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12.佐倉総士・愛・連合会◇ヒリア



 わたしは校舎裏でサングラスに黒い大きなカラスマスクをした女子の集団に囲まれていた。


わたくし達は佐倉君を見守る会のものです。一年のときから彼を見守ってきました。西園寺さん、あなたは彼と付き合っていますね」


 とんでもない。ぶんぶんと首を横に振る。


「あなたがこっそり彼と会っていることは確認済みです」


「は、ハぁ?」


「私達はこの緊急事態に話し合いました」


「話し合うって、なにをしたの?」


「おほん……おのおの彼への想いを整理し、述べ合いました。結果、彼個人とどうにかなりたいという種類の恋心を持っている人は我々の中にはごく少数でした」


「え、そうなの? なんで?」


 わたしの素直な疑問に数人の声がいっせいに混じり合う。


「結構可愛い子も振られてんだよー、どうせ無理だし頑張る気にもなんない」

「佐倉君は神聖なもの! 付き合いたいなどめっそうもない!」

「イケメン近くで見たいけど、話は合わなそうだしべつに付き合いたいとかではないなー」

「あたし佐倉君のファンだけど、できれば男子と付き合ってほしい!」

「私は顔が好きなだけ! 別の学校に彼氏いるし」

「私も、ほんとは山本君が好きだし」


 複数の声がいっせいにまちまちなことを言って、中にはどうかと思うようなものもあった。

 それにしても共通見解としてはやっぱり見る専用というか、なんかこう、共有財産的な扱いらしい。


 リーダーの脇に控えた小柄でぽっちゃりした団員が突然大声で「しかーし!」と叫び、皆がぴたりと黙り込む。


 リーダーがおごそかに頷いた。


「しかし、我々は、我々の中の誰が彼と付き合うのも、許せなかったのです。我々の掟では、抜け駆けは厳禁。プライベートへの介入はご法度。彼本人が聞く場合を除き連絡先も聞いてはなりません。過去に彼に連絡先を聞こうとした人間は厳しく処罰され闇にほうむられました」


「は、はい」


 つまり、自分は付き合いたいほどではないけれど、周りの誰かが抜けがけするのは許せないし、誰のものにもなってほしくないという。……わりと自分勝手だな。あと処罰ってなにこわい。


「しかし、長い長い話し合いの結果。西園寺さん、貴女なら、皆許せるとの結論に達しました」


 なんでだよ……。


「私達は貴女を認めます。貴女なら、佐倉君の隣に立つ女性としてふさわしい。なにより彼の幸せを邪魔だてするのは如何なものかとの意見が複数でました」


 認めなくていいし、なにを言っているのかもよくわからない。


「それにあたり、ひとつ約束をしてほしいのです」


「な、なにを」


「まず四十九人の彼氏とは……」


 リーダーの隣の子が彼女の肘をつつき、手帳を見ながら「五十人です」と訂正した。


「おほん。五十人の彼氏とは別れて、佐倉君とだけまじめに付き合ってほしいのです」


 こっそり会ってるとか、彼氏五十人とか、いったい誰の話だよ……。


「彼氏、いないし……」


「それは、すべて別れて佐倉君一筋になったと解釈しても……?」


 いや、解釈ちがう。もともといない。ていうか、佐倉君とは委員会が一緒なだけなのに。向こうもわたしのこと苦手だし、なるべく関わらないようにしているのに。なんでこんなことに巻き込まれてるの。

 色々口を挟もうとするけれど、彼女たちは何故かヒソヒソ言いながら勝手に納得している。


「さきほども言ったように我々佐倉君を見守る会はあなたの味方です。しかし、話し合いの過程でそうではない少数の人達は分離しました。新しく発足された佐倉総士・愛・連合会は人数こそ少ないですが過激派もいます。彼女達は本気で彼を愛しています。我々も陰ながらお守りしますがくれぐれもお気をつけて」


 割と何を言っているのかわからなかった。

 呆然としていると集団の去った方角から声が聞こえた。


「おまえ河合か! ぶははは! なんだおまえらそのマスクは! 悪の組織みたいだぞ!」


 増田先生が爆笑する声が響く。

 どうやら見守る会のリーダーは同じクラスの河合さんだったらしい。だいぶそんな気はしていたけど。


 教室の少し手前でさっきの集団を見かけて慌てて駆け寄る。


「待って! 待って、河合さん」


「え、ちょっと、恥ずかしいからこの格好の時に名前を呼ばないでください」


 恥ずかしい自覚があるならやるなよ……。


「誤解があるようだけど、わたし、佐倉君のことべつに好きじゃないから」


「えぇええぇええ!!」


「さ、ッ西園寺さん、佐倉君を好きじゃないのー?!」


「うっそだー!」


 周りがいっせいにどよめく。人まで集まってきた。ひそひそ声が聞こえる。そんなに驚くことだろうか。


「西園寺さんは佐倉君が好きじゃないらしい」

「むしろ苦手なのかな」

「嫌いらしい」


 目の前で情報があからさまに歪んで伝播していっている。


 嫌いってわけじゃないんだけど、それを説明しようとすると今度は「やっぱり好きなんだ」と言われてまた面倒くさそうな予感がすごくしたので、黙っていた。


「あっ、佐倉君」


 声が聞こえてそちらを見ると佐倉総士その人がいつも通りの落ち着いた顔で背筋まっすぐに歩行してこちらに向かってきていた。


 あ、これはたぶん聞かれた。

 よしんば聞かれてなくてもガッツリ誤解込みで、本人に伝わるのは時間の問題。


 でも、弁解しにくい。今弁解すれば絶対こじれる。


 嫌いというのは語弊があるが、彼のことを苦手なのは本当だった。


 佐倉君がその静謐で鋭い視線をわたしに一瞬だけ向けたけれど、すぐに何事もなかったかのように前を向いた。


 そうそう。この人はいつもわたしなんて歯牙にもかけない、視界にも入れない。もともとわたしのことなんてちょっと煙たがるような態度をとっていた。


 その後ボールの顔面直撃を助けてもらったり、委員会の仕事を一緒にやったりして、それが悪意までいくようなものではないとわかったので少し申し訳ないけれど、わたしひとりに嫌われたからといって、周りにはたくさん女の子いるし、そこまで気にしないだろう。


 そうは思うけれど。実際逆の立場だったら少し落ち込むだろうとも思う。何もしてないのに、嫌われるとか、原因を考えたりしてしまうかもだし。

 少なくともわたしのほうは罪悪感で落ち込んだ。


 間の悪いことにその日の放課後、学級委員の定例会があった。


 佐倉君はいつも同じ場所に行く時も誘い合わせたりせず、勝手に行く。そんな様子を見てもやっぱり友好的ではない。少なくとも他の委員会の子たちはふたりで一緒に行っている。


 教室に入って並んで隣に座る。

 一度馴れ馴れしいかと思って少し離れたところに座ったら先生にクラスごとに座れと言われたことがあるからだ。


 なんとなく、いつもに増して隣が見れない。


 謝ったほうがいいかな。いや、直接何か言ったわけでもないのに。それも変かな。今親しげに話しかけたら、逆にしらじらしい感じもするよね。そんなことをずっと考えていたら、先生の話も全然頭に入ってこない。


 酷いことをしたのはわたしのほうなのに、なんだか泣きたくなってしまって、ずっと涙をこらえていた。


 気がついたときには定例会は終わっていた。

 隣の佐倉君ががたんと席を立つ気配ではっとなる。


 佐倉君はそのままこちらを一度も見ずに、姿勢良く、いっそ急いでいるかのようにさっと教室を出た。


 その背中を見送って、鼻をすん、とすすりあげた。


 やっぱりもともと佐倉君のほうがわたしを嫌いなんじゃないかな。全然気にしてない。


 そう思うと少し楽になるような、だけどやっぱり悲しいような気もした。


 だってそれって、わたしという人間なんて、いてもいなくても、どう思ってようが、まったく関係ないってことだから。


 いてもいなくても一緒。


 それは、とても悲しい。


 落ち込んでいるところに携帯が震えた。

 この時間わたしに連絡してくる人はほかにいない。


 急いで物陰に隠れてポケットからスマホを取り出して見るとやっぱりネクラ君だった。


『今いるけど、もう帰っちゃってるかな?』


 ものすごい早さでスマホをタップした。


『すぐいか』


 急ぎすぎて海の生き物が召喚されたことにも気付かず、わたしは第二図書室へと走った。


 わたしには、わたしのことを気にしてくれる友達がいる。




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