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第三部3  『心配』

 昼下がり、伊里谷はコンビニで買った弁当をつまみながら、歴史と国語の教科書を読み込んでいた。頭にたたき込むというのは文字通りで、仕事柄、文章には残せないことが多いため手癖のように染みついてしまった。原始的な方法であったが、伊里谷はそういった作業は苦手ではなかった。


 期末の試験も近づいていた。自分には関係のないと思いつつ伊里谷は何故か教科書と睨めっこしている。仕事から少し離れて勉強するという行為が少し物珍しかったというのが本音なところだった。


「ねえ、伊里谷くん。ちょっといいかな?」


 話し掛けられて顔を挙げると、夏目あきらが少しバツが悪そうな様子で伊里谷をに話しかける。伊里谷はいつもの仏調面で答えていた。


「どうした?」


 伊里谷は教科書を閉じて話を聞く体勢になる。


「あのさ、昨日のことなんだけど、ごめん言い過ぎた」


 あきらの言葉に伊里谷は頷いた。彼女の方から昨日のことを話されるのは都合が良かった。


「俺も大人気なかった。すまない」


 伊里谷はそう答えた後、あきらの視線が彼の側に置いてあった資料を見つめていた。昨日の委員会の資料だった。


「その何ていうかさ・・・・・・アンケートの件で手伝ってくれるのは、嬉しいんだけど、根詰めるっていうかさ。そんな真剣マジに受け取らなくていいよ。その、勉強の件もあるしさ」


「問題ない。少し気晴らしになってるくらいだ。第一、君が頼んだことじゃないか」


 伊里谷の言葉にあきらは頷く。


「まあ、そうなんだけどさ。私も君に気軽に頼んじゃったからさぁ。志帆に怒られるのも嫌だしね」


「君さえ良ければ今からでも手伝おう。こういうのは早く終わらせた方が良い」


 伊里谷は特に気にした様子も無く、あきらに与えられていた事務処理を黙々と片付けていく。今、伊里谷たちが目を通している書類は文化祭の決算書類だった。学校の方針で、金銭面はもちろん教師の目は入るが、学生に主体的に行わせる教育方針を採っていた。教師の眼は入るがといいつつ、上手くやれば少しばかりの決算の使用も認めてもらっていると、あきらは言っていた。


「他言無用だからね」


「安心しろ。尋問でもされない限り白状はしない」


「尋問されたら白状するのね・・・・・・」


「映画のように厳しい尋問を受けて白状しないのは実際にはあまりない話だ。君もその時になったらすぐに白状した方が良い」


 あきらは反応に困った様子で「うぅ〜ん」といった様子で相づちした。そんな彼女の様子を察しもせずに伊里谷は話を続ける。


「仮に自分を犠牲にしてでも尋問耐える者については、家族や恋人を標的にすることもある。規模の大きい尋問だと、家族が住んでいる家をドローンで爆撃、」


「物騒すぎよっ! ここ何処だと思ってんのよっ」


 あきらは呆れた様子で伊里谷をたしなめる。


「すまない。あくまで例え話だ」


 あきらは、再び「うぅ〜ん」と捻った。この話から切り替えないと埒が明かないと彼女は頭を悩ませた。 


「そう言えばさ、伊里谷くんは、昼ごはんは基本コンビニな訳?」


 あきらは話を変えるようにして、伊里谷の手元にある弁当の入ったビニール袋を見ながら答えた。


「そうだな、転居して間もないし、ほとんどは外食かコンビニだ」


 特に話しても問題ないと判断し、伊里谷は答えた。伊里谷の返答にあきらは少し顔をしかめた。


「コンビニばかりは身体に悪いじゃない」


「料理をしないからな。仕方ない」


「差し支えなければなんだけどさ?」


「どうした急に」


「君の昼飯事情を手伝ってあげようと思ってるんだけど」


「何故?」


 伊里谷は本気で理解できないような様子であきらに答えた。あきらも呆れつつ答えた。


「君じゃない。あの子のことが気になるのよ」


 伊里谷は逡巡し、少し間を置いてから合点いった様子で答えた。


「ああ、クロエのことか」


「そう、あんなに小さな子にも似たようなものを食べさせてるんでしょ?」


 実際、その通りなので伊里谷は、特に否定もせずに肯定した。


「彼女も食事に関しては特に気にしていないだろう」


「だけど、本人に確認は取ってないんでしょ?」


 これも実際、その通りなので首を縦に振る。あきらは呆れている様子だった。


「君の言い分は分かったよ。それで俺は何をすればいいんだ」


 伊里谷は少し口調を強めては尋ねる。あきらはハッキリとした口調で答える。


「何もしなくていい。だけど、君のところの台所事情を気にしてるだけよ。クロエが可哀想じゃない」


「可哀想か」


 伊里谷はあきらの言葉を反復した。任務で何度も死にかけてるような行動をお互いしているのだ。今更、食事事情で他人から言われるとは思ってもいなかったので伊里谷は少し呆気に取られた。


「今、食べているものより美味いものが食べられるなら彼女も納得してくれるだろうな」


「なら尚のことよ。ちゃんとしたご飯食べさせないと」


「君の言いたいことは分かったよ。今日、君を家に連れて行く。それで問題ないか?」


「少し言葉にトゲがあるけど、まあいいわ」


 そうは言いつつもあきらの表情はいつもより柔和な様子だった。そんな様子を見て伊里谷は言った。


「悪いが少し席を外す」


「ん、私また何か変なこと言った?」


 あきらは、少しお節介な行動なのを気にしたのか伊里谷に問いただす。


「少しトイレに行くだけだ。気にするな」


 伊里谷はそう言って委員会室から出てトイレに向かっていく。霧絵達にこの件を報告するためだった。



                △▼△▼△▼△



「・・・・・・という訳だ。悪いが今日は部屋内にクロエ以外、誰もいない方が都合がいい」


「女を連れ込むなんてやるじゃねえか。少し見直したぜ」


 男子トイレの便器に座りながら伊里谷は小声でジェフと霧絵に報告していた。案の定、ジェフは伊里谷の報告にとても食いついてきたし、霧絵は電話越しからでも分かるくらいに厳しい表情をしているのが想像出来た。彼女のことを探るようにと伝えていたが、まさか自宅に招き入れることを想定していなかったからであった。


「たしかにまずいけど、分かったわ。彼女から来るとはね。来るの何時間後になりそう?」


「分からん、ただ今やってる学校での作業が終わったら、そのまま、向かう可能性が高い。最悪、機材関係だけでも持って行ければ何とか誤魔化せると思う」


「そうね、分かったわ。私とジェフで何とかするわ。彼女と帰ることになったら、また連絡もらえる?」


「了解した。霧絵、すまない。下手に断ったら面倒ごとになりそうだったので、そのまま了承してしまった」


「その子は、貴方やクロのことが心配してるだけよ」


「ちなみにクロエはそこにいるのか?」


「いないわ。さっきお菓子を買うと言ってコンビニに行ったわ」


「そうか。戻ったらクロエにも伝えてくれ」


「了解」と霧絵の返答があり、伊里谷は電話を切った。トイレから出て、そのまま教室に戻ると、あきらは自分の歴史や国語のノートにスマホで写真を撮っていた。


「私のノート見せてあげるって話したじゃん。後で伊里谷くんに送ろうと思ってるけど、アプリか何か入れてる?」


 あきらの言葉に伊里谷は頭を振る。


「いや、そういうのには疎い。何も入れてないな」


「何となく、そんな気はしたよね」


 あきらは特に気にした様子もなく撮影したスマホの写真のデータを消している様子だった。


「後でコピーしてあげる。それこそ伊里谷くんの家にコピー機があれば助かるんだけど、」


 報告書提出用に使用していた簡易的なコピー機があったので、伊里谷は首を縦に振った。


「なら、話は早い。もう行ける? ぱぱっと行っちゃいましょ」


 思っていた以上に、早く拠点に戻りそうなため、伊里谷は少しもどかしかった。霧絵に報告したかったが難しそうだと感じた。


「・・・・・・ああ、構わない」


「なんか含みのある間ね。まあ、いいけど」


 そう言いながら、あきらは帰り支度の準備を始める。伊里谷もそれに合わせるようにノート類をカバンに詰め込んでいった。



                △▼△▼△▼△



 ふたりで帰ってる間も特段、あまり喋らなかったが、伊里谷から見ると彼女は少しぎこちないようにも見えた。


「大丈夫か?」


 伊里谷の言葉にハッとするあきら。


「な、何が。特に大丈夫だけどっ」


「いや済まない。少し体調が悪そうに見えた」


「そ、そう。大丈夫よ。気にしないでいいから」


「そうか。そう言えば榊原はどうした? 昼過ぎから姿が見えなかったが」


「ん? 志帆は何か用事があるって言って帰ったわよ」


「そうか」


 何か榊原に嵌められたかと勘ぐる伊里谷。疑っても仕方ないと表情を正す。


「どうしたのよ?」


「何でもない。そういえば、国語と歴史のノートの件だ。正直、助かる」


 伊里谷は、彼女から借りたノートを読んでいく。彼女が授業の内容をしっかり聞いた上でまとめているのがよく分かった。


「危ないからあんまり歩きながら読まないでよね。でも、まあ伊里谷君、物覚えいいから、心配する必要なさそうな感じね」


「暗記は慣れている」


「考えてみれば、伊里谷君の英語も話せるんだよね。学校の英語なんかは簡単なんじゃない?」


 あきらは伊里谷に質問した。


「そうでもない、実際に喋ることと、学校で習うの英語とはだいぶ異なる」


「文章表現や文法ってこと?」


「そうだ。君は日本語を話すときに細かい文法まで意識しないだろう。英語も同じだ。英語を話す当人は文法など気にしていないし無くても何とかなってしまう。だから学校の英語は難しい」


「帰国子女も大変ね」


「だから夏目、君には助かってる」


「ど、どういたしまして・・・・・・」


 伊里谷は、あきらの表情や仕草が一瞬、変わったのに気付いた。


「どうした?」


「何でもない」


 少し伏し目がちになり、それ以上は何も答えないあきら。彼女の行動に不審に思いながらも、伊里谷は特に気にした様子も見せないように心がけた。

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