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第二部9  『不審』

 あきらは、一定の距離を開けながら、伊里谷とクロエの動向を追っていたが時間だけが一刻に過ぎていった。別に後ろめたいことがある訳ではなかったが、クロエという少女と一緒に行動していたのは気になることであったからだ。


(ねえ、さっきから伊里谷くん、同じところ回ってない・・・・・・?)


 志帆の言葉にあきらは頷く。伊里谷とクロエは時々、何か言い合っているようにも見えていた。特に道に迷った様子もなく、二人は歩き続けていた。


(迷ってるって感じもなさそうよね。どう考えてもおかしいわよアイツ)


 あきらの決めつけに近い発言に、志帆は特に反論しなかった。この辺りの道に詳しくないというのもあったが、同じところを歩かされているような感覚を錯覚させたからだった。


(あれっ、いなくなっちゃた?)


 志帆達は後を付いて来たはずなのに、少し目を離したら伊里谷の姿がなかった。


「あ、あれ・・・・・・」


 あきらは拍子抜けな表情をした。瞬間、


「動くなッ」


 後ろから伊里谷の声が聞こえた。静かな口調だが言葉遣いには明らかな敵意が向けられていた。予想外の出来事にあきらとしほは身動きが取れなかった。


「振り向くな。君たちが何をしているのか検討は付かんが、奴らの仲間か」


「えっ、えぇ、あのぉ・・・・・・」


 あきらがしどろもどろに答えようとした瞬間。後ろにいた伊里谷の身体がカクンとバランスを崩した。あきらが後ろを振り向くと、黒髪の少女クロエが怪訝そうな様子で伊里谷に足蹴りをかましていた。


「何してる馬鹿者。どう見てもただの学生ではないか」


「すまない。奴の仲間かと」


 また足蹴りを食らう伊里谷。


「あ、あの伊里谷くん、大丈夫?」


 あきらの言葉にクロエが反応した。


「おお、あきらじゃないか。お前、この男と知り合いだったのか」


「同じクラスの夏目あきらと榊原志帆だ」


 伊里谷が腰を沈めながら間に入る。


「もしかして伊里谷くんのご家族なのかな?」


 志帆の言葉に「さすがに違うんじゃないかな」とあきらは突っ込む。


 二人の言葉に、クロエは無い胸を尊大に張り上げ答える。


「私はクロエ・ディズレーリ。この男は言うなれば相棒パートナーだよ。案外、隅に置けない男だろう」


 にやにやと答えるクロエ。真顔のあきら。伊里谷は額に冷や汗をかいている様子だった。


「いや聞いてくれ、これは彼女の冗談なん、」


 伊里谷はそう言って、あきらに近づく。瞬間、今度は、あきらから強烈なボディブローを受ける。伊里谷はそのまま倒れてしまう。


「痛いじゃないか・・・・・・」


 地面に伏せながら声を籠もらせるように伊里谷は答える。クロエは何が可笑しいのかけらけら笑っていた。


「アンタ、たしかに変な奴とは思っていたけど、まさか子供に手を出すなんて信じらんないわ・・・・・・」


「ま、待ってくれ夏目、それは誤解だ・・・・・・これには事情がっ」


「そんなもん、聞きたかないわよっ!」


「あき、それやりすぎ」


 志帆が止めに入るが、伊里谷はうずくまったまま答える。


「君は結構、暴力的な人だな・・・・・・」


 あきらは、伊里谷の言葉に妙な気持ち悪さと苛立ちに面を食らいつつ再び足蹴りを加えた。



                △▼△▼△▼△



「えっ、さっきの冗談だったの!?」


「少し誇張しすぎた。半分は正しいがな」


 クロエの説明にあきらと志帆は頷きながら話を聞いていた。伊里谷は無表情で後ろをとぼとぼ歩いていた。クロエはふたりに親戚の子どもだと説明した。伊里谷の海外暮らしの情報があったので二人には何とか納得してもらえたようだった。


「伊里谷くん、さっきはごめんね」


「分かっている。敵意を持つなということだろ。俺の方こそ君たちが敵意を持ってないと知って安心した」


 伊里谷の微妙に的がズレてる発言を聞いて、志帆はやや愛想笑いをする。


「伊里谷くんのお嫁さんじゃないと知っただけでも安心したかも」


「だが君の友人は暴力的な人だな。日本人はもっと大人しいと聞いていたが」


「はぁ」と答える志帆。


「今時、そんな発言は流行らんぞ。謝罪せんか馬鹿者」


 クロエは呆れながら伊里谷に叱責する。


「いや、そんなつもりはなかったのだが」


「だとしてもだ」


 クロエの言葉に押されて伊里谷は志帆に頭を下げた。


「べ、別に気にしてないから大丈夫ですよ」


「てゆーかアンタも日本人でしょうがっ」


 あきらは伊里谷に突っ込むがこれに対しては伊里谷は否定した。


「それは同意出来んな。俺は日本人だが、ここの育ちではないし、この国のことはほとんど知らない」


 伊里谷の言葉にあきらはある程度納得してくれていたようだった。


「そう言えば、伊里谷君はさ、中東の方面出身って言っていたけど、元々どこ育ちなの?」


「長く留まったところはない。親の仕事の都合だ。転々としていたから治安の悪いところに、ずっと住んでいた訳ではない」


「でも日本語上手だね」


 今度は志帆が尋ねる。


「自分の生まれた国の言葉くらい覚えておけと、教え込まれただけだ」


「ふぅん」


 あきらは、相づちを打つ。


「それで、ご家族の仕事の関係で渋谷なんだ」


「そうだ、俺と彼女」


「友人も少々いるぞ」


 伊里谷の言葉にクロエの発言を被せる。伊里谷の眼が鋭くなった。クロエはそんな様子に気付き、別に構わんだろうと言った表情で伊里谷に目配せをした。ジェフや霧絵の存在は語らないようにしていたので、伊里谷にはクロエの判断が正しいとは思えなかった。


「友達も一緒なんだ、何だ、それなら良いじゃない」


 あきらは、少し安心したように答える。


「向こうで知り合った学生だ。研究の関係で一緒に日本に来ることになった」


 伊里谷の代わりにクロエが話を進める。


「着いたぞ。ここが今の住まいだ」


 ボロボロに朽ち果てた伊里谷達の住まいが目の前に広がっていた。


「築年数、古そうだね」


「雨の日は天井からの漏水の戦いだよ」


「詮索し過ぎな気もするけど、ご両親から、その援助とかはなかったの・・・・・・」


伊里谷こいつの親父は『クリスマスキャロル』に出てくるスクルージのような男だ。期待はできないな」


 自嘲気味にクロエは答える。


「何よそれ」


 あきらはツボに入ったのか、笑っていいのか微妙な冗談に笑いそうになっていた。


「ふたりもこの辺りに住んでいるのか?」


「まあね、私も志帆もここから数駅離れたところに住んでるよ」


 あきらが答えた。


「見てくれも内装もお世辞にも良いとは言えないが、歓迎するぞ」


 クロエの言葉にあきらと志帆は頷く。クロエは、そんな二人の態度を見て気に入ったようだった。


「素直でよろしい」


 クロエは嬉しそうに部屋まで案内していく。鍵は掛かっているようだった。鍵を開けて部屋に入るとジェフやキリエがいる様子もなかった。何処かに出掛けているのだろう。あきらは何も道具も置いていない部屋を見渡していた。


「本当に引っ越してきたばかりなのね」


 あきらの言葉に伊里谷は頷く。


「いま同居人が、おそらく買い出しに行ってる。ここ数日はそんなことばかりだ」


「同居人の人って外国の人なんだよね?」


 今度は志帆が質問する。側にいたクロエが答える。


「日本人とイギリス人のふたりさ。留学生なのだが伊里谷と彼らのタイミングが同じだった訳でしばらくの間、滞在することになったという訳だ」


 クロエの説明に二人は納得したようだった。その後、クロエや伊里谷のプロファイリングに基づいて、海外にいた時の話をした。彼女たちは伊里谷やクロエを疑っているわけでは無い様子なので、特に答えにくいことを聞いてくることはなかった。中東で過ごした期間や生活・文化・食事事情などその程度のものだった。


 小一時間もすると志帆が塾に行くとのことだったので、あきらも含めてそのままアパートから退出することとなった。伊里谷とクロエも外に出てふたりを見送る形になっていた。


「伊里谷くん、結構、楽しそうじゃん。なんか安心したよ」


 あきらの言葉に伊里谷は首を傾げる。あきらは特に気にした様子も無く、「また明日ね」と言った。クロエが伊里谷の方を向いて無言でニヤニヤしていた。

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