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第四部7  『囚人』

 夏目あきらは眼を醒ますと、自分が何処にいるのかも分からない状況だった。見知らぬ部屋だった。人間は、自分が知らない場所で目覚めたとき、自分が思っている以上に動揺するものだった。


(え、あれっ・・・・・・)


 身体に違和感を感じて、自分の身体に縄が掛けられている事に気づき始める。あきらは、椅子にそのまま縄で縛られていた。身動きが取れなかった。


 自分が渋谷の人気のない路地裏で襲われたのは覚えている。そして伊里谷くんやクロエがその場を目撃して助けようとしてくれたことも覚えている。そこからの記憶はない。


 今、自分の状況がまずい事くらい彼女は容易に想像できた。何をされるかも分からない。


 この部屋には、あきら以外に誰もいなかったが、すぐに誰か来るかも知れない恐怖があった。


 あきらは身体が震えながらも、縛られた縄を何とかほどこうとするもビクともしない。


「ぅ・・・・・・」


 縄が強く縛られていて痛かった。あきらは小さな呻き声を挙げる。その時、重い扉が開くような音が聞こえる。誰か入ってくる。革靴で闊歩するような大きな足音だった。


「起きたようだね」


 淡々と答えるのは、スーツ姿の男だ。自分が捕まったときにも側にいた。


「手荒な真似をするつもりはないし、大人しくしていれば家に帰してあげるよ」


 何処にでもいるような白人で初老の男だった。やや片言な日本語で話してはいたが、言葉だけ聞けば物腰の柔らかい印象だった。あきらは、この状況が読み込めず何も答えられなかった。


「何も答えないか。大人しいのは良いことだ」


 淡々と喋る男が不気味だった。自分が何故捕まったのかも分からないし、この男が言うように手荒な真似はしないと言ったが、自分が椅子に縄で括り付けられている時点で手荒な真似以外の何物でもなかった。


「何故、自分がこんなに目にあってるのか分からないと言う顔をしてるね」


 あきらは何も答えない。いや答えられないといった方が正しかった。


 男の言葉は不気味だった。何を考えているのかも何を思ってこんなことをしているのか、あきらには分かりかねた。


「答えるなら、君は餌だ」


「・・・・・・餌」


 あきらは男の言葉を繰り返す。まさか、そんな言葉が使われるとは思っていなかった。


 あきらの脳裏に浮かんだのは、遠い中東の過激派テロリストが捕虜の人に声明文を発表させているニュースの映像を思い浮かべてしまった。


 遠い国の出来事のように思っていたのに、自分はそれになるなんて思いもよらなかった。


「ど、どうなるの・・・・・・」


 何とか声を絞り出す。命の危険に晒されるとき、人は簡潔に自分の身を案じる言葉しか言えなくなる。彼女も例外ではなかった。


「言っただろう、餌だって。助けにくるか来ないかは君の友達しだいだ」


 男はそう言った。あきらは男の不気味な様子にただ黙って話を聞くことしか出来ない。


「君の気持ちはよく分かるよ。自分の命を握られている感覚だ。とても気分が悪いって言いたいんだろ? 人生はチョコレート箱のようなものだ。開けてみるまでは分からない。故に理不尽なことも起こりうるということだ。君はどう考えている?」


 あきらは何も答えられない。男は訳の分からないことを呟く。あきらから見て、この男は遙か遠くに見ているような様子だった。


「何も答えないか・・・・・・それもいいだろう。君は良い餌だと良いのだがな」


 そう言って、男は扉を閉め部屋の奥に行って消えてしまった。男が出て行って数分間、あきらは何も動けなかったが、少しすると、こわばっていた身体の自由が利くようになっていく。


(早く、何とかしないと・・・・・・)


 身体を動かして、自分の身の回りに使えそうなものがないか探してみた。


 工具の入ったトレー台が置かれていた。


 それに目を見張ると、自分の持ち物や学校の鞄が立て掛けてあった。バックの中には携帯が入っているはずだった。


 周囲を確認すると、今まで恐怖で、周りを見れていなかったが、この部屋は異質だった。


 部屋は大型のコンピューターに囲まれており、多くの冷却ファンが唸りを挙げているようだった。あきらは今更ながらこの部屋の暑さは、この大量のコンピューターによる排熱なのだと気付いた。


 縛られながらも椅子を動かして、バックが置いてあるトレー台まで向かっていく。椅子を引きずる音とパソコンの冷却ファンの音が響いていた。誰もいないのが、せめてもの救いだった。


(もう少し・・・・・・)


 椅子ごとを体当たりをして、トレー台を地面に落とす。少し大きい音が響くが、幸い誰も来なかった。


あきらは、ホッと息を下ろした。自分も倒れて口を使って学校の鞄のチャックを開ける。


 チャックはするすると簡単に開き始める。鞄の中身を確認するようにして、何とかスマートホンを口に咥えて取り出していく。


 電源を確認すると、まだバッテリーがに余裕があった。自分が捕まってから、あまり時間は経っていないということだった。


 身体を縛られながらも起用に携帯のスマホの画面を確認し、自分の連絡先で家族に連絡を取ろうとする。履歴から連絡を入れる。コール音が鳴り響く。それでもコール音が鳴り続けているだけだった。


(な、何で出ないのよ・・・・・・)


 焦りから苛立ちがこみ上げる。ただ、虚しくコール音だけが鳴り続ける。


<ただいま、電波の届かないところにいます。しばらく経ってからお掛け直し下さい>


 携帯は虚しくそうアナウンスをした。それで携帯の通話が切れてしまった。


「無駄だよ」


 まるで見計らうように先ほどのスーツ姿の男が出てきた。あきらは、男の様子に驚き、また怯えてしまう。


「怯えることはない。正直に言うとね、君を試したんだ」


 そう言って男は、あきらの鞄を指を指した。あきらは何も答えられない。


「君は理解不能な状況では、何もしない人間と見ていたんだ。それは見当違いだったようだね、謝罪するよ。君は強い人間だ」


 あきらは男が何を言いたいのか理解できなかった。


「僕は弱い人間だからね。何もかも逃げ出してきたんだ」

 

 また独り言のように男は呟く。あきらは怯えていた。


「得たいの知れない男に監禁されてもめげずに、そして必死に逃げ出そうとした」


 立場は逆なのに、まるで自虐するように男は呟く。


「人間は危機的な状況になると二種類の姿が出てくる。危機を受け入れる者と受け入れない者だ。君は後者のようだ。本当にすごいよ、これは本心だ」


 男は生き生きした様子であきらに語り続ける。まるで共通の話題で盛り上がり、新しい友人を見つけたように男は嬉しそうだった。


「君は餌だと言ったが、それは正しいが間違いでもある」


「な、何が言いたいの?」


 精一杯の声を振り絞って、あきらは声を絞りあげる。


 男は目配せすると、奥から男数人が出てくる。彼らに抱きかかえられているのはクロエだった。あきらは驚き息が詰まった。


「友人なのだろ? 本当は彼女が目的なんだよ。彼女は特別な存在でね」


「特別な存在・・・・・・」


 あきらは男の言葉を繰り返すしか出来なかった。


「彼女の仲間達は私のことを透明人間インビジブルと名付けて揶揄していたようだが、失礼な話だよ。これでも、ちゃんと名前があるのにね。わざわざ私を日本まで追ってきたのに、彼女の追跡も無駄足な訳だ」


「追われてるって・・・・・・」


 あきらはつい言葉を漏らす。この透明人間インビジブルと呼ばれる男が話している内容は意味不明だった。クロエが捕まってる状況も理解できないことに拍車を掛けていた。


「ああ、彼女から何も聞かされていないのかい、かわいそうに・・・・・・。友人に打ち明けるのは中々、難しい内容だとは思うがね。言葉を変えるなら宿敵と考えてもらって構わないよ」


 透明人間インビジブルと呼ばれている男は、今度は意識を失っているクロエを見た。その表情は自分の敵を見やると言うより自分の子どもを見るみたいに穏やかな顔つきだった。言葉と表情が合致しない様子は不気味だった。


 透明人間インビジブルは自分の仲間に指示を出した。クロエもあきらと同じように椅子に括り付けて並べるようにしていた。


「彼女を起こしてあげなさい」


 透明人間インビジブルは、そう言ってあきらを促す。それ以上何も言ってこないが、男から威圧だけを感じた。ここでクロエを起こさないと自分は殺される。そういった雰囲気が漂っていた。


「起きて・・・・・・。ねぇ、クロ・・・・・・」


 仕方なくクロエを起こすように声を掛ける。


 何度か声を掛けるとクロエの重いまぶたが開きはじめる。


 眼を醒ました後でも、しばらくクロエは自分の状況が分かっていない様子だったが、数十秒もすると目付きが険しくなり、目の前にいる透明人間インビジブルを睨み付けていた。


「彼女に何しやがったっ!」


 第一声がそれだった。


 クロエの言葉を聞いた透明人間インビジブルはとても嬉しそうにクロエの罵倒を心地よく聞いているようだった。


「何もしていない。強いて言うならお喋りかな。信用できないなら彼女の様子を確かめてみるといい」


 透明人間インビジブルの言葉にクロエは半信半疑で、あきらの様子を伺っていた。透明人間インビジブルの言う通り、あきらに怪我ないのが分かると安心している様子だった。


「あきら、大丈夫か?」


 クロエの言葉にあきらは頷く。自分たちの状況があまり飲み込めずただ頷くしか出来なかった。あきらの無事が分かると、クロエは今度は透明人間インビジブルに眼を向けた。 


「そろそろいいかな?」


 透明人間インビジブルは、入念にあきらの様子を確認しているクロエに対して痺れを切らしているようだった。


「私が目的といったな。どういう意味だ」


 クロエは、強い口調で透明人間インビジブルに問い詰める。透明人間インビジブルの表情は変わらずに仲間に耳打ちをしていた。


「こちらに」


 透明人間インビジブルは手招きするようにクロエを促す。クロエは、黙って透明人間インビジブルについて行く。


 あきらは、クロエを引き留めることは出来ず、ただ、黙ってクロエを見ていることしか出来なかった。

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