105 誰にも予測できない
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
さらにダンジョンを攻略しながら会話する。
「このダンジョン、何階層まであるんでしょう?俺の感覚だとまだ中階層っぽいです」
「魔物の強さからすると、そう深くないと思う。深いダンジョンだとこの辺りから急に魔物が強さを増してくるからね」
ウォルトさんの話は勉強になるな。
「ウォルトさんって、ダンジョンの何階層まで到達したことありますか?」
「一番深いのは30階層かな」
「「さんじゅう!?」」
フロアに俺達の声が響き渡る。ウォルトさんは耳をパタンと閉じた。器用だ。
急に大きな声を出されると耳がキィ~ン!ってなるらしい。たまにやってしまうので凄く申し訳ない。ただ、アホのアニカは「耳を閉じるとめっちゃ可愛いよね!」と師匠をバカにしてる。
「大きな声を出してすみません。でも、そんな深いダンジョンがカネルラにあるんですか?」
「あるけど、まだ行くのはやめたほうがいいかな」
「まだ俺たちだけじゃ行けないですよ」
「ボクは師匠と行ったから到達しただけで、1人だと半分進めたらいい方じゃないかな?2人もそのくらいは進めると思う」
俺達だけじゃ絶対に無理だ。このダンジョンでこの階層まで到達したのもウォルトさんの援護なしでは無理だ。
基本的には俺達に任せてくれてるけど、手に負えなそうや強い魔物は全てウォルトさんが倒してる。
なのに、俺達だけで攻略できるワケがない。気持ちは嬉しいけど過大評価すぎる。自分を過小評価して、かつ他人を過大評価するウォルトさんの言うことを真に受けてはダメ。
「そんなことより、核心に近づいてるかもしれないよ。ほら」
「「え?」」
視線の先にはグリーズベアがいた。やはり下の階層から上がってきたみたいで、しかも慌てているような…。俺達と目が合った魔物は半狂乱の勢いで突進してきた。
「グルルァッ!!」
「くっ…!」
殺されかけたばかりの魔物の突進に俺とアニカは身構える。隣でウォルトさんが棒立ちのままゆっくり右手を翳した。
『強化盾』
「グガォォッ!!」
勢いよく衝突してもまったく揺るがない。むしろ魔物の方がダメージを受けたように見える。まさに鉄壁。
「そうだ。アニカは闇属性の魔法を見たいって言ってたよね?」
「はい!見たいです!」
「詠唱するからよく見てて」
ウォルトさんが黒い魔力を纏う姿をアニカは真剣な眼差しで見つめる。
『漆黒』
ウォルトさんの身体から漆黒の闇が触手のように這い出て、『強化盾』の向こうにいる魔物の身体を包む。
「グルァッ!ガアァァ……」
絡みつくように全身を覆っていく漆黒の魔力はやがて魔物の全身を飲み込んで陽炎のように揺らめく。闇が晴れたとき魔物の姿は跡形もなくなって、僅かな灰だけが残されていた。
「今のが『漆黒』だよ。相手の生命力を吸い尽くして無に還すんだ。他の効果もあるけど今は1つだけ教えておくよ」
「こんな魔法があるなんて……」
アニカは目を見開いてる。
「ボクは『闇』がある場所でしか使えない。ダンジョンの中や夜とか暗い場所だね。それが条件なんだ。魔導師なら無条件で詠唱できると思う」
「なるほど…わかりました!ありがとうございます!」
俺は思った。アニカにはこの魔法を覚えてほしくない。喧嘩でもしたら完全犯罪に使われかねないから。
そして、グリーズベアを簡単に葬ったウォルトさんはやっぱりとんでもない魔法使いだと再認識した。
その後、次の階層へ下りるのにかなり手間取ってしまった。
狭い通路内で魔物が向かってくるから、対処するのに時間がかかる。この先でなにかしら異変が起きてるみたいだ。
「そろそろかな。気を引き締めていこう」
ウォルトさんは、俺達に『治癒』をかけて傷と体力を全回復させると魔力も譲り渡してくれる。
「力が…何事もなかったみたいに…」
「私も全快です!魔力も!」
「じゃあ行こうか。危ないと思ったら君達は直ぐに逃げるんだ。いいね?」
「「はい!」」
気合いと共に次の階層に足を踏み入れた。すると、広いフロアの中央に凄まじい数の魔物が密集している。
「凄い数の魔物だ…」
思わず身震いした。さっきの魔物部屋より遙かに数が多い。しかも見るからに強敵。この階層自体が『魔物部屋』なのか?
まてよ…。ということは、あの魔物の輪の中心に誰かいるということになる。ダンジョン罠の『魔物部屋』では、侵入者に対して攻撃を加えようとしてくるらしい。それが常識で、魔物同士の争いは起こらないと聞いた。
よく見ると輪の中心部で血飛沫が舞っている。やっぱり何者かが魔物と闘ってるみたいだ。
「ウォルトさん!誰か闘ってるみたいです!あの数はヤバい!俺達も加勢に行きましょう!」
「私もそれがいいと思います!異常な数ですよ!」
「う~ん。どうしようかなぁ…?」
駆け出そうとしていた俺とアニカは、意外な反応に拍子抜けして転びそうになる。ウォルトさんが我先に駆け出しそうなものだけど、珍しく渋ってる。
「どうしたんですか?!早く行かないと!」
「ちょっと待ってくれるかな?多分だけど邪魔になると思うんだ」
「邪魔?誰のですか?」
「闘ってる人の」
「えっ?!闘ってる人達が誰かわかるんですか?!」
「うん。だからちょっと待ってほしい」
オーレン達には聞こえていないが、ウォルトの耳には届いている。魔物達の咆哮に混じって、細やかな息づかいや牙や爪と打ち合う武器の音。
俺とアニカは気が気でない。けれど、ウォルトさんが動かないので諦めて待つことにした。
俺達に気付いて接近してくる魔物を蹴散らしながら待っていると、見る見る内に魔物の輪が狭まっていく。目に見えて魔物の数が減ってる。
「あんなにいたのに…。一体、誰のパーティーが?Aランク以上だよな」
「ホントに凄い。きっとフクーベの高ランクパーティーだ!ですよねウォルトさん♪」
ウォルトさんはニャッ!と笑う。
「2人の予想は残念ながら不正解だよ」
「「えっ!?」」
しばらくすると、魔物達の隙間から闘っている者の姿が確認できた。
「そんな……。マジか…」
「ホントに…?信じられない…」
「やっぱり凄い人だ」
数え切れない魔物を殲滅して凜とした立姿を見せたのは、たった1人の獣人。異国の武器を腰に携え、派手な衣装『着物』を身に纏った狐の獣人だった。
狐の獣人は刀に付着した血を払って鞘に収めると、俺達の存在に気付いた。ウォルトさんがゆっくり近く。
「久しぶりだな、ウォルト。こんな所で会うとは思わなかったぞ」
「お久しぶりです。このダンジョンを調べに来たんです」
「そうか。そっちの2人は?」
「オーレンとアニカです。フクーベの冒険者で友人なんです」
「「よろしくお願いします!」」
俺とアニカは頭を下げる。
「俺はエッゾ。お前達と同じフクーベの冒険者だ」
名前に聞き覚えがある。確か『狂狐』『奇跡の方向音痴』の二つ名を持つBランク冒険者だ。数年前に姿を消したと聞いてたけど、こんな所で会えるなんて。ウォルトさんの知り合いだったのも驚き。
ウォルトさんとエッゾさんが会話する。
「エッゾさんはどうやってこの場所へ?」
「普通に下りてきただけだ。少し前にな」
来た方向を指差す。視線の先には俺達が降りてきた入口。
同じ入口から来たのは当然…と思ったけど、ぐるりと見渡したら反対側に別の通路が見えた。おかしいな。
このダンジョンは複雑な構造ではなかったし、来る途中に別れ道はなかった。だけど、隠し通路があった可能性もある。
「修行中ですか?邪魔しちゃいけないと思って、黙って見てたんですが」
「そうだ。今は暇があれば修行している。あの時より腕は上がっていると思うぞ」
2人は闘ったことがあるのか?それか共闘したとか。
「あれだけの数の魔物を、1人で倒しきるなんて凄いです」
「大したことはない。ココにはちょっと前に迷い込んだ。この階層の『魔物部屋』が修行に最適だと気付いて毎日のように来てる。まぁ中には魔物のくせに敵前逃亡するようなけしからん輩もいるがな」
「そうですか…」
ピクッ!とウォルトさんのヒゲが動く。神妙な面持ち。なにかに気付いたような雰囲気。訊いてみよう。
「気になることでも?」
「ちょっとね。まだ断定できないけど」
ウォルトさんは続けて質問する。
「エッゾさんは、どこからこのダンジョンに入ったんですか?」
「動物の森にある入口からだ」
「なるほど。エッゾさんは動物の森で野営して、毎日このダンジョンに来てるんですね?もしかして、昼より夜の方が多いのでは?」
「そうだな。昼は食料探しに外で狩りをしていることが多い」
入口が違う…?昼よりも夜…?
「ウォルトさん…。もしかして…」
疑問に答える前にウォルトさんは頷いて、エッゾさんに告げる。
「エッゾさん。ボクはダンジョンを調べに来たと言いましたが、貴方にも関係ありそうです」
「どういうことだ?」
このダンジョンの近辺にある俺達の故郷で、魔物の襲撃が増えて困っていること。その原因を調べに来たことを伝える。
「俺と関係あるのか?」
「エッゾさんは動物の森から来たと言いましたが、ボクらはクローセ村近郊の森にある入口から来ました」
「なに…?違う入口から来たということか?」
「そうです。このダンジョンには入口が2つあって、この場所で繫がっているんだと思います。この階層だけ2つ通路があるのもそのせいだと」
「途中で道が別れてるんじゃないのか?ダンジョンの入口が2つあるなんて聞いたことがない」
俺も聞いたことがない。そうだとすれば珍しいダンジョンだ。
「それはないと思います」
「なぜ言い切れる?」
「言い辛いんですが…辿り着くまでに、エッゾさんの匂いがどこにもありませんでした。なので同じ道は通ってないはず」
「なるほどな。俺はしばらく風呂に入ってない。お前の嗅覚なら気付くか。それで?」
ウォルトさんの嗅覚は俺達からすると異常だ。普通そんなことまでわかりようもない。
「この『魔物部屋』で修行中に、逃げた魔物がいると言いましたよね?」
「あぁ。根性なしの魔物がな」
「おそらく、その魔物達がダンジョンから脱走して村を襲撃してるんだと思います」
「なに…?」
そう考えれば辻褄は合う。
「断言はできません。ボクらが来た経路では1階層から出現する魔物の強さがまちまちでした。この階層から逃げだした魔物が元の階層に戻らずにあらゆる階層に留まったからじゃないかと」
俺もそう思う。
「あぶれた一部の魔物がダンジョンから脱走して、村を襲撃した可能性があるんですね?」
ウォルトさんはコクリと頷いてくれた。
「あくまで1つの可能性だけど」
「エッゾさんが強すぎて魔物がダンジョンから逃走…。なくはないような…」
「実際、ボクらが来たときも魔物が飛び出してきた。もしかしたら、既に結構な数の魔物が森に潜んでるかもしれない」
仮説が正しかった場合、その可能性が高い。話を聞いていたエッゾさんは顔をしかめる。
「それが事実なら、お前達の故郷に迷惑をかけた。すまんな」
突然の謝罪に慌ててしまう。
「いやいや!そうと決まったワケじゃないです!頭を上げてください!」
「仮にそうだとしても、そんなことが起きるなんて誰も予想できません!」
ダンジョン内での修練が外界まで影響を及ぼすなんて誰も気付けない。エッゾさんはただ魔物を倒していただけだ。
「お前らは話がわかる奴だな。よし。行くか」
「「どこへですか?」」
「決まってる。残党狩りだ。俺が討ち漏らした奴らが森を徘徊して周辺の村を襲っているのなら……責任を持って一掃する…。ククッ!」
愉快だと言わんばかりに嗤う。俺とアニカは戦慄した。まさしく『狂狐』の名に恥じない男の表情だと。
読んで頂きありがとうございます。