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2.【プロローグ】◇西園寺ゆりあ



 生まれる家を間違えた。

 そう思うくらい、わたしは自分の家の家風に馴染めなかった。


 名前は西園寺さいおんじゆりあ。名字がまず駄目、わたしにはみやびすぎる。全然似合ってない。名前と内面がそぐわない。自分では「オムライス山やかん」とかそんなふざけた名前が似合うと思っている。


 父は服飾関係の会社の偉い人。どのくらい偉いのか、何をやっているのかはよく知らない。とても有名な会社らしいけれど、興味がないのでそれもよく知らない。

 母は元ヴァイオリニスト。何かものすごい金額のバイオリンを持っているらしいが、見たことも触ったこともない。

 姉はファッション雑誌のモデルをしていたけれど、最近ドラマや映画に出だした。わたしは家ではコメディ映画ばかり観ているので姉が出るようなのは退屈なので観ていない。


 みんな美形。そこそこ裕福。人からは大金持ちに見られることが多いけれど、母の実家が資産家なだけで、我が家自体はそこまででもない。そこそこだ。べつに自家用ジェットもないし料理人も来ない。


 わたしはそんな家庭で育ったのに、ファッションにも音楽にも芸能にも興味がわかなかったし、たまに連れていかれる謎のパーティも苦痛でしかなかった。家族は全員それぞれ別分野でパーティにお呼ばれすることが多く、どさくさ紛れにわたしを連行しようとすることがある。


 それをさけるために、わたしは勉強をした。

 勉強してるところを邪魔する奴はあまりいない。さまざまな面倒なイベントを避けるためにも、わたしは勉強に精を出していた。それさえやっておけば、我が家におけるわたしの人権は保証されていた。

 やったところで学年一とかにはならなかったけれど、自分では満足している。満足値が低いので簡単に満たされてしまい、向上心があまりない。


 才気あふれる文化的な家族の中でわたしはひとり、覇気のないくすんだ娘だった。マカロンがずらりと並ぶ中、ひとつだけホカホカの肉まんがマカロンのふりして紛れてるくらい違和感がある。しかし、わたしはマカロンより肉まんのほうが好きだ。


 とはいえ見た目は家族とよく似ていたため、わたしの恥ずかしい内面を知る人はそういない。


 お洒落もしないけど、だらしないわたしを見兼ねた姉によって月イチで姉の知り合いの美容師さんに髪を整えられている。月イチというのはわたしにはとても頻繁に感じられたけれど、姉は週一で行っている。エステとかネイルサロンとかにも行っているようでとても忙しそうだ。わたしはそんなところに行くなら家でバカなコメディ映画を観ていたい。






 冬が終わる三月。

 高校に入学してもう一年も終わろうとしていたけれど、わたしは孤立していた。


 いじめられているとかではない。嫌われてもいない、とは思う。

 ただなんとなく遠巻きにされている。

 じろじろ見られることは多いけれど、仲良くはしてもらえない。


 たとえば、女子生徒と肩がとんとぶつかったとき。普通なら「ごめんごめん」とか笑ってすませるところわたしは「ヒエー西園寺さん! すいません!」と謝られる。


 この間もそうだった。近くの男子生徒がやけに緊張した面持ちでわたしに話しかけてきた。


「すいません、ごめんなさい、西園寺さん……消しゴム落としましたよ……」


 男子生徒がそう言った時、近くの女子生徒が目ざとくそれに気づいて言う。


「バカ! 西園寺さんがそんな角の丸い小さい消しゴム使っているわけないでしょ!」


「あっ! あっ! そうだ! すいません西園寺さん! 失礼致しました! この汚らしいチンケな消しゴムは僕が食べときますね!」


 わたしとクラスメイトの距離は百万光年ほど遠い。


 ちなみにわたしは消しゴムを限界までつかうので、男子生徒によってむしゃむしゃ食べられた汚らしいチンケな消しゴムはまごうことなきわたしのものだ。


 クラスメイトは皆、いまだわたしにだけ「さん」を付けて呼ぶし、話しているとなぜか敬語まじりになる。悲しい。本当はゆりりんとかさいちゅんとか、そんなフランクなあだ名で呼ばれたい。


 しかしながら明るく輪に入っていってひょうきんに愛嬌を振りまき笑わせるようなスキルも持ち合わせていなかった。

 わたしは仲の良い打ち解けた友達相手にはかなりふざけるタイプだったけれど、そんな態度を取られると、さすがにふざけられない。


「さっき佐倉君見たよ!」


 教室の端からはじけるような声が聞こえてそちらを見る。


「え、見たの?」


「ひへへ。朝からイケメンで英気を養った」


「うあぁ、羨ましい! ていうかなんで! なんでうちのクラスには佐倉君がいないのー?」


「あんま大きな声出さないの。聞こえるよ。ほら」


 つられて見ると廊下に佐倉総士その人が背筋もまっすぐに歩いていた。


 ただ歩いているだけで人の注目を集める。考えただけで疲れそうなアビリティを持ったその人は視線など気にする様子もなくまっすぐに歩いていたが、やがて女の子に囲まれ進路を阻まれた。


 囲まれても女子より頭ひとつぶん背が高いので顔は見える。


 確かに彼の、ぱっと見の造作は凛々しいのに、どこか危ういような色気を孕む繊細さが同居しているその顔は女子受けの権化だろう。流行りの顔とかではなく、古来からの伝統ある美形だ。それに少年的な色気が加わって、僅かいちミクロンほどの隙になっている。

 おまけに勉学優秀、運動でも秀でている。放っておかれるわけがない。


 ただ、くだんの佐倉氏は騒がれているわりに浮名もないし、誰のことも平等に相手にしないようだった。

 彼は女性に興味がなさそうなところがあって、話しかけられても、あまり会話にのってこないというか、ガードが堅いのだ。

 それがある種の高潔さになり彼はアイドル化した。勇猛な何人かが振られた後は挑む者もなく、最近ではすっかり皆の共有財産と化している。

 彼に対しては謎の暗黙の協定のもと、手を出さなければ周りも怖くない。わたしとしては女子の敵を作らぬため、一生話さなくてもいい人物だ。


「あー、いいないいなー、すっごいタイプ!」


「あんただけじゃなくてみんな思ってるよ」


 そうかなあ。わたしはタイプじゃないな。

 聞かれてもないのに脳内で返事をする。

 わたしは異性のタイプなら、顔は緊張しない程度に面白くて、性格は優しくて、わたしは「ほい」とか「そいや」とか合いの手入れるだけでもしゃべり続けられる饒舌さを持ち、人目を引かず、牛丼を美味しく一緒に食べてくれる、そんな人がいい。


 でもその前に女の子の友達が欲しい。

 わたしはいつも教室でふざけている子達が羨ましかった。先生の真似して「あなた方はいつもそうです!」「すいませーん」とかふざけているようなの。みんなわたしにそういうのやってくれないし。わたしだって思うさまふざけたい。納豆なすり合いパーティとかしたい。


 納豆が食べたい。なするとか言ってごめんなさい。一粒残らず大事に食べます。


 帰りに買おう。わたしはおこづかいでおやつに納豆を買って、こっそり食べている。

 我が家の食卓はわたし以外全員の趣味により極端に和食が少ないのだ。

 テーブルにはカタカナの名前の料理ばかりが並ぶ。味噌汁じゃなくスープ。なんちゃらのムニエル、なんちゃらのグラッセ、ナントカパッツァにウンチャラリエット……嫌いなわけではないけれど、普段のメニューにあまり出てこないものがわたしにとってのご馳走となっていた。同じビーフならローストビーフやビーフストロガノフよりも牛丼が食べたい。


 ぐぎゅるる、わたしの腹の虫が同意した。


 牛丼食べたい。


 しかし、わたしのお気に入りのチェーンの牛丼屋は近場にはない。もとより進学で別れた中学の友達数人と一緒じゃないと入る勇気もなかった。コンビニのはちょっとちがうし、あそこのが食べたい。


 食べたい食べたい。


 もう、どれくらい牛丼食べてないだろう。


 どれくらいふざけた遊びしてないだろう。


 中学まで行っていたエスカレーター式の女子学校では友達はいた。親が家を新築して引っ越すおりに新居周辺で一番学力の高いこの高校へと進学した。こんなことなら遠くても前の学校に通い続ければよかった。


 ああ、ふざけたい。

 友達と変な顔しあってゲラゲラ笑いたい。


 女子はよそよそしいし、男友達だってもちろんいない。たまにやたらとキャラの濃い男子が変なナンパとかしてくるだけでマトモな男子は話しかけてもくれない。つまらない。現実、つまらない。


 モヤモヤと思考が沈殿した時に行く場所がある。わたしはそこに向かった。





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