101 猫の魔法使い
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
「ねぇ、どうする?」
「そもそも食べれるの?」
ウォルトが見つめる先には、オーレン達が倒した魔物の処理に困っているクローセの主婦達。
見たことも聞いたこともない魔物で、食べるにしてもどう調理したものか思案している様子なので声をかけてみる。
「あの…ベアを美味しく食べる調理法があるんですが」
「本当かい?だったら教えて」
「実際に調理しながら教えたいので、どこか調理場をお借りできますか?外でもいいです」
「近いしウチにおいでよ」
一番近いお宅の台所を借りることに。
「それでは、下拵えから始めます」
ベアの巨体を運び込むのは大変なのでまずは外で捌く。村の女性に囲まれて実演しながら進めていく。
「まず皮を剥ぎます。こうやると…スムーズに剥ぎ取れます」
「「「へぇ~!」」」
ベアの肉は硬くて癖があるけど、丁寧な下処理でカバーできる。問題はちょっと力が必要なことくらいで女性でもさほど難しくない。
煮てよし焼いてよしのベアを、説明しながら手際よく調理する。
「獣人なのにめちゃくちゃ料理上手いね!」
「ホント凄いわ。ビックリした!」
「うちの旦那にも教えてやってよ!」
「大袈裟ですよ」
その後、1時間程度で完成した料理を皆で試食してもらうことに。じっくり煮込んだ柔らかい肉料理に仕上げた。ちょっとだけ臭みがあるので、香草や香辛料で相殺すると気にならなくなる。
「なにコレ?!うんまっ!信じられない…」
「美味しい!本当に魔物の肉なの?」
「臭みもないし、仕上げた腕も凄いわ」
「おいちぃ~よ~♪」
いろんな村人達に食べてもらったけど、老若男女問わず好評でよかった。その中にはアーネスさん一家の姿も。
「こりゃ美味いな」
「ウォルト君が作ったって…?」
「凄く美味しい…」
「でしょ!ウォルトさんの料理はなんでも美味しいんだよ♪」
食いしん坊のアニカは目を輝かせて食べ進めてる。肉が大量に余るので、集会場に集まり村を上げての大宴会になった。
「ウォルト君!料理の追加お願い!」
「わかりました」
「こっちもくれ!」
「任せてください」
どんどん料理を頼んでくれて楽しすぎるなぁ。大量の料理を作れるなんて森に住んでいたらまずあり得ない。クローセに来てよかった。とにかく料理を作れるだけで大満足。
村人達は「もう食べれない…」というまで食べ続けた。お腹をさすって食べ過ぎで動けない者もいる。でも幸せそうな表情。
ボクも大満足で、いい気分のまま後片付けをこなす。女性陣も手伝うと言ってくれたけど「好きでやってるので気にしないで下さい」と断った。
「ウォルト君て獣人よね?」
「はい。見ての通り猫人です」
「魔法を使ってなかった?」
「ちょっとだけ使えるんです」
「実は毛皮を被った一流料理人とかない?」
「料理好きの珍しい獣人なだけですよ」
「一家に1人ほしい」
「わかる!獣人なのに紳士で優しそうだし」
「いいわね。アニカを助けたときも逞しかったし。それに…」
「それに?」
「モフモフしてる!触ったら気持ちよさそう!」
「「「それな!!」」」
後半は会話に参加してない。褒められるのはお世辞でも嬉しいけど、沢山食べてもらえたことがなにより嬉しくて大満足だった。
大宴会も終わりを告げて、皆が家に戻ったあと村長のテムズさんに「儂の家に泊まってくれ」と誘ってもらった。
野宿するつもりでクローセに来たからとりあえず断ったけど、テムズさんは許してくれなかった。
「それはいかんぞい!村を救ってくれた恩人にそんな仕打ちをしては末代までの恥じゃ!」
魔物を倒したのはオーレンとアニカであって、村を救うなんて大それたことはしてないけど凄い勢いだったので断るのは忍びない。
しばらく返事を渋っていたけど、最終的には了承して泊まらせてもらうことに決めた。「泊める代わりに儂の食事を作ってもらえんか?1人暮らしで困っとるんじゃよ」と笑顔で頼まれたのが決め手。
きっとボクの性格を見抜いた上での提案。年の功だなぁと感心して、今日だけ厚意に甘えることにした。
「そうじゃ。お茶くらい淹れるぞい。飲めるかの?」
「お茶は大好きです」
連日の魔物の襲撃で疲れているだろうに、テムズさんはわざわざお茶を淹れてくれる。
「口に合うといいんじゃが」
「いただきます」
互いに湯呑みを持つ。かなり熱々のお茶だ。掌に熱が伝わる。同時に口に運び、テムズさんはなにかを思い出したような表情。
「ウォルト君!すまん!お茶が熱すぎたかもしれん!」
急に謝られたけどボクの手は止まらない。そのままお茶をすすったら、テムズさんはなぜか身構える。
…うん。美味しい。
「ヒマリ茶ですね。凄く美味しいです。しかも熱々で。お茶は熱いのにかぎりますよね」
「なんと…!ウォルト君はお茶のことを知ってるのぅ。オーレン達のような若造にはわからんのかもしれんが、コレが大人の味なんじゃ!!」
力説してるけど、オーレン達となにかあったのかな?1杯飲み終えて訊いてみる。
「ボクもお茶を淹れていいですか?」
「別に構わんぞい」
その後、淹れてきたお茶をゆっくり飲んでもらう。ボクが思う美味しい淹れ方で飲んでもらいたい。
「う、美味いぞっ!!君の淹れたお茶は絶品じゃっ!!」
「ありがとうございます」
褒めてもらえて満足すぎる。
★
一夜明けて。
昨夜は、オーレン達はさすがに身体がキツいだろうと、自警団が交代で夜の巡回を担当してくれた。
ボクも「玄関のドアをノックしてくれたら直ぐに起きます」と伝えていたけど、襲撃はなかったみたいで胸をなで下ろす。
まだ疲れが残っているであろうオーレン達には夜までゆっくり休んでもらうことにして昼はボクが担当する。
「村を巡回してきます」
「気を付けてのう」
朝食を終えて外に出ると、小さな子供達が走り回って遊んでいた。昨日の襲撃が嘘のような平和に目を細める。
「ねぇねぇ」
ん…?下を見ると小さな女の子がローブの裾を握ってる。しゃがんで視線を合わせた。
「どうしたの?」
「きのうのごはん、おいしかった。またたべたい」
「材料があればまた作ってあげるよ」
「ほんと?!うれしい!」
パァッ!と花が咲いたように笑う。子供は可愛いなぁ。
「あとね!きのうの…ん~と…え~と」
「落ち着いて。ゆっくりでいいよ」
「そうだっ!まほうがみたいの!かっこよかったし、きれいだった!」
アニカの魔法を見たのかな?子供は憧れるかもしれない。
「ボクのでよければ見せられるよ」
「ホントに?!みんなぁ~。うぉるとがまほうみせてくれるって~!」
「ほんとに~?」
「みたい~!」
一斉に集まってくる子供達。芝生に座って、キラキラした目で見つめてくる。子供達の期待に応えたいから、楽しませる魔法を披露することに決めた。
「みんな、おはよう。ボクは猫の獣人のウォルト。今から魔法を見せるけどアニカの方が凄いかも」
「「「えぇ~」」」
「でも、楽しんでもらえるように頑張るよ。じゃあ、まずは『水撃』」
掌に水の球体を発現させると、それだけで「おぉ~!」「すご~い!」と驚いて褒めてくれる。子供達の無邪気な笑顔に癒されるなぁ。
「じゃあ、コレを小さくしてみるよ」
合図すると球体は小さく分裂する。ふわふわ浮かせると拍手が巻き起こった。
「すごい!すごい!」
ふわふわ浮かぶ無数の球体を『風流』で屋根の高さくらいまで浮かせる。日の光が反射して綺麗な宝石が浮かんでるかのように見せる。
「きれ~!」
見上げながら目をキラキラさせる子供達。やり甲斐しか感じない。
「よく見ててね」
浮いていた球体が一斉に破裂したかと思うと、細かい霧状に変化した。
「わぁ~!にじ~!にじだぁ!」
皆の頭上に虹が架かる。跳んだりはねたり大喜び。心配だったけど楽しんでもらえているみたいでよかった。
「うぉると!ほかにも!」
「まほう、まだある!?」
「あるよ。見たい?」
「「「みたいぃ~!」」」
子供達の声が大人も呼び寄せる。「なんだ?なんだ?」と集まってきた。昨日も思ったけど、クローセの村民は獣人が魔法を使うことに驚かないのでボクも魔法を見せるのに抵抗がない。
「続きまして…。次の魔法は危ないから近づいちゃダメだよ」
「はぁ~い!」
注意を促して、ポン!と指先に炎を灯すと、「おぉ!」と大人も驚く。徐々に大きくするだけで拍手が起きた。
ある程度の大きさで保つと、左手で『風流』を多重発動して炎を形作っていく。子供だけでなく大人達も興味津々みたいだ。初めてだけど上手くできるかな。
「すげぇな!魔法ってあんなことできるのか?!」
「ホント、凄いわね」
「どうやってるんだ!?」
伝説上の生き物『龍』を形作った。完成した昇り龍に、拍手と大きな歓声が沸き上がる。ちょっと照れくさい。
「龍は天に昇るんだ。見てて」
魔力を操作して上空高くまで炎の龍を昇らせる。青空に吸い込まれるようにゆっくり昇っていく途中で、空を泳ぐように縦横無尽に動かしてみる。
「かっこいい~!」
「すごいよ~!」
特に男の子にウケてる。予想通りの反応を嬉しく感じた。その後も、皆に楽しんでもらえそうな幾つかの魔法を披露する。初めて見せる魔法ばかりだけど反応がよすぎてボクの方が楽しい。
獣人の魔法使いが操る魔法を、足を止めて見てくれるのは嬉しいけど、あまり長くやり過ぎると仕事の邪魔をしてしまうな。
次を最後の魔法にすることに決めて、皆に伝える。
「次が最後の魔法だよ。近くにある小石を1個だけ拾ってボクのところにきてくれる?」
「「「は~い!」」」
子供達は小石を拾って我先にと集まってくれる。皆が差し出した小石に1つずつ指で触れていく。子供達に耳打ちすると、笑顔で頷いた子供達は自分の親のところへ駆けていく。
「あげる!てをひらいてて!」
小石を親の掌の上に置くと、一斉に笑顔で告げた。
「「「いつも、ありがと~!」」」
小石からポン!ポン!と花が飛び出す。全て違う花で色とりどり。子供達は驚いて大はしゃぎ。見ていた大人達からは拍手喝采。皆が笑顔になってる。少しは楽しんでもらえたかな。
「ボクの魔法披露はおしまいです。ありがとうございました」
鳴り止まない拍手の中、大盛況に終わった魔法お披露目会。この出来事以降、ボクは子供達から『猫の魔法使い』と呼ばれるようになる。
魔法披露を終えて、村の巡回を再開すると畑仕事をしている恰幅のいい男性が声をかけてきた。
「ウォルト君。ちょっといいかな?」
「なんでしょう?すみません、貴方は?」
「おお。すまない。俺はホーマというんだ。よろしく」
「よろしくお願いします。ホーマさんはアニカの魔法の師匠ですよね」
名前だけは聞いたことがある。
「よしてくれ。アニカは俺なんかとっくに超えてるよ。あの子は昔から努力家でね」
「アニカはそう言ってませんでした。彼女はホーマさんのおかげで才能が花開いたんです」
魔法を優しく教えてくれて、凄く感謝してると言っていた。自分は操れないのに『火炎』を教えてくれたのもホーマさんだと。
話を聞いて凄い魔導師だと思った。ボクは、自分が操れない魔法を他人に教えることはできない。尊敬すべき凄い魔導師だ。
★
話しかけたホーマはウォルトの凄さを感じている。彼は並の魔導師じゃない。
「そう言ってもらえると嬉しいな。君がアニカの魔法の師匠なんだろう?子供達に見せた魔法を俺も見ていたよ。信じられなかった」
魔法を使えない皆は心から楽しんでいたが、俺は夢を見ているようだった。魔法に関する常識を全て打ち砕かれるほどの衝撃を受けて、常識ではあり得ない魔法の連発にまさしく度肝を抜かれた。
「アニカの師匠ではないんです。ちょっと教えているくらいで。信じられないとはよく言われます」
「高度な魔法操作に、無理だと言われてきた多重発動。顎が外れそうになったよ」
「ありがとうございます。ボクなんかまだまだです」
「謙虚だなぁ。君のような魔導師もいるんだと思うと嬉しい。それで、本題なんだけど」
「はい」
「俺は昔から生活魔法しか使えないんだ。なにか原因があるのか、それとも単に才能がないのか知りたくて。君ならわかるんじゃないかと思ったんだ」
数人の魔導師に診てもらったが、結局原因不明だった。「才能がないんだろう」で片付けられた。
「ホーマさんの魔法を見せてもらってもいいですか?」
頷いて使える魔法を見せる。言われた通り使えない『火炎』を発動する素振りも見せた。ウォルト君は真剣な表情で詠唱を観察してる。
「どうかな?」
「大体わかりました」
本当に凄いな。一度見ただけで…。
「なにが原因なんだい?」
「ホーマさんは凄いです」
「なんだい、急に?」
「魔法を独学で学んだんですね?そして操れるようになった」
「そんなことまでわかるのかい?」
「魔法理論には詳しくないんですが、ある程度は知っています。ホーマさんの詠唱はボクの知る発動法から大きくかけ離れてるんです」
理由を丁寧に説明してくれる。詠唱を観察したところ、俺は普通の魔導師とは違う方法で魔法を発動しているらしい。魔力回路?が複雑に連動しているが、そんな方法があることを初めて知ったと言う。
ただし、その発動方法では『火炎』を発現させるのは難しく、『火炎』だけでなく戦闘魔法全般の発動が困難だと。
「そうか…。きちんと基礎を学んでおくべきだったな…。残念だ…」
もっと若い頃に彼と出会っていれば、違う未来もあったのかもしれない。今さら言ってもないものねだり。
「ボクでよければ今から矯正してみますが」
「そんなことができるのかい?仕事もあるんだけど…」
「直ぐに終わります。絶対できるとは言い切れませんが」
「じゃあ、お願いしてもいいかな」
「はい」
ウォルト君は俺の背後に移動した。
「なんでもいいので魔法を使って下さい。しばらく発動させっぱなしでお願いします」
「わかった」
俺の後ろに立つウォルト君は両肩に手を置いて精神を集中してる。なにをする気なのか見当もつかない。
「お願いします…」
「うん。いくよ」
困惑しながらも生活魔法を発動すると、なんとも言えない不思議な感覚が全身を駆け巡る。絡まっていたなにかが解放されていくような感覚で…とても心地いい。
その後、しばらくして声がかかった。
「終わりました。『火炎』を発動してみて下さい。今までのホーマさんの発動方法とは少し変わります。魔力操作のイメージはこんな感じで…」
魔力操作についてわかりやすく説明してくれる。魔法理論に疎いなんて嘘だろう。
「なるほど。理解できたと思う」
なにも変化したように思えないが、教わった通りに『火炎』を詠唱してみる。
『火炎』
かなり小さな炎が発現した。あまりの驚きに言葉が出ない。口をパクパクさせてしまう。
信じられない…。俺が…『火炎』の詠唱に成功した。過去に何千何万と詠唱して一度も成功しなかったのに。
「凄いです!一発で成功させるなんて!」
我がことのように喜ぶウォルト君。『凄いニャ~!』とでも言いそうな顔だ。本当に凄いのは君だけど…。
そう思いながらも、純粋に嬉しい気持ちを抑えきれず両手を握りしめる。彼がなにをしてくれたのか見当もつかない。ただ、これから魔法を磨けば村や家族を守る力になり得る。それが嬉しい。
「今後は使える魔法の幅が広がると思います。戦闘魔法全般を修練できます」
「ありがとう。修練に励むよ」
我がことのように嬉しそうな笑みを浮かべる常識破りの獣人の魔導師。感謝を伝える言葉が見つからない。
こんな師匠に魔法を教えてもらえるなんて、本当にアニカは幸せ者だ。
読んで頂きありがとうございます。