔物だけなら森というよりダンジョンですね」
「お前の推測はおそらく正しい。どの魔物も魔物部屋で出現していた。そして、逃走もした」
「多少時間をかけても全て討伐します。これ以上増えることはないですし、難しくないと思います」
「俺に任せろ。お前達は村に帰れ」
「ボクらも手伝います。でも、今日はこの位にして一緒に村に行きませんか?」
「「そうしましょう!」」
俺達も頷いて同意したけど、エッゾさんは憮然とした表情。
「気持ちは嬉しいが、興奮が治まってない。まだ斬り足りない。気分が落ち着いたら合流する。場所だけ教えろ」
話しながら嗤う。口調と表情が合ってない。大分慣れたからもう怖くないけど。「わかりました」と、ウォルトさんが村の方角と経路を伝える。
俺とアニカはエッゾさんに駆け寄った。
「エッゾさん!機会があったらまた剣を教えて下さい!今日は勉強させてもらいました!今度は手合わせしてもらえると嬉しいです!」
「ありがとうございました!もの凄く助かりました!」
頭を下げて、精一杯お礼を伝える。
「ククッ。あとでまた会うってのに殊勝な奴らだ」
エッゾさんは苦笑する。来てくれる気はあるんだな。でも…俺とアニカは気付いていた。エッゾさんとはしばしの別れとなることに…。
★
日が沈む前にクローセに辿り着いた。
「ほぇ~。ウォルトさんが言ってた魔法ってコレのことですか?」
ウォルトさんが設置したであろう魔法は魔力を保持したままで村を守るようにそびえ立ってる。
「すごいです」
「触れちゃダメだ。身体が燃え上がってしまうよ」
「えぇっ!?」
アニカが柵に触れようとしたのをウォルトさんは優しく制止する。パッと手を引いた。
「燃え上がる…ですか?」
「触れると、痺れて燃え上がるように魔法をかけてあるんだ。『火炎』と『麻痺』の複合だね」
村の周りを見渡すと、焼け焦げた魔物の死体が幾つか横たわっている。その中にはムーンリングベアと覚しき魔物も。
ウォルトさんは、魔法を解除したあとに詳細を説明してくれたけど、なにを言っているのかサッパリ理解できなかった。たった1つ理解できたのは、この魔法が凄いということ。
「じゃあ村に入ろう。被害がなかったか気になる」
「「はい」」
門前に移動すると、見張りが伝えてくれたのか待ち構えていた村人が門を開けて招き入れてくれた。
労いの言葉を受けながら門を潜って、クローセに無事に帰ってきたことを実感した。
読んで頂きありがとうございます。