第26話「二人の気持ち」
「カズ……どうしてここにいるの?」
ちょっと周りが暗いということもあって、サトの表情がよく見えない。
「サトに会いに来た」
「………」
サトは困惑しているのか、黙ったまま下を向いている。
ここに来てはいけなかったのか。
そんな不安がよぎる。
「カズ、会いたかった」
沈黙の後のその言葉。とても嬉しくて、つい頬が綻んでしまう。
「サト。ギューってしてもいい?」
ずっと言いたかった言葉ではない。でも今、俺がほしかったのはサトのぬくもりだ。
暖かくて優しいサトを感じたかった。
サトはちょっと驚いた見たいけど、すぐに頷いてくれた。
暖かくて優しくてここにサトがいると思っただけで、胸が熱くなる。けど、そのあとに待っていた言葉はとても冷たいものだった。
「カズ、もうこれで本当にお別れだよ。俺達はもう一緒にはいられないから」
「なんでそんなこと言うの?!サトは俺のこと嫌い?」
きついんじゃないかってぐらい強くサトを抱きしめる。でもサトは俺の抱擁を拒まない。
「違うよ。好きだから言うんだ。昨日も言ったけど、カズはまた俺のことを忘れてしまう」
どうしてそう決めつけてしまうのかわからない。
「忘れない!!大好きなサトのことを忘れるわけないじゃん!!」
必死に反論しても、サトは寂しそうに首を振る。
「前にも言ったよ。緑の神様は一人だって、カズにもその素質はある。だからまた君はそのことを忘れなければならないんだ」
「分かんないよ?どうしてよ!!どうして俺は緑の神様のことを忘れなきゃいけな……っっ、あぁ!!」
突然、そのことの記憶がよみがえる。夢でも見た。
緑の神様は一人。
それ以上いた場合、神様以外に死をもたらすこと。それを回避するには、神様候補の記憶を消すこと。
「思い出した?」
俺はサトの言葉に小さく頷く。でも、俺は一つ納得できなかったことがある。
「記憶を消すことが死を回避する方法?それだったら、今の俺は何?記憶を持っている、正確には思い出した俺は、もう死んでるはずじゃないの?」
サトはどう答えればいいのか詰まっている。
もしかしたらサト自身もちょっと困惑しているのかもしれない。
「その掟を誰が決めた?誰から教えてもらった?」
ちょっと言い方をきついと思うけど、問い詰めてみた。
「誰が決めたか分かんないし、実は誰から教えてもらったのかも覚えていない……」
きっと根拠なんてない。
もし、俺達の前に神様候補になって死んだ人がいたとしても、これが原因とは限らない。
なにも元とするものはないのだ。
「大丈夫。俺は死なない。またここに戻ってくるから、サトに会いに来るために」
強い瞳でサトを射抜く。
誰になんと言われようと、俺はここに戻ってくる。帰ってくる。
「緑の世界」
とても窮屈だけど、俺はとても好きかも知れない。
サトと一緒にいられる、唯一の場所だから……。
「ありがとう、カズ」
涙をぽろぽろと流しながら、俺にしがみついてくる。
「もう言わないで?」
俺は一つサトにお願いする。サトは不思議そうに俺の顔をのぞく。
「バイバイなんて、もう言わないで……」
サトにつられて、俺までもが涙があふれてくる。
昨日サトにバイバイって言われた時、どんなに胸が押しつぶされそうになったか。どんなに絶望したか。サトはきっと知らないだろう。
だから知ってもらいたかった。
昔のサトとの記憶は曖昧だ。
俺はサトのことをあまり知らない。サトは俺のことよりは知っているかもしれないけど、それでもわからないことのほうが多いだろう。
サトのことを知りたい。そして自分のことをサトにも知ってほしい。
総願いを託した。
「ごめん。もうそんなこと言わない。悲しませてごめんっ」
俺はよっぽどひどい顔をしていたのだろう。
サトはごめんごめんと何度も謝ってくる。俺が言わせてしまったという罪悪が少しある。
今はそれどころではなかった。俺の聞きたい言葉はそれじゃない。
「ねぇ、サト。俺のこと、どう思ってる?」
「えぇ?」
自分から言わないなんて卑怯だと思う。
でも今はサトからの言葉が欲しかった。その言葉を欲していた。
顔を真っ赤にしながら小さな声で答えてくれた。
「好き……」
「俺も好き…」
するとサトは俺の肩をがっしりと掴み、俺に顔を近づけてきた。
意味はもう分かったいた。
俺はゆっくりと目を閉じる。
ふわりと優しい感触が唇に……。
淡い淡いキスを、何度も何度も繰り返す。
くすぐったくて、笑うと、サトも笑ってくれた。
だが、ゆったりとした時間はここまでだった。
「う…んっ?……ぅんんっっ!!」
突然俺の口の中に暖かくて柔らかいものが侵入してきた。
最初はそれが何なのか分からなくて、首をかしげていたが、それがサトの舌だと分かった途端、全身が熱くなった。
苦しいんだけど、恋しくて……。
サトの舌を追いかけると、サトは意地悪の笑みを浮かべた。
さっきまで初々しくて可愛いと思っていたのに、なんかいきなり豹変して……。
「カズ、可愛いね。キスだけでこんなに真っ赤になって?」
……じゃあサトはそれ以上したこと…ってあぁ〜!!何考えてるんだ!!
キスそのせいでちょっとだけ頭がぼーっとしてるんだ。
もう少しすれば落ち着く。はず。
「カズ、好き。大好き」
切なそうに言われると、俺までもが切ない。
きっと心がつながっているからなんだ。
気持ちがつながっているから、伝わっているからこんなにも切ないんだ。
「俺だって好きだよ!!」
俺は舌を突き出すと、サトは甘い甘いキスを俺にくれたのだ。
キスに翻弄されていて気づいていなかったが、サトの片手に四つ葉のクローバーが握られている。ちょっとくしゃくしゃになっているけど、持っていてくれたことが嬉しかった。
サトも俺と同じように、探してくれてたのかな?
───もしかしたら、俺達をここで引き合わせてくれたのは、四つ葉のクローバーの力かもしれない。
次回最終話です。