第20話「サトとカズ」
いつまでそこに立っていただろう……。
足が動くようになっていたのに気付いたのは、サトが見えなくなって何分も経ってからだ。
「サト………」
俺が呼んでも、サトは返事をしてくれない。
この恋は終わってしまったのか。それを信じたくないだけなのか。
それ以前に恋は始まっていたのか……。
混乱してくる俺はもう考えられなくなっていた。
とぼとぼとした足取りでばーちゃんの家を目指した。
* * *
「お帰り。和ちゃん」
迎えてくれたのはばーちゃんだった。
「ごめんなさい。じーちゃんのお墓参りしなくて……」
俺は深々と頭を下げた。これだけでも謝りきれない。それなのに……・
「謝らないで、和ちゃん。ばーちゃんもじーちゃんも怒ってないよ」
「そんなはずないっっ。怒ってるはず、いいよ、ばーちゃん。怒ってくれて」
ばーちゃんは首を横に振る。
「怒らないよ。ばーちゃん、すごい和ちゃんの気持ち分かる」
「ばーちゃん……」
「まずはお風呂へ入っておいで。美代子も凌さんも心配していたよ」
「えぇ?母さんと父さんが?」
そんなはずがない。だって母さんも父さんもあんなに怒っていた……。
「そうだよ。心配していた……」
「………」
そう言われても今両親に会う勇気は俺にはなく……ばーちゃんの言われた通り、お風呂に入ることにした。
お風呂に入っている間、ずっとサトのことを考えていた。
今何してるのかなぁって。ちゃんとご飯食べてるのかなぁって。
もう会えることはないと思っても、サトのことが気になって仕方がなかった。
「ばーちゃん。風呂出たよー」
風呂を出て、髪をタオルで乾かしていた。
「わかった。それ終わってからでいいから、ばーちゃんの部屋においで」
「えっ?うん」
直に俺から顔を逸らし、ササッと部屋に戻ってしまった。
ばーちゃんの顔がとても神妙に見えたので、一瞬引いてしまった。とても大切な話をするのだと、顔で語っていた気がする。
何の話だろう?
やっぱりサトのこと……?
怒っていないって言ってたから、説教ではないと思うんだけど……。
浮かない気分で、俺は髪を乾かしていた。
「ばーちゃん」
ばーちゃんの部屋のお座敷の襖をコンコンと叩いて、入った。
「よく来たね。和ちゃん」
その台詞は、ばーちゃんの家に来た時に言う台詞だと思うのは俺だけだろうか?
「うん。で、何?ばーちゃん」
「ちょっとそこに座って」
ばーちゃんが出してくれた座布団にゆっくりと座る。座布団だと怒られてれれわけじゃないけど。自然と正座をしてしまう。
緊張しているのかばーちゃんは大きく深呼吸をしてから話し始めた。
「和ちゃん。今から話すことは、全部本当のことだからしっかりと聞きなさい。いいね?」
ばーちゃんらしくない口調。今からする話がとても重要なことだと思い知る。
俺は声を出さず、ばーちゃんの顔を見ながら大きく頷いた。
「惺くんが、緑の神様ということは言ったね。そして緑の神様となった人間はこの町から出ることを許されない。ということも……」
「うん」
それに嘘はない。真剣にばーちゃんの話を聞く。
「だけど、緑の神様が此処から出られない理由は、まだあるんだよ」
次くる言葉はとても衝撃的で、俺は目を瞠った。
「緑の神様となった人間がこの町を出た瞬間。その人間自身も死んでしまうんだよ」
じゃあ、サトはこの町から出たら死んでしまうっていうこと……?
この町の自然が崩れるだけではなく、サトまでもが?
俺の全身がとても冷たいもので覆われたようだ。
「でも、それが一番の話題じゃない」
その言葉の方が衝撃的だったかもしれない。
それ以上にどんな衝撃なことがあるのかと。サトはこの世界で、この狭い窮屈な世界で苦しんでいると言うのに、それ以上に何があるのだと言うのか……。
俺には不思議で不思議でたまらなかった。
その風に訴えるとばーちゃんは静かに、俺のことを教えてくれる。
「実はね。和ちゃんは一回だけここに来たことがあるんだよ。去年に一度だけ」
「俺が此処に来たことがある?」
それはサトの言っていた言葉と似ている。
───覚えていないんだ……?
───君はまた俺を忘れてしまうから……。
ということは、もしかして俺は今年以外にもサトと会っていたのかもしれない。
何度も思った。
サトはカズって昔の呼び名で呼ぶし、何か俺のことを知っているって……。
だけど、それだと一つおかしな点がある。
「じゃあ、なんで俺にその時の記憶がないの?」
もっともの質問だと思う。どうして俺にはその時の記憶がないの?
なんで、俺覚えてないの?
事故とかにあって記憶喪失になったとか?
頭がイカレてるとか?
いろいろ考えを言ってみたけど、どれも違うとばーちゃんは否定する。
「今日一回だけ言ったと思うけど、記憶が消されているんだよ。和ちゃんだけの記憶が」
そんなことができるのか?
確かにここにきてからあり得ない話ばかりを聞かされている。緑の神様がどうだとか、じーちゃんが緑の神様だったとか。
でも、記憶を消すってどういうこと?
本当にそんなマジックのような……それ以上なことができるのだろうか?
と、ばーちゃんに訊くと平然と「できる」と答えた。
……新しい事実ばかりが俺の中に上書きされていく。頭がどうも追い付かないようだ。
頭の中をゆっくりと整理しようと下を向き、ゆっくりと目を閉じる。
俺は去年、此処に一回来たことがあって、その時の記憶が消されている。
緑の神様は何でもできて、緑の神様であったじーちゃんは実際に何でもできた。
ということは、俺の記憶を消したのは、緑の神様。
一つの可能性がよぎる。言いたくないけど、それしか思いつかない。
「もしかして、俺の記憶を消したのはサトなの?」
俺は目を瞑ったまま聞いた。
「………」
ばーちゃんは黙っていて、うんともすんとも言わない。
きっとこれが事実だからだろう。
でもそれだったら、どうしてサトは俺の記憶を消したの?
好きだって言ってくれた。ほっぺだけど、キスもくれた。
それはサトの偽りの心?本当のサトじゃなかった?
俺のこと、サトは嫌いで俺の記憶からサトの存在を消した?
じゃあどうして、サトは俺のことをカズって呼んだ?嫌いだったはずの俺の名前を呼んだ?思い出してほしかったからじゃないの?好きって気持ちが本当だからじゃないの?
分からない、分からないよ……サト……。
俺が難しそうな顔をしていると、ばーちゃんが優しく諭すように言った。
「和ちゃん。惺くんが和ちゃんの記憶を消したのには『理由』があるんだよ」
理由。
「惺ちゃんはね。自分で緑の神様になるって言ったんだ。和ちゃんのために」
俺のために……?
「そう。実は和ちゃんも緑の神様候補だったんだよ」
緑の神様候補。
神様に候補なんてあるんだなと変に感心してしまいそうになる。
「神様にだけ授けられた人間にはある特殊なものが見える。それは────祠。神様の祠」
祠と訊いてみて、ピンっっとくるのはサトとみた祠。ばーちゃんの裏にある蔵にある祠。
その祠が見えたことが神様の印だったと言うわけか。
この辺は何となく理解できた。
「この町の神様は祠と神の力を与えられた人間、一人のみ。でも爺さんが死んだ後、神様の祠が見えたのは二人」
神の候補になったのが、俺とサトだったと言うわけか……。
それだったら、俺がここに住めばよかったのに…。
神様だったサトを支えられるように、サトが一人で苦しまないようにと、俺がそのときこっち住めばいいはずの話なのに、どうして俺の記憶を消す必要があったのか、全く分からない。
「……この辺にしておこうか」
その言葉に驚いて、目を開けると、ばーちゃんは立ち上がっていた。
「えぇ?」
ばーちゃんの目には大きな涙のたまっていた。苦しそうに嗚咽を堪えているのが、見て分かる。
「もう遅い時間…。和ちゃん、まだご飯食べてないから、ばーちゃんの握り作ってきてあげるっ」
そそくさと、ばーちゃんは台所に行ってしまう。
なんともキリの悪いところで区切られた話。本当のことを話してくれると言ったのに、どうして?ばーちゃん……。
俺は座敷に取り残されたまま、ボーっとしていた。
20話目突入しました!!
ゴールデンウィークに終わらせることができなかったので、少しずつ書いて行きたいと思います。
この20話目は、書きたいことをたくさん書いてしまって、分かりに行くところが多々あります。
何度も書きなおしたのですが……難しいです。
読みにくいと言うところがありましたら、教えてもらえると有難いです。
この後も、小さな恋〜The green world〜をよろしくお願いします♪