11.メールが届きました◆ネクラ
「薮坂! てめえ!」
「お、おはよう。どうした?」
「どうしてくれるんだよ! おまえのせいで笑われたじゃないか!」
ひりあちゃんから待ち合わせ連絡以外のメールを受け取った俺は、恥を忍んで薮坂にイチから事情を話して相談した。こいつはこんなんで、一丁前に彼女がいたことがある。一週間で振られていたが、俺からすると一週間も彼女がいたなんて恋愛マスターだ。
「え、なんで。ちょっと向こうに合わせて、こっちも感じ悪くならない程度に絵文字とか入れろって言っただけだろ」
「入れたよ……大失敗の感触だよ……二時間ほど笑い転げていたらしい」
「ちょっと見せてみろよ」
「えー、嫌だな。なんで好きな子とのやりとりをおまえなんかに見せなきゃならんのだ」
「文章は脳内に入れないから、みせろ。見なきゃ何も言えん」
しぶしぶ表示させて見せると薮坂は「うわあ」と声をあげた。
「これ、入れすぎだよ。控えめに言って、宇宙からのメッセージだな」
「使いすぎたかな? 多い方が……賑やかでいいと思って」
「目がチカチカする……文字のほうが少ないじゃねえか。読みにくい。イカ釣りの船を思いだすぜ」
俺はそもそもスマホを持ったのも高校からだったし、せっかく買ってもらったのに、ろくにつかっていなかった。
今まで女子と連絡先を交換したこともなかったし、薮坂と小学校時代のごく少数の悪友か家族としか連絡したことがなかった。その連絡も最近ではほとんど電話ですましていたし、文字での連絡はしても必要最低限。簡素なものだった。
だから以前からひりあちゃんが送ってくる待ち合わせメールにたまについている記号や小さい顔のイラストや、マークなども初めて見た。出しかたがまずわからなかった。
「なぁ、なんでおまえこれ、トランクスの絵文字入れたの?その横に∞が置いてあるのに意味はあるのか? パンツは無限大なのか?」
「え、装飾だし、なんかクリスマスの飾り的な感じで縁取った」
「パンツで縁取るなよ!」
「わかった……なるべくパンツでは縁取らない」
薮坂は俺の恥ずかしいメールをさらに見てまた吹き出した。
「なあ、総士、これ自分で入力したのか?」
「え、どれ」
「この、($唇€)」
「うん、顔っぽく……つくった。なんか向こうも似たの書いてるし……片目瞑ってるみたいにみえるだろ」
「孫に合わそうと頑張るじいちゃんかよ! 総士、これは……こんな猟奇的なものを作らなくてもあるんだよ」
「え、できあいのものが?」
「お惣菜みたいに言うな!」
「はァ」
「他にも、これ! この包丁の絵文字なんでここに入ってる?」
「なんでって……そもそも全部飾りだろ」
「絵文字には意味があんだよ! 包丁の隣に老人の絵文字配置しちゃ駄目だよ!」
「え、意味があんの?」
なんだそれ。文字の間に無意味に装飾されていると思っていた記号や絵に、意味があった? それは新しい言語じゃないのか。それなら俺は今までメールの全文を読みとけていなかったことになるぞ。ゾッとした。
遺跡調査員の気持ちで冷静に見直してみれば、その言語を読み解くのは割と簡単だった。
ひりあちゃんのメール「会えなくて残念」の隣にあるのは泣いてる顔。おそらく、この小さなイラストは文字の代わりや補助を担っている。
俺は「ごめん」の隣にニヤついたヨダレのでてる顔をたくさん連続で配置してしまった。これは、馬鹿にしていると思われてもおかしくない。
思い込みとは恐ろしい、可愛いひりあちゃんが使う可愛い飾りと最初に思ったせいでなんでだか簡単なことに目がいかなかった。
「これ見てドン引きせずに笑われただけですんだならよかったなー」
薮坂がどこか不満そうに言う。
「そ、そういう子じゃないから」と震え声で言うと勢い込んでまくし立ててくる。
「おまえは! 顔しか! モテる要素がないのだから! 大人しく顔で彼女作って幻滅されちまえばいいんだよ! それがなんだ! メールでちまちま顔も知らない女子と恋愛だあ? ユーッッ、ガットメールかよ! ライアンはこねえぞ! 来ても王宮戦士の方だ」
「おまえ、ときどき俺にわからないネタをまぜてくるよな」
薮坂はゲームや映画や漫画をたくさん買い与えられていて、遠慮なくネタを混ぜてくる。知らん。
彼はケッと言って偉そうに足を組んだ。
「どーせバケモノみたいな顔の女だよ」
「俺はどんな容姿でも愛せる。本当に……本当に可愛いんだよ」
「姿を見たとき本当にそう言えるかな?」
「言える」
「……探してみようぜ」
「え、それはマナー違反じゃないのかな」
「おまえだって本当は気になるだろ。ヒントよこせよ」
「ヒントは、ほぼ無いな。クラス替えがあったと言っていたから、二年生だと思う」
「なんかあるだろ……声は? どんな感じ?」
「ものすごく可愛いな」
「感想じゃなくてヒントを寄越せ!」
「そうだな……すごく似てる声を知ってる気がするから、女優とか声優の誰かに似てる可能性はある」
「誰だ? 誰だ?」
「うーん……いま思い出せない」
薮坂がオイオーイと大げさなゼスチャーで落胆を伝えてくる。
「じゃあ声以外! アドレスとかは?」
「名前の類は入ってない」
話していてもまったく特定できる感じではなかった。同じ学校で性別が女。それだけで校内からひとりを探すのは無理がある。
「あ、牛丼と納豆が好きみたいだ」
「なんかだいぶ太ましい女浮かんだぞ」
「可能性はあるな……」
「太っていて、友達のいない女ならそうたくさんはいなそうだ。頑張れば探せそうだな……総士、おまえのクラスは?」
「うちのクラスにはいないな」
そもそもが、実際話した印象からも、ひりあちゃんぽい子はうちのクラスにはいない。
黙って考えていた薮坂がどこか苦い顔で言う。
「オレのクラスにはすごい重量感の女いる……」
「えっ、そうなのか?」
「いや……でも、友達はいなくはないし、声もダミ声だし……すげえ性格してんだよ」
「そうなのか……でも、もしかしたら……」
「オレ、そいつにピーナッツバターを顔に塗られたことあんだよ……そのあと鼻にピスタチオを詰められた……本当にそいつの可能性あるのか?」
「その子はともかく……いったいおまえは何をしたんだよ」
ひりあちゃんは、そこまで武闘派な感じはしない。たぶんちがうだろう。
「念の為見る?」
「お、おお」
薮坂のクラスに見に行くと、巨体の女子生徒が小柄な男子生徒を乗せた椅子を高々と持ち上げていた。周りの生徒達が「ほおぉー」と感心した声をあげている。
「ちがうな」
「本当に?」
「うん。彼女はあんな堂々としたエンターテイナーじゃない。それに、あの子友達いっぱいじゃないか」
「じゃあ隣のクラスにもぽっちゃりした子、確かひとりいるぜ」
「ううん……」
そもそも牛丼イコール肥満という考えが安直すぎるというか、根拠が希薄すぎる感じがしてきた。
「やっぱりいい。隠れて探すとか、気がとがめる」
「そうか? でも気になるだろ」
「そりゃ、なるけど……」
そうこうしてると教室から先ほどのひりあちゃん候補の子が友達と一緒にでてきた。
ちがうだろうな、とは思ったけれどついじっと見てしまう。
目の前を通った元ひりあちゃん候補の子が、激しく笑った拍子に隣の子とぶつかってバランスを崩してよろめく。俺の胸に衝突して「ぎゃっ」と声をあげた。
ぱっと見ると俺の制服のボタンに、その子の髪がからまって、引っかかっていた。
向こうもびっくりしただろうが、こっちも慌てた。彼女が離れようと、強引にバタバタと暴れるようにもがいたからだ。
「動かないで」
そう言うとその子がぴたりと動きを止めた。
ボタンから髪をほどこうとしたけれど、くせ毛なのか、なかなかとれない。困った。どうしよう。
焦った俺は自分の制服のボタンをぶちんとちぎり取った。
周りから悲鳴のような声があがる。
え、なんか悪いことしたかな。
「女の子の髪を切るわけにいかない」
言い訳のように口にだすと、目の前の彼女もこくこくと頷いてくれた。
「あ、ありがとう……佐倉君」
じっくりと真剣に声を聞いて確認する。やっぱりちがう。この子はひりあちゃんではない。
「薮坂、行こう。一応隣も見たい」
声をかけると唖然とした顔で見ていた薮坂が戻ってくる。
「おまえ、なにどさくさ紛れにマンモス落としてんだよ」
「え、誰?」
「さっきのやつのあだ名だよ……あいつ、あんな顔すんだなあ……」
結局、隣のクラスの子も友達に囲まれていて、明らかに違う感じだった。
しかし、そこらへんじゅうの女子がひりあちゃんかもしれない可能性に満ちている。世界が愛しくなってくる。
教室に戻ろうとするとどこかへ行っていたらしい西園寺さんと扉のところで鉢合わせた。
一瞬だけどちらも譲ろうとするが結局同時に中に入ろうとして、軽く密着する。
小さく「いたっ」と聞こえる。
見ると西園寺さんの長い髪の先が、俺の制服のボタンに絡まっていた。一個取れてるのに、別のやつが。なにこのボタン、女好きなのかよ。
あっけに取られていると西園寺さんは俺のボタンのすぐ手前の髪の毛の先ともう少し先を掴んで構え「えい」と小さな掛け声と共に素早くぶちぶち、と髪をちぎった。
それから「ごめん」と小さく言って自分の席に戻って行った。




