表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/35

第一部3  『追跡』

 クロエは、追跡のため屋根を走り続けていた。


 イスタンブールの町並みの屋根は長い道なりを作っている。レンガ造りの建物が多いとは言え、屋根は熱した鉄板のように暑さを醸し出していた。


 眼下では昼下がりで人通りの多く、クロエは逃げた男を追い続けていた。


 男は屋根から屋根へと器用に逃げ続け、男から眼を離さずクロエも後ろから噛み付くように屋根から屋根へと追い続ける。狙いを定めて、男に銃を構えるも、すんでの所で男は隠れてしまう。


 男は後ろに振り向くと銃を構えてクロエに向かって発砲。クロエは、とっさに擁壁ブロックに身を隠す。クロエは銃撃をやり過ごし、すぐに拳銃グロッグで応戦する。小振りな銃だが、それでも小さいクロエにとっては、大きい銃であった。


 銃弾は男のすんでの所をかすめた。男は物陰に隠れマガジンを換えた。


「良い身のこなしだ、腕も悪くない。末恐ろしいね」


 息も切らさず、男はクロエを挑発をしていく。クロエは男の態度に表情を歪める。


「君は普通じゃない。自分自身、その事には気付いているんじゃないかな。もっとも君の相棒くんは、それに気付いているか知らないが」


「私、女のことを分かったように話す男って嫌いなの」


 クロエの言葉に男は笑っていた。本当に腹の底から出た笑いだった。

 

 クロエは眉をひそめて、銃を男に構える。


「うまく逃げ切れると思い込んでるみたいだけど無理な話よ。アンタの顔や声の認証は既に割れてるしMI6シックスが追い詰めるのは時間の問題よ」


 男の笑いが止まってもよほど可笑しいのか口元は未だに緩んでいた。


「そうだ、時間の問題だ。それは私も同じだ」


「アンタ、何言って、」


 クロエがそう言った瞬間、男は屋根からそのまま飛び降りた。だが、男は地面に落ちず走行していたトラックの荷台にそのまま落下する。彼の仲間がトラックを猛スピードで運転していた。


 すぐさまクロエは発砲するがトラックの移動速度は速く、男に当たらない。


 トラックは、そのままクロエの視界から遠ざかりそのまま奥の路地裏に走り見えなくなる。


 クロエは屋根から眼下に迫る市場に器用に降り、市場の片隅に立て掛けていた宅配に使っていると思われるバイクに乗り込んで行く。


 小さい身体でバイクに乗り込むのは難しかった。馬力はないが、人混みの多いイスタンブールではトラックで逃げ切るのは容易ではない。クロエはバイクを走らせた。



                △▼△▼△▼△



 伊里谷は車でクロエを追跡していた。昼時のイスタンブールは人が多く、満足に車を走らすことは容易ではない。クラクションを鳴らしながら車の速度を上げていく。


 クロエの端末信号の速度が急に上がってた。車かバイク乗って追いかけていると判断した。


<彼女の居場所は?>


 モーズレー局長から直接通信が入った。


「分かりません。ただ彼女の信号が早くなってます。おそらく街並みを車かバイクで疾走しています。それと私とクロエが先ほど応戦した男でしたが、眉間を撃ち抜いても、傷が再生するように蘇りました。今、追ってるのはそういう男です」


 モーズレー局長は伊里谷の発言に一瞬、理解出来ないと思わせる間があったが、冷静に答えていく。


<早く彼女と合流しなさい。こちらでも、その男について調べるわ>


了解ですイエスマム


 モーズレー局長の無線が切れた。伊里谷は車を走らせGPSのところまで向かっていく。



                △▼△▼△▼△



 クロエが追跡を進めてていく。すぐにトラックが人通りでクラクションを鳴らしているのが見えた。慣れない操作でバイクの向きを変えクロエはトラックを追う。


 トラックは人通りの多いイスタンブールから徐々に郊外に出ていくようであった。それなら先回りして合流するまでであった。


 バイクを人通りの多い場所に走らせ現地人や観光客などが多くいる通りを猛スピードで走る。周囲の買い物客や観光客は、皆驚き慌てながら道を空ける。露天の主人らしき男が商売の邪魔だとクロエに怒鳴ったが今はそれどころではなかった。


 市場を猛スピードて駆け抜けると、クロエは裏をかくようにトラックのある先頭に回り込む。


 案の定、トラックはまだ人通りを抜けたばかりであった。アクセルをさらに回して目の前のトラックに向かう。


 トラックの助手席に座っていた紳士服の男は、追ってくるクロエの姿に気付くと手に持っていた銃でバイクに向かって発砲。


 トラックの後ろまで、バイクを隠すように走りながら銃撃をやり過ごす。クロエは拳銃グロッグを取りだしトラックの運転席に向かって発砲する。だが、男が発砲した銃弾が先にクロエの乗っているバイクの前輪に被弾する。


 バイクの前輪に被弾した途端、平衡感覚を失ったクロエのバイクは市場の果樹店にバイクごと突っ込んだ。


 彼女の体は投げ出されたが、幸いにも大量の果実がクッションの役割を果たしてくれた。


 クロエは、わき腹を強く打ち骨は折れていないまでもひどく痛みを感じていた。彼女は、わき腹を押さえて壊れた店から出てきたが、もうトラックの姿は豆粒ほどでしか見えなかった。


 クロエは、思いつめた表情で手元の携帯で伊里谷に連絡しようとした。


 呆然と立ち尽くしていたクロエに後ろから男が近付き、そのまま手に持った銃のグリップ部分でクロエを殴った。


 自分が殴られたことにも気付かずクロエはそのまま倒れ意識を失い殴った男は倒れるクロエを抱えて後ろに停めてあったバンに詰め込もうとする。


 男が、クロエを詰め終え乗り込もうとした瞬間、バンの車体に弾丸が一発撃ちこまれ男は腰が引ける。


 クロエを追いかけて来た伊里谷の銃弾であった。銃声を聞いて市場にいた人だかりは悲鳴をあげて逃げていく。


「彼女から離れろ! 次は足を撃つぞ」


 ライフルを手に伊里谷がクロエを抱えている男に近付く。


 伊里谷は気絶しているクロエを黒のバンから降ろした。男は逃げるように後ずさりしたが、すぐにライフルを構え男に問い詰める。


「なぜ彼女を襲った」


「し、知らねえ。俺は頼まれただけだ・・・・・・」


 男はそう言って悲鳴をあげて逃げていった。伊里谷は男には目もくれずクロエを伊里谷が乗ってきた車の助手席に乗せる。


 伊里谷も運転席に乗りハンドルを握ったところで、彼の無線に通信が入る。


 オペレーターの霧絵からであった。


<すぐ現地から離脱して。いま確認しただけでも2台、連中の息が掛かった車が、すぐそこに向かってるわ>


「逃げ切れない。応援を頼む」


<武装ヘリを派遣しているわ。ただ、少し時間は掛かると思って>


「急いでくれ」


 無線を切り、腕からの激痛を押さえて伊里谷は車を走らせる。車が郊外に出ると人だかりは無くなり、伊里谷たち以外の車両は見当たらなかった。ただ、前方に男の乗ったトラックは見えていた。ここで逃したら全て意味がなくなってしまう。


 無線を付けてオペレーターの霧絵に飛ばす。


「ヘリはまだか!?」


<10分もあれば着く。伊里谷は人通りの少ないところまで車を走らせて。モニターに案内用マップを転送するわ>


 霧絵は冷静な応対していた。すぐに車のモニターのマップ部分に救助ヘリの来る場所がマッピングされた。


 マッピングされたのと同時に猛スピードで車のスピードを上げる。市街地から出たため舗装された道路ではなく車から砂埃が舞っていた。


 ミラーで後方を確認すると追手の車が迫っていた。目視しただけでも2両が、この車両に向かってきており後部座席には私服姿の男がライフルを持ってこちらに狙いを定めていた。


 ライフルの銃撃から身体を曲げて隠れるように車を左右に動かしながら移動させていく。すかさず敵車両からの発砲、車体に銃弾が打ち込まれる。


 伊里谷は体を屈ませ銃弾から回避しようとする。正確な射撃とは程遠いものであるため、何とか凌いでいく。


 無線に通信が入る。要請を頼んでいた武装ヘリのパイロットからであった。伊里谷はサイドミラーで背後を確認すると、上空に1台のヘリコプターが見えた。


<遅れてすまない。今から支援に入る>


「逃げてる黒い車が俺たちだ。早くしてくれっ!」


 伊里谷がそう言った途端、追手のバンの扉が開き筒状の物を持った男が現われた。


 伊里谷がその筒状の物に気付く頃には遅かった。RPGグレネードランチャーだった。


「くそっ!」


 後輪に被弾。衝撃で車体は大きく回転しそのまま伊里谷とクロエは車体に押しつぶされる形で車は横転した。


 それと、同時に武装ヘリの射撃によって伊里谷を追っていたバンも爆発、横転、追手の追撃は途絶えた。


<目標ダウン。無事か!?>


 パイロットの無線に咳き込むような声が聞こえた。返事はなかったが、伊里谷はまだ生きている様子だった。


 横転したバンから伊里谷がクロエを抱えながらバンから這い出ていた。伊里谷は酷い耳鳴りを抑えながらクロエの無事を確認を行う。腹部から出血、被弾した際に割れた窓ガラスが刺さったようであった。呼吸や脈は安定していた。命に別状はない様子だった。


 伊里谷はクロエを抱えて何とか車両から抜け出していく。横転したが、着弾がタイヤということもあり、ふたりには致命傷にならなかった。不幸中の幸いだった。 


彼女(パートナー)が負傷している。回収を頼む」


 伊里谷は手短にパイロットに伝えると、そのまま腰を下ろしてヘリが着陸するまで、そのまま待機する。伊里谷の身体も怪我や疲労のため、立ち続けることが出来ず、そのまま尻餅を付いて倒れてしまった。


 目標の男には逃げられ、伊里谷を含めた諜報員(エージェント)からも多数の被害が出てしまった。伊里谷の脳裏には失敗という言葉以外、何も見つからなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ