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第二部5  『支部』

 翌朝、旅客機に乗り込み、日本へと向かった。空の移動といって上海から日本の羽田空港なので、ものの数時間で日本に到着した。短い時間のため大した疲労にもならず、その足でそのまま空港を早足で出て行く。


「日本の支部まではレンタカーだそうだ。いま霧絵が車を取りに行ってる」


「それは、結構な事だが少し言わせてくれないか。仕事で日本に来ている俺たちがエコノミークラスで飛行機に乗っていると言う訳だ。最低でもビジネスクラスくらい用意してもらっても構わないじゃないか」


「俺は気にならなかったが」


 伊里谷は特に気にしなかったが、ジェフの反応は反対だった。


 ジェフの言い分は仮にも諜報機関の所属でありながら、エコノミークラスでの乗員が気にくわない様子であった。思い返せば上海から乗り込む時から不満げな態度だった。


「ジェームズ・ボンドは絶対ファーストクラスに乗ってるのが決まってるのに俺らと来たらエコノミーだ。ケチな組織は部下のやる気を削ぐのは目に見えているのにだ」


「減らず口を局長に報告するわよ」

 

 霧絵はレンタカーに乗った状態で話しかけていた。ジェフは頭が挙がらない様子で謝罪した。


「すいません・・・・・・」


 それでも彼は、どこか不満そうな態度だった。


「そう言えば、クロエはどうした?」


 伊里谷の言葉に霧絵が答える。今回の任務でもクロエの参加は決まっていたのにも関わらず彼女の姿は朝からどこにも見えなかったからだ。


「クロエは既に日本に発っているわ。一昨日の便で出発している」


「なら拠点先で合流するということか」


「ええ。渋谷の拠点先にいるはずよ」


「そうか」と伊里谷は答えた。クロエの身の上を心配するほど、彼女との関係は回復しているとは言い難かったし、正直なところ彼女が日本で同じ任務に付いているというのも心配に他ならなかった。


「ねえ、伊里谷」


 霧絵は心配そうに伊里谷の顔を覗いていた。そんな霧絵の態度に伊里谷は少し驚いた様子だった。


「こいつの辛気くさい顔は昔からだ。心配しても意味ないぜ」


 ジェフはいつもの様子でからかった。伊里谷は図星だったので何も答えられなかったが、ジェフの態度に腹が立ったのか霧絵は、ジェフを一瞬睨みつける。自分を含めたこの四人で日本での生活をしていくことが出来るのか不安な心境になっていくのを伊里谷は感じていた。



                △▼△▼△▼△



 飛行機で日本に到着し、霧絵が手配したレンタカーに乗り込んで、支部が手配した現地の拠点まで向かっていく。運転は伊里谷が行った。任務中は常に危険な運転を行っているので、逆に安全運転を心がけることが不思議な様子であった。


「支部の場所が渋谷だぜ。日本に来るのは久しぶりだけど、気前がいいよな。飛行機はエコノミーだけどよ、こういったところは好感が持てるね」


 ジェフは気分良く運転している伊里谷に話しかける。伊里谷は真剣な顔つきで、運転しており、仏頂面な返答ばかりしていた。ジェフは特に気分を害した様子でもなく、霧絵に話を振ったが、彼女はそっとジェフに言った。いつもの態度と違って同情を誘うような憐みのある言葉だった。


「あまり、期待しないほうがいいわよ」


「えっ?」


 間の抜けた返答するジェフを横目に、伊里谷はナビに記載されている場所を指さして説明する。


「目的地に着いたようだ」


 伊里谷の言葉に、ジェフが顔を挙げると、一瞬で顔をしかめた。誰がどう見ても築年数に年季の入った古いアパートだったからだ。地図を再度確認するも、間違いなくここが自分たちの目的地であった。


 霧絵は顔を背け、ジェフは落胆。伊里谷は特に気にしないといった様子だった。アパートの看板を見ると『グリーンハイツ渋谷』と古びた字体で書かれていた。看板が、かつてはアパートに立て掛けていたのだろうが、今はずり落ちて、地面にそのままゴミのように打ち捨てられていた。


「情報部の守銭奴ぶりには涙を通り越して感心するよ」


 精一杯の皮肉を込めて、ジェフは皆に投げかけたが、誰も笑わなかった。



                △▼△▼△▼△



 霧絵が事前に渡されていた鍵で部屋の中に入る。ディンプルキーのような最近の鍵ではもちろんなく簡易的な鍵だった。情報を取り扱う組織として目を疑うような支部だった。室内はまだ道具が揃っておらず簡素な様子だった。部屋全体から古い木造建築特有の臭いを放っていた。先にアパートに着いているはずのクロエの姿はなかった。


「いないわね」


 彼女のバックはあったので既にこのアパートには着いている様子だった。彼女は、この古いアパートに何を思ったのか知る由はない。ちなみにアパートは2階の1Kサイズだった。


 少なくとも四人が暮らすには厳しい大きさだった。家具などの部類は現地調達だった。後で買い物して生活用品を買い込まないと駄目な様子だ。ジェフは未だに、この古いアパートについて、飽きずに嘆いていた。


 クロエは日本語も堪能とは言え、何やら良からぬことを起こしてしまいそうな気配も感じていたので、伊里谷は心配の種を余計に抱え込んでいるような気分だった。


「本当にボロボロだな。部屋は狭いし荷物を置くのも一苦労じゃないか。畳も新しい物に替えているのか怪しいぞこれっ」


 ジェフは相変わらず愚痴が止まらない様子で部屋の中を物色している様子だった。


「気持ちは分かるけどね。文句を言っても何も始まらないわよ」


 霧絵も珍しくジェフの意見に同意はしていた。日本での暮らしのない伊里谷には畳の保存状態など知る訳なかったが、霧絵も愚痴を溢すと言うことは、それなりに酷いのだろうと勝手に納得した。


「クロエはどこ行ったんだ」


 伊里谷と霧絵は携帯を取り出す。連絡は来ていない様子だった。


「仕方ないな、嬢ちゃんが帰ってくるまで待つか」


 そう言ってジェフは拠点になるアパートで部屋内の物色を始めた。何やら面白いものはないかといった様子で物色するが、数分もするとジェフは退屈そうに諦めていた。


「やっぱ何もねえな・・・・・・おい、伊里谷買い出し手伝えっ」


「俺は金なんか持っていないぞ」


「経費で落とす、技術主任命令だ」


 霧絵をちらりと横目にするが、特に否定しない様子だった。ジェフは霧絵の反応を見て合点がいったのかすぐに行動を移すような足取りで準備を始めていた。

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