第五部1 『反撃』
伊里谷は車の後部座席で自分の装備品を入念に確認をしていた。ジェフが運転をしており、助手席には霧絵が座ってパソコンで調べ物をしていた。これから向かう島への道をネットで検索を掛けていた。
「端島?」
「ああ、軍艦島という名称で知られている孤島だ。以前は炭鉱地で今は観光客が来るような所だ」
「そんな場所に彼女がいるのか」
「観光客が来るような場所に自分の隠れ家を持ってるなんて馬鹿にしてるにも程があるわ」
皆、霧絵の言葉に頷いた。もう安全の保証は出来ない。
もはや伊里谷が直接現地に向かい、クロエとあきらに救出するしかなかった。
伊里谷は、手元にあるM4カービンや小銃の点検を執拗に行っていた。カービンについては、以前、誰が使っていたのかも分からない中古品だ。いつ不具合が起こるか分からない。手入れや点検を入念にすることが、今の伊里谷の出来ることだった。
また、ジェフからも何種類か装備品を渡されていた。実績のない装備品を使いたくなかったが、状況が状況なので背に腹を変えられなかった。
ジェフに簡単な装備品のレクチャーも受けていた。いつも飄々としているジェフも今回ばかりは説明をしているときは真剣そのものだった。
車が目的地に近い港に到着すると、既に霧絵が用意していた小さなボートに必要な荷物を積んでいく。他数台のボートも手配しており、人数ぶん乗ることは可能だった。
「本当にひとりで行くのか?」
ジェフが投げかける。この作戦は伊里谷が単独で行うと言ったからだ。
「ジェフ、お前は霧絵を頼む。MI6から完全に見放された救出だ。何か会ったときにはお前のサポートが必要だ。いつも通り俺の目になってくれ」
現場に不慣れな二人を島の中でも護衛出来るとは限らなかった。そういった判断も伊里谷の中にはあった。
伊里谷の言葉に二人は頷く。
伊里谷は自分の耳元に付けたイヤホンの状態を確かめていた。霧絵の音声が入るのを確認すると、そのままボートの電源を入れて、目的の孤島に向かっていく。
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透明人間と呼ばれていた男が、この部屋から出て行って小一時間が経とうとしていた。
あきらは、未だに自分がどんな状況なのか把握することは難しかった。
あきらは以前と同じようなまま椅子に縛り付けられていた。ただ、先ほどの状況と違うのは監視役の男がいることだった。男は邪な視線をあきらに向けていた。恐怖でしかなかった。こんな状況だから何が起こっても不思議ではない。
「待たせて悪かったね」
扉の開けると音と共に透明人間が再び戻ってきた。そこにクロエはいなかった。
「彼女は何処だ? って顔だね。彼女は別室に残ってる」
あきらは、しかめた表情で透明人間を見た。
「安心してくれ。彼女は無事だよ。ただ、今は調べたいことがあるんだろうね」
透明人間の要領を得ない言葉にあきらは何も答えられない。
「自分の出自を意外な形で見せられたら、君も驚くだろう」
「どういう意味ですか?」
あきらは、透明人間の問いに恐る恐る答えた。あきらの返答に透明人間の反応は嬉しそうだった。
「言葉通りの意味だよ。彼女に自身の正体を伝えたまでさ。彼女は特別な存在なんだ」
「普通の人間ではないと言いたいの?」
透明人間の言葉を自分の言葉に置き換えて、あきらは話す。透明人間は答えた。
「私と彼女は似たもの同士なんだ。真実を知る必要性があると思って、自分の持ってる情報を渡しただけに過ぎない」
「クロエと貴方が同じ人間・・・・・・?」
あきらの言葉に透明人間は少し違うと言った様子で返答する。
「いや、少し違う。私も彼女も君たち人間にはほど遠いよ」
透明人間の意味不明な返答に、あきらは何も答えることが出来なかった。ただ透明人間の言葉が気がかりであきらは聞き直した。
「人間じゃないって・・・・・・どういう意味?」
「言葉通りの意味さ。クロエと一緒にいて何も感じなかったのかい?」
あきらは思い返す。たしかに歳にしては不釣り合いな言動や行動はあったが、それ以上のことは特に思い当たらなかった。透明人間はあきらの様子を見て、ある程度合点がいった様子だった。
「君の様子から察するに彼女は君に何者かは伝えなかったようだね。そうなると、あの殺し屋の青年のことも君は知らされていないようだね。可哀想に・・・・・・本当に君は何も伝えられていないんだね」
あきらは、男の会話に付いていくことが出来ない。
「伊里谷くんの仕事だよ。君は彼から自分の仕事について何も打ち明けられていないだろう? 殺し屋は身分を明かさないものだからね。彼の態度は正しいと言えるだろうがね」
「殺し屋・・・・・・」
「嘘みたいなことだが、本人に直接、確かめてみるといい。君は騙されていたんだ」
透明人間の飛躍した話に、あきらは付いていくのが難しかった。ただ、確かなことは伊里谷聖二というクラスメイトが殺し屋という発言だった。信じられない話だった。透明人間の話は続く。
「あの殺し屋くんは私の敵でね。だから君は餌になってもらう必要があった」
「敵っ・・・・・・」
「彼は君が思っているような人間ではないよ。いや、クロエに比べれば彼はまだ人間と呼べるだろうね。彼が助けに来たら聞いてみるといい」
透明人間は何が可笑しいのか笑っていた。
「私を助けにここに来るってこと?」
驚いた様子のあきら。学校のクラスメイトでしかない彼がここまで助けに来るとは到底思えなかったためだった。
「その通り。君は覚えてはいないだろうが彼は君を助けるために何度も行動していたんだ。今度は上手くいくといいね」
まるで他人事のように透明人間は答えた。こんな状況にも関わらず、こんな言葉を吐ける神経が普通じゃなかったし、あきらは気味が悪かった。
「互いの幸福を祈ろう。彼がやって来たらおもてなしをしなくちゃね」
透明人間は、そう言い残して部屋から出て行った。