第10話「傍にいたい」
「クローバー畑に行こう」
俺とサトは勢いよく飛びあがった。
「よし!!」
俺達は手をつなぐことが当たり前とばかりに、すんなりと手が合わさった。恥ずかしそうに手を握って走り出した。
走りだすと言っても、スキップのように軽いもの。
緑の道を走っているとサトは、笑顔で声を弾ませながら言った。
「カズもクローバー畑に行きたかったんだ?実は俺も行きたかった」
サトも俺と同じことを考えていたんだ……。
そう思うと心がキューと締め付けられた。ばーちゃんの家にきて、初めて夢を見たときと同じ胸の痛み。
「サトも?もしかしてこれが以心伝心っていうのかもしれない?」
「以心伝心?」
「うんっ!…心が通じ合うこと」
「うんっ」
ギュッとギュッと手に力を込めながら、クローバー畑へと走った。
「わぁーーーーーーーきれーーい」
昨日もみたと言うのに、また同じ感動がよみがえる。
「うん。綺麗」
一面広がるクローバー。緑の世界。
今まで生きる中で一番ここが落ち着くと思う。と海にいた俺は家にいてずっとゲームに没頭していた。
でもここはゲームもテレビもない。
あるのは、澄んでいる空気。透き通っている水。
そして、何処までも続いている緑。
都会にはないものばかりが此処にある。
「サト、寝転がらない?」
サトは頷いた。
クローバーが潰れないように、クローバーのないところに寝転がる。さっきも気持ちいいと思ったが、やっぱりここは違う。本当に静かだ。
一人でここにいたら少し怖い位、静かで……。
「ねぇ?サトはこの世界から出てみたいとは思わない?」
「それはどうゆうこと?」
確かにこの世界は綺麗だ。緑がいっぱいで、気持ちよくて居心地がいい。
でも、この世界はあまりにも寂しすぎる。
純粋で綺麗すぎるこの世界にずっといるのは、とても窮屈だと思う。
前にも思ったが、ゲームもない世界にずっといるなんて俺には耐えられないし、友達がいないのも耐えられない。
サトだってこの生活が窮屈に感じることがあるはずだ。
だってじゃんけんをしただけでサト、あんなに喜んでいたんだよ?友達だってもっと欲しいと思うし……。
同じ年だからこそ、その辺の気持ちはよく分かっているつもりだ。
「他の所にも行ってみたいんじゃないかなと思ったんだ」
躊躇いながらも、サトは答えた。
「あるよ……。でも俺はここから出てはいけないんだ」
「どうゆうこと?」
「俺はここに一生いなければならない。そう小さい頃から言われているから」
それはどんな理由だろう?
一生ここにいなければいけない。サトをこの世界に閉じ込める気だろうか?
もっといろんなものを見た方がいいと、サトの親は思わないのか。俺は不思議で不思議でたまらない。
「サトはこのままでいいの?」
サトは空を見上げながら、何かを考え込むように目を瞑った。
俺は声をかけず、じっとサトの答えを待った。サトの気持ちが聞きたかった。
サトはいつもいつも躊躇いながら答えてる。サトはあまり自分から俺のことを聞こうとしなかったから……。
あれ?もしかしたら、自分の気持ちをあまり他人に言ったことがないのかな?
サトの気持ちになってみると、いろいろ見えてくる。
もしかして…と思うときは、いつもサトの気持ちを考えた時だ。
俺はまた、無理矢理サトのことを聞こうとしているのか……。自分では全然気付かなかった。
今、サトは困っているのかもしれない。
無理矢理俺が聞こうとしたせいで、頑張って答えを探していてくれるのだろう。
───俺、一体何したいんだろう?
サトのことばかり聞いて、親密になるほど別れるのが辛くなると知っているのに、どうしてサトのことを知りたくなるんだろう。
サトに辛い思いさせてまで、なんで俺はサトのことが気になるんだろう?
初めての気持ちで戸惑い始めた俺。
でも、この気持ちがどこか懐かしい気持ちでもある気がしてならないのはなぜ?
「俺は………」
サトはゆっくりと口を開いた。
「俺が今思っているのは、ここを出たいと言うよりも、ずっとカズと傍にいたいってことだけだよ」
その切ない響きになぜか涙が出そうだった。
嬉しい気持ちもあるけど、それだけじゃない。絶望感を覚えたからだ。
俺達はあと2日で別れることになる。
きっと次会うと約束しても、俺がこっちに来れるのは何年後と遠い未来のことだ。きっとなんて「小さな約束」なんて忘れてる。
それでも、今の気持ちを答えてくれたサト。俺の気持ちも伝えようと思う。
「俺もサトとずっと傍にいたいよ?」
手の握っている力が強くなった。
「あぁ!!」
恥ずかしそうにパッと手を離す。
そういえば俺達、クローバー畑に来る前からずっと手を繋いでいたままだった。
ドキ…ドキッ…ドキッ!!
心臓の音が速くなっている。このドキドキは……。
「えっと……また手をつなぐ?」
俺は恥ずかしながら、サトを誘った。
サトもその気配に気付いたのか、下を向きながらうんうんっっと頷いた。
ギューっとギューっと力強く、握りあっている手は汗ばんでいるけど、気持ち悪いものではない。逆にそれがサトの汗だと思うと、変に恥ずかしくなっている。
きっと……俺の中にある気持ちは「あれ」なんだろう。
もうこのドキドキの正体が分かってしまった。
───俺、サトのことが好きなんだな……
だから思うんだ。
ずっと、傍にいたいんだって……
空を見上げながら横目でサトを見ると、サトも俺と同じように、空を見上げながら横目で俺を見ていた。
サトも同じように想ってくれるのかな?
そんな期待を持ちながら、ずっと見つめ合っていた。